【2026年9月23日】戸田球場最後の公式戦はまさかの降雨ノーゲーム
ヤクルト戸田球場の歴史を語るうえで、2026年9月23日は忘れられない一日になりました。
この日開催されたのは、ファーム・リーグ公式戦の東京ヤクルトスワローズ対ハヤテ戦。1977年から続いた戸田での二軍本拠地としての歴史を締めくくる、最後の公式戦でした。
試合開始は午後0時30分。最後の試合を見届けようと多くのファンが集まり、球場のスタンドはほぼ満員になりました。入場券は完売し、球場の外にある荒川沿いの土手にも大勢の観客が詰めかけました。
しかし、試合は予想外の展開を迎えます。
初回から10得点、13対5とリードする猛攻
ヤクルト打線は最後の公式戦を勝利で飾ろうと、初回から猛攻を見せました。
日刊スポーツの試合報道によると、初回だけで打者14人、8安打10得点を記録。3回表までに13対5とリードを広げていました。
ところが、試合前から降り続いていた雨が強まり、3回途中で試合が一時中断。その後も天候は回復せず、最終的に降雨ノーゲームが宣告されました。
戸田球場最後の公式戦は、勝敗のつかないまま幕を閉じたのです。
350人のスタンド観客と約500人の土手のファン

日刊スポーツの報道では、最後の試合にはスタンドに約350人、土手には約500人のファンが集まったとされています。
ノーゲームが決まった後も、選手たちはグラウンドに整列。今季限りで現役を引退する石川雅規投手の姿もありました。
石川投手は、戸田球場がプロ野球人生のスタート地点だったことを振り返り、寂しさと感謝の気持ちを示しました。石山投手、小川投手から花束が贈られ、最後には胴上げも行われました。
城石憲之二軍監督も、長年多くの選手がプレーしてきた球場への思いを語り、ファンに感謝を伝えています。
最後の試合が雨で成立しなかったことは残念ですが、結果的に戸田らしい自然環境と、そこで野球を見守ってきたファンの存在が強く印象に残る一日になりました。
【1977年から50年】ヤクルト戸田球場の歴史と知られざる役割

ヤクルト戸田球場は、単なる二軍の試合会場ではありません。若手選手がプロとしての基礎を築き、一軍への昇格を目指す育成拠点として機能してきました。
球場の開場は1976年、二軍本拠地としてのスタートは1977年
日本野球機構(NPB)の2026年の特集記事によると、戸田球場は1976年に完成し、同年9月2日にヤクルト対ロッテ戦で球場開きを行いました。
そして1977年、ヤクルトの二軍は神奈川県横須賀市の京急武山球場から埼玉県戸田市へ本拠地を移転します。
ここで注意したいのは、球場の完成年とヤクルト二軍の本拠地としての使用開始年が異なることです。
- 1976年:戸田球場が完成し、球場開き。
- 1977年:ヤクルト二軍の本拠地として使用開始。
- 2026年:二軍本拠地としての50シーズン目を迎える。
この50年間、戸田球場では数多くの若手選手が汗を流してきました。
イースタン・リーグ最多級の歴史を持つ河川敷球場
NPBの公式記録によると、戸田球場では1961年から2025年までのイースタン・リーグで通算1,837試合が開催されました。
これは同リーグの本拠地球場として最多の開催数です。
戸田球場の特徴は、完成当初から立派な観客席を備えていたわけではないことでした。
当初は常設の観客席がなく、荒川の土手に腰を下ろして試合を見るスタイルが中心でした。
1980年代後半には、二軍公式戦にもスタンドのある球場を求める声が高まり、1990年代には戸田以外の近隣球場を借りて試合を開催することもありました。
その後、ネット裏などに常設スタンドが整備され、2000年代以降は再び戸田での開催が増えていきます。
選手との距離が近く、一般的なプロ野球の一軍球場とは違う雰囲気を楽しめることが、戸田球場ならではの魅力でした。
NPBの歴史解説でも、観客席と選手との距離の近さが近年の人気につながっていたことが紹介されています。
【移転理由を検証】老朽化・施設の狭さ・2019年の台風水没
なぜヤクルトは、50年近く使用してきた戸田球場を離れる決断をしたのでしょうか。
移転の背景には、単純な球場の建て替えでは解決できない複数の課題がありました。
理由1:選手寮の老朽化と施設の狭さ
最も明確な理由は、既存施設の老朽化と手狭さです。
2022年4月15日、東京ヤクルトスワローズとヤクルト本社は、茨城県守谷市との間で二軍施設の移転に関する協議を開始したと公式発表しました。
その発表では、戸田の二軍施設について、選手寮の老朽化に加え、各施設が手狭になっていることを移転検討の理由として挙げています。
球団が必要としていたのは、単に新しいグラウンドを設置することではありません。
- 二軍球場の機能向上
- サブグラウンドの整備
- 天候に左右されにくい室内練習場
- 選手寮とクラブハウスの更新
こうした施設を一体的に整備する必要がありました。
理由2:2019年の台風19号による大規模水没
戸田球場の移転を考えるうえで、2019年10月の台風19号は大きな転換点でした。
荒川の増水により、河川敷にある戸田球場が広範囲にわたって水没しました。
2019年10月13日の日刊スポーツの報道では、水位が4メートルを超え、バックスクリーンや電光掲示板、防球ネットの上部などを残して球場の大部分が水に覆われた状況が伝えられています。
打撃練習用の機械やトラックマンなどの設備も被害を受け、選手たちは寮の室内練習場で調整することになりました。
復旧には清掃や消毒、設備の修復が必要となり、球団は同年12月中のグラウンド再使用を目指しました。
この出来事は、河川敷に施設を置くことのリスクを改めて浮き彫りにしました。
ただし、水害だけが移転の理由ではありません。球団が2022年に公表した協議開始の理由は、寮の老朽化と施設の狭さです。水害への懸念も、その後の移転判断を考えるうえで重要な背景になりました。
理由3:観客席と練習環境を拡張しにくい立地
戸田球場には、施設拡張の面でも課題がありました。
2022年の移転協議開始を報じた日刊スポーツの記事では、球団関係者が、観客席を増やしたくても仮設設備に限られ、土地の制約から大規模な拡張が難しい状況を説明しています。
ファームの試合は、一軍で活躍する前の選手を間近で見られる貴重な機会です。
しかし、観客が増えても十分な客席を設けられなければ、観戦環境の改善には限界があります。
また、二軍選手の育成方法が高度化するなか、屋内練習場や計測設備などの充実も求められます。
戸田球場の問題は、単なる建物の古さではなく、これからの育成拠点に必要な機能を十分に確保できないという構造的な課題だったのです。
【年表・関係性一覧】戸田球場から守谷移転までの重要な出来事
移転までの経緯を理解するには、球場の歴史、球団の判断、守谷市の誘致、新施設の計画を分けて見ると分かりやすくなります。
| 時期 | 関係する施設・組織 | 出来事と意味 |
|---|---|---|
| 1976年 | 戸田球場 | 球場完成。9月2日に球場開き |
| 1977年 | 東京ヤクルトスワローズ | 二軍本拠地を戸田へ移転 |
| 1980年代後半 | 戸田球場・イースタン・リーグ | 観客席のある球場を求める動きが強まる |
| 1990年代 | 戸田球場 | 近隣球場との併用開催が続く |
| 2000年代 | 戸田球場 | 常設スタンドの整備などを背景に戸田開催が増加 |
| 2019年10月 | 戸田球場・荒川 | 台風19号で球場が大規模水没 |
| 2022年4月 | ヤクルト球団・守谷市 | 二軍施設移転に向けた協議開始を公式発表 |
| 2023年11月 | ヤクルト本社・守谷市・茨城県 | 移転に関する基本協定を締結 |
| 2026年6月 | Swallows Wings Square | 新施設の名称が決定 |
| 2026年9月7日 | 東京ヤクルトスワローズ | 新施設のロゴを発表 |
| 2026年9月23日 | 戸田球場 | 最後の公式戦。降雨ノーゲーム |
| 2027年3月予定 | Swallows Wings Square | 新ファーム施設の開業予定 |
この移転は、ヤクルト球団だけで進められたものではありません。
守谷市は施設の誘致を進め、2023年11月10日にはヤクルト本社、ヤクルト球団、守谷市、茨城県の四者による基本協定が締結されました。
基本協定では、球場やサブグラウンド、室内練習場の整備に加え、選手寮とクラブハウスの建設についても役割が定められています。
守谷市にとっても、プロ野球のファーム施設を迎えることは、地域のスポーツ振興や交流人口の拡大につながる事業です。
【アクセス・観戦方法】武蔵浦和駅からの行き方と土手観戦の魅力
戸田球場は、アクセス面でも一般的なプロ野球の本拠地とは異なる特徴を持っていました。
駅から球場まで徒歩だけで簡単に到着できる立地ではなく、バスと徒歩を組み合わせるのが基本です。
武蔵浦和駅からバスでアクセス
東京ヤクルトスワローズの公式アクセス案内によると、最寄りの主要駅はJR埼京線・武蔵野線の武蔵浦和駅です。
基本的なアクセスは次のとおりです。
1. 武蔵浦和駅の東口へ向かう。
2. 駅前ロータリーの2番乗り場から国際興業バス「武浦01」下笹目行きに乗車する。
3. 「美谷本小学校入口」で下車する。
4. そこから徒歩約10分で戸田球場に到着する。
バスの運行状況や道路事情によって所要時間は変わります。特に試合開始前は余裕を持った移動が必要でした。
駐車場は彩湖・道満グリーンパークを利用
戸田球場には専用駐車場がありませんでした。
自動車で訪れる場合は、隣接する彩湖・道満グリーンパーク内の有料駐車場を利用する方式です。
球団公式案内に掲載されている普通車の料金は以下のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 専用駐車場 | なし |
| 利用駐車場 | 彩湖・道満グリーンパーク |
| 最初の2時間 | 200円 |
| 2時間経過後 | 1時間ごとに100円加算 |
| 5時間超 | 以降1時間ごとに200円加算 |
| 1日最大料金 | 1,100円 |
| 4月~10月 | 7:30~18:30 |
| 11月~3月 | 7:30~17:30 |
駐車場は公園利用者との共用です。試合開催時には混雑する可能性があり、時間には余裕を持つ必要がありました。
戸田球場の名物だった土手観戦
戸田球場の魅力を語るとき、外せないのが土手からの観戦です。
一般的な野球場では、観客は指定されたスタンドや座席から試合を見ます。しかし、戸田球場では荒川沿いの土手からグラウンドを眺める独特の観戦文化が根付いていました。
もともと常設観客席がなかった時代から続くスタイルで、球場と地域の風景が一体になったような雰囲気がありました。
2026年9月23日の最後の公式戦でも、スタンドだけでなく土手に約500人が集まったと報道されています。
一方、土手は通常の指定席とは異なります。観戦場所や視界、当日の利用条件などは、公式に販売される座席と同じものではありません。
2026年の観戦チケットと最後の試合
2026年の戸田球場では、公式戦のチケットが全席指定で販売されていました。
球団のチケット案内では、座席の種類によって平日800円から1,300円、土日祝800円から1,700円などの価格設定が設けられていました。
また、2026年9月21日から23日の試合については、球団が事前に販売スケジュールを発表し、球場での直接販売は行わない方式を案内していました。
最後の公式戦となった9月23日は、入場券が完売。戸田球場が多くのファンに愛されていたことを示す光景でした。
なお、2026年9月23日をもって二軍本拠地としての公式戦開催は一区切りとなっています。これから戸田球場で新たな公式戦を観戦することを予定するのではなく、今後の施設の扱いに関する発表を確認する必要があります。
【守谷移転の全貌】Swallows Wings Squareはどんな施設になる?
戸田球場の後継となるのが、茨城県守谷市に建設される新ファーム施設「Swallows Wings Square」です。
球団は2026年6月17日に施設名称を正式発表しました。
施設名には、選手が成長し、神宮球場という大舞台へ羽ばたいていく姿と、地域と球団がともに発展していくという願いが込められています。
コンセプトは「夢に翼を未来に風を」です。
新球場は観客席3,000席の本格仕様
球団公式の施設概要によると、新しいメイン球場は以下の仕様です。
| 設備 | 公表されている内容 |
|---|---|
| メイン球場の両翼 | 100メートル |
| センター | 122メートル |
| 観客席 | 3,000席 |
| 照明 | LED照明6基 |
| グラウンド | 全面人工芝 |
| サブグラウンド | 内野2面 |
| 屋内練習場 | 60メートル×60メートル |
| 選手寮 | 4階建て・40室 |
| 駐車場 | 約300台の有料駐車場を計画 |
戸田球場の課題だった観客席の不足に対して、3,000席という規模は大きな変化です。
また、ナイター照明を備えることで、練習や試合の運用にも柔軟性が生まれます。
屋内練習場とサブグラウンドで育成環境を強化
新施設の大きな特徴は、メイン球場以外の練習設備も充実していることです。
サブグラウンドは、100メートル×120メートルの敷地に内野2面を設ける計画です。土のグラウンドと人工芝のグラウンドを備え、練習内容に合わせた使い分けができます。
さらに、30メートルの傾斜5度のトレーニングヒルと、18メートルの傾斜8度のトレーニングヒルも整備されます。
屋内練習場は60メートル×60メートルの全面人工芝エリアを中心に、打撃練習場4レーン、ブルペン4レーン、ラボ1レーンを設置する仕様です。
天候や気温の影響を受けにくい環境を整えることで、練習の継続性を高める狙いがあります。
選手寮とクラブハウスも大幅に刷新
新しい選手寮は4階建てで、独立洗面台とシャワーを備えた40室を計画しています。
食堂、大浴場、サウナ、ウエイトトレーニング場なども設けられます。
選手の育成には、試合や練習だけでなく、食事、休養、身体のケアも欠かせません。
戸田時代の施設更新の課題を踏まえれば、新施設の意義はグラウンドの規模だけではありません。選手の生活環境を含めて育成体制を見直すことにあります。
守谷駅からのアクセスと駐車場計画
新施設の最寄り駅は、つくばエクスプレスと関東鉄道常総線の守谷駅です。
球団公式のFAQでは、守谷駅前から施設へ向かうバスの整備を進めていると説明されています。ただし、バスの運行ダイヤなどは決定後に公表する予定です。
自動車利用者向けには、敷地内に車いす専用区画を含む約300台の有料駐車場が計画されています。
戸田球場のように隣接する公園の駐車場を利用する方式から、施設内に駐車場を備える形へ変わる点も注目です。
2027年3月開業予定、新しいファームの時代へ
当初の移転計画では2026年度の開業が目標とされていましたが、最新の球団公式施設案内では2027年3月の開業予定とされています。
2026年9月には、施設のロゴ発表や関東鉄道とのラッピング列車出発式も行われました。
ラッピング列車は守谷市のイメージカラーである守谷グリーンとスワローズブルーを基調にデザインされ、球団と地域の連携を象徴する取り組みになっています。
守谷への移転は、単なる球場の引っ越しではありません。二軍選手の育成環境を改善し、地域との関係を新しく構築するプロジェクトとして進められています。
【プロの結論】戸田球場の魅力は失われるのか?移転で変わるファームの未来
戸田球場とSwallows Wings Squareを比較すると、施設としての機能には明確な違いがあります。
戸田球場には、選手との距離が近い観戦環境や河川敷の開放感がありました。一方、新施設は練習環境、観客席、選手の生活環境を総合的に改善する設計です。
この違いを理解すると、移転の本質が見えてきます。
戸田球場と新施設の違い
| 比較項目 | 戸田球場 | Swallows Wings Square |
|---|---|---|
| 所在地 | 埼玉県戸田市 | 茨城県守谷市 |
| 使用開始 | 二軍本拠地として1977年 | 2027年3月開業予定 |
| 立地 | 荒川沿いの河川敷 | 守谷市の新施設用地 |
| 観客席 | 限られた常設スタンド | 3,000席 |
| 練習施設 | 既存施設を使用 | サブグラウンド2面・屋内練習場 |
| 選手寮 | 老朽化が移転理由の一つ | 40室の新施設 |
| 駐車場 | 隣接公園の有料駐車場 | 約300台を計画 |
| 特徴 | 選手との距離・土手観戦 | 育成機能と設備の充実 |
戸田球場が評価されてきた理由
戸田球場の魅力は、豪華な設備ではありませんでした。
ファームの試合は、一軍のスター選手だけでなく、これから成長していく若手選手を応援する楽しさがあります。
戸田では、選手の動きや練習の雰囲気を身近に感じられ、土手から試合を見守ることもできました。
そのため、一般的な大型球場とは違う距離感を求めるファンにとって、特別な場所になっていたのです。
守谷移転で期待されるメリット
新施設のメリットは、主に次の3点です。
1. 育成環境の改善: 屋内練習場、サブグラウンド、トレーニング設備を一体的に利用できる。
2. 観戦環境の改善: 3,000席の観客席によって、より多くの観客を受け入れられる。
3. 地域との連携: 守谷市や茨城県との協力によって、野球を通じた地域交流が期待できる。
ただし、戸田時代のような土手観戦の文化がそのまま再現されるとは限りません。新球場での観戦方法やチケット制度については、開業後の公式案内を確認する必要があります。
戸田球場の跡地はどうなる?
2026年11月現在、ヤクルトの二軍本拠地としての戸田球場の役割は終了しています。
一方、球場そのものの撤去や跡地の具体的な再利用については、別の問題です。
二軍本拠地の移転が決まったからといって、直ちに施設が解体されると決まったわけではありません。
荒川河川敷や彩湖・道満グリーンパーク周辺の土地利用には、球団施設以外の地域的な事情も関係します。
戸田球場の今後については、戸田市や関係機関からの発表にも注目したいところです。
【ヤクルト戸田球場】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ヤクルト戸田球場はいつから使用されていましたか?
A1:球場自体は1976年に完成し、ヤクルトの二軍本拠地としては1977年から使用されました。2026年が50シーズン目に当たります。
Q2:戸田球場最後の公式戦はいつでしたか?
A2:2026年9月23日のヤクルト対ハヤテ戦です。3回途中まで13対5とリードしていましたが、雨のためノーゲームとなりました。
Q3:ヤクルト二軍はなぜ守谷市に移転するのですか?
A3:主な理由は、戸田の選手寮の老朽化、施設の狭さ、拡張の難しさです。2019年の台風19号による水没被害も、河川敷立地のリスクを示す出来事となりました。
Q4:新しい二軍施設の名前は何ですか?
A4:「Swallows Wings Square(スワローズ・ウィングス・スクエア)」です。2026年6月に正式名称が発表されました。
Q5:Swallows Wings Squareはいつ開業しますか?
A5:球団公式案内では2027年3月の開業予定です。
Q6:新施設の最寄り駅はどこですか?
A6:つくばエクスプレスと関東鉄道常総線の守谷駅です。駅前からのバス整備が進められており、運行ダイヤは決定後に案内される予定です。
Q7:戸田球場へは武蔵浦和駅からどう行けばよいですか?
A7:従来は武蔵浦和駅東口から国際興業バス「武浦01」下笹目行きに乗車し、美谷本小学校入口で下車して徒歩約10分でした。ただし、二軍公式戦の開催は2026年9月23日で終了しています。
Q8:戸田球場に駐車場はありますか?
A8:球場専用の駐車場はありませんでした。隣接する彩湖・道満グリーンパークの有料駐車場を利用する方式でした。
まとめ:ヤクルト戸田球場の50年は終わっても、スワローズの育成の歴史は続く
ヤクルト戸田球場は、1977年から2026年までの50シーズンにわたり、東京ヤクルトスワローズの二軍本拠地として多くの選手を育ててきました。
2019年の台風19号による水没、施設の老朽化、選手寮や練習設備の狭さなど、長年の課題を背景に、球団は茨城県守谷市への移転を決断しました。
そして2026年9月23日、最後の公式戦は降雨ノーゲームという予想外の結末を迎えました。
2027年3月には、新施設Swallows Wings Squareが開業する予定です。3,000席のメイン球場、充実した屋内練習場、サブグラウンド、新しい選手寮など、戸田時代には実現が難しかった環境が整備されます。
戸田球場が持っていた魅力は、選手との距離の近さや土手から応援できる独特の空気でした。それは新しい施設の設備だけでは簡単に置き換えられない、半世紀にわたるファンと球団の思い出です。
戸田球場の歴史は一つの節目を迎えました。しかし、若い燕たちが成長し、神宮球場の舞台へ羽ばたいていくというスワローズの育成の物語は、守谷の新しいグラウンドへと引き継がれていきます。