「パンケーキ食べたい芸人」の正体は夢屋まさる!引退理由とテレ朝プロデューサーの現在を徹底解説
「パンケーキ食べたい、パンケーキ食べたい」という印象的なリズムネタで、2019年に一躍人気者となった芸人を覚えているだろうか。その人物は、元お笑い芸人の夢屋まさる(ゆめやまさる)だ。本名は鈴木優。慶應義塾大学経済学部を卒業した高学歴芸人としても知られ、当時は独特のファッションやジェンダーレスなキャラクターでも注目を集めた。
しかし、人気絶頂期を経て、夢屋まさるは2022年3月31日をもって芸人を引退。翌4月にはテレビ朝日に新卒入社し、テレビマンとして新しいキャリアをスタートさせた。さらに2025年11月のMANTANWEBのインタビューでは、27歳で番組プロデューサーに抜てきされ、『カズレーザー100%』を手がけていることが明らかになった。2026年現在は、かつての芸人という肩書きを離れ、テレビ番組を企画・制作する側で活躍している。
この記事では、夢屋まさるの正体や本名、慶應義塾大学での学生生活、パンケーキネタの誕生秘話、芸人引退の本当の理由、テレビ朝日入社からプロデューサー就任までの経緯を整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 正体:「パンケーキ食べたい芸人」は夢屋まさる。本名は鈴木優で、慶應義塾大学経済学部卒業。
- 引退理由:2019年10月には引退を決意。人気キャラクターの維持や芸人としての将来を考え、2022年3月末に引退した。
- 現在:2022年4月にテレビ朝日へ入社。2025年には27歳でプロデューサーに抜てきされ、『カズレーザー100%』を担当した。
【正体は夢屋まさる】パンケーキ食べたい芸人の本名・プロフィールと学歴

「パンケーキ食べたい芸人」として検索される人物は、間違いなく夢屋まさるだ。
2019年のお正月に放送された日本テレビ系『ぐるナイ おもしろ荘』で注目を浴び、キャッチーなリズムネタによって全国的な知名度を獲得した。
まずは、人物像を整理しておこう。
夢屋まさるのプロフィール

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | 夢屋まさる |
| 本名 | 鈴木優 |
| 生年月日 | 1998年4月2日 |
| 出身 | 東京都生まれ |
| 学歴 | 慶應義塾大学経済学部卒業 |
| 芸人としての活動 | 高校生時代から |
| 元所属事務所 | サンミュージックプロダクション |
| 芸人引退日 | 2022年3月31日 |
| テレビ朝日入社 | 2022年4月 |
| 現在の職業 | テレビ朝日の番組制作スタッフ・プロデューサー |
本名が鈴木優であることは、2023年5月のMANTANWEBのインタビューでも紹介されている。同記事では、芸名の夢屋まさると本名を併記した番組クレジットについても触れられていた。
慶應義塾大学経済学部を卒業した高学歴芸人

夢屋まさるの経歴で注目したいのが、慶應義塾大学への進学だ。
中学から慶應義塾の系列校に通い、慶應義塾高校を経て大学へ進学。大学では経済学部に所属しながら、お笑い芸人としての活動を続けていた。
2022年3月に掲載された慶應塾生新聞のラストインタビューによると、大学は2021年9月に卒業している。
興味深いのは、経済学部に所属しながら文学部の社会学ゼミにも参加していたことだ。
本人は大学生活について、学業と芸能活動を両立しやすかったと振り返っている。仕事と期末試験が重なった際には、大学側の振替制度にも助けられたという。
また、ゼミでは写真や映像などを通じてジェンダーやLGBTといった社会課題を研究していた。
テレビで見せていた明るく独特なキャラクターだけではなく、社会や表現について考える知的な一面も持っていたことが分かる。
カズレーザーとの関係も深い
夢屋まさるは、サンミュージック時代の先輩であるメイプル超合金のカズレーザーとも縁が深い。
芸人時代には事務所の先輩後輩という関係で、引退を決めた際にもカズレーザーに最初に相談したと、2025年のインタビューで明かしている。
この関係は、後にテレビ朝日でプロデューサーとして手がける番組『カズレーザー100%』にもつながっていく。
単なる芸人時代の人脈ではなく、夢屋まさるの新しいキャリアを形作る重要な関係だった。
【元ネタを解説】パンケーキ食べたいネタはどうやって誕生した?
夢屋まさるの代表作といえば、やはり「パンケーキ食べたい」だ。
一度聞くと頭から離れないフレーズと、簡単にまねできる振り付けが特徴。子どもから大人まで幅広い層に知られるようになった。
では、このネタはどのように生まれたのだろうか。
きゃりーぱみゅぱみゅの楽曲と喫茶店のポスターがきっかけ
2019年2月のORICON NEWSのインタビューで、夢屋まさる本人がネタの誕生秘話を語っている。
きっかけは、2018年10月ごろ。『おもしろ荘』のオーディションに向けて、喫茶店でネタを考えていたときだった。
お金がなかったため、コーヒー1杯で長時間過ごしていたところ、目に入ったのが期間限定パンケーキのポスターだった。
そこで、きゃりーぱみゅぱみゅの楽曲「原宿いやほい」を聴きながら考えていたことと、空腹、パンケーキのポスターが結びつき、あのリズムが生まれたという。
本人の説明によれば、最初から完成されたネタがあったわけではない。試行錯誤を重ねながら、誰でもまねできる簡単な振り付けを加えていった。
ダンスの振り付けはTikTokにあったもの?
実は、振り付けにも意外な背景がある。
ORICON NEWSのインタビューで、夢屋まさるは、ダンスについてTikTokに元々存在していた振り付けを参考にしたと説明している。
当時、番組で共演した岡村隆史から「パクったやろ」と冗談交じりに言われたことも明かしていた。
つまり、ネタの発想そのものは喫茶店での出来事から生まれた一方、振り付けには既存のダンス文化が取り入れられていたということだ。
実はパンケーキが大好きだったわけではない
さらに面白いのが、本人の食の好みだ。
2019年12月の日刊スポーツのインタビューでは、パンケーキについて「大嫌いなんですけど(笑い)」と語っている。
ネタを作った後には、やりたくなさすぎて過呼吸を起こしたほどだったというエピソードまで明かした。
それでも、自分を救ってくれた大切なネタだと認識していた。
実際、同インタビューでは「本当は、炭水化物あまり食べないんですよ」とも話している。
パンケーキを愛するキャラクターと本人の素顔には、かなりのギャップがあったのだ。
【引退理由と経緯】夢屋まさるはなぜ人気絶頂期に芸人を辞めたのか?
夢屋まさるについて、現在も多く検索されているのが芸人引退の理由だ。
2019年にブレークし、テレビ出演やイベント出演などで知名度を高めていた人物が、なぜ2022年に芸人を辞めたのか。
その理由は、本人のインタビューに詳しく残されている。
引退を決意したのは2019年10月
実は、夢屋まさるが芸人引退を考え始めたのは2022年ではない。
2022年2月のENCOUNTのインタビューで、本人は2019年10月には芸人を辞めようと決めていたと明かしている。
決断の背景には、ブレークしたキャラクターの将来性に対する冷静な判断があった。
本人によれば、その年の「話題の人」に贈られる賞を受けることが決まり、自分が作り上げたキャラクターは最高到達点に達したと感じたという。
さらに、人気を維持することの難しさも感じていた。
「区切りとして達成感がありましたし、人気を維持するのは大変。」
「パンケーキ食べたい」のイメージが強くなりすぎた
2023年のMANTANWEBのインタビューでは、芸人を辞めたもう一つの重要な理由が明らかになった。
それは、代表ネタのイメージがあまりにも強く定着したことだ。
本人は、もともと「パンケーキ食べたい」のような芸風ではなく、テレビ出演を意識して作ったネタだったと説明している。
ところが予想以上に大きな反響を呼び、世間からは「パンケーキの人」として認識されるようになった。
その結果、別のネタや芸風で仕事の幅を広げることが難しくなるのではないかと考えたという。
これは、一発屋と呼ばれる芸人が直面する課題とも重なる。
短期間で知名度を得ることと、長期的に芸人として活躍することは、必ずしも同じではない。
夢屋まさるは、ブレークしたことを否定したのではなく、その成功の先にどんなキャリアを築けるのかを考えた末に、別の道を選んだのだ。
2022年1月29日に引退を正式発表
夢屋まさるは2022年1月29日、自身のnoteで引退を発表した。
発表内容は、2022年3月31日をもってサンミュージックを退所し、芸人を引退するというものだった。
発表文では、16歳から始めた芸人生活を振り返り、事務所関係者や先輩、仕事関係者、応援してくれたファンへの感謝を伝えている。
また、2019年1月1日の『おもしろ荘』出演を、自分の人生が大きく変わった日として振り返った。
引退前の最後の単独ライブは、2022年3月27日に開催。
芸人1年目から目標にしていた単独ライブを実現させ、3月31日に芸人としての活動を終えた。
【夢屋まさるの経歴年表】芸人デビューからテレビ朝日プロデューサーまで
ここまでの経歴を時系列で整理すると、夢屋まさるのキャリアには大きく3つの転換点がある。
1つ目は2019年のブレーク、2つ目は2022年の芸人引退とテレビ朝日入社、3つ目は2025年のプロデューサー就任だ。
この年表から分かるのは、芸人引退が突然の決断ではなかったということだ。
ブレークした2019年のうちに将来を考え、大学卒業というタイミングで新しい仕事に移行している。
芸人としての経験をすべて捨てたのではなく、テレビ業界で活用する道を選んだ点が特徴的だ。
【2026年最新】夢屋まさるの現在はテレビ朝日のプロデューサー!
2026年現在、夢屋まさるはテレビ朝日の番組制作に携わっている。
大きな転機となったのは、2025年11月15日に公開されたMANTANWEBのインタビューだ。
同記事では、元芸人の夢屋まさるが、27歳でテレビ朝日の番組プロデューサーに抜てきされたことが紹介された。
担当した番組は、カズレーザーがMCを務める深夜バラエティー『カズレーザー100%』だ。
テレビ朝日入社後はどんな仕事をしていた?
2022年4月に新卒でテレビ朝日に入社した夢屋まさる。
入社当初は希望していたバラエティー制作部ではなく、ビジネスプロデュース局に配属された。
最初に担当したのは、配信関連の仕事や番組イベント、放送外収入に関する業務だったという。
しかし、夢屋まさるはバラエティー番組制作への夢を諦めなかった。
当時、テレビ朝日には社員が自由に番組企画を提出できる「そだてれび」という企画枠があり、通常業務と並行して企画書を提出し続けた。
そして入社1年目で企画が採用される。
2023年4月には、深夜番組枠「バラバラ大作戦」で放送された『ジェシカ美術部』の企画・構成を担当した。
同番組は、お笑いコンビ・真空ジェシカの初冠番組。2人がアートやアーティストと触れ合い、その経験をネタに落とし込んでいく内容だった。
夢屋まさるは真空ジェシカのネタが好きで、2人と一緒に番組を作りたいという思いから企画を考えたと語っている。
『ハマスカ放送部』『激レアさんを連れてきた。』にも参加
2024年ごろには、念願だったバラエティー制作部に異動。
アシスタントディレクター(AD)として、次の番組に携わった。
- 『ハマスカ放送部』
- 『激レアさんを連れてきた。』
制作現場では、企画だけでなく、映像編集や演出など、ディレクターに求められる技術にも向き合うことになった。
しかし、本人はディレクターとしての適性について悩んだことも明かしている。
特に、映像の色味調整や編集など、機械を扱う作業が苦手だったという。
優秀なディレクターたちの仕事を間近で見る中で、自分には別の役割が向いているのではないかと考えるようになった。
27歳でプロデューサーに抜てきされた理由
そこで夢屋まさるが目指したのが、番組全体を統括するプロデューサーだった。
本人は、細かい調整業務が得意であること、芸人時代の人脈を生かして出演者のキャスティングにも貢献できる可能性があることを理由に挙げている。
上司に希望を伝えたところ、挑戦を後押ししてもらえたという。
2025年のMANTANWEBの取材では、社内でも早い抜てきだったと本人が振り返っている。
ここで注目したいのは、芸人時代の経験がプロデューサーとしての強みに変わっていることだ。
芸人として舞台に立ち、テレビ番組に出演し、制作スタッフとも仕事をしてきた経験がある。
出演者の立場を理解できることは、番組を作る側に回ったときにも大きな意味を持つ。
単にテレビに出ていた元芸人がテレビ局に就職したという話ではない。現場経験を積み、自分の得意分野を見極め、制作を統括する役割へ進んだのである。
『カズレーザー100%』の企画・プロデュースを担当
夢屋まさるがプロデューサーとして手がけた代表的な番組が『カズレーザー100%』だ。
この番組は、メイプル超合金のカズレーザーが、自分のやってみたいことを気心の知れた仲間と楽しむ実験的なバラエティー。
2025年11月の「バラバラマンスリー」枠で放送され、前年9月以来、約1年ぶりに復活した。
実は、この番組は夢屋まさるがテレビ朝日に入社して最初に提出した企画書だったという。
本人はカズレーザーについて、クイズ番組やコメンテーターとしての顔だけではなく、独特の発想力を高く評価している。
その発想力をテレビで形にしたいという思いが、番組企画につながった。
番組では、次のような企画が取り上げられた。
- ママタルト・大鶴肥満とグラビアアイドルの動きを比較する「大鶴肥満グラドル疑惑」
- 知名度の低い面白い芸人を推薦し、名前を当てられたら即終了する「ヴィンテージ面白芸人」
特に後者は、まだ世間に知られていない芸人を発掘するという内容で、夢屋まさる自身が『おもしろ荘』をきっかけに世に出た経験とも重なる。
本人も、自分を発掘してくれた『おもしろ荘』のように、芸人が活躍するきっかけを作れる番組にしたいという思いを語っている。
かつて自分が出演者としてチャンスをつかんだ場所から、今度は制作側として次の芸人にチャンスを与えようとしているのだ。
2026年現在の担当番組は?
2026年に確認できる本人のXプロフィールでは、担当番組として次の3番組が挙げられている。
『秋山と映画』
ロバート秋山が映画をテーマに展開するテレビ朝日の番組。2026年にも公式番組の発信が続いている。
『キョコロヒー』
齊藤京子とヒコロヒーが出演するバラエティー番組。2026年も放送・イベント関連の発信が確認できる。
『背徳フライデー』
大鶴肥満とぐんぴぃが出演するグルメバラエティー。2026年もテレビ朝日公式チャンネルで配信が続いている。
これらは本人のプロフィール欄に記載された担当番組だ。なお、3番組すべてについてプロデューサーを務めているという意味ではなく、役職と担当範囲は番組ごとに区別する必要がある。
少なくとも2026年には、芸人としてではなくテレビ番組の制作スタッフとして活動している様子が確認できる。
【プロの結論】夢屋まさるの芸人引退は失敗ではなくキャリアの再設計だった
夢屋まさるの経歴を振り返ると、興味深い共通点がある。
それは、自分の得意分野と限界を冷静に判断し、次の環境へ移る決断をしていることだ。
芸人時代には、従来のコント中心の芸風から、テレビ向けのリズムネタに挑戦した。
その結果、『おもしろ荘』でブレークした一方、パンケーキネタのイメージが強くなりすぎるという問題にも直面した。
そして、芸人を続けるのではなく、テレビ制作という別の道を選択した。
テレビ朝日入社後も同様だ。
最初は希望と異なる部署に配属されたが、企画書を提出し続けて番組制作への道を開いた。ディレクターとしての適性に悩んだ後は、自分の得意な調整力や人脈を生かせるプロデューサーを目指した。
このキャリアには、テレビ業界で働くうえで参考になる点がある。
芸人経験は番組制作でどう生きるのか
テレビ番組は、出演者だけで完成するものではない。
企画、構成、演出、キャスティング、収録、編集など、多くの工程が関係している。
夢屋まさるの場合、芸人として番組に出演した経験があるため、出演者がどのような環境で力を発揮できるかを理解しやすい。
また、カズレーザーや真空ジェシカなど、芸人時代に築いた関係性も番組企画に生かされている。
『ジェシカ美術部』や『カズレーザー100%』は、その経験が制作実績につながった具体例だ。
夢屋まさるの現在を調べるときの3つの判断基準
検索すると「芸能界から消えた」「引退後は何をしているのか」といった疑問が見つかる。
しかし、実際には次のように整理すると分かりやすい。
- 芸人としての活動: 2022年3月31日に正式に引退している。
- テレビ業界での活動: 2022年4月にテレビ朝日に入社し、番組制作に携わっている。
- 現在の肩書き: 2025年の報道でプロデューサーとしての活動が明らかになり、2026年も複数の番組を担当している。
つまり、芸能活動を辞めたことと、テレビ業界から離れたことはまったく違う。
夢屋まさるは表舞台から裏方へと活動の場所を移した人物なのだ。
【夢屋まさるに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:パンケーキ食べたい芸人の正体は誰ですか?
A1:元お笑い芸人の夢屋まさるです。2019年元日の日本テレビ系『ぐるナイ おもしろ荘』で「パンケーキ食べたい」のリズムネタを披露してブレークしました。本名は鈴木優です。
Q2:夢屋まさるの芸人引退理由は何ですか?
A2:代表ネタのイメージが強くなり、芸人として今後仕事の幅を広げられるのか悩んだことが理由の一つです。2019年10月には引退を決意しており、2022年3月31日に正式に引退しました。
Q3:夢屋まさるは現在、テレビ朝日で何をしていますか?
A3:テレビ朝日で番組制作に携わっています。2025年11月のMANTANWEBの報道では、27歳でプロデューサーに抜てきされ、『カズレーザー100%』を手がけたことが紹介されました。
Q4:夢屋まさるの学歴は慶應義塾大学ですか?
A4:はい。慶應義塾高校を経て慶應義塾大学経済学部に進学し、2021年9月に卒業しています。学生時代から芸人としても活動していました。
Q5:夢屋まさるはカズレーザーと現在も関係がありますか?
A5:はい。カズレーザーは芸人時代の事務所の先輩で、夢屋まさるが引退を決めた際にも最初に相談した人物です。その後、テレビ朝日で『カズレーザー100%』を企画・プロデュースする関係にもなりました。
Q6:パンケーキ食べたいネタの元ネタは何ですか?
A6:2018年10月ごろ、喫茶店で見た期間限定パンケーキのポスターと、きゃりーぱみゅぱみゅの楽曲「原宿いやほい」がきっかけです。振り付けにはTikTokに存在していたダンスも参考にしたと本人が説明しています。
まとめ:夢屋まさるはパンケーキ芸人からテレビ朝日のプロデューサーへ
「パンケーキ食べたい芸人」の正体である夢屋まさるは、2019年の『おもしろ荘』でブレークした後、2022年3月に芸人を引退した。
その後は慶應義塾大学卒業を経て、同年4月にテレビ朝日に新卒入社。番組企画の提出を続け、『ジェシカ美術部』の企画・構成、『ハマスカ放送部』『激レアさんを連れてきた。』の制作現場を経験した。
そして2025年には、27歳でプロデューサーに抜てきされ、『カズレーザー100%』を担当。2026年もテレビ朝日の番組制作に携わっている。
特に印象的なのは、自分を世に送り出した『おもしろ荘』のように、次の芸人が注目されるきっかけを作りたいという本人の思いだ。
かつて「パンケーキ食べたい」というフレーズで視聴者を笑わせていた人物は、今度は番組を作る側として、新しい笑いを届けようとしている。
夢屋まさるの芸人引退は、笑いの世界から離れたというより、笑いとの関わり方を変えた決断だった。
今後も、テレビ朝日の番組制作において、芸人時代の経験や独自の企画力がどのように発揮されるのか注目したい。
主な参照資料:MANTANWEB(2023年5月・2025年11月)、ENCOUNT(2022年2月)、慶應塾生新聞(2019年・2022年)、ORICON NEWS(2019年2月)、日刊スポーツ(2019年12月)、本人のnote(2022年1月)、テレビ朝日関連番組の2026年公開情報。