【杉山邦博の現在2026】95歳でも続く相撲取材と評論活動
杉山邦博さんは、NHKを定年退職した後も相撲との関係を保ち続けています。
2026年11月現在、公開情報から確認できる近年の活動は、東京相撲記者クラブ会友としての取材、相撲ジャーナリストとしての評論、日本福祉大学での役職などです。
2026年7月、95歳で名古屋場所を現地取材

2026年7月14日、大相撲名古屋場所の中継に杉山さんの姿が映り、話題になりました。
95歳を迎えた杉山さんは、東の花道脇の席で背筋を伸ばして土俵を見つめていました。
この様子はTHE ANSWERやABEMA TIMESなどでも報じられ、視聴者からは長年相撲を追い続ける姿に驚きや感嘆の声が上がりました。
さらに、日本福祉大学は2026年8月6日、杉山さんに関するAERA DIGITALの記事掲載を公式サイトで紹介しています。
その記事では、7月26日に千秋楽を迎えた名古屋場所を振り返り、安青錦や熱海富士、両横綱などについて杉山さんが評論したことが紹介されました。
2026年10月も安青錦の相撲を分析

2026年10月6日配信のNEWSポストセブンの記事でも、杉山さんのコメントが掲載されました。
テーマは、9月の秋場所で準優勝した大関・安青錦の今後です。
杉山さんは、安青錦の低い立ち合いや左を差す相撲、強い精神力を評価。そのうえで、横綱・大の里との体格差を克服するためには、得意の型に持ち込む技術をさらに磨く必要があると分析しました。
また、将来の横綱昇進を目指すのであれば、13勝以上の優勝を目標にするべきだという見解も示しています。
この報道は、杉山さんが過去の名勝負を語るだけの懐古的な評論家ではなく、現役力士の技術や将来性についても意見を発信していることを示すものです。
現在の肩書と活動

2026年の日本福祉大学公式情報などから整理すると、杉山さんの主な肩書は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な活動 | 相撲ジャーナリスト |
| 相撲関係 | 東京相撲記者クラブ会友 |
| 大学関係 | 日本福祉大学生涯学習センター名誉センター長 |
| 教育活動 | 日本福祉大学客員教授 |
| メディア活動 | 相撲に関する取材・評論・インタビュー |
2026年の活動を見ると、杉山さんの仕事は実況席から花道脇の記者席へ移りながらも、相撲を伝えるという本質は変わっていません。
【杉山アナのアンチ巨人、大鵬、卵焼き】2025年刊行の書籍が話題
杉山邦博さんについて調べると、もう一つ興味深いキーワードが出てきます。
それが、2025年7月29日に発売された書籍『杉山アナのアンチ巨人、大鵬、卵焼き』です。
著者は杉山邦博さんと相撲ジャーナリストの荒井太郎さん。大空出版から刊行されました。
国立国会図書館の書誌情報にも登録されている書籍です。
「巨人・大鵬・卵焼き」とは?
この言葉は、昭和の子どもたちが好んだものを象徴する表現として知られています。
- 巨人: プロ野球の読売ジャイアンツ
- 大鵬: 昭和を代表する大横綱
- 卵焼き: 子どもたちに人気の食べ物
高度経済成長期にはテレビが家庭に普及し、プロ野球と大相撲が全国的な人気を集めました。
特に1961年には大鵬が横綱として活躍する時代に入り、巨人の強さとともに、テレビを通して多くの人がスポーツの感動を共有するようになりました。
この背景を振り返るうえで、実際に大相撲中継や東京オリンピック、プロ野球実況を経験した杉山さんの証言には歴史的な価値があります。
「アンチ巨人」は杉山さんの人物像をどう見るべき?
書名にある「アンチ巨人」という言葉は、検索者が気になりやすい部分です。
ただし、出版社の紹介や書誌情報で中心となっているテーマは、昭和のスポーツ文化、テレビ放送の普及、大鵬の活躍などです。
書名に「アンチ巨人」と入っていることだけで、杉山さんの野球に対する考え方や特定球団への敵意を断定することはできません。
むしろ、この書籍で注目したいのは、杉山さんが相撲だけでなく野球やオリンピックの実況にも携わってきたという幅広い経験です。
相撲を軸にしながら、昭和のスポーツ報道全体を知ることができる一冊として位置づけられます。
【杉山アナウンサーと相撲の関係】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:杉山アナウンサーとは誰ですか?
杉山アナウンサーとは、元NHKアナウンサーの杉山邦博さんを指すことが一般的です。1930年福岡県生まれで、1953年にNHKへ入局。長年の大相撲実況と取材活動から「相撲の杉山」と呼ばれています。
Q2:杉山邦博さんの相撲実況デビューはいつですか?
1954年(昭和29年)2月です。名古屋準本場所のラジオ放送で実況を担当しました。新人時代には、先輩の山本照さんから決まり手や力士の体勢を言葉にするための特訓を受けています。
Q3:杉山邦博さんは現在もNHKアナウンサーですか?
いいえ。1987年10月18日にNHKを定年退職しています。その後もNHK専門員や相撲中継の仕事に携わり、現在は相撲ジャーナリストとして取材・評論活動を続けています。
Q4:杉山邦博さんが「泣きの杉山」と呼ばれる理由は何ですか?
1981年1月場所で大関・貴ノ花の引退を伝えた際、実況中に言葉を詰まらせたことが大きな理由です。力士の人生や引退に寄り添う実況が、多くの人の印象に残りました。
Q5:杉山邦博さんは2026年現在も相撲を取材していますか?
はい。2026年7月の名古屋場所では95歳で現地取材する姿が報じられました。同年10月にも安青錦についての評論がNEWSポストセブンに掲載されています。
まとめ:杉山邦博は実況の歴史と現在の相撲をつなぐ存在
杉山邦博さんが「相撲の杉山」と呼ばれる理由は、1954年の実況デビューから長年にわたって大相撲を見つめ、実況者としてもジャーナリストとしても第一線で活動してきたことにあります。
今回のポイントを振り返ります。
- 1953年: 早稲田大学第一文学部を卒業し、NHKに入局。
- 1954年: 名古屋準本場所で相撲実況デビュー。
- 山本照との出会い: 実践的な実況訓練を受け、相撲中継の基礎を築く。
- 1975年・1981年: 貴ノ花の初優勝と引退を伝え、「泣きの杉山」と呼ばれる。
- 1987年: NHKを定年退職。その後も相撲報道に携わる。
- 2025年: 『杉山アナのアンチ巨人、大鵬、卵焼き』を刊行。
- 2026年: 95歳で名古屋場所を現地取材し、秋場所後も現役力士を評論。
プロの実況者に求められるのは、声の良さや瞬間的な表現力だけではありません。競技の知識、選手への理解、長年の取材経験、そして歴史を後世に伝える力も必要です。
杉山さんの歩みは、まさにその積み重ねを示しています。
1987年のNHK定年退職は一つの節目でしたが、相撲を伝える仕事そのものは終わりませんでした。2026年にも現役力士の相撲を分析し、昭和の大鵬や貴ノ花の時代から続く大相撲の魅力を語っています。
「相撲の杉山」という呼び名は、長年の実況実績だけでなく、土俵と向き合い続けてきた一人の報道者の生き方を表しているのです。