二所ノ関一門とは?玉錦から17部屋の系譜、2026年の勢力と番付を徹底解説
二所ノ関一門(にしょのせきいちもん)は、大相撲を構成する五つの一門の一つであり、横綱玉錦を中興の祖として発展してきた歴史ある力士集団だ。表記は「二所ヶ関一門」とされることもあるが、一般的には「二所ノ関一門」が使われる。
その歴史は、1909年(明治42年)に海山が二所ノ関部屋を創設したことに始まる。玉錦、玉ノ海、佐賀ノ花らが基盤を築き、花籠部屋、佐渡ヶ嶽部屋、片男波部屋、大鵬部屋などへ分家が広がった。1960年代には勢力を急速に拡大し、現在では二所ノ関部屋や佐渡ヶ嶽部屋をはじめとする17部屋を擁する大きな一門となっている。
2026年11月場所を前にした最新の番付では、横綱大の里、大関琴櫻、関脇経験者を含む多彩な親方衆、そして幕内・十両で活躍する力士たちが一門を支えている。ここでは、開祖とされる玉錦から現代までの歴史、分家の系譜、17部屋の一覧、現役力士の番付と直近の星取成績を整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 歴史:1909年に海山が二所ノ関部屋を創設。第32代横綱玉錦が部屋を再興・発展させ、戦後から1960年代にかけて一門が勢力を拡大した。
- 部屋数:2026年7月時点の資料では17部屋。二所ノ関、佐渡ヶ嶽、高田川、片男波、阿武松、放駒などが所属する。
- 現在の勢力:2026年11月場所の番付では関取21人。横綱大の里を筆頭に、琴櫻、高安、玉鷲、王鵬らが名を連ねる。
【基本解説】二所ノ関一門とは何か?相撲部屋との違いを理解する

二所ノ関一門とは、複数の相撲部屋が歴史的な師弟関係や独立・分家のつながりを通じて形成した集団である。
大相撲には、出羽海一門、高砂一門、時津風一門、伊勢ヶ濱一門、二所ノ関一門という五つの主要な系統がある。二所ノ関一門は、その中でも部屋数が多い一門として知られる。
二所ノ関部屋と二所ノ関一門は別のもの

最初に理解しておきたいのは、「二所ノ関部屋」と「二所ノ関一門」は同じ意味ではないという点だ。
二所ノ関部屋は、力士が所属して稽古や共同生活を送る一つの相撲部屋である。一方、二所ノ関一門は、その部屋を含む複数の相撲部屋が形成する系統的な集団を指す。
例えば、佐渡ヶ嶽部屋の力士が二所ノ関部屋に所属しているわけではない。両者は別々の部屋でありながら、同じ一門に属している。
2026年現在、二所ノ関部屋を率いるのは第72代横綱稀勢の里の二所ノ関寛親方だ。所属力士には第75代横綱大の里や白熊がいる。
「二所ヶ関一門」という表記もある

検索では「二所ヶ関一門」という表記も見られる。これは二所ノ関一門を指す表記の揺れであり、別の一門が存在するわけではない。
日本相撲協会の公式な部屋名は「二所ノ関部屋」である。歴史や部屋の情報を調べる際には、この表記を基本にすると混乱しにくい。
【歴史と経緯】横綱玉錦が築いた基盤から1960年代の勢力拡大へ
二所ノ関一門の歴史を理解するには、現在の二所ノ関部屋の名称だけでなく、明治時代にさかのぼる旧二所ノ関部屋の歩みを追う必要がある。
1909年、海山が二所ノ関部屋を創設
二所ノ関の名跡には、文化4年(1807年)に大関錦木塚右衛門が名乗ったという歴史がある。
その後、明治時代に友綱部屋出身の元関脇・海山が二所ノ関の名跡を継承した。1907年1月には二枚鑑札で5代二所ノ関を襲名し、1909年1月に現役を引退。友綱部屋に預けていた内弟子を連れて二所ノ関部屋を創設した。
つまり、歴史的な部屋の創設者は海山であり、玉錦はその後の発展を担った人物という位置づけになる。
第32代横綱・玉錦が部屋を再興
二所ノ関一門を語るうえで欠かせない人物が、第32代横綱の玉錦三右衛門である。
玉錦は1935年1月に6代二所ノ関を襲名。現役横綱でありながら師匠も務める二枚鑑札によって、部屋を再興した。
当時の二所ノ関部屋は、十分な稽古場さえ持たない小規模な部屋だったとされる。玉錦は厳しい稽古を通じて力士を育て、部屋の勢力を拡大していった。
日本相撲協会の歴代横綱プロフィールによると、玉錦は1933年1月から1938年5月まで横綱を務め、幕内優勝は9回。その実績は、二所ノ関部屋の名声を高める大きな要因となった。
玉錦は1938年12月に亡くなったが、その後を継いだ弟子たちが部屋の発展を引き継いだ。
玉ノ海から佐賀ノ花へ。分家独立が一門を拡大
玉錦の死後、二所ノ関部屋を引き継いだのが関脇玉ノ海梅吉である。玉ノ海は1939年に7代二所ノ関を襲名し、部屋の運営と後進の育成に取り組んだ。
玉ノ海の時代に特徴的だったのが、弟子を育てる意欲と能力のある親方には独立を認めるという考え方だ。
親方が弟子を育て、その弟子が新しい部屋を興す。こうした独立を積極的に認める仕組みが、二所ノ関の系譜を広げる原動力になった。
1951年には大関佐賀ノ花が8代二所ノ関を継承。その後、佐渡ヶ嶽、片男波、花籠、大鵬などにつながる分家が生まれ、複数の部屋が一門の勢力を支えるようになった。
1960年代から勢力が急拡大した理由
二所ノ関一門が新興勢力から大きな一門へと成長した背景には、分家独立を認める方針があった。
一つの部屋がすべての弟子を抱え続けるのではなく、育成能力のある親方が独立して新しい部屋を運営する。この仕組みは、指導者の世代交代を促しながら、部屋の数と育成の機会を増やす効果を持っていた。
さらに、戦後の大相撲で横綱・大関を次々と輩出したことも、一門の存在感を高めた。
1960年代には、二所ノ関系統の各部屋が実績を積み重ね、一門としての勢力が急速に拡大した。後に大鵬、若乃花、輪島、貴乃花、稀勢の里らにつながる名力士の系譜も、その発展を象徴している。
なお、1965年1月場所には部屋別総当たり制が導入された。それ以前は親子・兄弟関係にある部屋同士の対戦が組まれない仕組みだったが、制度変更によって同じ一門の力士同士も本場所で対戦するようになった。これは一門の役割が変化した大きな転換点でもある。
【系譜と分家】二所ノ関一門はどの部屋から広がったのか
二所ノ関一門の特徴は、単純な師弟関係だけでは説明できないほど複雑な分家・独立の歴史を持つことだ。
旧二所ノ関部屋を中心に、花籠、佐渡ヶ嶽、片男波、大鵬などの系統が形成され、さらにそれぞれの部屋から新しい部屋が誕生した。
旧二所ノ関部屋から広がった主要な系統
大きな流れとしては、次のように整理できる。
- 二所ノ関系:海山から玉錦、玉ノ海、佐賀ノ花へと続いた旧本家の系統。
- 佐渡ヶ嶽系:琴櫻や琴ノ若らを輩出し、鳴戸部屋や秀ノ山部屋などの独立につながった系統。
- 片男波系:玉乃海から始まり、玉春日、玉鷲らへとつながる系統。
- 花籠・二子山系:初代若乃花、二代目若乃花、隆の里などを輩出し、放駒や西岩などの系譜にもつながる。
- 大鵬系:横綱大鵬が独立して築いた系統で、現在の大嶽部屋へとつながる。
阿武松部屋と旧押尾川部屋の関係
阿武松部屋の歴史には、旧押尾川部屋との関係がある。
元益荒雄は、元大関大麒麟が師匠を務めていた旧押尾川部屋に所属していた。独立を目指した際に師匠との対立が起こり、その後は大鵬部屋へ移籍。阿武松の名跡を襲名し、独自の系統を築いていった。
現在の阿武松部屋は元大道の阿武松健二親方が率いる。所属力士の阿武剋は、2026年11月場所でも十両上位に名を連ねる。
ここで注意したいのは、現在の押尾川部屋と旧押尾川部屋は、同じ名称でも成立の経緯が異なる点だ。
現在の押尾川部屋は、元関脇豪風が2022年2月7日付で尾車部屋から独立して新設した部屋である。日本相撲協会の理事会発表でも、尾車部屋の閉鎖と押尾川部屋の新設が承認されたことが記録されている。
放駒部屋から芝田山部屋へ
放駒部屋の系譜にも、名称の変遷を含む複雑な歴史がある。
元横綱魁傑が率いた旧放駒部屋からは、元横綱大乃国の芝田山部屋や、元三杉磯の峰崎部屋などが生まれた。芝田山部屋は現在も存続しており、師匠は芝田山康親方である。
一方、2021年には元二所ノ関親方の若嶋津が率いていた部屋が放駒部屋へと名称を変更し、元関脇玉乃島の放駒親方が師匠を務める現在の部屋につながっている。
したがって、現在の放駒部屋と、元魁傑が率いた旧放駒部屋を、名称だけで同一の部屋の継承関係と判断するのは正確ではない。
稀勢の里が継承した現在の二所ノ関部屋
現在の二所ノ関部屋にも、歴史上の旧二所ノ関部屋との違いがある。
旧二所ノ関部屋は、10代二所ノ関の金剛親方の時代を経て、2013年1月に閉鎖された。その後、元大関若嶋津が2014年12月に名跡を取得して部屋を再興した。
さらに2021年12月、元横綱稀勢の里が二所ノ関の名跡を取得し、荒磯部屋を二所ノ関部屋へ改称。若嶋津の部屋は放駒部屋へと名称を変更した。
現在の二所ノ関部屋は、田子ノ浦部屋から独立した荒磯部屋の流れを受け継いでいる。歴史的な旧本家の部屋がそのまま連続して存続しているわけではない点が、二所ノ関一門を理解するうえで重要だ。
【2026年最新一覧】二所ノ関一門の17部屋と師匠・現役関取
2026年7月20日時点の資料では、二所ノ関一門は17部屋で構成されている。日本相撲協会の公式部屋紹介に掲載される部屋情報と、一門の系譜に関する資料を照合した一覧だ。
以下は2026年11月場所の番付を基準に、各部屋の師匠と幕内・十両の現役力士をまとめたもの。括弧内は直近の9月場所の成績である。
| 部屋名 | 師匠(現役時代の主な四股名) | 2026年11月場所の関取・9月成績 |
|---|---|---|
| 二所ノ関部屋 | 二所ノ関寛(稀勢の里) | 横綱・大の里(12勝3敗)、十両9枚目・白熊(6勝9敗) |
| 佐渡ヶ嶽部屋 | 佐渡ヶ嶽満宗(琴ノ若) | 大関・琴櫻(9勝6敗)、前頭6枚目・琴勝峰(5勝7敗3休)、琴栄峰(5勝10敗) |
| 高田川部屋 | 高田川勝巳(安芸乃島) | 十両3枚目・輝(11勝4敗)、5枚目・竜電(9勝6敗)、6枚目・湘南乃海(3勝12敗) |
| 片男波部屋 | 片男波良二(玉春日) | 前頭15枚目・玉鷲(10勝5敗)、十両12枚目・玉正鳳(6勝9敗) |
| 芝田山部屋 | 芝田山康(大乃国) | 関取なし |
| 押尾川部屋 | 押尾川旭(豪風) | 十両2枚目・風賢央(8勝7敗) |
| 鳴戸部屋 | 鳴戸勝紀(琴欧洲) | 前頭9枚目・欧勝馬(6勝9敗) |
| 西岩部屋 | 西岩忍(若の里) | 関取なし |
| 田子ノ浦部屋 | 田子ノ浦伸一(隆の鶴) | 前頭3枚目・高安(7勝8敗) |
| 放駒部屋 | 放駒新(玉乃島) | 前頭12枚目・一山本(4勝11敗) |
| 阿武松部屋 | 阿武松健二(大道) | 十両1枚目・阿武剋(8勝7敗) |
| 大嶽部屋 | 大嶽大輔(玉飛鳥) | 前頭10枚目・王鵬(7勝8敗) |
| 錣山部屋 | 錣山矩幸(豊真将) | 前頭12枚目・阿炎(8勝7敗) |
| 湊部屋 | 湊孝行(湊富士) | 関取なし |
| 湊川部屋 | 湊川貴信(貴景勝) | 前頭11枚目・隆の勝(4勝9敗2休)、十両10枚目・若ノ勝(0勝0敗15休) |
| 中村部屋 | 中村雅継(嘉風) | 十両4枚目・嘉陽(11勝4敗)、11枚目・友風(5勝10敗) |
| 秀ノ山部屋 | 秀ノ山和弘(琴奨菊) | 関取なし |
※2026年7月の部屋数資料を基礎に、11月場所の番付と直近9月場所の成績を反映。成績は2026年9月場所の15日間の記録。関取なしは幕内・十両に該当者がいないことを意味し、幕下以下の力士が在籍していないという意味ではない。
17部屋の中で注目したい主要な部屋
二所ノ関部屋:横綱大の里を擁する現在の一門の象徴的な部屋。稀勢の里親方の指導のもと、若手育成とトップ力士の輩出で注目されている。
佐渡ヶ嶽部屋:琴櫻、琴勝峰、琴栄峰らを擁する有力部屋。琴櫻は大関として一門の看板を担い、複数の幕内力士を抱える層の厚さも特徴だ。
高田川部屋:輝、竜電、湘南乃海など、幕内経験者・十両上位の力士が所属する。師匠は元関脇安芸乃島の高田川親方。
片男波部屋:長年幕内で活躍する玉鷲を擁する部屋。玉鷲は2026年9月場所で十両優勝を争う位置から10勝5敗を記録し、11月場所では幕内に復帰した。
湊川部屋:2026年の組織再編を象徴する部屋。元大関貴景勝の湊川親方が、2026年1月26日付で常盤山部屋を継承し、部屋名を湊川部屋に変更した。
【2026年の勢力と実態】関取21人、一門全体の成績はどうなっている?
二所ノ関一門の勢力を測るとき、横綱や大関の人数だけを見るのは十分ではない。幕内・十両の関取数、幕下以下の育成力、場所全体の勝敗を合わせて見る必要がある。
2026年11月場所では関取21人
2026年11月場所の番付では、二所ノ関一門の関取は21人。内訳は幕内11人、十両10人となっている。
横綱大の里を中心に、大関琴櫻、幕内の高安、玉鷲、王鵬、阿炎、欧勝馬、隆の勝、一山本、そして十両の阿武剋、輝、風賢央、嘉陽らが一門の戦力を構成する。
2026年7月場所の資料では関取23人だったため、場所ごとの昇降格によって関取数は変動している。部屋数が17で固定的に見えても、所属力士の番付は常に動いている。
2026年9月場所の一門全体の成績
2026年9月場所の一門別集計では、二所ノ関一門の成績は次のとおりだった。
- 対象力士:188人
- 合計成績:720勝689敗75休
- 勝率:51.1%
- 勝ち越し:95人
- 負け越し:93人
- 関取:21人
五つの一門の比較では、勝ち星と勝率がともに2位、勝ち越し人数は1位だった。幕内・十両の関取数も上位に位置しており、上位力士だけでなく下位の育成層にも一定の厚みがあることが分かる。
大の里の優勝と高安の金星が示したもの
9月場所では二所ノ関部屋の大の里が12勝3敗で幕内優勝を果たした。
また、田子ノ浦部屋の高安は4日目に大の里を破って金星を獲得。ベテラン力士が横綱に勝つという結果は、一門内に異なる世代の実力者が共存していることを示す出来事だった。
十両では高田川部屋の輝と中村部屋の嘉陽が、ともに11勝4敗で優勝同点の成績を残した。幕内だけでなく十両でも複数の部屋が存在感を示している。
11月場所の星取表はいつ確認できる?
2026年11月2日時点では、九州場所の番付はすでに発表されているが、本場所の初日は11月8日である。そのため11月場所の星取表はまだ始まっていない。
現時点で確認できる最新の確定星取は9月場所のものだ。11月場所の星取表は初日以降、15日間の勝敗を追う形で更新される。
番付と星取表を混同しないことが大切だ。番付は場所前に決まる地位、星取表は場所中の勝敗を記録したもの。例えば、大の里の11月場所の地位は横綱だが、9月場所の成績は12勝3敗である。
【一門の仕組み】なぜ17部屋が同じ一門に所属するのか?
一門は、単に同じ親方の弟子が集まる組織ではない。歴史的な師弟関係、独立、部屋の継承、協会内での協力など、複数の要素によって構成されている。
一門の起源は地方巡業を行うための組合
日本相撲協会の解説によると、一門はもともと地方巡業を共同で行うための巡業組合としての性格を持っていた。
昔の相撲部屋は、現在のように協会からすべての経費が支給される仕組みではなかった。一門ごとに地方巡業を行い、その収益を部屋の運営に生かす必要があった。
同じ系統の部屋が集まり、巡業や部屋運営で協力することが、一門という集団を形成する背景になった。
現在の一門が担う役割
現在では、巡業の共同運営という歴史的な役割に加え、親方同士の協力や連合稽古、協会の役員候補者選挙などで一門単位のまとまりが見られる。
ただし、一門は相撲部屋そのものを統括する行政機関ではない。各部屋はそれぞれの師匠が運営し、力士の育成や日常生活の管理を担う。
一門の所属は、必ずしも現在の師弟関係だけで決まるわけではない。過去の所属一門から移籍した部屋や、部屋の継承によって所属関係が変わったケースもある。
他の一門から移ってきた部屋もある
現在の二所ノ関一門には、歴史的な二所ノ関系統以外の流れを持つ部屋も含まれる。
- 高田川部屋:もともとの高砂系統から2011年に二所ノ関一門へ移った系譜。
- 阿武松部屋・大嶽部屋:旧貴乃花一門の流れを持ち、2018年の一門再編で二所ノ関一門に加わった。
- 湊部屋・錣山部屋:時津風系統との歴史的なつながりを持つ。
- 押尾川部屋:現在の部屋は2022年に尾車部屋から独立して設立された。
こうした経緯を見ると、二所ノ関一門は単一の家系がそのまま枝分かれした集団ではなく、独立・移籍・継承によって構成が変化してきた組織だと分かる。
2026年の再編で注目される湊川部屋
2026年1月26日には、元大関貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承し、湊川部屋として再出発した。
所属力士には隆の勝、若ノ勝らがいる。師匠の交代によって部屋名が変わっても、所属力士や関係者の移籍・継承が伴うため、一門の構成を調べる際には発表日と変更後の所属を確認する必要がある。
【誤解を解消】二所ノ関一門について知っておきたいポイント
二所ノ関一門は17部屋すべてが同じ血筋なのか
そうではない。二所ノ関部屋からの分家という歴史的なつながりを持つ部屋がある一方、別の一門から移籍した部屋や、独立後に所属が変わった部屋も存在する。
そのため、現在の所属一門と、歴史的な部屋の系譜は分けて理解する必要がある。
二所ノ関一門には現在も正式な本家があるのか
一門全体を法的・制度的に統括する唯一の本家があるわけではない。
歴史上の旧二所ノ関部屋は2013年に閉鎖され、2021年には別の系譜から二所ノ関部屋という名称が再び使われるようになった。現在の二所ノ関部屋は一門を象徴する存在だが、歴史上の旧部屋と同じ形で連続しているわけではない。
二所ノ関一門は現在も最も強い一門なのか
一門の強さは、横綱・大関の人数、幕内・十両の関取数、幕下以下の育成力、場所全体の勝敗などによって評価が変わる。
2026年9月場所の集計では、二所ノ関一門は勝ち星と勝率で五つの一門中2位、勝ち越し人数では1位だった。関取21人を抱える点も大きな強みである。
ただし、一門の総合力と特定の部屋の強さは同じではない。大の里を擁する二所ノ関部屋、琴櫻らを擁する佐渡ヶ嶽部屋など、部屋ごとに育成力や所属力士の構成は異なる。
【二所ノ関一門】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:二所ノ関一門の開祖は誰ですか?
A1:一門の源流となる二所ノ関部屋の創設者は、元関脇の海山です。一方、横綱玉錦は6代二所ノ関を襲名して部屋を再興・発展させた人物であり、一門の中興の祖として知られています。
Q2:2026年現在、二所ノ関一門には何部屋ありますか?
A2:2026年7月時点の資料では17部屋です。二所ノ関、佐渡ヶ嶽、高田川、片男波、芝田山、押尾川、鳴戸、西岩、田子ノ浦、放駒、阿武松、大嶽、錣山、湊、湊川、中村、秀ノ山が所属しています。
Q3:二所ノ関一門で現在最も注目される力士は誰ですか?
A3:2026年11月場所では横綱大の里が筆頭格です。大関琴櫻のほか、高安、玉鷲、王鵬、阿炎、隆の勝、阿武剋らも注目されます。直近の9月場所では大の里が12勝3敗で幕内優勝を果たしています。
まとめ:二所ノ関一門の強さは分家の歴史と育成力にある
二所ノ関一門は、1909年の海山による部屋創設を出発点とし、横綱玉錦による再興、玉ノ海の独立を認める方針、佐賀ノ花の時代の発展を経て、1960年代から大きな勢力へと成長した。
その後も、佐渡ヶ嶽、片男波、花籠、放駒、大鵬などの系譜が枝分かれし、さらに他の一門からの移籍や部屋の継承によって現在の17部屋体制が形づくられた。
2026年11月場所では関取21人を擁し、横綱大の里、大関琴櫻をはじめとする力士たちが土俵に立つ。9月場所の一門全体の成績も720勝689敗75休と、五つの一門の中で上位の数字を残した。
今後の注目点は、大の里に続く次世代の横綱・大関候補が現れるか、佐渡ヶ嶽や高田川などの有力部屋がどこまで関取を増やすか、そして湊川部屋のような新しい体制がどのように定着するかという点にある。
二所ノ関一門を理解する際は、単純な部屋数や横綱の人数だけでなく、歴史的な系譜、現在の所属関係、各場所の番付と星取表を組み合わせて見ることが大切だ。そこに注目すれば、大相撲の勢力図と一門が受け継いできた育成文化が、より立体的に見えてくる。
主な資料・照合先: 日本相撲協会公式サイト、相撲博物館の展示資料、東北大学の大相撲に関する博士論文、墨田区立図書館の相撲史資料、2026年7月・11月場所の部屋別資料および番付・星取成績。