アンタッチャブル柴田とファンキー加藤の騒動とは?2016年の真相と現在を徹底解説

目次

アンタッチャブル柴田英嗣とファンキー加藤をめぐる騒動は、2016年6月に週刊女性が報じたダブル不倫と妊娠問題をきっかけに、大きな注目を集めました。柴田英嗣の元妻と、当時妻子がいたファンキー加藤との関係が明らかになり、さらに2人の間に子どもが誕生したことで、芸能界でも異例の騒動として報道が続きました。

2016年6月7日の謝罪会見で加藤は報道内容を認め、子どもの認知と養育費について説明。一方、柴田もテレビ番組で離婚の経緯やDNA鑑定、子どもとの関係について語っています。2026年現在、柴田はアンタッチャブルとして活動を続け、加藤もソロ活動とFUNKY MONKEY BΛBY’Sの活動を展開しています。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 騒動の発端:2016年6月7日発売の「週刊女性」が柴田英嗣の元妻とファンキー加藤の不倫、妊娠を報道した。
  • 子どもをめぐる事実:加藤は2016年6月の会見で認知を公表。柴田も後日、DNA鑑定が行われたことを明かした。
  • 慰謝料1億円の真相:柴田本人は受け取っていないと繰り返し否定。元妻への支払いを含めた詳細な金銭事情は公表されていない。
  • 2026年現在:柴田は芸能活動を継続。加藤はソロ活動に加え、ファンモンのメジャーデビュー20周年プロジェクトを進めている。

【騒動の発端】アンタッチャブル柴田の元妻とファンキー加藤に何があった?

騒動の中心となったのは、お笑いコンビ・アンタッチャブルの柴田英嗣、歌手のファンキー加藤、そして柴田の元妻Aさんです。

当時、柴田とAさんは婚姻関係にあり、2人の子どもを育てていました。一方、加藤も2013年4月に元マネジャーの女性と結婚し、2015年2月には第1子が誕生していました。

つまり、不倫関係が始まったとされる時期には、柴田と加藤の双方に家庭があったのです。

2014年末の飲み会が出会いのきっかけ

2016年6月7日の謝罪会見で、加藤はAさんとの出会いについて、後輩との飲み会だったと説明しました。自分から声をかけ、連絡先を交換したことも明かしています。

加藤の説明によると、当初はAさんが柴田の妻であることや、結婚していることを知らなかったといいます。しかし、その後連絡を取り合うようになり、男女関係へと発展しました。

2016年6月7日発売の週刊女性は、この関係をダブル不倫として報道。柴田の元妻が加藤との子どもを妊娠していたことも伝え、芸能ニュースとして大きく取り上げられました。

柴田と元妻は2015年5月に離婚していた

今回の騒動で誤解されやすいのが、報道が出た2016年6月に柴田と元妻がまだ夫婦だったのかという点です。

実際には、2人の離婚は2015年5月に成立していました。週刊女性の報道や当時のスポーツ紙によると、元妻から別れを切り出されたことが離婚のきっかけとなっています。

柴田は後にテレビ番組で、元妻から「他の人を好きになっちゃったから別れましょう」と告げられたと振り返っています。

離婚成立から約4か月後の2015年9月ごろ、元妻の妊娠が発覚。柴田はその後、相手が自分の友人でもあったファンキー加藤だと知ったと説明しました。

加藤にとっても、相手が柴田の元妻だったという事実は大きな衝撃だったとされています。柴田は関係者を交えた3人での話し合いについて、加藤が相手の夫が自分だったと知って驚いていた様子をテレビ番組で語っています。

【検証資料 1】アンタッチャブル柴田ファンキー 加藤の当時の様子・関連報道写真(出典:crownandsickle.com)

【時系列で整理】2014年末から2018年までの不倫騒動の経緯

一連の出来事を理解するには、交際が始まったとされる時期、離婚、妊娠の発覚、謝罪会見、出産後の発言を分けて見る必要があります。

当時の週刊女性、スポーツニッポン、デイリースポーツなどの報道と、本人たちがテレビ番組や会見で語った内容を整理すると、次のようになります。

時期 出来事 確認できる内容
2013年4月 加藤が結婚 元マネジャーの女性と結婚。
2014年末 Aさんと出会う 後輩との飲み会で知り合い、加藤から連絡先を交換したと説明。
2015年2月 加藤に第1子誕生 妻との間に第1子が誕生していた。
2015年5月 柴田と元妻が離婚 元妻から別れを切り出され、離婚が成立。
2015年9月ごろ 妊娠が発覚 元妻から柴田に妊娠について連絡があったと説明。
2015年11月ごろ 加藤が妻に事情を説明 加藤は謝罪会見で、妻に伝えた時期を前年11月ごろと説明。
2016年6月7日 週刊女性が報道 ダブル不倫と妊娠が明らかになり、加藤が謝罪会見を実施。
2016年6月中旬 女児が誕生 加藤と元妻の間に女児が誕生したと報道された。
2016年7月 柴田がDNA鑑定に言及 テレビ番組でDNA鑑定を実施したと明かした。
2016年12月 柴田が子どもとの関係を説明 3人の子どもを兄弟として接していることなどを語った。
2018年3月 慰謝料1億円報道を否定 柴田が自身への1億円の支払いを改めて否定。

この年表で特に重要なのは、2015年5月の離婚と、同年9月ごろの妊娠発覚の順番です。騒動が報道された時点では、柴田と元妻はすでに離婚していました。

ただし、離婚前から関係があったことが報じられており、加藤自身も2016年6月の会見で不倫関係を認めています。そのため、単なる離婚後の交際として理解することはできません。

【子どもの認知とDNA鑑定】柴田英嗣とファンキー加藤は何を語った?

騒動が長く注目された理由の一つが、2人の間に生まれた子どもの存在です。

不倫関係の問題だけでなく、子どもの父親が誰なのか、認知は済んでいるのか、養育費はどうなるのか、柴田が子どもとどのように関わるのかという問題が続けて報道されました。

2016年6月7日の謝罪会見で加藤が認知を公表

週刊女性の報道を受け、加藤は2016年6月7日に東京都内で記者会見を開きました。

加藤は不倫関係を認め、元妻との間に子どもを授かっていることを公表。さらに、子どもの認知についても説明しました。

「記事に書かれていることはすべて事実です」

これは会見冒頭に加藤が述べた言葉です。報道内容を否定するのではなく、事実として認めたうえで謝罪しました。

養育費については、今後の話し合いを進めていると説明。生まれてくる子どものために、自分ができることと向き合っていく姿勢を示しました。

また、柴田や自分の妻、家族、ファンに対しても謝罪しています。加藤は妻と離婚せず、家庭を守っていく考えも会見で示しました。

DNA鑑定の真相は?柴田がテレビ番組で明かした内容

DNA鑑定については、2016年7月22日放送の関西テレビ「快傑えみちゃんねる」での柴田の発言が大きな根拠になっています。

番組内で子どもの父親について質問された柴田は、6月に生まれた子どもはファンキー加藤の子どもだと説明し、DNA鑑定も実施したと明かしました。

つまり、DNA鑑定について公に具体的に言及したのは柴田です。一方、加藤は6月7日の謝罪会見で認知済みであることを明らかにしましたが、DNA鑑定の実施そのものについては、質問に対して認知の事実を説明するにとどまっています。

そのため、報道上の整理としては、柴田がDNA鑑定の実施を明かし、加藤は子どもの認知を公表しているという理解が適切です。

柴田は子どもをどう受け止めたのか

柴田の発言で印象的だったのは、自分の子どもと加藤との間に生まれた子どもを、別々の存在として扱わない姿勢でした。

2016年9月11日放送の読売テレビ「上沼・高田のクギズケ!」では、生まれた女児について「かわいい」と語り、今後も子ども3人に平等に接していく考えを示しました。

また、同年12月に放送された「にけつッ!!」では、自分の子ども2人と加藤との間に生まれた子どもを3人兄弟として育てていることを説明しています。

この発言から読み取れるのは、柴田が不倫騒動への怒りと、子どもに対する感情を切り離していたことです。

2016年7月には、最初は友人の加藤に対して怒りを感じたとも明かしています。何も感じなかったわけではありません。それでも、生まれてきた子どもに責任はないという考えを優先していたことが、当時の発言からうかがえます。

なお、子どもの具体的な生活環境や現在の養育分担、面会頻度などは、現在までの公表情報だけでは一律に確定できません。2018年の報道では、元妻が3人の子どもを育て、柴田も月に1度ほど会っていると伝えられています。

【検証資料 2】アンタッチャブル柴田ファンキー 加藤の活動歴およびメディア掲載記録(出典:芸トピ)

【慰謝料1億円報道の真偽】柴田は本当に大金を受け取ったのか?

騒動をめぐって、もう一つ大きく広まったのが「ファンキー加藤が柴田に慰謝料1億円を支払った」という情報です。

結論からいえば、柴田本人は自分が1億円を受け取ったという報道を明確に否定しています。

2016年12月に通帳を確認したと説明

2016年12月15日放送の「ダウンタウンDX」で、柴田は慰謝料1億円の報道について言及しました。

「ウソですって!」

柴田は、報道を見た事務所から連絡があり、通帳を確認したものの、該当する入金はなかったと説明しています。

日刊スポーツやマイナビニュースも、この発言を報道しました。

2018年にも改めて否定している

さらに2018年3月4日放送の「上沼・高田のクギズケ!」でも、柴田は1億円を受け取ったという話を否定しました。

このとき柴田は、自分の通帳には入金がなく、元妻が何らかの金銭を受け取っている可能性については分からないという趣旨の説明をしています。

ここで区別したいのは、柴田本人への慰謝料と、子どもに対する養育費、元妻との間の金銭的な取り決めは別の問題だということです。

2016年8月の週刊女性PRIMEには、Aさんの知人の話として、養育費などの支払いが複数段階で行われたという内容も掲載されました。しかし、これは関係者の証言として紹介されたもので、1億円の慰謝料が柴田に支払われたことを証明するものではありません。

したがって、現時点で確認できるのは、柴田本人が1億円の受領を否定していること、加藤が会見で養育費について話し合っていると説明したことです。実際の支払い総額や元妻との金銭的な取り決めの詳細は公表されていません。

【騒動後の芸能活動】柴田英嗣とファンキー加藤の2026年現在

2016年の騒動から10年が経過した2026年。2人はそれぞれ異なる分野で芸能活動を続けています。

アンタッチャブル柴田英嗣はコンビ活動を継続

柴田は騒動後もお笑い芸人としての活動を続け、テレビやラジオなど幅広いジャンルで活躍しています。

2026年には、アンタッチャブルとしてカンテレの「アンタッチャブルでやらせてもらってます」が4月18日から地上波レギュラー番組としてスタートしました。

同番組では相方の山崎弘也とともに出演。ゲストとのロケやトークを通じて、コンビとしての魅力を発信しています。

番組の復活は、単発番組や全国ネットの番組、YouTubeでの展開などを経て実現したものです。2026年3月の番組発表会見では、コンビでの新たな活動に向けた意気込みも伝えられました。

柴田の現在を考えるうえで重要なのは、2016年の騒動だけが芸能活動の評価を決めているわけではないという点です。現在もアンタッチャブルの一員として、バラエティーを中心に活動を続けています。

ファンキー加藤はソロ活動とファンモンの20周年へ

ファンキー加藤は2004年1月、八王子でFUNKY MONKEY BABYSを結成し、リーダーとして活動を開始しました。

2006年1月にメジャーデビューし、「ヒーロー」などの楽曲で人気を獲得。NHK紅白歌合戦にも4年連続で出場しました。

2013年6月のグループ解散後は、2014年2月にシングル「My VOICE」でソロデビュー。歌手活動だけでなく、映画「サブイボマスク」で主演を務めるなど、俳優としても活動の幅を広げました。

2021年には、東日本大震災から10年となった「音楽の日」での一夜限りの復活をきっかけに、モン吉との2人体制でFUNKY MONKEY BΛBY’Sとしての活動を再開しました。

2024年にはソロデビュー10周年を迎え、記念ライブや全国ツアーを開催。2025年からはファンモンのメジャーデビュー20周年に向けた本格的なグループ活動を進めています。

2026年の活動と2027年の予定

2026年はファンモンのメジャーデビュー20周年イヤーです。公式プロフィールによると、20周年記念全国ツアーは全29公演が完売。6月には、同期デビューのいきものがかりとの対バンライブも開催されました。

8月5日にはシングル「夏子」を発売。同曲はアニメ「ぐらんぶる」Season 3のオープニング主題歌に起用されています。

さらに、2026年12月23日には20周年記念アルバム「ファンキーモンキーベイビーズGT」の発売が予定されています。公式発表では全11曲を収録予定で、新曲も含まれるとされています。

2027年4月からは、全国19公演を予定する「FUNKY MONKEY BΛBY'S Grand Tour 2027」の開催も発表されています。

こうした公式情報から見ると、2026年現在の加藤は音楽活動を継続し、ファンモンの記念プロジェクトにも力を注いでいます。2016年の騒動を理由に音楽活動を終了したわけではありません。

ただし、現在の家族関係や子どもとの交流状況については、今回の20周年活動とは別のプライベートな問題です。音楽活動の発表から家庭内の状況まで推測することはできません。

【検証資料 3】アンタッチャブル柴田ファンキー 加藤に関する近況・インタビュー報道記録(出典:ライブドアニュース)

【よくある誤解を整理】騒動について知っておきたい事実

この騒動は、報道から長い時間が経過した現在も、過去のニュース記事やまとめ情報を通じて検索されています。特に混同されやすいのが、離婚時期、DNA鑑定、養育費、慰謝料の4点です。

「柴田と元妻は2016年に離婚した」は誤り

2人の離婚は2015年5月に成立しています。2016年6月の週刊女性報道によって初めて世間に大きく知られたため、報道年と離婚年が混同されることがあります。

「DNA鑑定の話は単なるネットの噂」は誤り

柴田は2016年7月のテレビ出演でDNA鑑定を実施したと明言しています。認知についても、加藤自身が同年6月の謝罪会見で公表しています。

「柴田に慰謝料1億円が振り込まれた」は本人が否定

2016年12月と2018年3月のテレビ出演で、柴田は自分が1億円を受け取ったという報道を否定しています。元妻への支払いの有無や総額まで確定した情報ではありません。

「2026年現在も騒動が芸能活動の中心」は正確ではない

柴田はコンビでのテレビ活動を続け、加藤もソロとグループの音楽活動を展開しています。2016年の騒動は2人の経歴における重要な出来事ですが、現在の活動内容とは分けて見る必要があります。

【アンタッチャブル柴田とファンキー加藤の騒動】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:アンタッチャブル柴田とファンキー加藤の元妻をめぐる騒動はいつ発覚した?
A1:2016年6月7日発売の週刊女性で報じられました。同日、ファンキー加藤が記者会見を開き、不倫関係と妊娠を認めて謝罪しました。

Q2:ファンキー加藤と柴田の元妻の間に生まれた子どもは認知されている?
A2:はい。加藤は2016年6月7日の謝罪会見で認知していると公表しました。同年6月中旬には女児が誕生したと報じられています。

Q3:DNA鑑定は本当に行われた?
A3:2016年7月22日放送の「快傑えみちゃんねる」で、柴田がDNA鑑定を実施したと明かしています。

Q4:ファンキー加藤は柴田に慰謝料1億円を支払った?
A4:柴田本人は受け取っていないと否定しています。元妻との間の金銭的な取り決めや養育費の総額については、詳細が公表されていません。

Q5:柴田は加藤との間に生まれた子どもを育てている?
A5:2016年12月のテレビ出演で、柴田は自身の子ども2人と加藤との間に生まれた子どもを3人兄弟として育てていると説明しました。2018年の報道では元妻が3人を育てているとされ、柴田も定期的に会っていると伝えられています。現在の具体的な養育分担は公表されていません。

Q6:ファンキー加藤は2026年現在も歌手活動をしている?
A6:はい。ソロ活動に加えてFUNKY MONKEY BΛBY’Sとしても活動しています。2026年12月23日に20周年記念アルバム「ファンキーモンキーベイビーズGT」の発売が予定され、2027年4月から全国ツアーも発表されています。

Q7:アンタッチャブル柴田は2026年現在もテレビに出演している?
A7:はい。柴田は芸能活動を継続しており、2026年4月にはアンタッチャブルとしてカンテレの「アンタッチャブルでやらせてもらってます」が地上波レギュラー番組としてスタートしました。

まとめ:柴田英嗣とファンキー加藤の騒動から分かること

アンタッチャブル柴田英嗣とファンキー加藤をめぐる騒動は、2016年6月の週刊女性報道をきっかけに明らかになったダブル不倫と妊娠問題でした。

加藤は2016年6月7日の謝罪会見で不倫を認め、子どもの認知と養育費について説明。その後、柴田はテレビ番組でDNA鑑定の実施を明かし、子どもを自身の子どもたちと兄弟として接していることも語りました。

一方、慰謝料1億円の報道については、柴田本人が繰り返し否定しています。養育費と慰謝料、子どもの認知と実際の養育は、それぞれ異なる問題です。これらを一つの話として混同すると、騒動の実態を正確に理解できません。

2026年現在、柴田はアンタッチャブルとしてテレビ活動を続け、加藤はファンモンのメジャーデビュー20周年を迎えて音楽活動を展開しています。

この騒動を振り返る際に大切なのは、当時の本人の発言と報道された内容を区別すること、そして子どもや家族のプライバシーを尊重することです。2016年の出来事だけで現在の2人の人生や活動を判断せず、確認できる発言と公表された活動を基準に捉えることが、騒動の全体像を理解するうえで欠かせません。

主な根拠資料:週刊女性、週刊女性PRIME、スポーツニッポン、日刊スポーツ、デイリースポーツ、マイナビニュース、アンタッチャブル所属のプロダクション人力舎、ファンキー加藤公式サイト、FUNKY MONKEY BΛBY’S公式サイト、ユニバーサルミュージックの2026年発表資料。