2026年版|革マル派と中核派の違いは?1963年の分裂経緯・思想・現在の活動を徹底比較
革マル派と中核派は、どちらも戦後日本の新左翼運動から生まれた革命的共産主義を掲げる政治党派です。両者は同じ革命運動を源流としながら、1963年2月に分裂しました。その後、組織運営や労働運動に対する考え方の違いが深まり、長年にわたって激しく対立してきました。
両派を見分けるポイントは、正式名称や機関紙だけではありません。革マル派は黒田寛一の理論継承と組織建設を重視し、中核派は階級的労働運動や反戦闘争を中心に活動してきました。2026年現在も、それぞれ独自の組織と活動方針を維持しています。警察庁の令和8年版警察白書や2026年3月公表資料を踏まえ、歴史的な分裂から最新の組織動向まで整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 分裂の経緯:1963年2月、黒田寛一と本多延嘉の路線対立を背景に革マル派と中核派が分裂した。
- 主な違い:革マル派は理論・組織建設や基幹産業の労働組合を重視し、中核派は階級的労働運動や反戦・大衆運動を重視する。
- 現在の状況:2026年も集会やデモなどの活動が確認されており、警察庁は両派の組織規模や活動状況を公表している。
【まず結論】革マル派と中核派の違いは組織運営と運動方針にある

革マル派と中核派の最大の違いは、革命を実現するための組織づくりと運動の進め方にあります。
両派は、もともと革命的共産主義者同盟全国委員会(革共同)を源流とする組織です。共産主義革命を目指す点では共通していますが、1963年の分裂以降、それぞれ異なる理論と組織方針を発展させてきました。
大まかに整理すると、次のようになります。
革マル派は、創始者の黒田寛一が提唱した理論を重視し、組織の結束や継続的な組織建設、労働組合への影響力拡大に重点を置いています。
一方、中核派は、労働者階級を主体とする運動を重視し、労働運動や学生運動、反戦・反基地運動などを通じて社会的な運動を広げる方針を掲げています。
両派の違いを理解するうえで重要なのは、単純な右派・左派の対立ではないという点です。どちらも新左翼の革命思想を背景に持ち、同じ源流から分かれた組織同士の路線対立なのです。
ブリタニカ国際大百科事典でも、両派について、革マル派は思想学習や組織論を重視し、中核派は大衆運動を重視するという対比が紹介されています。
【1963年2月の分裂経緯】黒田寛一と本多延嘉の対立が出発点

両派の歴史を理解するには、1963年2月に起きた革共同の分裂を押さえる必要があります。
この分裂は、単に幹部同士の人間関係が悪化した結果ではありません。革命運動をどのような組織で進めるのか、労働者をどう組織し、他の政治勢力とどう向き合うのかという根本的な方針の違いが背景にありました。
分裂前の共通の源流は革命的共産主義者同盟

1957年に結成された日本トロツキスト連盟は、その後、革命的共産主義者同盟へと発展しました。
1959年には、黒田寛一らを中心とする革命的共産主義者同盟全国委員会が成立します。
この組織が、後の革マル派と中核派の共通の母体となりました。
両派が別々の組織として活動するようになる前は、同じ革命運動の内部で理論や組織方針をめぐる議論を重ねていたのです。
黒田寛一と本多延嘉の路線対立
分裂の中心人物となったのが、黒田寛一と本多延嘉です。
黒田寛一は革共同の議長を務め、革命理論の構築や組織のあり方を重視しました。後に革マル派の創始者として位置づけられる人物です。
対する本多延嘉は、革共同の書記長として組織運営に関わり、後に中核派の中心人物となりました。
両者の対立は、主に次のような問題をめぐって深まったと整理できます。
- 革命を担う党組織をどのように建設するか。
- 産業別の労働組織と地域的な党組織をどう位置づけるか。
- 他党派が主導する労働運動や統一行動にどう対応するか。
- 理論的な組織の一貫性と、幅広い大衆運動をどう両立させるか。
黒田側は理論的な一貫性や組織建設を重視し、本多側は労働運動や大衆運動の現場で勢力を広げることを重視する方向に傾いていきました。
こうした路線対立が組織内部で深刻化し、1963年2月に分裂が表面化します。
分裂後に成立した2つの組織
1963年2月の分裂を経て、黒田寛一を中心とする側は革マル派、本多延嘉を中心とする側は中核派として、それぞれ独自の組織を形成していきました。
警察庁の2026年3月公表資料「極左暴力集団の現状等」も、両派が昭和38年2月に分裂して発足したことを明記しています。
この分裂が、その後の新左翼運動の勢力図を大きく変える転換点となりました。
【比較表】革マル派と中核派の正式名称・機関紙・思想の違い
両派を具体的に比較すると、名称、組織の源流、機関紙、思想的な特徴、労働運動への取り組み方などに違いがあります。
以下は、警察庁の公表資料、国立国会図書館の典拠情報、ブリタニカ国際大百科事典などをもとに整理した比較です。
| 比較項目 | 革マル派 | 中核派 |
|---|---|---|
| 通称 | 革マル派 | 中核派 |
| 正式名称 | 日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派 | 革命的共産主義者同盟全国委員会 |
| 分裂時期 | 1963年2月 | 1963年2月 |
| 中心人物 | 黒田寛一 | 本多延嘉 |
| 思想的特徴 | 黒田理論の継承、理論学習、組織建設を重視 | 階級的労働運動、反戦闘争、大衆運動を重視 |
| 機関紙 | 「解放」 | 「前進」 |
| 労働運動 | 基幹産業の労働組合を重視 | 階級的労働運動路線を重視 |
| 主な活動テーマ | 労働運動、反戦、反基地、組織建設 | 労働運動、反戦、反基地、学生運動 |
| 警察庁の推計勢力 | 約5,500人 | 約4,700人 |
※勢力の数値は警察庁の2026年3月公表資料に記載された推計で、基準時点は2024年6月。2026年現在の実人数を示すものではありません。
この比較から分かるのは、両派の違いが単なる名称や歴代指導者の違いにとどまらないことです。
特に重要なのは、組織の維持・拡大をどのような方法で進めるのかという点です。
また、機関紙の「解放」と「前進」は、それぞれの党派が自らの思想や活動方針を発信する媒体です。東京大学社会科学研究所図書室の所蔵資料にも、両紙がそれぞれの組織の機関紙として記録されています。
なお、上記の勢力数は警察庁による推計であり、一般の労働組合員やデモ参加者全員を両派の構成員として数えたものではありません。
【思想と活動方針】機関紙「解放」「前進」と労働運動の違い
革マル派と中核派をさらに区別するには、それぞれの思想的背景と具体的な活動方針を見る必要があります。
両派ともマルクス・レーニン主義や革命的共産主義の思想を背景としていますが、組織の運営や運動の進め方には特徴があります。
革マル派:黒田寛一の理論と組織建設を重視
黒田は革命理論や組織論の研究に力を注ぎ、独自の理論体系を構築しました。革マル派は、黒田の思想を組織の基本的な理論的基盤として継承してきました。
2006年に黒田が死去した後も、その著作や理論の継承は組織活動の重要な柱となっています。
警察庁の令和7年版警察白書では、令和6年中に黒田の著作集全40巻のうち第18巻から第20巻までが刊行され、機関紙を通じて学習活動が呼び掛けられたことが紹介されています。
2026年版警察白書でも、黒田が提唱した理論の継承が引き続き行われていると記録されています。
また、革マル派は労働運動にも力を入れてきました。
警察庁は、同派が全日本鉄道労働組合総連合会(JR総連)や東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)に相当浸透しているとみていると記載しています。
さらに、2025年6月の両労組の定期大会では、革マル派設立時の副議長だった松嵜明元JR東労組会長が提唱した労働運動理論に基づいて組合活動を進める方針が決定されたとされています。
これは警察庁による組織関係の評価であり、労働組合の一般組合員と革マル派の活動家を同一視することはできません。
中核派:階級的労働運動と反戦闘争を重視
中核派は、革命的共産主義者同盟全国委員会を正式名称とする組織です。
同派の歴史を理解するうえで重要なのが、本多延嘉が中心となって形成した組織路線です。
中核派は、労働者階級を革命運動の主体と位置づけ、職場や労働組合を通じて運動を広げる「階級的労働運動路線」を掲げています。
また、学生運動や反戦・反基地運動、反原発運動などにも取り組んできました。
警察庁の令和5年版警察白書では、2022年2月に開催された第8回全国大会で、階級的労働運動路線を基本方針として確認したことが紹介されています。
さらに、令和7年版警察白書によれば、2024年2月に開催された第9回全国大会でも、反戦闘争を軸とした階級的労働運動の発展を訴えました。
2026年版警察白書では、2025年3月の第34回全国委員会総会で反戦闘争を中心とした活動方針を確認したことが記録されています。
機関紙「解放」と「前進」は何が違う?
両派を見分ける分かりやすい手掛かりが機関紙です。
「解放」は革マル派が発行する機関紙で、同派の政治的主張や組織方針、労働運動に関する考え方などを伝える媒体です。
「前進」は中核派が発行する機関紙で、反戦闘争や労働運動、学生運動などに関する主張を掲載しています。
警察庁の2026年3月公表資料でも、革マル派の機関紙として「解放」、中核派の機関紙として「前進」が明記されています。
両紙は単なるニュース媒体ではありません。それぞれの党派がどのような社会問題を重視し、どのような運動を展開しようとしているのかを読み取るための組織的な発信媒体です。
【内ゲバの歴史と実態】革マル派と中核派の対立はなぜ激化したのか
革マル派と中核派の関係を語るうえで避けられないのが、内ゲバの歴史です。
内ゲバとは「内部ゲバルト」の略で、もともとは左翼運動内部における暴力的な党派間抗争を意味します。
特に1970年代には、革マル派と中核派の対立が深刻化し、多数の死傷者を出す事態となりました。
1970年代に深刻化した党派間抗争
分裂後の両派は、学生運動や労働運動の主導権、革命路線をめぐって対立を続けました。
警察庁の昭和63年版警察白書は、1960年代初頭から始まった極左党派間の内ゲバが、1970年代に入ると個人を標的とする殺傷事件へと深刻化した経緯を説明しています。
特に中核派と革マル派の間では、1970年8月の東京教育大学生殺害事件や1972年11月の早稲田大学生リンチ殺人事件などを契機に抗争が激化しました。
1975年3月には、中核派書記長だった本多延嘉が殺害される事件も発生しています。
これらは、思想や政治路線の違いが、個人の生命を脅かす暴力へと転化した歴史的な事件です。
警察白書が記録した内ゲバの被害
当時の状況は、警察白書に具体的な数字として残されています。
警察庁の昭和49年版警察白書によると、1973年に警察が把握した内ゲバは238件で、死傷者は575人に達しました。このうち死亡者は2人でした。
さらに1974年には286件が発生し、死者11人、負傷者607人という深刻な状況になっています。
ただし、これらは極左暴力集団全体の内ゲバに関する統計であり、革マル派と中核派だけの被害数ではありません。
重要なのは、革命を目指すはずの政治組織同士が、内部の路線対立を暴力によって解決しようとする状況に陥ったことです。
内ゲバが残した社会的な影響
内ゲバは、対立する党派の活動家だけでなく、大学関係者や一般市民、公共交通機関の利用者などにも影響を及ぼしました。
また、暴力的な党派抗争は、新左翼運動全体に対する社会的な不信感を強める要因にもなりました。
新左翼という言葉は、戦後日本で既存の共産主義運動とは異なる理論や運動形態を模索した幅広い政治運動を指します。
一方、「極左暴力集団」は警察庁などが特定の組織の暴力的な活動や組織的特徴を説明する際に用いる行政上の分類です。
したがって、新左翼運動に関わったすべての人や、平和的な反戦デモ・労働運動の参加者を極左暴力集団と同一視するのは誤りです。
【2026年最新】革マル派と中核派の現在の活動状況・組織の実態
2026年現在、革マル派と中核派は過去の歴史的な存在ではなく、独自の機関紙や組織を維持しながら活動を続けています。
最新状況を把握するうえで重要なのが、警察庁の令和8年版警察白書と、2026年3月公表の「極左暴力集団の現状等」です。
警察庁が公表した両派の推計勢力
警察庁の2026年3月資料では、極左暴力集団全体の勢力は約1万8,300人とされています。
そのうち、主な2党派については次のような推計が示されています。
- 革マル派:約5,500人
- 中核派:約4,700人
ただし、これらの数字は2024年6月時点の推計です。2026年の実際の構成員数を示す最新の実測値ではありません。
また、警察庁は、両派が組織の維持・拡大を目指して労働運動や大衆運動に取り組んでいると分析しています。
革マル派の2025年から2026年の動き
2025年の革マル派について、警察庁は黒田寛一の理論継承や労働運動への取り組みを記録しています。
2026年については、公安調査庁が公表した「最近の内外情勢」に具体的な活動が記録されています。
主な事例は次のとおりです。
- 2026年2月1日:千葉県で「2・1労働者怒りの総決起集会」を開催。
- 2026年2月22~23日:ロシアによるウクライナ侵略から4年となることを捉え、反対を訴える集会・デモを実施。
- 2026年8月2日:北海道、東京、石川、愛知、大阪、福岡、沖縄で「第64回国際反戦集会」を開催。
こうした記録から、革マル派が労働運動と国際情勢をめぐる反戦活動を引き続き重視していることが分かります。
中核派の2025年から2026年の動き
中核派については、2025年の組織内部の動きも注目されています。
警察庁の令和8年版警察白書によれば、同派は2025年3月の第34回全国委員会総会で反戦闘争を中心とする活動方針を確認しました。
その後、同年9月の第35回全国委員会総会では、女性差別や性暴力などを理由として、中央学生組織委員会議長を務めていた幹部活動家を除名しました。
除名された幹部とその同調者はこの決定に反発し、組織内部の対立に発展しています。双方がSNSなどでそれぞれの主張を発信していることも、警察白書に記録されています。
この動きは、中核派内部の組織運営や指導体制をめぐる対立として注目されます。
2026年2月22~23日には、革マル派と同様にロシアによるウクライナ侵略への反対を訴える集会・デモを実施したことが公安調査庁の月次資料に記載されています。
2026年の警察庁資料が示す組織の特徴
警察庁の2026年3月公表資料では、両派を含む極左暴力集団について、組織の高齢化が進んでいる一方、若年層の獲得にも取り組んでいると説明されています。
また、学生組織を通じた大学での活動や、SNSを活用した情報発信についても記録されています。
中核派については、2025年に発生した京都大学での威力業務妨害事件に関係して、2025年2月に同派系全学連活動家ら7人が逮捕された事例も掲載されています。
さらに、警察庁の令和8年版警察白書は、2025年中に発生した中核派関係者の事件について、沖縄での公務執行妨害事件や京都大学での公務執行妨害事件などを取り上げています。
これらの資料は、両派が現在も一定の組織活動を維持していることを示す一方、組織の内部対立や世代交代といった課題も抱えていることを示しています。
【プロの結論】革マル派と中核派を見分けるための3つの判断基準
ここまでの歴史や組織の特徴を踏まえると、両派を見分ける際には、次の3点を押さえることが重要です。
1. 正式名称と機関紙を確認する
最も確実で分かりやすいのは、正式名称と機関紙です。
- 日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派・「解放」なら革マル派。
- 革命的共産主義者同盟全国委員会・「前進」なら中核派。
この2つを覚えておけば、基本的な区別はできます。
2. 思想の違いより組織方針の違いに注目する
両派は同じ革命的共産主義運動から生まれた組織です。
そのため、単に思想が正反対の集団と考えると、歴史的な背景を見誤ります。
革マル派は黒田寛一の理論や組織建設を重視し、中核派は階級的労働運動や反戦・大衆運動を重視するという、運動の組み立て方の違いに注目すると理解しやすくなります。
3. 2026年の情報は公的資料の対象年を確認する
現在の活動状況を調べる際には、資料の発行年と調査対象年を区別することが重要です。
例えば、2026年3月の警察庁資料に掲載された約5,500人と約4,700人という数値は、2024年6月時点の推計です。
一方、令和8年版警察白書は2025年中の活動や事件を取り上げています。
さらに、公安調査庁の2026年の月次資料には、2026年に実施された集会やデモの記録があります。
このように、組織の歴史、推計勢力、実際の活動をそれぞれ異なる資料で確認することが、正確な理解につながります。
【革マル派と中核派の違い】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:革マル派と中核派はもともと同じ組織だったのですか?
A1:はい。両派は革命的共産主義者同盟全国委員会(革共同)を共通の源流としています。1963年2月に黒田寛一と本多延嘉の路線対立を背景に分裂し、それぞれ独自の組織を形成しました。
Q2:革マル派と中核派の機関紙は何ですか?
A2:革マル派の機関紙は「解放」、中核派の機関紙は「前進」です。どちらも各党派の思想や政治的主張、活動方針を伝える媒体です。
Q3:革マル派と中核派は2026年現在も活動していますか?
A3:はい。警察庁の令和8年版警察白書や公安調査庁の2026年の公表資料には、両派の集会、デモ、組織活動などが記録されています。両派とも活動を継続しています。
Q4:革マル派と中核派の勢力はどちらが大きいですか?
A4:警察庁の2026年3月公表資料では、2024年6月時点の推計として、革マル派が約5,500人、中核派が約4,700人とされています。この推計上は革マル派の方が多いものの、2026年現在の実人数ではありません。
Q5:内ゲバとは何ですか?
A5:内ゲバは「内部ゲバルト」の略で、左翼運動内部の党派間で発生した暴力的な抗争を指します。革マル派と中核派の間では1970年代に深刻化し、殺人や傷害など多数の被害を生みました。
Q6:革マル派と中核派はどちらも新左翼に分類されますか?
A6:はい。両派は戦後日本の新左翼運動から派生した党派です。ただし、新左翼という言葉は幅広い政治運動を指すため、すべての新左翼活動家や左派市民運動が両派と関係しているわけではありません。
まとめ:革マル派と中核派の違いは1963年の分裂と現在の活動に表れている
革マル派と中核派は、同じ革命的共産主義者同盟全国委員会を源流としながら、1963年2月の分裂によって別々の組織となりました。
革マル派は黒田寛一の理論継承や組織建設、基幹産業の労働組合を重視し、中核派は階級的労働運動や反戦闘争、大衆運動を重視してきました。
また、両派の対立は1970年代の内ゲバによって深刻な社会問題となり、戦後日本の学生運動や新左翼運動の歴史に大きな影響を残しました。
2026年現在も、警察庁や公安調査庁の公表資料から、両派が集会やデモ、機関紙の発行などを通じて活動を続けていることが確認できます。
特に注目すべきなのは、両派の組織が単に過去の革命運動を引き継いでいるだけではなく、労働運動、反戦運動、学生運動などを通じて組織の維持や世代交代を図っている点です。
両派の違いを正確に理解するには、1963年の分裂経緯、黒田寛一と本多延嘉の思想的対立、機関紙「解放」「前進」、そして警察庁が公表する最新の組織動向を総合的に見る必要があります。
歴史的な対立と現在の活動を切り分けて捉えることが、革マル派と中核派の実態を理解するための重要な判断基準です。
主な公的資料・参考資料
- 警察庁「令和8年版警察白書」第6章・極左暴力集団の動向と対策。2025年中の活動、組織内対立、検挙事例を掲載。
- 警察庁「極左暴力集団の現状等」(2026年3月)。両派の正式名称、機関紙、推計勢力を掲載。
- 国立国会図書館典拠データ。両組織の正式名称と団体情報。
- 公安調査庁「最近の内外情勢」(2026年2月・8月)。両派の集会・デモの記録。
- 警察庁「昭和49年版・昭和63年版警察白書」。内ゲバの歴史と被害状況。