【2026年最新】現在の吉本新喜劇4座長と間寛平GMの役割
2026年11月現在、吉本新喜劇の公式サイトに掲載されている座長は、次の4人です。
2019年の世代交代、2022年の小籔千豊の勇退、2023年の川畑泰史の勇退と新座長の加入を経て、現在の顔ぶれになりました。
現在の4座長
1. すっちー(2014年6月就任)
現4座長の中で最も早く座長に就任した人物です。2007年に新喜劇へ入団し、2014年に座長へ昇格しました。代表的なキャラクターは、独特の関西弁と強烈な個性を持つ「すち子」。飴を使ったギャグなどでも知られています。2019年の60周年公演でも中心的な役割を担いました。
2. 酒井藍(2017年7月就任)
吉本新喜劇史上初の女性座長です。2007年に新喜劇へ入団し、2017年7月26日に座長へ就任しました。親しみやすいキャラクターと「ブーブー、ブーブー。私、人間ですねん」というギャグで知られています。
女性座員として初めて座長に抜擢されたことは、新喜劇の歴史における大きな転換点でした。女性の座員が中心となって物語を動かす新しい可能性を広げた存在でもあります。
3. アキ(2023年就任発表)
お笑いコンビ・水玉れっぷう隊としても活動してきたアキ。2023年3月21日の「新喜劇記念日2023」で吉田裕とともに新座長への就任が発表されました。
舞台で培ってきた経験を生かし、新しい座長世代を担う一人です。従来の座長とは異なる個性を持つ芸人が加わったことで、新喜劇の表現の幅も広がっています。
4. 吉田裕(2023年就任発表)
吉田裕も2023年にアキとともに座長へ就任しました。「乳首ドリル」を代表とする舞台上のギャグで広く知られ、長年にわたって新喜劇の人気を支えてきた座員です。
2026年には座長4年目を迎え、通常公演だけでなく自身の企画公演にも取り組んでいます。2026年2月の日刊スポーツのインタビューでも、座長としての活動や舞台への取り組みが紹介されました。
間寛平は座長ではなくGM
現在の体制を理解するうえで間違えやすいのが、間寛平の役職です。
間寛平は1974年に座長へ就任した歴代の名座長ですが、2022年に吉本新喜劇初のゼネラルマネージャー(GM)に就任しました。
GMとして取り組んでいるのは、劇団全体の活性化や若手育成、新しい観客層の獲得です。若手育成のための専用劇場の設置、新喜劇総選挙、新喜劇まつり、全国ツアーなどの施策も打ち出しています。
つまり、2026年の組織体制は、間寛平GMが全体を支え、すっちー、酒井藍、アキ、吉田裕の4人が舞台の座長を務める形です。GMと座長は役割が異なります。
【座長勇退の真相】内場・辻本・小籔・川畑はなぜ座長を退いた?
吉本新喜劇の歴代座長を調べる読者が気になるのが、人気座長がなぜ次々と勇退したのかという点です。
実際には、座長を退くことと新喜劇を辞めることは同じではありません。勇退後も座員として出演を続けたり、特別公演で中心的な役割を担ったりするケースがあります。
内場勝則・辻本茂雄:2019年2月に勇退
1999年から約20年間にわたって座長を務めた内場勝則と辻本茂雄は、2019年2月末をもって座長職を勇退しました。
2019年は吉本新喜劇の60周年に当たる節目の年です。吉本興業は新しい体制として、小籔千豊、川畑泰史、すっちー、酒井藍の4座長に加え、清水けんじ、吉田裕、信濃岳夫、諸見里大介の4人をリーダーに起用しました。
リーダーは次期座長候補として位置づけられ、全国興行などでも座長を補佐する役割を担いました。内場と辻本は座長の立場を後進に譲り、ベテラン座員として新体制を支える道を選びました。
小籔千豊:2022年8月に勇退
2022年1月14日、吉本興業は小籔千豊の座長勇退を発表しました。同年8月の公演をもって座長を退きましたが、本人は引き続き吉本新喜劇に出演し、特別公演なども行う予定とされました。
小籔は2006年の座長就任以来、独自の視点を取り入れた舞台づくりで新喜劇を牽引してきました。座長という役職を離れた後も、新喜劇との関係は続いています。
川畑泰史:2023年3月20日に勇退
川畑泰史は2007年6月に座長へ就任し、「バタヤン」の愛称で親しまれてきました。2023年3月20日の公演をもって座長を勇退しています。
川畑の特徴は、舞台の演者としてだけでなく、脚本家としても新喜劇を支えてきたことです。吉本興業の発表やTBS NEWS DIGの報道によると、台本制作には500本近く携わり、外部公演の脚本や後進の指導にも取り組んできました。
勇退後も新喜劇への出演や特別公演を継続することが発表されています。
そして川畑の勇退翌日に当たる2023年3月21日、アキと吉田裕の新座長就任が発表されました。ここで現在につながる4座長体制が形づくられたのです。
こうした勇退の流れから見えてくるのは、吉本新喜劇が一人のスターに依存するのではなく、複数の座長とリーダーによって舞台を継承する仕組みを整えてきたことです。
【プロの結論】吉本新喜劇の座長制度が長く続く3つの理由
吉本新喜劇の歴代座長を時系列で見ると、単に人気芸人が交代してきたわけではないことが分かります。そこには、劇団の運営、脚本制作、若手育成という3つの重要な要素があります。
1. 座長は舞台の顔であり、作品づくりの責任者でもある
座長は舞台の中心で演じるだけの役職ではありません。公演の構成や脚本、座員の配役、物語全体のテンポなど、舞台づくりのさまざまな部分に関わります。
2019年の新体制発表でも、小籔千豊は座長にとって台本を作る能力が重要であるという趣旨の発言をしています。座長の力量は、個人のギャグだけではなく、一座全体から笑いを生み出せるかどうかにも表れます。
2. 勇退は世代交代を進めるための仕組み
内場勝則や辻本茂雄のような長年の座長が勇退し、若手・中堅の座員が新たな座長に就任する流れは、劇団の継続性を高めるうえで意味があります。
2019年に導入された4リーダー体制は、次の世代に舞台運営を経験させる仕組みでもありました。2023年に吉田裕が座長へ昇格したことも、リーダー経験を経た世代交代の一例として見ることができます。
3. 時代に合わせて笑いの表現を変え続けている
1959年の発足当初から、新喜劇はドタバタや分かりやすい物語を基本にしてきました。しかし、時代が変われば観客の生活や価値観も変わります。
昭和の花紀京・岡八郎の時代、平成の内場・辻本・小籔の時代、令和のすっちー・酒井藍・アキ・吉田裕の時代では、舞台に求められる表現も異なります。
それでも、家族や仲間の関係を描き、最後には笑いと安心感を届けるという基本は受け継がれています。内場勝則がMBSのインタビューで語った「バトンをもらって次に渡す」という考え方は、座長制度の本質をよく表しています。
【吉本新喜劇の歴代座長】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:吉本新喜劇の歴代座長で最初に座長制を確立したのは誰ですか?
A1:吉本新喜劇の公式歴史では、1963年に座長制が確立されたとされています。花紀京、岡八郎、平参平、原哲男、桑原和男、船場太郎らが当時の中心人物でした。制度確立期の座長を一人だけ初代とするより、複数の座長による体制として理解するのが適切です。
Q2:吉本新喜劇で初めて女性座長になったのは誰ですか?
A2:酒井藍です。2017年7月26日に座長へ就任しました。1959年の発足以来、史上初の女性座長として大きな話題になりました。
Q3:2026年現在の吉本新喜劇の座長は誰ですか?
A3:すっちー、酒井藍、アキ、吉田裕の4人です。公式サイトでも4人が座長として掲載されています。
Q4:間寛平は現在も吉本新喜劇の座長ですか?
A4:現在の役職は座長ではなく、ゼネラルマネージャー(GM)です。2022年に新喜劇初のGMに就任し、若手育成や劇団全体の活性化に取り組んでいます。
Q5:小籔千豊や内場勝則、辻本茂雄は新喜劇を引退したのですか?
A5:座長職を勇退したという意味であり、新喜劇から完全に引退したわけではありません。小籔千豊は2022年8月、内場勝則と辻本茂雄は2019年2月に座長を勇退しましたが、引き続き新喜劇に出演しています。
Q6:吉本新喜劇の座長制度はいつ始まりましたか?
A6:新喜劇の前身である吉本ヴァラエティは1959年3月1日に発足しました。1962年に現在の名称へ変更され、1963年に座長制が確立されました。
まとめ:吉本新喜劇の歴代座長がつないできた笑いのバトン
吉本新喜劇の歴代座長の歴史は、1959年の吉本ヴァラエティ発足から始まり、1963年の座長制確立によって現在につながる体制が築かれました。
昭和には花紀京、岡八郎、平参平、原哲男、船場太郎、間寛平、木村進らが舞台を盛り上げ、平成には内場勝則、辻本茂雄、小籔千豊、川畑泰史らが新しい時代を切り開きました。
2017年には酒井藍が女性初の座長に就任。2022年には間寛平がGMとなり、2023年にはアキと吉田裕が新座長に加わりました。
2026年現在の座長は、すっちー、酒井藍、アキ、吉田裕の4人です。
歴代座長を知ることは、単に芸人の名前や就任年を覚えることではありません。それぞれの時代にどんな笑いが求められ、誰がその舞台を支え、どのように次の世代へ引き継いできたのかを理解することにつながります。
70周年を迎えた2024年を経て、吉本新喜劇は次の節目へと歩みを進めています。昭和から令和まで受け継がれてきた笑いの伝統が、今後どのような新しい座長やスターによって発展していくのか。これからの世代交代にも注目が集まります。