【2025年12月21日】新野新さんを偲ぶ「鶴瓶ひとりのぬかるみの世界」

目次

2025年、『ぬかるみの世界』にとって大きな節目が訪れました。

放送作家・新野新さんが亡くなったのです。

新野新さんが90歳で死去

新野新さんは、2025年9月25日午後8時2分、老衰のため大阪市内の病院で亡くなりました。90歳でした。

訃報は同年10月2日に門弟によって明らかにされました。

新野さんは1958年に早稲田大学を卒業。北野劇場の演出助手を経て、テレビ草創期から関西の放送業界で放送作家として活動しました。

『ぬかるみの世界』以外にも、ABCテレビ『晴れ時々たかじん』や読売テレビ『今夜なに色?』などに出演し、関西のテレビ・ラジオ文化を支えた人物です。

2025年6月には卒寿を記念し、本人や関係者の証言をまとめた『小バラ色の人生 新野新で語る大阪放送界史』も出版されていました。

追悼特番の放送が決定

新野さんの訃報を受け、ラジオ大阪は2025年11月21日、特別番組の放送を発表しました。


放送済み・2025年12月21日
新野新さんを偲ぶ 鶴瓶ひとりのぬかるみの世界

項目 内容
放送局 OBCラジオ大阪
放送日 2025年12月21日(日)
放送開始 深夜24時
告知上の放送枠 24:00~25:30
出演 笑福亭鶴瓶
内容 新野新さんの追悼・思い出話

ラジオ大阪の公式発表および放送後のradiko記事に基づく情報です。

タイトルは『新野新さんを偲ぶ 鶴瓶ひとりのぬかるみの世界』。

かつてのコンビがそろう形ではなく、鶴瓶が一人で出演し、新野との思い出を語る構成でした。

番組開始時刻は、かつての『ぬかるみの世界』と同じ日曜深夜24時。放送当時のオープニング音楽も使用されました。

岩本重義ディレクターと千房の中井政嗣会長も参加

特番には、当時の番組ディレクターだった岩本重義と、番組をスポンサーとして支えた千房の中井政嗣会長も立ち会いました。

全国から寄せられたぬかる民の手紙が紹介され、当時の思い出が次々と語られました。

番組で取り上げられたのは、次のような話題です。

- おじん・おばん論争
- 誰が握ったおにぎりなら食べられるかというおにぎり談義
- 約5000人が集まった新世界ツアー
- 番組の名物コーナー「全国縦断ぬかるみ電話」
- 新野新との若手時代の思い出

特に印象的だったのは、北海道・帯広に住む女性リスナーとの電話です。

かつて「全国縦断ぬかるみ電話」に出演した経験のあるリスナーと、鶴瓶が生放送でつながり、番組の記憶を共有しました。

全国各地にいたぬかる民が、何十年もの時を経て再び番組に集まったのです。

鶴瓶が語った新野新への感謝

特番で鶴瓶が語った言葉には、2人の関係性がよく表れています。

「新野新という人に、"おもろない"と言えるのが本当に嬉しかったですね」

【検証資料 1】ぬかるみの世界の当時の様子・関連報道写真(出典:printersdevil.org)

これは、鶴瓶が若手時代に新野と自由に意見をぶつけ合えたことを振り返った言葉です。

さらに、放送作家の新野が自由にやっていいと認めてくれたからこそ、現在につながる自分の芸風が生まれたという趣旨の話もしました。

鶴瓶は特番の中で、新野との出会いが自分の話し方や物の考え方に大きな影響を与えたと語っています。

また、番組終了後に別のラジオ番組でも、新野への感謝を次のように表現しました。

「新野先生は恩人ですよね」

この言葉は、単なる共演者への追悼ではありません。

若い頃の鶴瓶に自由な表現の場を与え、現在の芸風につながる経験をもたらした人物への感謝でした。

【2026年最新】ぬかるみの世界は現在どうなっている?

2026年11月現在、『鶴瓶・新野のぬかるみの世界』は、1989年に終了した歴史的な番組です。

2025年12月21日の追悼特番によって、一夜限りの形で復活しましたが、かつてのような毎週の日曜深夜のレギュラー番組として再開したわけではありません。

2026年1月、鶴瓶が追悼特番を振り返る

2026年1月4日放送のニッポン放送『笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ』でも、追悼特番について話題になりました。

鶴瓶は、当時のディレクターから声をかけられて復活放送が実現したことを説明しています。

当日はMBSラジオ『ヤングタウン』の日曜生放送に出演した後、そのままラジオ大阪へ移動するスケジュールでした。

2つの生放送の間隔は約30分。

鶴瓶は生放送から生放送へ向かう雰囲気を楽しみたいと考え、自らこのスケジュールを希望したと語っています。

74歳で深夜の生放送を続けてこなした鶴瓶は、翌日にはさすがに疲れを感じたことも明かしました。

このエピソードからも、追悼特番が単なる録音番組ではなく、当時の生放送の空気を再現しようとした企画だったことが分かります。

今後、ぬかるみの世界は再び復活するのか

気になるのは、今後の復活の可能性です。

2025年の特番で鶴瓶は、『ぬかるみの世界』について語り合う会や、新野新をみんなで振り返る場を設けてもよいのではないか、という趣旨の発言をしています。

これは、番組の記憶を次の世代にも残したいという思いが感じられる言葉です。

ただし、2026年11月現在、定期的な番組復活や次回特番の具体的な日程が公式発表された事実は確認できません。

現在の番組の位置づけを整理すると、次のようになります。

- レギュラー放送:1989年10月1日に終了。
- 2025年の復活:新野新さんを偲ぶ単発の生放送を実施。
- 2026年の状況:追悼特番後の継続的な復活は未発表。
- 番組文化の継承:ぬかる民の記憶、千房のぬかるみ焼、関係者の証言などが残る。

2025年の特番は、番組が単に懐かしまれているだけではなく、関係者とリスナーの間で現在も大切にされていることを示しました。

【よくある質問】ぬかるみの世界に関するFAQ

Q1:ぬかるみの世界はいつからいつまで放送されていましたか?

A1:1978年4月9日から1989年10月1日まで、約11年半にわたってラジオ大阪(OBC)で放送されました。笑福亭鶴瓶と新野新がパーソナリティーを務めた日曜深夜の番組です。

Q2:ぬかる民とは何ですか?

A2:『ぬかるみの世界』を熱心に聴いていたリスナーの呼び名です。番組への投書やイベント参加を通じて、出演者と一緒に番組文化をつくり上げた人々を指します。

Q3:ぬかるみの世界が終了した理由は何ですか?

A3:当時のディレクター岩本重義によると、ラジオ大阪の上層部による打ち切りではなく、鶴瓶と新野の2人の判断でした。大量の投稿を読む負担も背景にあった可能性を岩本が推測しています。

Q4:2025年の復活特番はいつ放送されましたか?

A4:2025年12月21日(日)深夜24時から、ラジオ大阪で『新野新さんを偲ぶ 鶴瓶ひとりのぬかるみの世界』が生放送されました。鶴瓶が一人で出演し、新野との思い出やリスナーからの手紙を紹介しました。

Q5:千房のぬかるみ焼は2026年現在も注文できますか?

A5:はい。千房の公式企業サイトでは、現在も裏メニューとして案内されています。公式説明では全国の店舗で注文可能とされています。ただし、当時の600円という価格は現在の価格ではありません。


まとめ:ぬかるみの世界が40年以上愛され続ける理由

『鶴瓶・新野のぬかるみの世界』が特別な番組として記憶されている理由は、単に笑福亭鶴瓶と新野新という2人の個性が強かったからだけではありません。

そこには、出演者とリスナー、制作スタッフ、スポンサーが一緒になってつくり上げた独特の文化がありました。

毎週300~500通の手紙、新世界ツアーに集まった約5000人、千房に残るぬかるみ焼、そして1989年の最終回後も続いたぬかる民の交流。

どれも、番組がラジオの電波の外側にまで影響を及ぼしていた証拠です。

2025年9月に新野新さんが90歳で亡くなったことは、番組を愛した人々にとって大きな別れとなりました。しかし、同年12月21日の追悼特番では、鶴瓶、岩本重義、千房の中井政嗣、そして全国のぬかる民が再び同じ番組のもとに集まりました。

2026年現在、レギュラー番組としての復活は発表されていません。それでも、千房の裏メニューや関係者の証言、そしてリスナーの記憶の中に『ぬかるみの世界』は生き続けています。

番組は1989年に終わりました。しかし、ぬかる民にとっての「ぬかるみ」は、まだ終わっていないのです。

主な取材・資料:ラジオ大阪公式発表、千房公式企業紹介、デイリースポーツ(2019年の岩本重義・新野新インタビュー、2025年の訃報報道)、日刊スポーツ、radiko news、ニッポン放送 NEWS ONLINE。