【豊昇龍は怖い性格?土俵上の表情と本当の人柄は違う】
豊昇龍の性格を語る際、最初に注目したいのが、勝負に入った瞬間の表情と普段の様子の違いだ。
取組前の鋭い視線、相手をにらむような表情、負けた直後に見せる悔しさ。こうした姿が「怖い」「気が強そう」という印象につながっている。
しかし、勝負への闘志が強いことと、日常生活でも怖い人物であることは別の話だ。
稽古場では兄弟子に負けて涙を流すほどの負けず嫌い

2020年9月の日刊ゲンダイの記事では、関係者の証言として、豊昇龍が稽古場で兄弟子に負け、悔し涙を流したエピソードが紹介されている。
当時から、相手に負けたことを簡単に受け流せない性格だったようだ。
この負けず嫌いは、単なる気の強さではない。自分より経験のある力士に負けたとき、その悔しさを次の稽古への意欲に変える姿勢でもある。
大相撲は、体格や瞬発力だけで勝敗が決まる競技ではない。相手の動きを読む判断力、技術の引き出し、土俵際での粘りも必要になる。
豊昇龍が得意とする右四つ、寄り、投げといった技術を磨くうえでも、簡単に負けを受け入れない気質は大きな武器になってきた。
怖いという評判につながる勝負師の気質

豊昇龍の表情が険しくなるのは、勝負に集中しているときだ。
高校時代の恩師も、土俵に入ると雰囲気が大きく変わることを証言している。普段の姿と勝負中の姿に明確な違いがあったという。
この切り替えの激しさは、観客に強烈な印象を残す。
一方、勝負への感情が強く出ることには課題もある。集中しすぎて周囲が見えなくなると、冷静な判断が難しくなる場面も考えられる。
つまり、豊昇龍の気の強さは長所であると同時に、横綱として制御していくべき部分でもある。
豊昇龍のやんちゃな一面は本当?

高校時代の指導者による回想では、豊昇龍には少し幼いところや短気な一面もあったと紹介されている。
ただし、同じ証言では、ふざけていても憎めない人物だったという評価も出ている。
ここから見えてくるのは、何事にも真剣で、感情が表に出やすい若者としての姿だ。
「やんちゃ」という言葉だけで人物像を決めつけるよりも、負けず嫌いで感情豊かな性格として理解した方が実像に近い。
【日本語にも表れた負けず嫌い!豊昇龍の優しさと気配り】
豊昇龍の人柄を知るうえで、特に興味深いのが日本語を習得した高校時代のエピソードだ。
土俵上の強気な印象とは違い、努力家としての一面や、周囲への感謝を忘れない姿勢が伝わってくる。
日本語を覚えるときも負けず嫌いだった
豊昇龍は2015年に来日し、千葉県の日本体育大学柏高校に留学した。
来日当初は、日本語を話すことも書くことも難しく、最初はひらがなやカタカナを覚えるところから始めたという。
日本語の指導を担当した岡田有美子氏は、2023年7月26日付の日刊スポーツの連載記事で、高校時代の豊昇龍について振り返っている。
特に印象的なのが、次の言葉だ。
「ビャンバは日本語を覚える時も負けず嫌いなんですよ」
岡田氏によると、豊昇龍は授業の課題や日常会話で使う単語などを熱心にノートに書き込んでいた。
文法どおりに話すことが苦手でも、自分の意思を伝えることをためらわなかったという。
このエピソードは、豊昇龍の性格を理解する重要な手がかりになる。
自分が不得意なことでも、できないからと諦めない。間違いを恐れず、伝えようとする。その姿勢は相撲にも通じるものがある。
日本語スピーチコンテストで見せた悔しさ
2017年3月、豊昇龍は千葉県柏市で開催された外国人による日本語スピーチコンテストに自ら志願して出場した。
テーマは、モンゴルの学校生活にある「先生の日」。
生徒と教師が役割を入れ替えて1日を過ごす学校行事について、岡田氏と一緒に内容を練り上げた。
しかし、結果は入賞に届かなかった。
そのときの悔しがり方について、岡田氏は、自分の方が申し訳なく感じるほどだったと振り返っている。
この出来事から分かるのは、豊昇龍の負けず嫌いが相撲だけに限られないということだ。
言葉の習得でも、人前での発表でも、結果が出なければ悔しい。努力した分だけ、結果を求める気持ちが強いのだろう。
感謝を言葉にできる優しさ
岡田氏の証言でもう一つ印象的なのが、卒業前の授業で豊昇龍が先生たちに感謝を伝えたエピソードだ。
3年間の高校生活を振り返り、日本語を身につけられたのは先生方のおかげだと話したという。
岡田氏は、豊昇龍について、感謝の気持ちを口にしたり書いたりすることを恥ずかしがらない人物だったと評価している。
勝負への執念が強い一方で、人から受けた助けを忘れない。
こうした部分は、土俵上の表情だけを見ていては分からない豊昇龍の魅力だ。
横綱になってからも見せた土俵外の気配り
2025年5月18日の大相撲五月場所中日、豊昇龍は尊富士との取組で小手投げを決めた。
その後、両力士が土俵下に落ちる展開となったが、勝負が終わった直後に豊昇龍が見せた行動が注目された。
ABEMA TIMESの報道によると、豊昇龍は目の前にいた尊富士に右手を2度差し出し、先に土俵へ上がるよう促した。さらに、土俵に上がる尊富士の腰付近に左手を添える仕草も見せた。
この場面には、相撲ファンから好意的な反応が寄せられた。
勝負中は厳しい表情を崩さない横綱が、勝負後には相手を気遣う。
この一幕は、豊昇龍の土俵外の素顔を考えるうえで分かりやすい実例だ。
もちろん、一度の行動だけで性格のすべてを判断することはできない。それでも、相手への配慮が自然に表れた場面として記憶に残る。
【豊昇龍のプロフィールと経歴!大関昇進から横綱までの歩み】
豊昇龍 智勝(ほうしょうりゅう ともかつ)
- 本名:スガラグチャー・ビャンバスレン
- 生年月日:1999年5月22日
- 出身地:モンゴル・ウランバートル
- 所属:立浪部屋
- 最高位:横綱
- 叔父:第68代横綱・朝青龍
日本相撲協会公式プロフィールより
豊昇龍は、モンゴルから日本へ渡り、レスリング留学を経て大相撲の世界に入った力士だ。
もともとはレスリングでオリンピックを目指して日本に来たが、高校時代に大相撲を観戦したことをきっかけに進路を変更した。
その後、立浪部屋に入門し、着実に番付を上げていった。
豊昇龍の経歴・人物関係・主な転換点
| 時期 | 出来事・関係者 | 人物像を読み解くポイント |
|---|---|---|
| 1999年5月22日 | モンゴルで誕生 | 本名はビャンバスレン |
| 2015年 | 日本体育大学柏高校に留学 | 日本語習得に挑戦 |
| 高校時代 | レスリング部から相撲部へ転部 | 自ら力士への道を選択 |
| 2017年3月 | 日本語スピーチコンテスト出場 | 挑戦心と負けず嫌い |
| 2018年1月 | 立浪部屋から初土俵 | 大相撲人生のスタート |
| 2019年11月 | 新十両 | 順調に番付を上昇 |
| 2020年9月 | 新入幕 | 幕内力士となる |
| 2023年7月 | 名古屋場所で初優勝 | 12勝3敗で優勝決定戦を制す |
| 2023年9月 | 新大関 | 叔父・朝青龍に続く高みへ |
| 2025年1月 | 2度目の幕内優勝 | 13勝2敗で横綱昇進を決定づける |
| 2025年3月 | 第74代横綱に昇進 | 横綱としての新たな責任を担う |
2023年7月の初優勝と大関昇進
豊昇龍のキャリアにおける大きな転換点は、2023年7月場所だ。
この場所で12勝3敗の成績を残し、優勝決定戦で勝利。自身初の幕内最高優勝を果たした。
さらに、同年7月26日には日本相撲協会が大関昇進を正式に決定。9月場所から新大関として土俵に上がった。
昇進伝達式では、大関の名を汚さないように努力するという趣旨の口上を述べ、力士としての覚悟を示した。
初優勝と大関昇進は、稽古で負けることを嫌い、結果を追い求めてきた豊昇龍にとって大きな成果だった。
【豊昇龍と朝青龍の性格は似ている?叔父と甥の違い】
豊昇龍の人物像を語る際、避けて通れないのが叔父の朝青龍との比較だ。
朝青龍は第68代横綱として25回の幕内優勝を達成した名横綱であり、圧倒的な勝負強さと強烈な個性で大相撲界に大きな足跡を残した。
豊昇龍も同じモンゴル出身で、顔立ちや勝負への執念が似ていると指摘されてきた。
しかし、両者の性格が完全に同じというわけではない。
朝青龍と豊昇龍の共通点
まず、共通しているのは負けず嫌いなところだ。
朝青龍は現役時代、強烈な闘争心を前面に出す力士として知られていた。
豊昇龍も、稽古場での悔し涙や勝負中の鋭い表情から、勝ち負けに強くこだわるタイプだと分かる。
また、どちらも相手の力を利用する技術や、状況に応じて攻め方を変える巧みさを持っている。
2023年8月には、豊昇龍を少年時代に指導した柔道の恩師が共同通信の取材に応じ、朝青龍と同じく吸収力に優れ、頭の回転が速いと評価している。
性格は全然違う?立浪親方の評価
注目したいのが、豊昇龍の師匠である立浪親方(元小結・旭豊)の証言だ。
2025年1月27日付の日刊スポーツの記事では、朝青龍との比較について、立浪親方が次のように話している。
「性格は全然違う。やさしい。顔が似ているから比べられてしまう」
この言葉は、豊昇龍の性格を考えるうえで重要だ。
外見や勝負中の表情が似ているからといって、内面まで同じとは限らない。
立浪親方は日常的に豊昇龍と接している師匠であり、その評価には、土俵外での振る舞いも含まれていると考えられる。
朝青龍との比較を本人はどう受け止めている?
豊昇龍自身も、叔父との比較について複雑な思いを持っていた。
2025年1月の横綱昇進をめぐる報道では、豊昇龍が報道陣に対して、いつも叔父と比べられることへの戸惑いを口にしたことが伝えられている。
朝青龍は25回優勝した偉大な横綱だ。
その実績を考えれば、比較されること自体は自然かもしれない。しかし、豊昇龍には豊昇龍自身の相撲人生がある。
叔父の名前や実績だけで評価されるのではなく、自分の結果で横綱として認められたいという気持ちがあっても不思議ではない。
朝青龍と豊昇龍の比較表
| 比較項目 | 朝青龍 | 豊昇龍 |
|---|---|---|
| 横綱 | 第68代 | 第74代 |
| 関係 | 叔父 | 甥 |
| 出身 | モンゴル・ウランバートル | モンゴル・ウランバートル |
| 幕内優勝 | 25回 | 2回 |
| 共通点 | 強い闘争心 | 強い闘争心 |
| 周囲の評価 | 強烈な個性と勝負強さ | 負けず嫌いで優しい一面もある |
| 人物像 | 独自の存在感を持つ横綱 | 自分自身の評価を確立しようとする横綱 |
重要なのは、豊昇龍を朝青龍のコピーとして見ないことだ。
叔父から受け継いだように見える闘争心はあっても、指導者からは違う性格だと評価されている。豊昇龍には、豊昇龍独自の魅力がある。
【2026年の豊昇龍はどうなっている?横綱としての現在地】
豊昇龍は2025年3月場所から第74代横綱として土俵に立っている。
日本相撲協会の公式プロフィールによると、2026年11月場所時点の通算成績は401勝235敗49休。幕内優勝は2回だ。
ただし、2026年は負傷による休場が続き、横綱として厳しい時期を迎えている。
2026年は右脚・右膝の負傷に苦しむ
2026年5月場所では、初日の高安戦で右ハムストリングスを損傷し、2日目から休場した。
続く7月場所では7勝7敗1休。14日目から休場となった。
さらに、7月下旬には右膝内側側副靱帯を修復する手術を受け、9月場所も全休している。
2026年の場所別成績を整理すると、次のようになる。
| 場所 | 成績 | 状況 |
|---|---|---|
| 2026年1月 | 10勝5敗 | 出場 |
| 2026年3月 | 11勝4敗 | 出場 |
| 2026年5月 | 0勝2敗13休 | 右脚の負傷で休場 |
| 2026年7月 | 7勝7敗1休 | 右膝の負傷で途中休場 |
| 2026年9月 | 0勝0敗15休 | 右膝の手術後で全休 |
| 2026年11月 | 開催前 | 復帰に向けて調整 |
11月場所への復帰に向けた稽古
2026年10月27日、豊昇龍は福岡県糸島市の立浪部屋宿舎で、幕下以下の力士と15番の稽古を行い、13勝2敗だった。
右膝の状態については、日に日に良くなっていると説明。一方、九州場所への出場については、ぎりぎりまで分からず、師匠の立浪親方と相談して決める考えを示した。
10月30日には福岡市の高砂部屋にも出稽古し、朝白龍と15番取って12勝3敗だったと報じられている。
11月2日時点では、11月場所への正式な出場判断はまだ発表されていない。九州場所は11月8日に初日を迎える予定だ。
ここで注目したいのは、負けず嫌いな性格が、けがからの復帰という新たな課題にどう向き合うかという点だ。
これまでの豊昇龍は、悔しさを稽古への意欲に変えてきた。しかし、横綱として長く活躍するには、気持ちだけでなく身体の状態を見極める冷静さも欠かせない。
横綱という地位は、単に勝ち続けるだけでなく、長期的に自分の相撲を維持することも求められる。
2026年の豊昇龍にとって、復帰と再起は人物像を考えるうえでも大きなテーマになっている。
【豊昇龍の性格に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:豊昇龍は本当に怖い性格なのですか?
A1:勝負に対する闘志が強く、土俵上で険しい表情を見せるため、怖い印象を持たれやすい力士です。ただし、立浪親方は性格が朝青龍とは違い、優しいと評価しています。
Q2:豊昇龍は負けず嫌いなのですか?
A2:はい。稽古場で兄弟子に負けて悔し涙を流したという証言があります。また、高校時代の日本語スピーチコンテストでも、入賞できなかったことを非常に悔しがったと日本語の恩師が明かしています。
Q3:豊昇龍は優しい性格なのですか?
A3:師匠の立浪親方は優しい性格だと評価しています。2025年5月の尊富士との取組後、相手が土俵に上がるのを手助けするような仕草を見せたことも話題になりました。
Q4:豊昇龍と朝青龍は親子なのですか?
A4:親子ではなく、叔父と甥の関係です。朝青龍は豊昇龍の叔父にあたり、第68代横綱です。豊昇龍は第74代横綱に昇進しています。
Q5:豊昇龍の本名ビャンバスレンとは何ですか?
A5:本名はスガラグチャー・ビャンバスレンです。モンゴルのウランバートル出身で、愛称として「ビャンバ」と呼ばれることもあります。
Q6:豊昇龍は2026年11月場所に出場しますか?
A6:2026年11月2日時点では正式な出場判断は発表されていません。右膝の手術後、福岡で稽古を再開しており、九州場所への出場を目指して調整しています。
まとめ:豊昇龍の本当の性格は負けず嫌いと優しさの両立
豊昇龍の性格を一言で表すなら、勝負には非常に厳しく、土俵外では周囲への感謝や気配りも見せる人物という表現が近い。
今回取り上げたエピソードから、次の5つの特徴が見えてくる。
- 負けず嫌い: 稽古で兄弟子に負けて涙を流すほど、勝敗にこだわる。
- 努力家: 日本語を一から学び、スピーチコンテストにも挑戦した。
- 感謝を忘れない: 高校時代に先生たちへの感謝を言葉にして伝えた。
- 優しい一面: 師匠から優しい性格と評価され、取組後には相手を気遣う姿も見せた。
- 自分らしさを大切にする: 朝青龍と比較されながらも、自分自身の横綱としての評価を築いている。
豊昇龍は、単に怖い顔をした気の強い横綱ではない。
日本語を覚えるために努力し、思うような結果が出なければ悔しがり、周囲への感謝を忘れない。そうした人間的な部分が、現在の豊昇龍を形作っている。
2026年は右膝の負傷という大きな試練に直面しているが、横綱として再び本来の力を発揮できるかにも注目が集まる。
朝青龍の甥という肩書だけでは語り尽くせない、第74代横綱・豊昇龍。土俵上の闘志と土俵外の優しさ、その両方を知ることで、彼の相撲はさらに興味深く見えてくるはずだ。