中山道地図2026年版|日本橋から三条大橋まで全69次・約530kmを徹底解説

目次

中山道地図を探している人が最初に確認したいのは、江戸の日本橋から京都の三条大橋まで続く約530kmの全ルートです。中山道は江戸時代に整備された五街道の一つで、東京都・埼玉県・群馬県・長野県・岐阜県・滋賀県を経て京都へ至ります。道中には板橋宿から大津宿まで69の宿場が並び、碓氷峠や和田峠、木曽路など、現在も歴史的な景観を残す場所が点在しています。

2026年現在、無料で利用できる中山道の地図には、国土交通省の地域別散策マップ、江戸時代の宿場位置を確認できる歴史地理データ、自治体や観光協会が公開するウォーキングマップなどがあります。ただし、江戸時代の旧街道と現在の道路は必ずしも一致しません。全ルートの位置関係を把握する地図と、実際に歩くための地図を使い分けることが、街道散策を楽しむ第一歩です。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 全ルート:日本橋から京都・三条大橋まで約530km。東京都から京都府まで7都府県を通る。
  • 宿場数:一般に中山道六十九次と呼ばれ、板橋宿から大津宿まで69の宿場が並ぶ。厳密には67宿に東海道と共通する2宿を加えた数え方もある。
  • 無料地図:国土交通省の中山道マップやGeoshapeの江戸宿場マップを活用すると、宿場の位置と歴史的な道筋を確認できる。
  • 徒歩の注意点:碓氷峠・和田峠などの山岳区間は、一般的な市街地のウォーキングとは難易度が異なる。
  • 代表的な見どころ:奈良井宿・妻籠宿・馬籠宿など、江戸時代の町並みを感じられる宿場町が残っている。

【全ルート】中山道地図で日本橋から三条大橋まで約530kmを確認

中山道地図

中山道は、江戸の日本橋を起点として京都の三条大橋を目指す街道です。国土交通省関東地方整備局の「中山道マップ」では、江戸時代の中山道を67宿69次、全長約135里、約530kmと紹介しています。

東海道が太平洋側を進むのに対し、中山道は内陸部を通り、上信越の山々や木曽谷を越えて近江へ向かいます。海岸線に沿うのではなく、山間部の盆地や宿場町をつないでいくのが大きな特徴です。

日本橋から三条大橋までの道筋

中山道地図

現在の都県名で整理すると、中山道の全ルートは次の順番で進みます。

  • 東京都:板橋宿
  • 埼玉県:蕨宿・浦和宿・大宮宿・上尾宿・桶川宿・鴻巣宿・熊谷宿・深谷宿・本庄宿
  • 群馬県:新町宿・倉賀野宿・高崎宿・板鼻宿・安中宿・松井田宿・坂本宿
  • 長野県:軽井沢宿から妻籠宿までの25宿
  • 岐阜県:馬籠宿から今須宿までの17宿
  • 滋賀県:柏原宿から大津宿までの10宿
  • 京都府:三条大橋(終点)

つまり、中山道が通過するのは東京都、埼玉県、群馬県、長野県、岐阜県、滋賀県、京都府の7都府県です。地図を広域表示すると、関東平野を北西へ進み、群馬県から長野県へ入り、木曽谷を南西方向へ抜けて岐阜県、滋賀県、京都へ向かう流れがわかります。

中山道の距離は約530km。資料によって数字が違う理由

中山道地図

中山道の距離は約530kmと覚えておくと便利です。国土交通省関東地方整備局は約530km、岐阜県十七宿美濃中山道散策ガイドは約532kmと紹介しています。一方、国土交通省関東運輸局の資料では、京都まで約526.3kmという数値が示されています。

この違いは、江戸時代の里・町・間を現代のメートル法に換算する方法や、終点までの区間の扱いなどによるものです。現在の道路を歩く場合も、旧道の残存状況や迂回路によって実際の歩行距離は変わります。したがって、約530kmは歴史的な街道の全体像をつかむための目安として考えるのが適切です。

なぜ中山道は整備されたのか

中山道は、江戸幕府が全国の交通網を整備する過程で重要な役割を担った五街道の一つです。一般に慶長7年(1602年)ごろに整備されたとされ、宿場には人足や伝馬と呼ばれる馬が置かれました。

これらは単なる旅行者向けの施設ではありません。大名行列の移動、幕府の公用書状、荷物の輸送など、江戸と京都を結ぶ交通・通信の仕組みを支える拠点でした。

また、江戸時代には「中仙道」という表記も使われましたが、享保元年(1716年)に幕府が「中山道」に統一しました。京都から江戸へ向かった皇女和宮の降嫁行列が文久元年(1861年)にこの街道を通ったことでも知られ、姫街道という呼び名にも歴史的な背景があります。

【検証資料 1】中山道地図の当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

【宿場一覧】中山道六十九次を通過する都県別に整理

中山道の宿場町を地図で調べる際は、単純に69か所の名前を覚えるよりも、都県別に区切って位置関係を把握する方がわかりやすくなります。

以下は、ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センターが作成した江戸宿場データセットを可視化する「Geoshape 江戸宿場マップ」などを参考に、日本橋から三条大橋へ向かう順番で整理した一覧です。

都県 宿場の順番 宿場数・特徴
東京都 板橋 1宿。江戸を出て最初に置かれた宿場。
埼玉県 蕨・浦和・大宮・上尾・桶川・鴻巣・熊谷・深谷・本庄 9宿。関東平野を北西へ進む区間。
群馬県 新町・倉賀野・高崎・板鼻・安中・松井田・坂本 7宿。碓氷峠へ向かう山越えの入口。
長野県 軽井沢・沓掛・追分・小田井・岩村田・塩名田・八幡・望月・芦田・長久保・和田・下諏訪・塩尻・洗馬・本山・贄川・奈良井・藪原・宮ノ越・福島・上松・須原・野尻・三留野・妻籠 25宿。中山道の中でも宿場と峠が連続する主要区間。
岐阜県 馬籠・落合・中津川・大井・大湫・細久手・御嵩・伏見・太田・鵜沼・加納・河渡・美江寺・赤坂・垂井・関ヶ原・今須 17宿。木曽路から美濃路へ続く区間。
滋賀県 柏原・醒井・番場・鳥居本・高宮・愛知川・武佐・守山・草津・大津 10宿。草津・大津は東海道と共通する宿場。
京都府 三条大橋 終点。宿場数には含めない。

上記の宿場数を合計すると69宿になります。日本橋と三条大橋は起点・終点であり、69宿には含めません。

中山道は67宿なのか、69宿なのか

中山道について調べると、「67宿」と「69宿」という二つの数字が登場します。これは、街道の制度上の区分と、一般に使われる六十九次という呼び方の違いによるものです。

板橋宿から守山宿までが中山道の本来の67宿です。その先の草津宿と大津宿は東海道にも属する宿場ですが、京都まで進む際に経由するため、通常はこの2宿を加えて69宿と数えます。

長野県公式観光サイト「Go NAGANO」の中山道特集でも、日本橋と三条大橋を除き、板橋宿を1次、大津宿を69次とする数え方が紹介されています。

つまり、どちらかが単純に間違いというわけではありません。歴史的な街道制度を調べるなら67宿、浮世絵や観光案内で一般的な中山道六十九次を調べるなら69宿という区別を理解しておくと、地図や資料の違いに迷いません。

地図で注目したい代表的な宿場町

板橋宿は、江戸を出発した旅人が最初に立ち寄る宿場でした。現在の東京都板橋区に位置し、江戸の市街地から街道へ入る重要な地点です。

高崎宿は群馬県内の主要な宿場で、周辺の街道との結び付きも強い交通の要所でした。ここから西へ向かうと安中、松井田、坂本を経て碓氷峠へ向かいます。

奈良井宿は長野県塩尻市にある木曽路の代表的な宿場町です。木曽11宿の一つで、歴史的な町並みがまとまって残っています。

妻籠宿・馬籠宿は、木曽路を代表する宿場町です。石畳や古い建物が残り、宿場町の景観と山間の街道の雰囲気を同時に楽しめます。

関ヶ原宿は、岐阜県西部の歴史的な交通の要衝です。ここから近江へ向かい、柏原宿、醒井宿などを経て京都へ近づきます。

【無料地図】中山道旧街道地図とGoogleマップはどう使い分ける?

中山道の地図は、目的によって選び方が変わります。全ルートの把握、宿場町の位置確認、実際の徒歩ナビゲーションは、それぞれ必要な情報が違うためです。

1. 国土交通省の中山道マップ

無料で利用できる資料として最初に確認したいのが、国土交通省関東地方整備局・大宮国道事務所の「中山道マップ」です。

この資料では、埼玉県内の中山道を複数の区間に分け、戸田渡船場から大宮宿、大宮宿から桶川宿、鴻巣宿から熊谷宿、熊谷宿から深谷宿、深谷宿から上流川方面までを紹介しています。

全区間を一枚で表示する全国版地図ではありませんが、地域ごとの史跡や旧道の位置を確認したい場合に役立ちます。印刷用PDFも用意されているため、現地で紙の資料を使いたい人にも便利です。

2. Geoshapeの江戸宿場マップ

日本橋から三条大橋までの宿場の位置を広域で確認するなら、Geoshapeリポジトリの「江戸宿場マップ」が参考になります。

江戸時代の宿場データを地図上に表示したもので、中山道の宿場名や位置情報を確認できます。2026年8月時点のデータセット情報も掲載されており、宿場の位置関係を調べるための無料の歴史地理資料として利用できます。

ただし、宿場の位置を示す地図と、実際に歩ける道路を示すナビゲーション地図は別物です。宿場のポイントがわかっても、そこへ至る旧街道の細かな分岐や通行状況まで保証されるわけではありません。

3. 岐阜県・長野県の地域別観光マップ

木曽路や美濃路を歩く予定なら、自治体や観光協会が提供する地域別の散策マップも有効です。

  • 岐阜県十七宿美濃中山道散策ガイド:馬籠宿から美濃路の宿場町まで、岐阜県内の街道と歴史的な見どころを確認できる。
  • Go NAGANO:妻籠宿周辺や木曽路の歴史的な街道、観光スポットを調べられる。
  • 信州・長和町観光協会:和田宿・長久保宿と和田峠周辺の散策情報や地域マップを確認できる。
  • 軽井沢観光協会:信濃追分周辺の旧中山道ウォーキングコースを紹介している。

こうした地域別の地図は、旧道の残存区間や観光スポット、歩行距離などを調べるときに役立ちます。

4. 中山道のGoogleマップを利用する場合

Googleマップは、現在の道路を利用した移動や徒歩ルートの確認に便利です。最寄り駅から宿場町までのアクセス、現在地から観光施設までの距離、飲食店や休憩場所の位置などを調べられます。

一方、Googleマップで「中山道」と検索しただけでは、江戸時代の旧街道を完全に再現できるわけではありません。現在の道路や歩道を優先して案内するため、歴史的な街道から外れた道を表示する場合があります。

おすすめの使い分けは次のとおりです。

  • 歴史的な道筋:旧中山道の地図や江戸宿場マップで確認する。
  • 宿場町の位置:Geoshapeや自治体の観光マップを利用する。
  • 駅からのアクセス:Googleマップで現在の交通経路を調べる。
  • 実際の徒歩ルート:地域のウォーキングマップと現地の案内標識を優先する。

この3種類の地図を組み合わせれば、歴史的な位置関係を理解しながら、現代の道路事情にも対応できます。

【検証資料 2】中山道地図の活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【徒歩ルート】碓氷峠・和田峠・木曽路の歩きどころと注意点

中山道を実際に歩く場合、全530kmを一度に踏破する必要はありません。歴史的な町並みが残る区間や、峠越えを体験できる区間など、興味に合わせて部分的に歩く方法もあります。

ただし、平坦な市街地と山間部では歩行条件が大きく異なります。とくに碓氷峠と和田峠は、中山道の歴史を理解するうえでも、徒歩計画を立てるうえでも重要な地点です。

碓氷峠:群馬県から長野県へ向かう最初の難所

群馬県の坂本宿から長野県の軽井沢宿へ向かう途中にあるのが碓氷峠です。中山道の東側に位置する代表的な峠で、旅人にとって大きな難所でした。

長野県公式観光サイト「Go NAGANO」の取材記事では、坂本宿から軽井沢宿へ向かう区間について、標高差の大きい上りがあることが紹介されています。山道の勾配や地形を理解せずに距離だけで判断すると、想定よりも体力を消耗する可能性があります。

軽井沢観光協会は、旧碓氷峠から軽井沢町内を西へ進む旧中山道のウォーキングコースを紹介しています。また、群馬県側の横川から旧碓氷峠へ向かう道は約3時間を要し、比較的人通りが少ないため、事前の調査と準備を勧めています。

なお、横川駅周辺には旧信越本線の廃線跡を利用した「アプトの道」もあります。これは約6.3kmの鉄道遺産を巡る遊歩道であり、旧中山道そのものとは別の散策コースです。碓氷峠の歴史を楽しめる場所ですが、両者を同じルートと考えないよう注意しましょう。

和田峠:中山道最大級の山岳区間

長野県の和田峠は、中山道の中でも特に厳しい峠として知られています。標高は約1,600mに達し、冬には積雪もある山岳地帯です。

和田宿は、この峠を越える前に旅人が休息した宿場でした。長和町観光協会によると、和田宿から和田峠までの徒歩区間は約10.8kmで、所要時間の目安は下り約195分、上り約230分です。

この数字からも、単なる観光地の散歩とは違うことがわかります。標高差や路面状態、天候によって歩行条件が変わるため、軽装で気軽に入ることは避けたい区間です。

また、長和町には長久保宿もあります。長久保宿は竪町と横町が直角に交わるL字型の町並みが特徴で、和田宿と合わせて歩くと、峠を控えた宿場町の役割を理解しやすくなります。

木曽路:奈良井宿・妻籠宿・馬籠宿を結ぶ歴史的な街道

中山道の中でも人気が高いのが、長野県南部から岐阜県へ続く木曽路です。木曽谷を通ることから木曽街道とも呼ばれ、深い山々や渓谷、宿場町の景観が特徴です。

奈良井宿は、木曽11宿の中でも標高の高い場所に位置し、長く続く町並みが見どころです。歴史的な建物が残る街道沿いを歩きながら、当時の旅人が利用した宿場の雰囲気を感じられます。

妻籠宿は、江戸時代の町並みを保存する取り組みで知られています。街道沿いの建物や石畳、周囲の山林が一体となった景観が魅力です。

馬籠宿は、石畳の坂道に沿って家並みが続く宿場町です。妻籠宿との間には馬籠峠があり、歴史的な街道を歩く観光ルートとして親しまれています。

この3つの宿場を地図上で確認すると、中山道が単なる都市間の移動路ではなく、山間の集落や自然環境と密接に結び付いた街道だったことがわかります。

徒歩で中山道を歩く際の基本的な注意点

  • 峠道では、標高差や勾配を距離以上に重視する。
  • 山間部に入る前に、公共交通機関の運行状況と帰路を確認する。
  • 冬季や雨天時は、積雪・凍結・増水などの影響を考慮する。
  • 旧道が車道や私有地に変わっている場所では、現地の案内に従う。
  • 人通りの少ない区間では、日没前に行動を終えられる計画を立てる。

旧街道の魅力は、昔の道を歩くことだけではありません。宿場町と宿場町の間に広がる自然や、地形によって変わる街道の表情を知ることにもあります。

【東海道と比較】中山道はなぜ長く、山越えが多いのか

中山道と東海道は、どちらも江戸と京都を結ぶ五街道の主要ルートです。しかし、地図を見比べると、通過する地形や宿場の配置が大きく異なります。

国土交通省関東運輸局の令和4年度調査報告書では、東海道の総延長を約495.5km、中山道を京都まで約526.3kmと整理しています。中山道の方が約31km長い計算です。

一方、宿場数にも違いがあります。東海道は53宿、中山道は67宿を基本とし、草津宿・大津宿を加えると69宿になります。

東海道と中山道の特徴を比較

  • 東海道:太平洋側の平野部や海沿いを中心に進む。比較的利用しやすい交通路として発展した。
  • 中山道:内陸部の山間地を通る。碓氷峠、和田峠、木曽路などの山越えが多い。
  • 東海道の課題:大井川などの大河川を渡る必要があり、増水や天候によって川留めが発生することがあった。
  • 中山道の利点:東海道に比べて大河川の渡河による長期的な足止めのリスクが小さかった。

つまり、中山道は距離や高低差では不利な部分があったものの、河川の増水による通行停止を避けやすいという特徴を持っていました。

東海道が最も利用された幹線だった一方で、中山道も参勤交代や公用交通、商業輸送などで重要な役割を果たしました。皇女和宮が1861年に江戸へ向かう際に中山道を利用したことも、その歴史を象徴する出来事です。

中山道が「姫街道」と呼ばれる理由

中山道には、姫街道という別名があります。特に知られるのが、仁孝天皇の皇女和宮が徳川家茂に嫁ぐため、文久元年(1861年)に京都から江戸へ向かった際の大行列です。

長和町観光協会の資料によると、和田宿では同年3月の大火によって宿場の多くが焼失しましたが、11月に予定されていた和宮の降嫁に備え、幕府の援助と住民の努力によって町並みが復興されました。

このように、中山道は旅人や商人だけでなく、歴史上重要な人物の移動にも利用された街道でした。現在の宿場町に残る本陣や旧跡を地図と照らし合わせると、単なる観光スポット以上の歴史的な意味が見えてきます。

【検証資料 3】中山道地図に関する近況・インタビュー報道記録(出典:Yahoo!ニュース)

【地図の読み方】中山道散策で失敗しないための確認ポイント

中山道の地図を手に入れても、すぐに歩き始めるのはおすすめできません。約530kmという長い街道には、市街地、峠道、山間部、現在の幹線道路と重なる区間など、さまざまな環境が含まれているからです。

旧街道地図と現在の道路地図を区別する

江戸時代の中山道が、現在も同じ形で連続して残っているわけではありません。都市部では道路の拡幅や区画整理によって旧道の姿が変わり、街道の一部が現代の道路の下に取り込まれた場所もあります。

一方で、旧道の道幅や町並みが残る地域もあります。国土交通省関東運輸局の調査資料でも、旧街道をそのまま拡幅せず、新しい道路が別に整備された地域では、昔ながらの街道の景観が残っていることが紹介されています。

そのため、地図を見るときは、次の3点を区別してください。

  • 歴史的な街道:江戸時代に実際に利用された道筋。
  • 現在の道路:現代の交通事情に合わせて整備された道路。
  • 観光ウォーキングコース:旧街道や史跡を組み合わせて、現在歩きやすいように設定されたルート。

一日の歩行距離だけで計画を立てない

平地の20kmと、峠を越える20kmでは体力の消耗が大きく違います。特に碓氷峠や和田峠では、標高差や路面状況を考慮する必要があります。

初心者の場合は、まず宿場町の町並みを散策する短いコースから始めると安心です。奈良井宿や妻籠宿、馬籠宿のように観光施設や休憩場所がある地域なら、歴史的な景観を楽しみながら無理のない範囲で歩けます。

電車・バスと組み合わせて歩く

中山道を部分的に歩く場合は、宿場町を起点・終点にして、公共交通機関と組み合わせる方法が現実的です。

ただし、山間部の宿場町は駅から距離がある場合や、バスの本数が限られる場合があります。Googleマップで表示される移動時間だけでなく、自治体や交通事業者が公表している最新の運行情報も確認してください。

どのような人に中山道散策がおすすめか

  • 歴史好きの人:宿場町、本陣、旧跡、街道の歴史を地図と照らし合わせて楽しみたい人。
  • 街歩きが好きな人:奈良井宿や妻籠宿など、昔の町並みをゆっくり見て回りたい人。
  • 自然が好きな人:木曽路や峠道など、山間部の自然と歴史を同時に楽しみたい人。
  • 長距離ウォーカー:複数の宿場をつなぎ、区間ごとに踏破する目標を立てたい人。

反対に、平坦な舗装路だけを歩きたい人や、移動時間を短く抑えたい人は、峠越えを含む長距離区間よりも、宿場町の散策を中心にした計画が向いています。

【中山道の地図】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:中山道の全ルートを無料で確認できる地図はありますか?
A1:あります。国土交通省関東地方整備局の中山道マップ、Geoshapeの江戸宿場マップ、岐阜県や長野県の観光協会が公開する地域別マップなどが利用できます。全ルートの宿場位置を確認するならGeoshape、実際に歩くなら自治体のウォーキングマップを組み合わせる方法がおすすめです。

Q2:中山道は日本橋から三条大橋まで何kmありますか?
A2:約530kmです。資料によって約526kmから532km程度の違いがありますが、街道の全体像を把握する場合は約530kmを目安にしてください。現在の道路を利用して歩く場合は、旧道からの迂回などによって実際の距離が変わります。

Q3:中山道は全部で何宿ありますか?67宿と69宿のどちらが正しいですか?
A3:中山道の本来の宿場は板橋宿から守山宿までの67宿です。京都まで進む際には東海道と共通する草津宿・大津宿も経由するため、これらを加えて69宿とするのが一般的な六十九次の数え方です。

Q4:中山道はGoogleマップだけで歩けますか?
A4:現在の道路や徒歩での移動経路を確認するには便利ですが、江戸時代の旧街道を正確にたどれるとは限りません。旧街道の地図や地域の公式ウォーキングマップと併用し、峠道や通行状況も事前に確認してください。

Q5:中山道で初心者におすすめの宿場町はどこですか?
A5:奈良井宿、妻籠宿、馬籠宿などがおすすめです。歴史的な町並みが残り、宿場町の雰囲気を比較的わかりやすく楽しめます。峠越えを含む長距離コースに挑戦する前に、町並み散策から始めるとよいでしょう。

まとめ:中山道地図は全ルートと現代の徒歩ルートを分けて活用する

中山道は、日本橋から京都・三条大橋まで続く約530kmの歴史街道です。東京都、埼玉県、群馬県、長野県、岐阜県、滋賀県、京都府の7都府県を通り、江戸時代には67宿、東海道と共通する草津宿・大津宿を含めると69宿を結んでいました。

全ルートを把握するには、宿場の位置を確認できるGeoshapeの江戸宿場マップが便利です。埼玉県内の史跡を調べるなら国土交通省の中山道マップ、木曽路や和田峠を歩くなら岐阜県・長野県の地域別観光マップが役立ちます。

一方、Googleマップは現在の道路を使った移動経路の確認に適していますが、江戸時代の旧街道と完全に一致するわけではありません。歴史的な道筋と現代の徒歩ルートを区別することが、散策の満足度を高めるポイントです。

中山道の魅力は、69の宿場を数字として追うだけでは見えてきません。碓氷峠や和田峠の険しさ、奈良井宿や妻籠宿の町並み、馬籠宿から美濃路へ続く山間の風景など、地図上の一点一点に歴史と人々の営みが刻まれています。

まずは無料の中山道地図で全体の道筋を確認し、興味のある宿場町や歩いてみたい区間を一つ選んでみてください。日本橋から三条大橋へ続く長い街道を、地図を片手に少しずつたどることが、中山道を深く楽しむ方法です。