イナゴライダーSHOGOの現在は?2026年最新の175R活動とセブ島生活を徹底解説

目次

「イナゴライダー」の愛称で知られるロックバンド175R(イナゴライダー)。そのボーカルを務めるSHOGO(しょうご)は、2003年のメジャーデビューからNHK紅白歌合戦への出場、活動休止、ソロ活動を経て、現在はフィリピン・セブ島を生活の拠点にしています。1980年3月24日生まれのSHOGOは、2026年11月現在46歳。音楽活動だけでなく、現地での飲食事業や日本人街のプロデュースにも携わっています。

さらに、2026年11月1日には175RとSKA SKA CLUBによる新プロジェクト「175SC」の結成と2027年のツアーが発表されました。現在も音楽活動を続けているSHOGOの本名や身長、175Rの歴代メンバー、活動休止からの復活、今井絵理子との離婚や石井あみとの再婚、セブ島移住の本当の理由まで、これまでの歩みと最新動向を整理します。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • プロフィール:SHOGOは1980年3月24日生まれ、福岡県北九州市出身。2026年現在46歳。
  • 175Rの歴史:1998年結成、2003年メジャーデビュー。2011年からの活動休止を経て2016年に再始動。
  • 現在の暮らし:2018年から家族でフィリピン・セブ島に移住。NEO TOKYOや飲食事業を展開。
  • 結婚歴:今井絵理子と2004年に結婚し2007年に離婚。2014年に石井あみと再婚。
  • 2026年最新情報:175Rとしてのライブ活動を継続。2027年にはSKA SKA CLUBとのコラボツアーを開催予定。

【プロフィール完全版】175RのSHOGOとは?本名・誕生日・年齢・出身地・身長

イナゴライダー しょうご

SHOGOは、青春パンクを代表するバンド175Rのボーカリストであり、作詞・作曲も手掛けるミュージシャンです。バンドのリーダーとして、デビュー初期から数多くの代表曲を生み出してきました。

SHOGO公式プロフィールに掲載されている基本情報は以下のとおりです。

  • 活動名:SHOGO(ショーゴ)
  • 生年月日:1980年3月24日
  • 年齢:46歳(2026年11月1日時点)
  • 出身地:福岡県北九州市
  • 血液型:A型
  • 職業:ミュージシャン、シンガーソングライター
  • 所属バンド:175R
  • 現在の生活拠点:フィリピン・セブ島

誕生日や出身地、血液型については本人の公式プロフィールでも確認できます。2026年3月24日に46歳を迎えた計算です。

SHOGOの本名は?

イナゴライダー しょうご

検索されることの多い本名については、SHOGOの公式プロフィールに戸籍上のフルネームは掲載されていません。音楽活動では一貫してSHOGOという名前を使用しており、一般に確認できる公式情報から本名を断定することはできません。

そのため、インターネット上で見かけるフルネームについては、本人の公式発表や信頼できる報道で裏付けられているかを区別する必要があります。

SHOGOの身長は157cm?

イナゴライダー しょうご

身長については、音楽情報サイトUtaTenのプロフィール記事で157cmと紹介されています。ただし、SHOGO本人の公式プロフィールには身長の記載がありません。

157cmという数字は一部のプロフィール情報に基づく参考値として捉えるのが適切です。誕生日や出身地のように本人の公式情報で確認できるスペックとは、情報の確度が異なります。

なお、SHOGOは若い頃からエネルギッシュなライブパフォーマンスと、聴き手に直接語りかけるような歌詞で知られてきました。175Rの音楽的な魅力は、身体的な特徴よりも、キャッチーなメロディーと力強いボーカルにあります。

出典:SHOGO公式プロフィール、UtaTenの175Rメンバー紹介記事。

【検証資料 1】イナゴライダー しょうごの当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

【結成秘話と代表曲】175Rはなぜイナゴライダーと読む?「空に唄えば」の背景

175Rは、1998年に福岡県北九州市で結成されたロックバンドです。読み方は数字をそのまま読むのではなく、「イナゴライダー」。2000年代初頭の青春パンクブームを代表する存在として、多くのリスナーに親しまれてきました。

175Rというバンド名の由来は友人のあだ名

実は、175Rという名前には壮大な音楽的コンセプトがあったわけではありません。

2001年に掲載されたBARKSのインタビューで、SHOGO本人がバンド名の由来を説明しています。それによると、小学生時代の同級生のあだ名が「イナゴライダー」だったことがきっかけでした。

もともとは「タマゴ」や「エッグ」と呼ばれていた友人が、いつの間にかイナゴライダーというあだ名で呼ばれるようになり、その響きが気に入ったSHOGOがバンド名に採用したといいます。

さらに興味深いのは、SHOGO以外のメンバーは、その友人と面識がなかったという点です。何気ない友人のあだ名が、後に紅白歌合戦に出場するバンドの名前になったというエピソードは、175Rらしい自由な出発点を物語っています。

「ハッピーライフ」と「空に唄えば」で一気にブレイク

175Rはインディーズ時代から北九州を中心にライブ活動を展開。2001年にはインディーズ作品をリリースし、徐々に全国的な知名度を高めていきました。

転機となったのは2003年1月16日。シングル「ハッピーライフ」でメジャーデビューを果たします。

続く同年4月16日発売の2ndシングル「空に唄えば」も大ヒット。両作品がオリコン週間ランキングで初登場1位を獲得するという快挙を達成しました。

さらに、2003年12月31日にはNHK紅白歌合戦に初出場。翌2004年には念願の日本武道館公演も実現しています。

「空に唄えば」に込められたSHOGOの青春時代

「空に唄えば」は、単なる勢いのある青春パンクの楽曲ではありません。

SHOGOは音楽ナタリーのインタビューで、この曲について20代前半に書いた青春をテーマにした歌詞であり、地元の仲間に向けて作った作品だと振り返っています。

福岡で過ごした若い頃の記憶、仲間と夢を語り合った時間、そして大人になってから振り返る故郷への思い。そうした感情が楽曲の背景にあります。

2017年のアルバム『GET UP YOUTH!』に収録された再録版についても、SHOGOは地元にいる仲間の背中を押すような気持ちで歌ったと語っています。

同曲が長く支持される理由は、単に懐かしいメロディーだからではありません。青春時代を過ごした人が、年齢を重ねてから聴き直しても、自分自身の過去と重ね合わせられる普遍性があるからです。

出典:BARKS、音楽ナタリー、175R公式プロフィール。

【活動休止から再始動まで】175Rが6年間止まった理由と復活のきっかけ

2003年のブレイク以降、175Rは全国ツアーや海外公演、フェス出演など、精力的な活動を続けました。しかし、順調に見えたバンドにも転換期が訪れます。

2010年に無期限の活動休止を発表

175Rは2010年2月にアルバム『JAPON』をリリース。同年9月には年内のライブ活動をもって無期限の活動休止に入ることを発表しました。

当時の活動休止について、SHOGOは2017年のSPICEのインタビューで率直な心境を明かしています。

メジャーデビュー後、長期間にわたって走り続けたことで疲労が蓄積していたこと、レコード会社や所属事務所をめぐる環境の変化、メンバー間で音楽への向き合い方に違いが生じていたことなどが背景にありました。

SHOGO自身も、一度音楽から離れたいという思いを抱いていたと説明しています。

この決断は、バンドを嫌いになったからという単純なものではありません。好きな音楽を無理に続けることで、かえって音楽そのものを嫌いになってしまうことを避けたいという考えがありました。

SHOGOは単身ロンドンへ渡る

活動休止後、SHOGOは2011年に単身でイギリスへ渡り、ロンドンで生活を始めました。

本人のインタビューによると、滞在期間は約1年間。英語学校に通い、現地のライブを観たり、ヨーロッパを訪れたりしながら、ミュージシャンとしてではなく、一人の音楽リスナーに戻る時間を過ごしました。

それまで175Rのボーカリストとして常に注目されてきたSHOGOにとって、海外生活は自分自身を見つめ直す機会になったようです。

帰国後はソロアーティストとして活動し、CDリリースや舞台出演など、新たな表現の場を開拓していきました。

再始動のきっかけは恩人との再会とライブへの誘い

175Rの再始動には、二つの大きなきっかけがありました。

一つは、バンドの初期活動を支え、CDリリースのきっかけを作った元スタッフの死です。活動休止後、久しぶりにメンバー4人が恩人のお別れの場で再会しました。

もう一つは、ファッションブランドSKULLSHITの大滝哲也からのオファーです。ブランドの20周年を記念するイベントに175Rとして出演してほしいという誘いが、再びメンバーを動かしました。

2016年10月19日、175Rは約6年ぶりの活動再開を正式発表。12月3日の幕張メッセで開催された「骸骨祭り2016」で復帰後初のステージに立ちました。

この再始動は、単なる懐かしさを理由にした再結成ではありません。メンバーそれぞれが個人活動を経験したうえで、改めて同じバンドとして音を出すことを選んだ結果でした。

出典:SPICE、Billboard JAPAN、UNIVERSAL MUSIC JAPAN、日刊スポーツ。

【検証資料 2】イナゴライダー しょうごの活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【歴代メンバーと関係性】175Rのメンバー構成はどう変わった?

175Rは結成当初から現在まで、メンバー構成に変化がありました。特に2017年のギタリスト脱退は、その後の活動体制を考えるうえで重要な出来事です。

歴代メンバーと現在の公式プロフィールを整理すると、次のようになります。

時期 人物・担当 活動・関係性
1998年 SHOGO 北九州市で175Rを結成。ボーカルを担当。
初期 わっCHAN 初期ドラマー。歴代メンバーの一人。
メジャーデビュー期 KAZYA ギター担当。結成以来の主要メンバー。
メジャーデビュー期〜現在 ISAKICK ベース担当。バンドの中心メンバー。
メジャーデビュー期〜現在 YOSHIAKI ドラム担当。現在の公式プロフィールにも掲載。
2017年 KAZYA 活動再開後のワンマンライブを最後に脱退。
2026年 SHOGO・ISAKICK・YOSHIAKI 現在の公式プロフィールに掲載されるメンバー。サポートメンバーを加えて活動。

特に押さえておきたいのが、2017年4月のKAZYAの脱退です。

活動休止期間中に活動拠点を九州に移していたKAZYAは、175Rの再始動後の活動との両立が難しいと判断し、日比谷野外大音楽堂と大阪城野外音楽堂でのワンマンライブを最後に脱退しました。

このときSHOGO、ISAKICK、YOSHIAKIは、長年ともに活動してきた仲間としてKAZYAの意思を尊重する姿勢を示しています。その後の175Rはサポートメンバーを迎える形でライブ活動を継続しています。

2026年11月現在、公式プロフィールに掲載されているメンバーはSHOGO、ISAKICK、YOSHIAKIの3人です。過去の4人体制と現在の活動体制を混同しないことが、175Rの歴史を理解するポイントです。

出典:175R公式プロフィール、CINRA、UtaTen。

【ソロ活動と音楽的評価】SHOGOは現在も歌手として活動している?

175Rの活動休止期間中、SHOGOはソロアーティストとして独自の音楽活動を展開しました。バンドのボーカリストという立場を離れ、自分の名前で作品を発表する経験は、その後の音楽活動にもつながっています。

玉置浩二との共作でソロデビュー

SHOGOのソロデビューは2014年1月。シングル「太陽」をリリースしました。

注目すべきは、安全地帯の玉置浩二との共作であることです。表題曲「太陽」は作詞をSHOGO、作曲を玉置浩二が担当。175Rとは異なる音楽的なアプローチを示しました。

同年には1stソロアルバム『大きな愛の木の下で』を発表。Mr.Childrenの鈴木英哉やJUDY AND MARYのTAKUYAなど、実力派ミュージシャンが制作に参加しています。

さらにソロ名義での全国ツアーも開催し、2016年2月にはSIAM SHADEの栄喜と共作した「道標」を配信リリースしました。

舞台やミュージカルにも活動の幅を広げた

SHOGOは音楽だけでなく、舞台俳優としても経験を積んでいます。

2013年の「+GOLD FISH」や「パライソの海」、2014年の「まほろばかなた」、2015年の「4BLOCKS」など、さまざまな舞台作品に出演しました。

2019年5月には、自身がこれまで手掛けた作品をまとめた歌詞集『HAPPY LIFE』も発売しています。

こうした活動から見えてくるのは、SHOGOが単に175Rの看板に依存するのではなく、作詞家、ソロシンガー、舞台出演者として表現の可能性を広げてきたことです。

SHOGOの音楽活動に対する評価

175Rの音楽的特徴は、耳に残るキャッチーなメロディーと、ストレートな言葉を前面に押し出すパンクロックの組み合わせです。

2019年のASH DA HEROとの対談では、ASH DA HEROがSHOGOのボーカルについて、圧倒的な声や真っ向勝負のサウンド、色あせないメロディー、歌詞に込められた熱量を評価しています。ライブでファンが一緒に歌える一体感も、175Rの魅力として挙げられていました。

一方、SHOGO自身は、過去に「青春パンク」というジャンルで一括りにされることへの抵抗感を語っています。2018年のインタビューでは、当時は自分たちの音楽を特定のカテゴリーに押し込められることに複雑な思いがあったと振り返っています。

活動再開後は、その呼ばれ方に対しても以前ほどこだわらなくなったと説明しています。

つまり、175Rの評価は単なる懐かしさだけではありません。若い頃の勢いを保ちながら、年齢や経験に応じて表現を変えてきた点にもあります。

2026年現在のソロ活動は?

2026年11月1日時点で、SHOGOの公式ソロサイトには新たなソロ公演予定は掲載されていません。一方、175R公式サイトではバンドのライブ予定が発表されており、現在の音楽活動の中心は175Rであることが確認できます。

ソロ活動を終了したという公式発表があるわけではありません。過去のソロ作品や舞台経験を持ちながら、現在はバンド活動を軸に音楽を続けているという理解が適切です。

出典:SHOGO公式プロフィール、株式会社エムアップホールディングス、DI:GA ONLINE、音楽情報サイトvois。

【検証資料 3】イナゴライダー しょうごに関する近況・インタビュー報道記録(出典:Yahoo!ニュース)

【セブ島移住の真相】SHOGOが海外生活を選んだ理由と2026年の仕事

175RのSHOGOについて、近年とりわけ話題になっているのがフィリピン・セブ島への移住です。

芸能人が海外に移住するケースは珍しくありませんが、SHOGOの場合は単なる海外生活ではなく、子どもの教育、飲食事業、地域活性化という複数の要素が結びついています。

2018年に家族でセブ島へ移住した理由は子どもの英語教育

SHOGOがフィリピンへの移住を報告したのは2018年です。家族とともにセブ島で暮らし始めました。

2023年の週刊女性PRIMEの取材では、移住の最大の目的について、娘たちに英語を身につけてもらうためだったと説明しています。

セブ島を選んだ理由として本人が挙げていたのは、次のような点です。

  • 英語を日常的に使える環境がある。
  • 学校だけでなく生活のなかで自然に英語に触れられる。
  • 日本との時差が1時間と小さい。
  • 日本から飛行機で約5時間で行き来できる。
  • 海外生活を始めるうえでビザの取得面でも比較的取り組みやすかった。

Real Soundの2024年のインタビューでも、SHOGOは子どもたちが生活のなかで自然に英語を覚えていることを明かしています。

特に本人が評価していたのは、学校の授業だけではなく、地域の人々との交流を通じて英語を使う機会が豊富にあることでした。

NEO TOKYOをプロデュース!うどん店の経営にも挑戦

当初、SHOGOにはセブ島で本格的な事業を展開する計画はなかったといいます。

しかし、現地で暮らすうちにセブ島への愛着が強まり、日本文化を現地の人にも楽しんでもらいたいという気持ちが生まれました。

その結果、2023年4月にはセブ島初の日本人街として紹介される「NEO TOKYO」をプロデュース。日本食を中心とした店舗が集まるエリアづくりに取り組みました。

2026年7月16日公開のセブ島留学バディーによる本人インタビューでは、SHOGOがNEO TOKYOを手掛けた経緯を詳しく説明しています。

本人によると、2018年に移住した際、セブ島では日本食レストランが離れた場所に点在しており、不便に感じていたことがきっかけでした。日本食を一つの場所に集めれば、利用者が好きな料理を選びやすくなると考えたそうです。

さらに、SHOGOは「えびすうどん(EBISU UDON)」の経営にも携わっています。

福岡出身のSHOGOにとって、うどんはなじみ深い食文化です。本人は福岡にはラーメン店だけでなく、うどん店も多いことに触れ、現地に専門店が少ないことから事業化を考えたと話しています。

日本で製麺の講習を受け、麺の太さや製法を決めるなど、店舗づくりにも深く関わりました。

音楽活動とセブ島での仕事は両立している

セブ島に移住したからといって、SHOGOが音楽から離れたわけではありません。

2023年の週刊女性PRIMEの取材では、オンラインで楽曲制作を進め、完成に近づいた段階で日本に帰国してレコーディングするという仕事の進め方を説明しています。

夏のフェスシーズンには月に複数回、日本とフィリピンを往復することもあると語っていました。

2022年のスポニチの報道では、SHOGOが移住者や留学者を応援する会社を運営していることも紹介されています。音楽制作の頻度については当時、以前より減っていると本人が話していました。

また、2026年7月の取材では、日本での飲食事業の経験が長いことや、NEO TOKYO、うどん店の運営についても具体的に語っています。

現在のSHOGOは、ミュージシャンという肩書きを維持しながら、海外での生活とビジネスを組み合わせた働き方を実践している人物です。

今井絵理子との結婚・離婚と石井あみとの再婚

SHOGOの私生活で広く知られているのが、元SPEEDの今井絵理子との結婚と、タレントの石井あみとの再婚です。

最初の結婚は2004年6月。今井絵理子と結婚し、同年10月には長男が誕生しました。しかし、2007年9月に離婚を発表しています。

当時の今井絵理子の公式発表では、互いの将来像や家庭像に違いが生まれたことなどが離婚の背景として説明されました。

その後、SHOGOは2014年3月4日にタレント・女優の石井あみと再婚しています。

2人は以前からの友人で、2013年に上演された舞台「パライソの海」での共演をきっかけに再会し、交際へと発展しました。結婚を公表したのは2014年10月です。

日刊スポーツの報道によると、SHOGOは再婚について元妻の今井絵理子にも報告しており、祝福を受けたとされています。

現在の家族生活については、SHOGO自身が公表している範囲を超えて詳細を推測することはできません。ただし、2023年の取材でも石井あみとの間に生まれた娘たちとセブ島で暮らしていることが紹介されています。

結婚歴を整理すると、SHOGOの最初の妻が今井絵理子、現在の妻が石井あみです。この2つの結婚を混同しないことが大切です。

出典:週刊女性PRIME、日刊スポーツ、Real Sound、セブ島留学バディー、スポニチ。

【2026年最新】175Rの現在と2027年の新プロジェクト175SC

2026年現在の175Rは、活動を終了したバンドではありません。公式サイトではライブやイベントへの出演が告知されており、結成28年を超えても自分たちのペースで活動を続けています。

2026年12月にも175Rのライブが決定

175R公式サイトによると、2026年12月12日には兵庫県の加古川STAR DANCEで開催される「KAKOGAWA YEAR END PARTY2026」への出演が決定しています。

注目したいのは、この公演の出演メンバーとしてSHOGOとISAKICKの2人が明記されている点です。現在の175Rは、イベントの内容や編成に応じてサポートメンバーも加えながらライブ活動を行っています。

SKA SKA CLUBとのコラボバンド「175SC」を結成

2026年11月1日、175R公式サイトから新たなプロジェクトが発表されました。

それが、175RとSKA SKA CLUBによるコラボレーションバンド「175SC」です。

発表によると、今回の企画はSKA SKA CLUBのボーカル・グローバー義和がSHOGOに送ったメッセージがきっかけ。2000年代初頭に同じインディーズシーンで活動していた2組が、20年以上の時を経て再びライブハウスで共演することになりました。

2027年には、次の3都市でツアーが予定されています。

  • 2027年1月22日:福岡・小倉FUSE
  • 2027年2月6日:大阪・阿倍野ROCKTOWN
  • 2027年2月13日:東京・下北沢CLUB251

ツアータイトルは「175SC TOUR『THANK YOU FOR 30 AMAZING YEARS!』supported by FIRST DOMINO」。

さらに、今回のプロジェクトのために制作された新曲「STORY」が、来場者限定の8cmシングルCDとして配布されることも発表されています。発表時点ではデジタル配信の予定はなく、ライブ会場ならではの特典として用意されています。

これは単なる過去のヒット曲を振り返る企画ではありません。当時のライブハウスシーンを知るバンド同士が、現在の自分たちで新しい作品を作る試みです。

2003年に青春パンクシーンの中心で活躍した175Rが、2027年にどのようなステージを見せるのか。SHOGOの今後を追ううえでも重要な動きです。

出典:175R公式サイト、2026年11月1日付の175SCツアー発表、公式ライブスケジュール。

【イナゴライダーSHOGOの現在】よくある質問(FAQ)

Q1:イナゴライダーのSHOGOは2026年現在何歳ですか?

A1:1980年3月24日生まれで、2026年11月1日時点では46歳です。出身地は福岡県北九州市です。

Q2:SHOGOの本名と身長は公表されていますか?

A2:本人の公式プロフィールでは本名と身長は掲載されていません。一部の音楽情報サイトでは身長157cmと紹介されていますが、公式に確認できる数値ではありません。

Q3:SHOGOは現在も175Rで音楽活動をしていますか?

A3:はい。175Rは2026年もライブ活動を続けています。2026年12月のイベント出演に加え、2027年にはSKA SKA CLUBとのコラボプロジェクト175SCのツアーも予定されています。

Q4:SHOGOがセブ島に移住した理由は何ですか?

A4:2018年に家族で移住した主な理由は、娘たちの英語教育です。その後、現地での暮らしに愛着を持つようになり、NEO TOKYOのプロデュースやうどん店の経営にも取り組むようになりました。

まとめ:SHOGOは音楽と海外ビジネスの両方で新しい道を歩んでいる

175RのボーカルSHOGOは、2003年のメジャーデビューから紅白歌合戦出場、2011年の活動休止、2016年の再始動という大きな転換点を経験してきました。

1980年3月24日生まれで、2026年現在46歳。ソロアーティストとしての作品制作や舞台出演を経験し、現在はフィリピン・セブ島を生活の拠点としながら、175Rの活動と現地ビジネスを両立しています。

セブ島移住の出発点は娘たちの英語教育でしたが、現在はNEO TOKYOやEBISU UDONを通じて、現地の日本文化や飲食の魅力を発信する立場にもなっています。

そして2026年11月1日に発表された175SCの結成と2027年ツアーは、SHOGOが現在も音楽シーンの第一線とつながっていることを示す新しい動きです。

SHOGOの現在を理解するうえで大切なのは、175Rの活動休止を解散と混同しないこと、セブ島移住を音楽引退と捉えないこと、そして過去の結婚歴と現在の家族関係を正確に区別することです。

かつて「空に唄えば」で青春時代を彩ったSHOGOは、46歳になった今も新しい挑戦を続けています。2027年の175SCツアーを含め、これからの音楽活動にも注目が集まりそうです。