【2026年最新】清水邦広の現在は?現役引退後は大阪ブルテオンのコーチへ
2026年11月現在、清水邦広さんは現役選手を引退し、古巣の大阪ブルテオンでコーチングスタッフとして活動しています。
2026年4月24日、クラブが正式に現役引退を発表。同年5月19日には、2026-27シーズンからコーチングスタッフとして契約を更新したことも明らかになりました。
ここで押さえておきたいのは、清水さんがチームを離れたわけではないという点です。
2008-09シーズンにパナソニック パンサーズへ入団して以来、約18シーズンにわたって同じチームでプレーしてきました。現在の大阪ブルテオンは、その伝統を引き継ぐクラブです。
2026年8月8日には引退記念試合も開催

現役生活の締めくくりとして開催されたのが、2026年8月8日の「GORI LAST MATCH Supported by 京阪」です。
会場は大阪府枚方市のパナソニック アリーナ。親交の深い選手たちによる「ゴリフレンズ」と、かつて所属したパナソニック パンサーズのOBチームが対戦する特別なエキシビションマッチでした。
TBS NEWS DIGによると、2008年北京五輪のチームメートだった荻野正二さんや越川優さん、石島雄介さんらも参加し、会場には3,000人を超えるファンが集まりました。
長年応援してきたファンにとって、単なる引退イベントではなく、清水さんの18年間を振り返る特別な一日になりました。
現在の活動は選手から指導者への転換

2025-26シーズンから、清水さんは選手兼コーチとして活動していました。
2026年1月の日刊スポーツの取材では、本人も指導者としての活動に比重を置いていることを明かしています。一方で、試合に出場できる準備も続けており、当時は選手としての役割も残していました。
その後、現役引退を経て、2026-27シーズンからは正式にコーチングスタッフへ移行しています。
クラブが発表したコメントでは、清水さんは新しい立場について次のように説明しています。
これまで自分が培ってきた経験を、少しでも選手たちに還元できるように頑張っていきたいと思っています。
今後はサムエルボ・ヘッドコーチのもとで学びながら、後輩選手の育成に携わる立場です。
長年トップレベルで戦ってきた経験に加え、大きなけがから復帰した経験は、若い選手への指導にも生かせるはずです。
【プロフィール】清水邦広の年齢・身長・経歴と「ゴリ」の由来

清水邦広さんは、豪快なスパイクと左利きのパワフルなプレーで知られる元日本代表のバレーボール選手です。
まずは基本プロフィールを整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 清水邦広(しみず・くにひろ) |
| 生年月日 | 1986年8月11日 |
| 年齢 | 40歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 福井県福井市 |
| 身長 | 192cm(大阪ブルテオン公式プロフィール) |
| 体重 | 97kg |
| 血液型 | B型 |
| 出身高校 | 福井工大福井高校 |
| 出身大学 | 東海大学 |
| ポジション | オポジット |
| 利き腕 | 左 |
| 愛称 | ゴリ |
| 日本代表歴 | 2007~2021年 |
| 所属歴 | パナソニック パンサーズ/大阪ブルテオン |
| 2026年現在 | 大阪ブルテオンのコーチ |
身長については資料によって192cmと193cmの表記があります。大阪ブルテオンの選手紹介では192cm、JOCの北京五輪当時のプロフィールでは193cmとされています。
「ゴリ」という愛称はどこから来た?
清水さんを語るうえで欠かせないのが、「ゴリ」というニックネームです。
体格の大きさや力強いスパイクを連想する人も多いでしょう。しかし、愛称の由来については、本人が過去のインタビューで興味深いエピソードを語っています。
スポーツナビの2008年のインタビューによると、「ゴリ」と呼ばれ始めたのは高校時代。福井工大福井高校のバレー部顧問だった堀豊先生から、突然そう呼ばれたのがきっかけでした。
本人も、なぜその名前になったのかは分からないと話しています。
つまり、ゴリラのような体格だからといった説明が公式に確定しているわけではありません。高校時代の指導者によって名付けられた愛称が、そのまま日本代表時代やプロ生活を通じて定着したのです。
清水邦広のバレーボール経歴と主な転換点
清水さんの競技人生は、順調な成長だけではありませんでした。
若くして日本代表入りを果たし、国内リーグで数々のタイトルを獲得。その一方、選手生命を脅かす大けがやオリンピック出場を逃した時期も経験しています。
主な経歴を時系列で整理すると、次のようになります。
| 年・時期 | 関係者・所属 | 出来事・実績 |
|---|---|---|
| 小学4年生 | 福井県のバレーボール環境 | 母親の影響で競技を始める |
| 2007年 | 男子日本代表 | 東海大学在学中に日本代表初選出 |
| 2008年 | 北京オリンピック | 21歳で初出場 |
| 2008-09年 | パナソニック パンサーズ | 入団。Vリーグで本格的に活躍 |
| 2009-10年 | パナソニック | リーグMVP、スパイク賞、ベスト6を獲得 |
| 2014年 | 中島美嘉さん | 結婚 |
| 2018年 | パナソニック | 右膝の大けが。長期離脱 |
| 2019-20年 | パナソニック | 復帰後、日本人最多得点記録を更新 |
| 2021年 | 東京オリンピック | 最年長選手として出場。大会後に代表引退 |
| 2022年 | 現在の家族 | 再婚を公表。第1子誕生 |
| 2025-26年 | 大阪ブルテオン | 選手兼コーチとして活動。シーズン終了後に現役引退 |
| 2026年5月 | 大阪ブルテオン | コーチングスタッフに就任 |
| 2026年8月 | GORI LAST MATCH | 引退記念試合を開催 |
この年表から見えてくるのは、清水さんが日本代表としての活動を終えた後も、クラブ選手として長く競技を続けてきたことです。
特に2018年の負傷から2019-20シーズンの記録更新に至るまでの歩みは、競技人生の大きな転換点でした。
【五輪の実績】北京・東京オリンピックで清水邦広が残したもの
清水邦広さんは、北京2008と東京2020という2度のオリンピックに出場しました。
同じ選手が2大会に出場したという事実だけでなく、それぞれの大会で担った役割が大きく異なっていた点にも注目したいところです。
北京2008:21歳でつかんだ初めての五輪
2008年の北京オリンピックは、清水さんにとって初めてのオリンピックでした。
当時21歳。東海大学在学中に日本代表へ選出された若手選手として、大舞台に立ちました。
JOCの公式記録によると、男子日本代表の最終順位は11位です。
当時の清水さんは若き攻撃の中心として期待されていましたが、チームは予選で勝利を挙げられず、厳しい結果に終わりました。
この経験は、その後の代表活動にも影響を与えます。
福井テレビの2026年の特集では、清水さんが北京大会後も代表で戦い続けた背景に、再び五輪の舞台で結果を残したいという思いがあったことが紹介されています。
東京2020:大けがを乗り越えた最年長選手
東京2020オリンピックは、清水さんにとって2度目の五輪でした。
大会は新型コロナウイルスの影響で1年延期され、実際には2021年に開催されました。
当時34歳。日本代表の最年長選手として出場し、若い選手たちを支える役割も担いました。
JOCの大会記録では、男子日本代表は7位。
29年ぶりの準々決勝進出を果たしたチームの一員として、ベテランの経験を発揮しました。
この大会を最後に、清水さんは日本代表からの引退を表明しています。ただし、これはバレーボール選手そのものを引退したという意味ではありません。
その後も大阪ブルテオンの前身であるパナソニック パンサーズで現役を続け、2026年までクラブを支えました。
北京と東京の違いを比較
| 比較項目 | 北京2008 | 東京2020 |
|---|---|---|
| 開催年 | 2008年 | 2021年 |
| 清水さんの年齢 | 21歳 | 34歳 |
| チーム順位 | 11位 | 7位 |
| 立場 | 若手の攻撃選手 | 最年長のベテラン選手 |
| 意味 | 初めての五輪 | けがを乗り越えた再挑戦 |
北京大会では若手として大舞台を経験し、東京大会ではチームを支えるベテランとして出場しました。
この14年近い時間の中で、清水さんは選手としても人間としても大きく成長したことが分かります。
【引退理由】清水邦広はなぜ2026年に現役引退を決断したのか?
2026年4月24日に発表された清水さんの現役引退。
長年のファンにとっては寂しいニュースでしたが、本人のコメントや引退前の取材を確認すると、決断に至った背景には複数の要因がありました。
大きく分けると、次の3つです。
1. 右膝の大けがと、その後も続いた身体的な負担
2. 年齢とともに感じるパフォーマンスの変化
3. 選手としての競争心から、指導者としての視点への変化
2018年の右膝前十字靱帯断裂が大きな転機
清水さんが最も深刻なけがを負ったのは、2018年2月18日の試合でした。
試合中に右膝を負傷し、診断は右膝前十字靱帯損傷。2018年2月20日のパナソニックの発表を受け、日刊スポーツは全治12カ月と報じています。
そのほか、専門メディアの報道では内側側副靱帯や半月板、軟骨にも損傷が及んでいたことが伝えられています。
当時31歳。トップ選手として脂が乗っていた時期だけに、本人にとってもチームにとっても大きな痛手でした。
しかし、清水さんは約1年にわたるリハビリを経て復帰します。
大阪ブルテオンの引退発表でも、この大けがを乗り越えた復活が大きく取り上げられました。
復帰後の2019-20 V.LEAGUEでは、日本人最多得点記録を更新。
けがを理由に競技生活を終えるのではなく、再びコートで結果を残したことは、清水さんのキャリアを象徴する出来事です。
引退の決断は2026年1月だった
福井テレビの2026年8月9日の特集によると、清水さんが引退を決断したのは2026年1月でした。
8年前の大けが以降、毎年のように手術や復帰を繰り返してきたことに加え、年齢によるパフォーマンスの変化も感じていたといいます。
ただし、決断の理由は身体的な問題だけではありませんでした。
福井テレビの取材では、若い選手のプレーを見た際、以前なら「自分も負けずに頑張ろう」という競争心が先に立っていたのに対し、近年は「こうすればもっと上手くなる」という指導者に近い視点が自然に出てくるようになったと紹介されています。
本人は、悔しさをバネに努力する気持ちが以前とは変わってきたことにも気づいていました。
これは、単純に年齢やけがでプレーできなくなったから引退したという話ではありません。
選手としての自分と、後輩を育てる自分。そのどちらに重きを置くべきかを考えた末の決断だったと読み取れます。
清水邦広本人が語った引退への思い
大阪ブルテオンの公式発表では、清水さんは引退時の心境について次のように述べています。
ここ数年は、膝の状態が決して良いとは言えず、思うようにプレーできない時間も増えていきました。
同時に、現役生活への未練がなかったわけではありません。
本人は「勝ちたい」「もっと上手くなりたい」という気持ちは最後まで変わらなかったと振り返っています。
この言葉からは、バレーボールへの情熱を失ったから引退したのではないことが分かります。
むしろ、競技への思いを持ち続けたまま、身体の状態と自分の役割の変化を受け止めた決断だったのでしょう。
【結婚・再婚・家族】清水邦広と中島美嘉の離婚、その後の現在
清水邦広さんの私生活で大きく報じられたのが、歌手の中島美嘉さんとの結婚です。
スポーツ選手と人気歌手という組み合わせは当時も注目を集めました。
その後、離婚と再婚を経験していますが、現在は家庭を持ちながら指導者として新たな道を歩んでいます。
中島美嘉との結婚は2014年12月
清水さんと歌手の
約3年間の交際を経ての結婚で、当時は大きな話題になりました。
一方、清水さんは大阪を拠点とするバレーボール選手、中島さんは東京を中心に活動する歌手でした。
それぞれの仕事の拠点が異なり、結婚生活では遠距離での生活も報じられていました。
2018年2月に離婚を発表
2人は2018年2月2日に離婚を公表しました。
結婚から約3年2カ月での別れとなりました。
日刊スポーツなどの報道では、東京と大阪という生活拠点の違いも伝えられています。
ただし、離婚については本人たちが公表した事実と、報道された生活環境を分けて理解する必要があります。
また、清水さんの2018年の膝のけがと離婚が同じ時期に報じられたことから、両者を結びつける情報も見かけますが、けがが離婚の直接的な原因だったとする公式発表はありません。
2022年1月11日に再婚を発表
離婚から約4年後の2022年1月11日、清水さんは再婚を発表しました。
当時、自身のSNSを通じて、以前から交際していた女性と結婚したことを報告しています。
発表では、お互いに持っていないものを補い合い、笑顔の絶えない家庭を築きたいという思いを伝えていました。
再婚相手については、一部報道で元アナウンサーの女性と紹介されていますが、一般に広く活動する芸能人ではありません。名前などの詳細を中心にした報道は多くありません。
清水邦広に子供は何人いる?
清水さんには、2026年1月の日刊スポーツのプロフィール記事で、1男1女の子どもがいると紹介されています。
最初に誕生が公表されたのは2022年9月3日です。
清水さんは自身のSNSで、第1子となる女の子が誕生したことを報告しました。
当時36歳だった清水さんは、娘を抱いた写真とともに、母子ともに元気であることや、妻への感謝を伝えていました。
また、2026年1月の日刊スポーツのインタビューでは、子どもについて、日々の活力になる存在だと語っています。
現役時代は遠征や練習などで多忙な生活を送ってきた清水さんにとって、家族の存在は競技を続けるうえでの大切な支えだったようです。
2026年4月の引退コメントでも、家族や子どもたちへの感謝を述べています。
結婚・家族についての時系列
| 年月 | 関係する人物 | 出来事 |
|---|---|---|
| 2014年12月 | 中島美嘉 | 結婚 |
| 2018年2月 | 中島美嘉 | 離婚を公表 |
| 2022年1月 | 現在の妻 | 再婚を公表 |
| 2022年9月 | 第1子 | 女児の誕生を公表 |
| 2026年1月 | 家族 | 1男1女と報道 |
| 2026年4月 | 家族・子どもたち | 引退時に感謝を表明 |
清水さんの結婚歴を整理すると、最初の結婚相手は中島美嘉さんで、現在の妻は再婚相手の女性です。
また、子どもについても、2022年の第1子誕生の発表と2026年の報道を分けて確認すると、家族構成の変化が分かりやすくなります。
【プロの結論】清水邦広の引退は終わりではなく、日本バレー界への新たな貢献の始まり
清水邦広さんの2026年の現役引退を振り返ると、単なるベテラン選手の引退とは異なる意味が見えてきます。
10歳でバレーボールを始め、21歳で北京五輪に出場。2018年には右膝の大けがで選手生命を脅かされながらも復帰し、2021年には東京五輪に最年長選手として出場しました。
そして2026年、18シーズンを過ごした大阪ブルテオンで選手生活を終えました。
注目したいのは、引退後のキャリアです。
清水邦広が指導者として生かせる3つの経験
1. トップ選手としての実戦経験
国内リーグのMVPやスパイク賞などを獲得し、長年オポジットとして活躍してきた経験があります。
攻撃の組み立てや試合中の判断、相手ブロックへの対応など、実戦で培った知識は指導者として大きな財産です。
2. 大けがから復帰した経験
2018年の右膝の大けがと、その後の長期リハビリは、清水さんの競技人生を大きく変えました。
けがを抱える選手がどのような不安を感じるのか、復帰までに何が必要なのかを、自身の経験から伝えられます。
福井テレビの取材でも、負傷を抱えた選手へのメンタルケアやコミュニケーションを重視する考えが紹介されています。
3. 日本代表を目指した経験
北京と東京の2度のオリンピックを経験したことも、指導者としての強みです。
選手として五輪に出場することと、指導者として選手を五輪に送り出すことは異なります。
清水さんは福井テレビの取材で、コーチとしてオリンピックのメダル獲得を目指す思いを語っています。
選手時代に果たせなかった目標を、今度は指導者という立場で追いかけることになります。
現役時代の実績だけでなく、これからの指導者としての成長にも注目したいところです。
【清水邦広の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:清水邦広は2026年に本当に現役引退した?
A1:はい。大阪ブルテオンが2026年4月24日に正式発表しました。2025-26シーズンの終了をもって現役を引退し、現在は同クラブのコーチングスタッフとして活動しています。
Q2:清水邦広の引退理由は膝のけが?
A2:膝の状態が悪化し、思うようにプレーできない時間が増えたことが大きな理由です。また、年齢によるパフォーマンスの変化や、若手選手を見て指導者としての視点が強くなったことも、引退を決断した背景として報じられています。
Q3:清水邦広は中島美嘉と離婚した後、再婚して子供もいる?
A3:はい。中島美嘉さんとは2018年2月に離婚し、2022年1月11日に別の女性との再婚を公表しました。2022年9月には第1子となる女児の誕生を報告し、2026年1月の報道では1男1女の父親として紹介されています。
まとめ:清水邦広は2026年から指導者として新たなスタート
清水邦広さんは、2026年に18シーズンにわたる現役生活に終止符を打ちました。
しかし、バレーボール界から引退したわけではありません。
大阪ブルテオンのコーチとして、これまでの経験を後輩選手に伝える新しい役割を担っています。
最後に、今回の記事の重要事項を整理します。
- 年齢:1986年8月11日生まれの40歳。
- 身長:大阪ブルテオン公式プロフィールでは192cm。
- 愛称:高校時代から親しまれている「ゴリ」。
- 五輪実績:2008年北京大会と2021年東京大会に出場。
- 大けが:2018年に右膝前十字靱帯を損傷し、約1年のリハビリを経て復帰。
- 現役引退:2025-26シーズン終了をもって引退。
- 現在の所属:大阪ブルテオンのコーチングスタッフ。
- 家族:2022年に再婚を公表。2026年の報道では1男1女の父親。
清水さんの競技人生を振り返ると、北京五輪での悔しさ、2018年の大けが、東京五輪への復帰、そして2026年の引退と、数々の転換点がありました。
その一つひとつを乗り越えてきた経験は、今後の指導者人生に生かされていくはずです。
「ゴリ」の新しい挑戦は、ここから始まります。 今後、大阪ブルテオンでどのような選手を育て、日本バレー界にどのような影響を与えていくのか。選手時代とは違う立場での活躍にも期待が集まります。