クライシスアクターとは何者?防災訓練の役割と事件やらせ説の真相を2026年最新検証
「クライシスアクター」という言葉を聞いたことがあるだろうか。直訳すると「危機を演じる俳優」という意味だが、本来は防災訓練や大規模事故の対応訓練で、負傷者や被災者、目撃者などの役を演じる人を指す言葉である。
ところが、2023年の岸田文雄首相襲撃事件や、海外の銃乱射事件、戦争報道などをきっかけに、実際の事件や災害が政府や報道機関によって演出されており、現場にいる人々は雇われた役者だとする陰謀論にも使われるようになった。2026年11月現在も、SNSでは事件の映像や報道に登場する人物をめぐって、同様の疑惑が繰り返し持ち上がっている。
では、防災訓練で実際に活動するクライシスアクターと、事件をでっち上げるために雇われたというネット上の主張は、どこが違うのか。日本ファクトチェックセンターの検証、岸田首相襲撃事件、米国のサンディフック小学校銃乱射事件などを手掛かりに、言葉の由来から現在の実態、デマの見分け方まで解説する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 本来の意味:防災訓練や事故対応訓練で被災者・負傷者などを演じる訓練参加者。
- 陰謀論との違い:訓練で役を演じる人の存在は事実だが、実際の事件を演出するために雇われたという主張には別の証拠が必要。
- 岸田首相襲撃事件:日本ファクトチェックセンターは、カメラワークを理由とした事件のやらせ説を「誤り」と判定。
- 海外の代表例:2012年のサンディフック小学校銃乱射事件では、被害者を役者とする陰謀論が広がった。
- 2026年の判断基準:人物の顔が似ている、映像の撮影が不自然といった印象だけでは、事件の捏造を証明できない。
【意味と由来】クライシスアクターとは?本来の役割と職業としての実態

クライシスアクターの意味は「危機を再現する訓練参加者」
クライシスアクターは、英語の「Crisis Actor」を日本語にした言葉である。「Crisis」は危機や重大事態、「Actor」は俳優や演技者を意味する。
本来の意味は、災害、事故、テロ、銃撃事件などを想定した訓練に参加し、被災者や負傷者、目撃者、避難者などの役を演じる人だ。
例えば、大規模地震が発生したという想定で実施する防災訓練では、消防隊員や救急隊員が負傷者の救助、搬送、応急処置などを練習する。その際、実際に人が負傷した状況を再現するため、訓練参加者が負傷者役を担当する。
このような役割を担う人がクライシスアクターである。
単に演技を披露することが目的ではない。救助する側が現場の混乱に対応できるか、限られた時間で適切な判断を下せるか、複数の機関が連携できるかを確認するための重要な訓練要員だ。
言葉の由来は2012年の米国の訓練事業
英語圏における「Crisis Actor」の初期用例として知られているのが、2012年10月31日に米コロラド州の演技スタジオが公表した訓練向けサービスの案内である。
この事業では、学校や緊急対応機関が実施する銃撃事件などの訓練に、犯罪者や被害者を演じる俳優を派遣するサービスが紹介されていた。
訓練参加者が実際の事件に近い状況を体験できるよう、犯罪や被害者の行動を演じる人材を提供するという内容だった。
その後、2012年12月14日に発生したサンディフック小学校銃乱射事件を境に、この言葉は別の意味でも広く知られるようになる。事件そのものが演出であり、犠牲者や遺族が役者だったという陰謀論に転用されたのである。
つまり、言葉の出発点は実際の訓練サービスであり、現在ネット上で目にする陰謀論的な意味とは区別する必要がある。
日本でもクライシスアクターに相当する役割は存在する
日本でも、消防、警察、自治体、医療機関などが実施する訓練では、被災者や負傷者を模擬的に再現する役割が活用される。
訓練の規模や内容によって、消防団員、職員、ボランティア、一般参加者、専門の演技者などが役を担当することがある。
ただし、日本で「クライシスアクター」という名称が全国共通の公的資格や統一された職業区分として定められているわけではない。訓練の内容に応じて、模擬被災者、模擬患者、訓練参加者などの呼び方が使われる。
【防災訓練の実態】模擬患者・アクターペイシェントとの違いとは
防災訓練では何を演じるのか
クライシスアクターが活躍する代表的な場面は、大規模災害や事故を想定した実動訓練だ。
例えば、地震によって多数の負傷者が発生したという想定では、訓練参加者がそれぞれ異なる状態の被災者を演じる。救助側は、その状況を確認して、救出や搬送、応急処置の手順を実践する。
こうした訓練では、負傷者の役だけでなく、避難者、家族、目撃者、現場の混乱を伝える住民など、さまざまな役割が設定される。
重要なのは、訓練の参加者が演技をしていることと、現実の災害が発生していることは全く別だという点である。訓練では、参加者や関係機関が事前に設定されたシナリオに沿って行動する。
模擬患者(SP)とクライシスアクターは同じなのか
関連する言葉として、医療教育で使われる「模擬患者」がある。英語ではSimulated Patient、略してSPと呼ばれる。
京都大学医学研究科の医学教育・国際化推進センターによると、模擬患者とは、医療系学生が医療面接や診察の練習をする際に、患者役を演じる人のことだ。
例えば、医学生が患者に症状を尋ねる練習では、模擬患者があらかじめ設定された症状や背景に基づいて応答する。学生の話し方や態度に対して、患者の立場からフィードバックする役割もある。
さらに、試験で利用する場合には、対応方法を一定にした「標準模擬患者」が活用される。日本の医療教育では、OSCE(客観的臨床能力試験)などにも模擬患者が参加している。
アクター・ペイシェントという表現も、患者役を演じる人という意味で使われることがある。ただし、医療教育における模擬患者と災害訓練におけるクライシスアクターは、目的や活動場所が異なる。
両者に共通するのは、現実の状況を安全な環境で再現し、学習や訓練の質を高めるために人が役を演じるという点である。
本来の訓練と陰謀論的な使われ方を比較
同じ「演じる人」という言葉でも、実際の活動内容には大きな違いがある。
| 比較項目 | 本来の訓練活動 | 陰謀論での主張 |
|---|---|---|
| 目的 | 災害・事故対応の能力向上 | 事件や災害の捏造を演出するという主張 |
| 活動場所 | 防災訓練、医療教育、事故対応訓練 | 実際の事件現場や報道映像 |
| 役割 | 被災者、負傷者、患者、目撃者など | 架空の被害者や関係者だとされる |
| シナリオ | 訓練のために事前に設定される | 政府や報道機関が裏で用意したと主張される |
| 裏付け | 訓練計画や実施記録など | 人物の類似画像や映像の印象だけの場合がある |
| 評価方法 | 救助・対応・連携の成果を確認 | 具体的な裏付けが示されないことが多い |
この比較から分かるのは、訓練に役者が参加するという事実を、そのまま実際の事件にも役者が参加しているという証拠に置き換えることはできないということだ。
【陰謀論の真相】クライシスアクターのやらせ説はなぜ広がったのか
サンディフック小学校銃乱射事件が転換点になった
クライシスアクターという言葉が陰謀論と強く結び付くきっかけとなったのが、米国のサンディフック小学校銃乱射事件である。
2012年12月14日、米コネティカット州ニュータウンのサンディフック小学校で銃乱射事件が発生した。
コネティカット州の司法当局が公表した捜査報告書によると、この事件では児童20人と学校関係者6人が殺害され、さらに成人2人が負傷した。犯人とされたアダム・ランザは事件前に自宅で母親を殺害しており、学校での犯行後に死亡した。
州の検察当局は捜査結果として、ランザが単独で犯行に及んだと結論付けた。
しかし、事件発生後、ネット上では事件そのものが政府や政治勢力によって仕組まれたものだという主張が拡散した。犠牲者の家族や報道に登場した人物が役者であり、銃規制を推進するための演出だったという内容である。
米国のファクトチェック機関FactCheck.orgは、サンディフック事件がクライシスアクター陰謀論の代表的な事例になった経緯を検証している。
事件が実際に起きたことは、州当局の捜査報告書や膨大な捜査資料によって裏付けられている。犠牲者を役者とする主張は、こうした公的記録に基づく事件の事実を覆す証拠を示していない。
偽旗作戦という考え方との関係
クライシスアクターの陰謀論を理解するうえで、もう一つ知っておきたい言葉が「偽旗作戦」である。
偽旗作戦とは、自分たちが実行した行為を、別の国や組織、集団によるものに見せかける工作を指す。英語ではFalse Flag Operationと呼ばれる。
共同通信社の用語解説によれば、その名称は、海戦などで敵を欺くために別の国の旗を掲げて接近する戦術に由来する。現在では、軍事だけでなくサイバー攻撃などの文脈でも使われている。
陰謀論では、この偽旗作戦という考え方とクライシスアクターの存在を結び付けることがある。
具体的には、政府や特定の組織が事件を仕組み、被害者や目撃者を役者に演じさせ、別の勢力の責任にしたり、特定の政策を支持させたりするという筋書きだ。
しかし、偽旗作戦という概念が存在することと、特定の事件が偽旗作戦として実行されたことは別問題である。ある事件を偽旗作戦と認定するには、計画、実行主体、指示系統、関係者の証言など、個別の証拠が必要になる。
陰謀論が拡散する3つの構造的な理由
クライシスアクター説が繰り返し登場する背景には、事件直後の情報不足、映像の受け取り方、SNSの拡散構造がある。
1つ目は、事件発生直後の情報不足だ。 大規模事件が起きると、警察や行政、報道機関から詳細な情報が出るまで時間がかかる。その空白を埋めるように、出所が不明な画像や推測が拡散する。
2つ目は、映像や人物の見た目に対する過剰な意味付けだ。 過去の映像と顔が似ている、カメラが事件の瞬間を撮影していた、現場の人が冷静に見えるといった理由で、演出だったと判断するケースがある。しかし、見た目の類似や撮影技術だけでは、演技や事前の計画を証明できない。
3つ目は、SNSによる情報の再拡散だ。 強い怒りや驚きを引き起こす情報は、十分な検証を受けないまま共有されることがある。元の投稿が削除されても、スクリーンショットや切り抜き動画が残り、別の文脈で再び拡散される。
この3つが重なると、証拠がないにもかかわらず、同じ疑惑が何度も繰り返される状況が生まれる。
【岸田首相襲撃事件】クライシスアクター説を日本ファクトチェックセンターが検証
2023年4月15日の襲撃事件で何が起きたのか
日本国内でクライシスアクター説が大きく注目された事例の一つが、2023年4月15日に和歌山県和歌山市の雑賀崎漁港で発生した岸田文雄首相(当時)への襲撃事件である。
岸田首相が選挙応援演説を行う直前、会場にいた男が円筒状の爆発物を投げ込み、現場に大きな混乱が生じた。岸田首相はその場から避難し、投げ込んだ男は周囲の人々や警察官によって取り押さえられた。
事件の映像がテレビやSNSで拡散されると、一部の利用者がカメラの動きに注目した。
爆発物が投げ込まれる瞬間や容疑者が取り押さえられる様子をカメラが撮影していたことから、撮影者は事件を事前に知っていたのではないか、現場の出来事は演出だったのではないかという疑惑が広がった。
さらに、現場にいた人々をエキストラやクライシスアクターと呼ぶ投稿が拡散し、SNS上で話題になった。
日本ファクトチェックセンターの検証結果は「誤り」
2023年4月18日、日本ファクトチェックセンター(JFC)は、岸田首相襲撃事件のカメラワークが事前に事件を知っていたことを示すという言説を検証した。
検証では、NHKで長年撮影業務に携わり、NHK財団研修センターで若手の研修を担当していた山口一吉専門委員に取材している。
山口氏が指摘したのは、事件発生時のカメラの動きが、経験を積んだ報道カメラマンの撮影技術として自然なものだったという点だ。
何かが起きた瞬間、まずカメラを引いて周囲の状況を広く捉え、その後、容疑者を取り押さえる様子や周囲の人々の表情、警察官の動きを撮影していた。
また、報道の撮影者はファインダーだけを見るのではなく、周囲の音や現場の気配にも注意を払いながら撮影する。政治家の取材では過去の襲撃事件などを踏まえ、突発的な出来事に備えていることもある。
さらに、この映像は代表取材によるものだった。代表取材とは、複数の報道機関がそれぞれ撮影するのではなく、1社が撮影した映像を各社で共有する方式である。
今回は関西テレビが撮影を担当していた。複数の報道機関が利用する映像だからこそ、撮影担当者には確実に現場を記録する能力が求められる。
JFCは、こうした専門家の説明や現場の状況を踏まえ、カメラワークが事件の事前把握や演出を示すという主張を「誤り」と判定した。
事件の警備上の問題と、やらせ説は分けて考える必要がある
この事件では、警察庁が警護体制について検証を行い、演説会の主催者側との連携不足や、聴衆への手荷物検査に関する調整などの問題を指摘している。
実際に警備上の課題が存在したことは、事件が演出だったことを意味しない。
むしろ、事件が現実に発生したからこそ、警備体制の問題点を検証し、今後の要人警護の改善につなげる必要があった。
警備の不備、報道カメラの撮影技術、SNS上のやらせ説は、それぞれ別の事実として検討すべき問題なのである。
岸田首相襲撃事件をめぐる主な経緯
| 時期 | 出来事 | 確認された内容 |
|---|---|---|
| 2012年10月31日 | 米国で訓練向け俳優サービスを案内 | クライシスアクターの初期用例として知られる |
| 2012年12月14日 | サンディフック小学校銃乱射事件 | 児童20人と学校関係者6人が死亡 |
| 2023年4月15日 | 岸田首相襲撃事件 | 和歌山市の雑賀崎漁港で爆発物が投げ込まれる |
| 2023年4月18日 | JFCがカメラワークを検証 | 事前に事件を知っていたという言説を「誤り」と判定 |
| 2023年11月10日 | JFCが中東情勢に関する動画を検証 | 同一人物が負傷者を演じたという主張を「誤り」と判定 |
| 2025年10月3日 | JFCが総裁選をめぐる誤情報を解説 | 取材に答えた現地関係者を役者とする言説を典型的な陰謀論として紹介 |
| 2026年11月1日 | 本記事の情報整理時点 | 訓練での役割と事件捏造を主張する陰謀論の区別が重要 |
一連の経緯から見えてくるのは、実際の事件が発生した後、映像の一部分だけを根拠として、事件全体の真偽まで疑う情報が拡散するという構造だ。
【2026年最新情報】クライシスアクターの現在の実態とSNSデマの検証
2023年の岸田首相襲撃事件だけではない
クライシスアクター説は、日本の政治事件だけに限られない。
2023年11月10日、日本ファクトチェックセンターは、イスラエル・パレスチナ情勢をめぐって拡散した動画を検証した。
問題となったのは、ガザの空爆を伝える男性と、病院のベッドで治療を受けている男性が同一人物であり、負傷者を装っているという主張だった。
動画では、似た髪型やひげの男性が別々の場面に登場していた。そのため、同一人物が被害者とリポーターを演じているという疑惑が生まれた。
しかし、JFCが画像検索や元動画の投稿日などを調査した結果、2人は別人だったことが判明した。治療を受けていた男性の映像は、空爆後の映像として拡散されるよりも数カ月前に投稿されていた。
JFCは、同一人物が負傷者を装っているという言説を「誤り」と判定している。
この事例は、人物の見た目が似ていることと、同一人物であることは違うという基本的な問題を示している。
2025年には日本の街頭取材でも同様の疑惑が発生
2025年10月3日、日本ファクトチェックセンターは、自民党総裁選をめぐる誤情報やファクトチェックの状況を解説した。
記事で取り上げられたのは、奈良のシカに関する問題をめぐり、日本テレビの取材に応じた現地のガイドや飲食店経営者について、実在する人物ではなく役者なのではないかという言説が拡散した事例だ。
JFCは、このように取材に答えた人物を役者だと主張する言説を、戦争や災害報道でも繰り返される典型的なクライシスアクター陰謀論として説明している。
ここで注目したいのは、疑惑の対象が大規模な事件の被害者だけでなく、街頭インタビューや地域の取材に登場する一般の人々にも広がっている点だ。
取材映像に同じような人物が登場したり、発言内容が視聴者の認識と異なったりした場合でも、それだけで出演者が架空の人物だと判断することはできない。
2026年現在、クライシスアクターは何を意味しているのか
2026年11月1日時点で、クライシスアクターという言葉には大きく2つの使われ方がある。
1つは、防災訓練や医療・事故対応の訓練で、被災者や負傷者などを演じる人という本来の意味だ。こちらは実際の訓練活動に基づいた用法である。
もう1つは、実際の事件や災害、戦争報道などに登場する人々を、政府や特定の組織が雇った役者だと決め付ける陰謀論的な用法だ。
後者は、事件の存在そのものを否定したり、被害者や遺族の証言を信用させないようにしたりする方向に働くことがある。
2025年のJFCの解説でも、取材対象者を架空の人物とする言説が取り上げられている。2026年に入っても、SNS上ではクライシスアクターという言葉を使った投稿が見られるが、投稿の存在自体は主張の正しさを裏付けるものではない。
また、2026年現在も、防災訓練や医療教育で模擬的な状況を再現する活動と、現実の事件を捏造するという主張は、明確に分けて考える必要がある。
【見分け方】クライシスアクター説やSNSデマをファクトチェックする6つの方法
1. 元の映像と投稿日時を確認する
まず確認したいのは、疑惑の根拠として使われている写真や動画が、いつ、どこで撮影されたものなのかという点だ。
SNSでは、過去の災害や別の事件で撮影された映像が、新しい事件の映像として再投稿されることがある。
画像検索や動画の元投稿を調べ、撮影時期と説明文が一致しているかを確認する。元の映像を確認できない場合は、断定を避けるべきだ。
2. 人物が本当に同一人物なのか確認する
クライシスアクター説では、過去の報道に登場した人物と、現在の映像に登場する人物が同じだとする画像比較がよく使われる。
しかし、顔の輪郭、髪型、服装などが似ていても、同一人物とは限らない。
JFCが2023年11月に検証した中東情勢の動画も、見た目が似ている別人を同一人物と判断したことが問題だった。
画像の一部を切り抜いた比較だけでなく、元動画、撮影日、撮影場所、人物の特定につながる信頼できる資料を確認する必要がある。
3. 報道機関や公的機関の発表と照合する
事件や災害の真偽を確認する際には、警察、消防、自治体、裁判所などの公的記録を優先する。
報道機関の情報についても、1社だけでなく、複数の独立した報道機関が伝えている内容を比較するとよい。
特に、事件の発生時刻、場所、被害状況、捜査の経緯などは、公式発表と照合しやすい情報だ。
4. 「撮影が不自然」という印象と証拠を分ける
カメラが素早く現場を撮影した、被害者が落ち着いて見える、報道陣が現場に集まっていたなどの理由だけでは、事件の演出を証明できない。
岸田首相襲撃事件のJFC検証では、経験を積んだ撮影者が全体を確認してから対象にカメラを寄せるという撮影技術が説明された。
映像を見て違和感を持つこと自体は自由だが、その違和感を事実の証明として扱うことには慎重さが求められる。
5. 雇用や指示の証拠があるか確認する
実際の事件に役者が雇われて参加したという主張を裏付けるには、単なる顔の類似以上の証拠が必要になる。
例えば、契約書、報酬の記録、指示を出した人物との通信、関係者の具体的な証言、複数の資料が一致する計画の記録などが考えられる。
そうした資料が示されていない状態で、誰かが役者だと断定するのは適切ではない。
6. 日本ファクトチェックセンターなどの検証を活用する
自分だけで判断できない場合は、専門のファクトチェック機関による検証を確認する方法もある。
日本ファクトチェックセンターは、SNSで拡散した情報について、元の画像や動画、専門家への取材、公的資料などを用いて検証記事を公開している。
また、米国のFactCheck.orgなど、海外のファクトチェック機関も参考になる。
確認する際は、記事の結論だけでなく、何を検証対象とし、どの資料を使い、どのような理由で判定したのかまで読むことが大切だ。
なお、ファクトチェックは客観的に検証可能な事実を対象とするものであり、政治的な意見や将来予測など、真偽を直接判定できない内容とは区別される。
【プロの結論】クライシスアクター説に惑わされないために知っておくべきこと
クライシスアクターという言葉の本来の意味は、防災訓練や事故対応訓練などで、被災者や負傷者、目撃者などを演じる人である。実際に訓練や医療教育の現場で必要とされている役割であり、その存在自体に不自然な点はない。
問題は、その事実を利用して、実際に起きた事件や災害まで演出だったと主張する陰謀論が生まれていることだ。
サンディフック小学校銃乱射事件、岸田首相襲撃事件、中東情勢をめぐる映像、2025年の日本の街頭取材など、異なる出来事に同じ疑惑の構図が繰り返し現れている。
それぞれの事例では、州当局の捜査記録、専門家への取材、画像検索、動画の投稿日など、個別の証拠に基づく検証が行われてきた。
情報を見極める際に大切なのは、次の3点である。
- 訓練と現実の事件を混同しない:訓練で役者が活動している事実は、実際の事件に役者が参加した証拠にはならない。
- 印象と客観的証拠を区別する:顔が似ている、撮影が上手すぎる、反応が不自然といった印象だけで事件の捏造は証明できない。
- 元資料と第三者の検証を確認する:SNSの切り抜きだけで判断せず、公的記録や複数の独立した情報源を照合する。
重大事件や災害の情報に接したとき、疑問を持つことは悪いことではない。しかし、疑問を持つことと、根拠のない疑惑を事実として広めることは別である。
クライシスアクターという言葉を正しく理解することは、災害対応や医療教育の現場で行われている訓練の意義を知ると同時に、SNSで拡散する陰謀論や偽情報から、被害者や関係者の尊厳を守ることにもつながる。
【よくある質問】クライシスアクターに関する疑問(FAQ)
Q1:クライシスアクターとは簡単にいうと何ですか?
A1:防災訓練や事故対応訓練などで、被災者、負傷者、目撃者などの役を演じる人のことです。訓練の現実性を高め、救助活動や緊急対応の能力を向上させる目的で参加します。
Q2:クライシスアクターは実在する職業ですか?
A2:訓練に参加する演技者やボランティアは実在します。ただし、日本でクライシスアクターという名称が全国共通の公的資格や統一された職業として定められているわけではありません。
Q3:岸田首相襲撃事件はクライシスアクターによるやらせだったのですか?
A3:そのような主張を裏付ける証拠は示されていません。日本ファクトチェックセンターは2023年4月18日、カメラワークが事件を事前に知っていたことを示すという言説を「誤り」と判定しました。
Q4:サンディフック小学校銃乱射事件は捏造だったのですか?
A4:いいえ。米コネティカット州の司法当局による捜査報告書は、児童20人と学校関係者6人が殺害された事件について、アダム・ランザが単独で犯行に及んだと結論付けています。犠牲者が役者だったとする陰謀論には、事件の事実を覆す裏付けがありません。
Q5:模擬患者とクライシスアクターの違いは何ですか?
A5:模擬患者は医療教育で患者役を演じる人で、医療面接や診察の練習、医学生の評価などに協力します。クライシスアクターは主に災害や事故などの訓練で被害者や負傷者などを演じる人を指します。
Q6:2026年現在、クライシスアクターの陰謀論はなくなったのですか?
A6:なくなっていません。2025年の日本ファクトチェックセンターの解説でも、取材対象者を役者だとする言説が取り上げられています。ただし、SNSで疑惑が拡散していることと、その疑惑が事実であることは別です。
Q7:SNSでクライシスアクターの投稿を見つけたらどうすればよいですか?
A7:投稿の元映像、撮影日時、画像の出典、公的機関の発表、第三者による検証を確認してください。根拠が不十分な場合は、断定的な情報として拡散しないことが大切です。
まとめ:クライシスアクターの本来の意味と陰謀論の真相
クライシスアクターとは、本来、防災訓練や事故対応訓練などで被災者や負傷者を演じる人を指す言葉である。災害時の救助活動や医療教育をより実践的にするために、現実の状況を再現する役割を担っている。
一方、サンディフック小学校銃乱射事件や岸田首相襲撃事件などをめぐっては、事件そのものが演出であり、現場の人々は雇われた役者だという陰謀論が拡散した。
しかし、日本ファクトチェックセンターによる岸田首相襲撃事件の検証では、カメラワークを根拠とするやらせ説は「誤り」と判定されている。海外の事件についても、州当局の捜査報告書や画像・動画の検証によって、陰謀論の主張が否定された事例がある。
2026年現在、クライシスアクターという言葉を正しく理解するには、本来の訓練活動と、事件を捏造したとする根拠のない主張を明確に分けることが欠かせない。
最も重要なのは、疑惑の大きさではなく、証拠の確かさで判断することだ。 SNSの投稿や映像の印象だけで結論を出さず、一次資料や公的発表、専門機関のファクトチェックを確認する姿勢が、情報に惑わされないための確かな判断基準となる。
主な検証・参考資料
- 日本ファクトチェックセンター「岸田首相の襲撃を捉えたカメラは事前に事件を知っていた?」
- 日本ファクトチェックセンター「(イスラエル・パレスチナ)入院中のパレスチナ人が怪我を装う動画?」
- 日本ファクトチェックセンター「自民党総裁選とファクトチェック」
- コネティカット州司法当局「Danbury State’s Attorney Releases Report on Sandy Hook Investigation」
- 京都大学医学研究科「模擬患者について」
- 共同通信社「偽旗作戦」用語解説
- 米国FactCheck.org「Sandy Hook Hoax Revisited」