【幼少期のジヒョはどんな子?】子役モデル時代の写真と人見知りの意外な素顔

目次

1997年〜2004年

ジヒョは1997年2月1日、韓国の京畿道九里市で生まれた。幼い頃の名前はパク・ジス(Park Ji-soo)。現在の芸名・本名として知られるジヒョとは異なる名前で活動していた時期がある。

実は、ジヒョは赤ちゃんの頃からテレビ番組に出演した経験もある。

SBSが2022年7月に公開した過去の番組映像には、1998年10月25日に放送された赤ちゃんの鏡像認識テストに参加するジヒョの姿が残されていた。当時は生後21か月。鼻に口紅で印をつけ、鏡に映った自分の顔に触れる様子が紹介された。

この映像についてジヒョ本人もInstagramで反応し、当時は「ジス」という名前だったと懐かしんでいる。

2004年の子役スター選抜大会で2位を獲得

ジヒョ幼少期

ジヒョの芸能活動が本格的に動き出したのは、2004年のジュニアネイバーの子役スター選抜大会だった。

当時7歳だったジヒョは大会に参加し、2位を獲得。この結果が芸能事務所の関係者の目に留まるきっかけになった。

2023年8月、歌手カンナムのYouTube番組に出演したジヒョは、母親が芸能活動に関心を持っていたことや、大会で2位になった当日にJYPのキャスティング担当者から声をかけられた経緯を振り返っている。

つまり、最初からアイドルを目指していたというより、子役・モデルの活動をきっかけに芸能界との接点が生まれたのだ。

幼少期の写真はどこで見られる?

ジヒョ幼少期

ファンの間で特に話題になったのが、2020年7月15日の写真公開だ。

この日、ジヒョはJYP入所15周年を記念して、幼少期の写真をTWICEの公式Instagramに投稿した。

写真には幼い頃のジヒョの姿が収められており、現在の面影を感じさせる大きな瞳や表情が印象的だった。

本人も15周年を迎えたことへの驚きをコメントに添えており、幼い頃から芸能活動を続けてきた時間の長さが伝わる投稿となった。

実は人見知りだった?両親が明かした幼少期の性格

ジヒョ幼少期

現在のジヒョは、ステージ上で堂々とした姿を見せ、メンバーをまとめるリーダーとしても知られている。

しかし、幼少期は現在とはかなり違う一面があった。

2023年9月、TWICE公式YouTubeの企画「Zyo's Zone.Zip」では、ジヒョが実家を訪れ、両親と幼い頃の思い出を振り返った。

このエピソードを紹介した韓国メディアKoreabooによると、両親はジヒョが非常に恥ずかしがり屋で、知らない人の近くにいると泣いてしまうほどだったと説明している。

さらに、子どもの頃に映画のオーディションを受けた際、監督が部屋に入ってきた途端に泣き出し、最後までオーディションを続けられなかったという。

両親は当初、娘が将来アイドルとして成功するとは考えていなかったという。現在の堂々としたステージパフォーマンスを見て、驚きと誇らしさを感じたことも紹介されている。

この話から見えてくるのは、幼少期から目立つことが好きな性格だったわけではないということだ。

人前で泣いてしまうほどの人見知りだった少女が、数万人の観客を前に歌い、踊り、グループを率いる存在へと成長した。その変化こそ、ジヒョの歩みを理解するうえで興味深いポイントだ。

【SMからJYPへ】8歳のジヒョを変えたスカウトの経緯

ジヒョの幼少期を語るうえで欠かせないのが、SMエンターテインメントでの練習生経験だ。

この過去が広く知られるようになったのは、2024年7月31日に公開された少女時代ヒョヨンのYouTubeコンテンツ「ヒョヨンのレベルアップ」への出演だった。

SMエンターテインメントに約1年間在籍していた

ジヒョは番組内で、JYPに入る前にSMエンターテインメントで約1年間練習生をしていたことを初めて明かした。

この告白に驚いたのが、当時SMに所属していた少女時代のヒョヨンだった。

ジヒョによると、SM時代には少女時代のメンバーたちとも接点があったという。

特に印象に残っているのが、少女時代のメンバーからかわいがられた記憶だ。

本人の回想では、ユナだったと思われる先輩がCDなどと顔の大きさを比較しながら、かわいいと話していたという。

当時8歳前後だったジヒョにとって、今では世界的に知られる先輩たちと過ごした時間は、幼少期の思い出の一つになっている。

スポーツソウル日本版も2024年8月1日、この対談で明らかになったSM時代のエピソードを詳しく報じた。

なぜSMからJYPに移ったのか?

気になるのは、なぜSMにいたジヒョがJYPへ移籍したのかという点だ。

ジヒョの説明によれば、きっかけは自分をスカウトした担当者の移籍だった。

その担当者がJYPに移ったため、ジヒョも一緒にJYPへ移ることになったという。

つまり、少女時代の所属事務所からTWICEの所属事務所へ移った背景には、担当者とのつながりがあった。

ヒョヨンはこの話を聞き、もしジヒョがSMに残っていたら少女時代のメンバーになっていた可能性もあったのではないかと冗談交じりに語った。

もちろん、これはヒョヨンの感想であり、実際に少女時代への加入が決まっていたわけではない。

興味深いのは、同じ韓国の大手芸能事務所であっても、どのタイミングで誰と出会うかによって、その後のキャリアが大きく変わり得ることだ。

ジヒョの場合、担当者の移籍が結果的にTWICEへとつながる長い道のりの出発点になった。

【2005年〜2015年】JYPでの10年間とSIXTEEN出演までの道のり

ジヒョのキャリアで最も長い時間を占めるのが、JYPエンターテインメントでの練習生生活だ。

2005年に入所し、2015年のTWICEデビューまで約10年間、デビューを目指して練習を続けた。

JYP入所は2005年、当時8歳

ジヒョは2020年のMBC番組「Radio Star」で、約10年間JYPの練習生として過ごしたことを語っている。

同番組では、2AMや2PMのメンバーたちと同じ時期に練習していたことや、彼らが次々にデビューしていく姿を見ていたことも明かした。

また、Wonder Girlsのソンミとは同じ頃にJYPへ入所したという。

毎日制服姿で自宅から事務所に通っていたため、他社の練習生からもJYPの練習生だと気づかれていたというエピソードもある。

SBS Starの2020年10月29日付報道では、こうした本人の発言が紹介されている。

10年間の練習生生活は決して順調ではなかった

10年間という期間は、K-POPアイドルの練習生としても非常に長い。

その間、ジヒョは歌やダンスの実力を磨くだけでなく、デビューの機会を待ち続ける必要があった。

2017年のTWICEのコンサートでは、ジヒョ自身が練習生時代について、常に幸せだったわけではなく、諦めたいと思った時期やつらい瞬間もあったと振り返っている。

また、2023年には高校3年生の頃、練習に疲れ果てて家を飛び出し、叔母の家に行ったことも明かした。

デビュー直前の強いストレスと疲労が理由だったという。

この出来事は、単に長期間練習していたという言葉だけでは伝わらない、当時の精神的な負担を示すエピソードだ。

SIXTEENへの出演は本人にとっても予想外だった

2015年、ジヒョはMnetのサバイバル番組「SIXTEEN」に参加する。

番組の目的は、JYPの練習生16人の中から新しいガールズグループのメンバーを選抜することだった。

実はジヒョは、当初この番組への出演を望んでいたわけではなかった。

2015年5月27日付のThe Korea Timesによると、ジヒョはナヨン、ジョンヨン、ミニョンらと先にデビューすることを期待していたため、SIXTEENへの参加に前向きではなかったという。

つまり、長年待ち続けたデビューが近づいていたにもかかわらず、再び選抜競争に参加する必要が生じたのだ。

番組では歌唱力やダンスだけでなく、個性や魅力、グループとしての適性も評価された。

そしてジヒョは最終的に選ばれ、TWICEのメンバーとなった。

ジヒョの幼少期から2026年までの年表

ここまでの経歴を時系列で整理すると、次のようになる。

時期 出来事 注目ポイント 1997年 韓国で誕生 幼少期はパク・ジスという名前で過ごす 1998年 テレビ番組に出演 生後21か月の鏡像認識テスト映像が残る 2004年 子役スター選抜大会 7歳で2位を獲得 2004〜2005年頃 SM練習生時代 約1年間在籍 2005年 JYP入所 8歳で練習生生活を開始 2015年5月 SIXTEEN出演 TWICEメンバー選抜に参加 2015年10月20日 TWICEデビュー リーダーとして活動開始 2023年8月18日 ソロデビュー 1stミニアルバム『ZONE』発売 2024年7月31日 SM時代を初告白 少女時代ヒョヨンとの対談で明かす 2026年10月21日 JYPとの契約終了 独立会社EMITHAUSを設立

出典:SBS、The Korea Times、スポーツソウル日本版、JYPエンターテインメント公式ディスコグラフィー、聯合ニュースなど。

この年表で注目したいのは、ジヒョが幼少期から成人するまでの大部分を芸能活動と練習に費やしてきたことだ。

単に10年間デビューを待ったのではなく、複数の事務所での経験やデビュー計画の変更を経て、最終的にTWICEというグループにたどり着いたのである。

【TWICEデビューから現在まで】幼少期の少女はどう成長した?

2015年、TWICEのリーダーとしてデビュー

2015年10月20日、ジヒョはTWICEのメンバーとして正式デビューした。

デビューアルバムは『THE STORY BEGINS』。タイトル曲は「Like OOH-AHH」だった。

JYP公式ディスコグラフィーによると、TWICEはSIXTEENで選ばれた9人によって結成されたグループである。

ジヒョはリーダーとメインボーカルを担い、長い練習生生活で積み重ねた歌唱力と経験を発揮していく。

2023年、ソロアーティストとして新たな一歩

2023年8月18日、ジヒョは初のソロミニアルバム『ZONE』を発売した。

タイトル曲は「Killin' Me Good」。

デビューから約8年を経て、グループのメンバーとしてではなく、一人のアーティストとして自分の音楽性を表現する機会を得た。

GRAMMY.comのインタビューでは、ジヒョは10年間の練習生生活について、現在のアーティストとしての基礎を築いた期間だったと説明している。

興味深いのは、練習生時代に現在の音楽スタイルが完成していたわけではないという点だ。自分がどのようなアーティストになりたいのかは、デビュー後に少しずつ見えてきたと語っている。

この発言は、幼少期からの長い準備期間が、そのまま現在の表現スタイルを決めたわけではないことを示している。

2026年10月、21年間所属したJYPを離れて独立

2026年のジヒョを語るうえで、最も大きなニュースがJYPエンターテインメントからの独立だ。

2026年10月21日、ジヒョは自身のSNSに直筆の手紙を公開し、幼少期から21年間所属してきたJYPとの契約を終了したことを発表した。

同時に、自身の新会社EMITHAUS(エミタウス)を設立したことも明らかにした。

韓国の聯合ニュースやKorea JoongAng Dailyなどが、この発表を報じている。

ジヒョは独立について、過去を終わらせるというよりも、これからの時間をどのように生きるかを選ぶことだという趣旨を説明した。

EMITHAUSという名称は、英語の「EMIT」に由来する。自分の中にあるまだ発見されていない可能性を自由に表現できる場所にしたいという思いが込められている。

JYPを離れてもTWICEを脱退するわけではない

今回の発表で特に重要なのは、JYPからの独立とTWICEからの脱退は別の話だということだ。

ジヒョは直筆の手紙で、TWICEは自分にとってかけがえのない存在であり、今後もメンバーと同じステージに立ち続けたいという意向を示した。

今後の活動については、次のように整理できる。

- JYPエンターテインメントとの21年間の所属関係は終了。
- 個人の音楽活動はEMITHAUSを通じて展開する方針。
- TWICEのメンバーとしてのグループ活動は継続する意向。
- 独立後は、これまでとは異なる環境で新しい表現や活動に挑戦する。

Korea JoongAng Dailyの報道でも、EMITHAUSがジヒョのソロ活動を担い、TWICEの活動は継続されると説明されている。

幼少期から21年間を過ごした場所を離れるという決断は、単なる所属先の変更ではない。

8歳で始まった練習生生活、10年間の努力、2015年のデビュー、2023年のソロ活動を経て、29歳となったジヒョが自らのキャリアを主体的に選ぶ段階に入ったことを意味している。

【プロの結論】ジヒョの幼少期から学べる本当の成長ストーリー

ジヒョの幼少期を振り返ると、単に「小さい頃からかわいかった」「幼い頃から芸能界にいた」という話だけでは説明できない。

彼女の歩みには、3つの大きな転換点がある。

第一は、子役スター選抜大会での出会い。

7歳で参加した大会が芸能活動の入り口となり、SMやJYPという大手事務所で経験を積むきっかけになった。

第二は、10年間の練習生生活。

デビューの機会が何度も変わるなかで、長期間にわたり努力を続けた。しかも本人は、練習生生活が常に幸せだったわけではないと率直に語っている。

第三は、2026年の独立。

21年間所属した事務所を離れ、自身の会社を設立したことは、キャリアの新しい段階を象徴している。

ここで見逃せないのは、ジヒョが幼少期から一貫して同じ夢や表現方法だけを追い続けたわけではないことだ。

子役モデルとして芸能界に入り、練習生として歌とダンスを磨き、グループのリーダーになり、ソロアーティストへと活動の幅を広げた。

そして現在は、自ら活動の場を作る立場へと変化している。

ジヒョの魅力は、幼少期の写真と現在の姿が似ていることだけではない。人見知りだった少女が、長い経験を通じて自分の可能性を広げてきた、その成長の過程にある。

【ジヒョの幼少期】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:ジヒョは子役としてドラマや映画に出演していた?

A1:幼少期に子役モデルとして活動し、2004年のジュニアネイバー子役スター選抜大会で2位を獲得しています。ただし、子役俳優としてドラマや映画に多数出演していたという経歴とは異なります。映画のオーディションを受けた際、緊張して泣いてしまったというエピソードもあります。

Q2:ジヒョはSMエンターテインメントの練習生だった?

A2:はい。本人が2024年のヒョヨンとの対談で、JYP入所前にSMエンターテインメントに約1年間在籍していたと明かしています。少女時代のヒョヨンやメンバーたちとの幼少期の思い出も語っています。

Q3:ジヒョのJYP練習生期間は何年?

A3:2005年の入所から2015年のTWICEデビューまで、約10年間です。本人もテレビ番組などで10年間の練習生生活について説明しています。

Q4:ジヒョは幼少期から明るく社交的だった?

A4:両親の回想によると、幼い頃はかなり人見知りで、知らない人の前では泣いてしまうこともあったそうです。現在の堂々としたステージ上の姿とは異なる一面です。

Q5:2026年にJYPを退社したジヒョはTWICEを脱退した?

A5:いいえ。2026年10月21日にJYPとの契約終了とEMITHAUS設立を発表しましたが、TWICEの活動は今後も続ける意向を本人が明らかにしています。

まとめ:ジヒョの幼少期から現在までを振り返る

TWICEのジヒョは、7歳で子役スター選抜大会に参加し、SMエンターテインメントでの練習生経験を経て、2005年にJYPへ入所した。

約10年間の練習生生活は決して平坦ではなかったが、2015年にTWICEのリーダーとしてデビュー。2023年にはソロアーティストとしても成功への道を広げた。

そして2026年10月21日、21年間所属したJYPを離れ、EMITHAUSを設立。TWICEでの活動を続けながら、新しいキャリアに挑戦している。

幼少期の人見知りだった少女が、世界を舞台に活躍するアーティストとなり、今度は自分自身の会社を持つまでに成長した。

ジヒョの物語は、幼少期から現在まで続く成長の記録であり、2026年の独立はその新しい章の始まりでもある。