【全7戦の競走成績】7戦2勝の軌跡と骨折による長期休養

目次

ジョワドヴィーヴルの通算成績は、7戦2勝、2着0回、3着1回、4着以下4回です。

デビューから2連勝でGⅠを制した一方、3歳時には骨折による長期休養を経験しました。復帰後は徐々に調子を取り戻し、最後のレースとなったヴィクトリアマイルでは4着に入っています。

ジョワドヴィーヴルの全7戦の競走成績

JBISサーチに掲載されている全競走記録を時系列で整理すると、次のようになります。

2011年:デビューから2連勝

- 11月12日・京都・2歳新馬:1着(福永祐一)
- 12月11日・阪神・阪神ジュベナイルフィリーズ(GⅠ):1着(福永祐一)

2012年:クラシック挑戦と故障

- 3月3日・阪神・チューリップ賞(GⅢ):3着(福永祐一)
- 4月8日・阪神・桜花賞(GⅠ):6着(福永祐一)

2013年:復帰から最後のレースまで

- 2月10日・京都・京都記念(GⅡ):7着(福永祐一)
- 3月9日・中京・中日新聞杯(GⅢ):6着(戸崎圭太)
- 5月12日・東京・ヴィクトリアマイル(GⅠ):4着(川田将雅)

2012年のチューリップ賞と桜花賞

2012年3月3日のチューリップ賞では、1番人気に支持されながら3着という結果でした。

続く4月8日の桜花賞でも1番人気に推されましたが、6着に敗れています。

この桜花賞ではジェンティルドンナが優勝しました。

ジョワドヴィーヴルにとっては、前年の2歳女王としてクラシックの頂点を目指す重要な一戦でしたが、期待された結果には届きませんでした。

さらにレース後、右第1趾骨近位骨の骨折が判明します。

2012年4月13日付のラジオNIKKEIの報道では、JRAの発表に基づき、全治には6か月以上の休養が必要と伝えられました。

骨折から約10か月後に競走復帰

ジョワドヴィーヴル

骨折によって長期休養を余儀なくされたジョワドヴィーヴルは、2013年2月10日の京都記念で復帰しました。

復帰戦は7着。その後、3月の中日新聞杯で6着と着順を上げていきます。

そして、復調を印象づけたのが2013年5月12日のヴィクトリアマイルでした。

最後の出走となったヴィクトリアマイルで4着

ヴィクトリアマイルは東京競馬場の芝1600メートルで行われる牝馬のGⅠ競走です。

ジョワドヴィーヴルは4番人気で出走し、1分32秒6のタイムで4着に入りました。

優勝したのはヴィルシーナ。ジョワドヴィーヴルとのタイム差はわずか0.2秒でした。

長期休養を経て、再びGⅠで上位争いができるところまで戻っていたことが分かります。

このレースが、結果として彼女の生涯最後の出走となりました。

【死因と骨折の経緯】2013年5月29日の調教中に何が起きたのか

ジョワドヴィーヴルの死因について、最も重要な事実は、2013年5月29日の調教中に左下腿骨開放骨折を発症し、予後不良と診断されたことです。

ヴィクトリアマイルで4着と好走し、復活への期待が高まっていた時期の出来事でした。

2013年5月29日、栗東トレセンで発生した事故

2013年5月29日、ジョワドヴィーヴルは6月1日に予定されていた鳴尾記念への出走に向け、栗東トレーニング・センターで追い切りを行っていました。

ラジオNIKKEIがJRA発表に基づいて伝えた内容によると、この調教中に左下腿骨開放骨折を発症し、予後不良となりました。

また、当日の状況についてnetkeibaの報道では、次の経緯が伝えられています。

- 午前6時ごろ、栗東トレセンのウッドチップコースで調教を開始。
- 4コーナー付近で調教を中止。
- 騎乗者が馬体の異変を感じて下馬。
- 左後脚の飛節上部に腫れが見られ、脚を地面につけられない状態だった。
- 左下腿骨の粉砕骨折が判明し、安楽死の処置が取られた。

骨折の場所と2012年の故障は別物

ここは、ジョワドヴィーヴルの故障歴を理解するうえで間違えやすい部分です。

彼女は競走生活の終盤に突然初めて骨折したわけではありません。

実際には、前年の2012年にも骨折を経験しています。

時期 骨折の内容 その後
2012年4月 右第1趾骨近位骨の骨折 6か月以上の休養が必要と発表
2013年5月29日 左下腿骨開放骨折 予後不良となり安楽死

つまり、2012年の骨折と2013年の骨折は、発生時期も部位も異なる別々の故障です。

2012年の骨折から復帰してヴィクトリアマイル4着まで戻したものの、わずか17日後に再び重大な故障に見舞われたことになります。

死因は病気ではなく、調教中の重大な外傷

「ジョワドヴィーヴルの死因」と検索する人が知りたいのは、病気だったのか、それとも競走中の事故だったのかという点でしょう。

公表された経緯では、原因は調教中に発症した左下腿骨開放骨折です。

予後不良とは、負傷の程度から競走馬としての回復が極めて困難と判断される状態を指します。

今回のケースでは、その診断を受けて安楽死の処置が取られました。

なお、骨折が発生した具体的な物理的原因については、馬場状態や特定の動作などを原因と断定できる公的な説明は確認できません。

重要なのは、前年の故障から復帰し、再びGⅠで好走するまで回復していた馬が、次のレースに向けた調教中に命を落としたという事実です。

松田博資厩舎で迎えた最後

ジョワドヴィーヴルを管理していたのは、松田博資調教師でした。

当時の報道では、ヴィクトリアマイルで4着に入ったことで復調への手応えが感じられ、今後の活躍が期待されていたことが伝えられています。

鳴尾記念での走りを予定していた矢先の出来事だっただけに、陣営にとっても非常に残念な結果となりました。

【プロの結論】ジョワドヴィーヴルが競馬史に残したもの

ジョワドヴィーヴルの競走生活を振り返ると、単純な勝利数だけでは評価できない特徴が見えてきます。

最大の実績は、デビュー2戦目での阪神ジュベナイルフィリーズ制覇と、2011年度最優秀2歳牝馬の受賞です。

一方、3歳時には骨折で長期休養を余儀なくされ、復帰後も本来の能力を発揮するまでに時間がかかりました。

それでも最後のヴィクトリアマイルで4着に入ったことは、彼女が再びトップクラスの競走能力を示していたことを物語っています。

ジョワドヴィーヴルについて知っておきたい3つの事実

1. 7戦2勝でも、GⅠタイトルの価値は大きい

競走成績は7戦2勝ですが、その2勝目が2歳牝馬の頂点を決める阪神ジュベナイルフィリーズでした。

出走回数の少なさだけで競走馬としての価値を判断することはできません。

2. 良血という期待を結果で証明した

父ディープインパクト、母ビワハイジ、半姉ブエナビスタという血統は、デビュー前から注目される理由になりました。

しかし、血統の評判だけでGⅠを勝てるわけではありません。福永祐一騎手とのコンビで実際に大舞台を制したことに、彼女自身の競走馬としての価値があります。

3. 最後のGⅠ4着は復活の兆しだった

ヴィクトリアマイルでの4着は、長期休養を経験した馬の復帰過程として注目すべき結果でした。

その後の鳴尾記念出走を目前にした事故によって、さらなる競走実績を積み重ねる機会は失われました。

ジョワドヴィーヴルの生涯は、競走馬の能力や血統だけでなく、脚部の故障と復帰の難しさ、そして競走生活に潜む予測困難なリスクを考えるうえでも印象に残るものです。

【ジョワドヴィーヴルに関するよくある質問(FAQ)】

Q1:ジョワドヴィーヴルは現在も生きていますか?

2026年現在、存命ではありません。2013年5月29日に栗東トレーニング・センターで調教中に左下腿骨開放骨折を発症し、予後不良と診断されて安楽死となりました。

Q2:ジョワドヴィーヴルの死因は何ですか?

調教中に発症した左下腿骨開放骨折です。重度の負傷で回復が困難と判断され、安楽死の処置が取られました。病気による死亡ではありません。

Q3:ジョワドヴィーヴルの血統とブエナビスタとの関係は?

父はディープインパクト、母はビワハイジです。ブエナビスタは母を同じくする半姉で、GⅠを6勝した名牝です。母ビワハイジも阪神3歳牝馬ステークスを制しており、母娘・姉妹で同じ2歳牝馬GⅠを勝った血統として知られています。

まとめ:ジョワドヴィーヴルの短い生涯と色あせないGⅠ制覇

ジョワドヴィーヴルは、ディープインパクトとビワハイジの間に生まれた名血統の牝馬でした。

2011年11月のデビュー戦を勝利すると、翌月の阪神ジュベナイルフィリーズも制覇。福永祐一騎手とのコンビでデビュー2戦目のGⅠ勝利を達成し、最優秀2歳牝馬にも選出されました。

その後は2012年の骨折による長期休養を経験しましたが、2013年2月に復帰。ヴィクトリアマイルでは4着に入り、再び上位で戦える力を示しました。

しかし、同年5月29日、鳴尾記念に向けた調教中に左下腿骨開放骨折を発症。予後不良となり、4歳でその生涯を終えました。

通算7戦2勝。GⅠタイトルは阪神ジュベナイルフィリーズの1勝。

数字だけを見ると短い競走生活ですが、母ビワハイジと半姉ブエナビスタに続いて2歳牝馬の頂点に立った実績は、競馬史に残るものです。

2026年になってもジョワドヴィーヴルの名前が検索されるのは、華やかな血統、鮮烈なGⅠ勝利、そして復活への期待が高まった時期に訪れた突然の別れが、多くの競馬ファンの記憶に残っているからでしょう。

彼女の競走生活は短かったものの、その存在と阪神ジュベナイルフィリーズでの勝利は、これからも名牝の血統を語るうえで忘れられない記録です。


主な参照資料

- JRA「競走馬情報 ジョワドヴィーヴル」
- JRA「2011年度JRA賞」
- JRA「第63回阪神ジュベナイルフィリーズ競走成績」
- JBISサーチ「ジョワドヴィーヴル 血統情報・全競走成績」
- ラジオNIKKEI「ジョワドヴィーヴル、調教中に故障し予後不良に」
- ラジオNIKKEI「ジョワドヴィーヴル骨折、全治には6か月以上」