【晩年の闘病生活】右眼下直筋肥大・複視・腰の病気とうつ病

目次

根津さんの晩年を語るうえで欠かせないのが、長期間にわたる身体的・精神的な苦痛です。

報道によると、1990年代から腰の負傷に悩み、2001年ごろには右眼下直筋肥大を発症。その後も複数回の手術や椎間板ヘルニアの治療を経験しました。

2015年には妻の仁香さんがテレビ番組で闘病中の生活について語っており、俳優としての復帰を目指しながらも、厳しい日々を過ごしていたことが伝えられています。

右眼下直筋肥大とは?複視によって俳優活動に影響

根津甚八死因

根津さんが2001年ごろに発症したと報じられた病気が、右眼下直筋肥大です。

報道では、右目の下まぶたが垂れ下がる症状や、物が二重に見える複視に悩まされていたとされています。

俳優にとって目の動きや表情は、演技を構成する重要な要素です。

とりわけ映像作品では、顔のわずかな変化や視線の動きが役柄の印象を左右します。根津さんの場合、視覚上の問題だけでなく、顔の左右のバランスにも影響が出たと報じられています。

治療の過程では複数回の手術を受けましたが、思い描いていた状態には戻らず、本人にとって大きな精神的負担になったと伝えられています。

日刊スポーツやデイリースポーツの当時の報道でも、複視と手術の繰り返しが晩年の苦悩として取り上げられました。

1993年の落馬事故と椎間板ヘルニア

根津甚八死因

目の病気だけでなく、腰の負傷も俳優活動に影響しました。

J-CASTニュースの2010年の報道によると、根津さんは1993年、撮影中の落馬によって腰椎を損傷しました。

その後も痛みを抱えながら仕事を続けていましたが、椎間板ヘルニアの手術を受け、術後には歩行にも支障が出たと報じられています。

日刊スポーツは、手術後の後遺症によって杖を手放せなくなり、満足な仕事をすることが難しくなったと伝えています。

さらに、車いすで生活する時期もありました。

俳優という職業は、長時間の撮影や移動、役柄に応じた身体表現を求められます。腰の痛みや歩行の問題は、根津さんにとって仕事を続けるうえで大きな障壁になっていました。

うつ病を発症した理由は何だったのか

根津甚八死因

根津さんの晩年について検索すると、うつ病の発症理由を知りたいという人も少なくありません。

日刊スポーツの2016年12月30日の報道では、2009年にうつ病を患ったと伝えられています。

背景として報じられたのは、次のような出来事でした。

- 1993年の撮影中の落馬による腰椎の損傷
- 2001年ごろから続いた目の病気と手術
- 2004年7月の交通事故による深い精神的負担
- 椎間板ヘルニアの悪化と手術後の後遺症
- 俳優として思うように活動できない状況

特に2004年7月の交通事故では、根津さんが運転する車が自転車の男性と衝突し、相手の男性が亡くなるという痛ましい結果になりました。その後、根津さんは芸能活動を一時休止しています。

この事故と精神的な苦悩については、複数の報道で取り上げられています。

ただし、うつ病は複数の要因が関係することもある病気です。根津さんの発症を一つの出来事だけに結び付けることはできません。当時の報道では、身体の病気や事故、仕事への復帰が難しい状況などが重なっていたと説明されています。

妻・仁香さんが語った10年以上の闘病

2015年9月、根津さんの妻・仁香さんはTBS系情報番組『白熱ライブ ビビット』に出演し、夫婦で過ごしてきた闘病の日々を振り返りました。

デイリースポーツの報道によると、仁香さんは目の病気やうつ病、椎間板症などに苦しむ夫を支えてきた経験を語っています。

その際、根津さんについて「できるか、できないか…でもできるのであればやりたい」と、映画への出演を望んでいたことも明かしました。

この言葉からは、俳優としての仕事を諦めきれない気持ちがうかがえます。

また、仁香さんは同作の撮影現場に立ち会い、夫の映画への愛情を改めて感じたと話しています。

病気によって仕事から遠ざかっていた根津さんにとって、俳優としてカメラの前に立つことは、単なる復帰以上の意味を持っていたのかもしれません。

【俳優引退までの経緯】2010年に何があったのか?

根津甚八さんが俳優業からの引退を正式に発表したのは、2010年9月6日です。

当時62歳だった根津さんは、長年にわたる病気や治療の影響で、以前のような演技を続けることが難しくなっていました。

引退は突然の決断ではありません。復帰を目指して治療を続けたものの、身体の状態が思うように回復せず、俳優としての活動に区切りを付けることになったのです。

引退発表の背景にあった身体的な問題

2010年9月6日、所属事務所は根津さんの俳優引退を明らかにしました。

スポニチの報道によると、2001年ごろに発症した目の病気の後遺症に悩み、復帰に向けた治療を続けていたものの、万全な状態で仕事をすることが困難になったとされています。

また、J-CASTニュースによれば、引退後は脚本や演出の分野で仕事を続ける意向も示していました。

つまり、俳優という表現手段から離れる決断であり、表現活動そのものへの関心を失ったという単純な話ではありません。

引退発表時に伝えられた本人の思い

デイリースポーツが2016年の訃報で紹介した引退時の本人の手紙には、俳優としての肉体を使った表現は続けないという決意と、これからも自分にできることに取り組んでいきたいという思いが記されていました。

根津さんは、状況劇場で舞台経験を積み、映画やテレビドラマで活躍してきた俳優です。

そのキャリアを振り返ると、身体の不調によって演技の場を離れなければならなかったことは、本人にとって大きな転機だったと考えられます。

しかし、2015年には盟友・石井隆監督からの依頼を受け、再び映画に出演することになります。

【経歴・年表】根津甚八の代表作と人生の転換点を整理

根津甚八さんは、舞台、テレビドラマ、映画の各分野で活躍した俳優です。

本名は根津透。1947年12月1日に山梨県で生まれ、1969年に唐十郎さんが主宰する状況劇場に入りました。

1978年のNHK大河ドラマ『黄金の日日』で石川五右衛門を演じ、広く知られる存在になります。

その後、黒澤明監督作品や社会派映画などにも出演し、独特の存在感を持つ俳優として評価されました。

根津甚八の生涯・芸能活動年表

年代 出来事・作品 内容・関係性
1947年12月1日 誕生 山梨県生まれ。本名は根津透
1969年 状況劇場に入団 唐十郎が主宰する劇団で活動開始
1970年 『ジョン・シルバー』 初舞台
1978年 『黄金の日日』 石川五右衛門役で注目を集める
1980年 『影武者』 黒澤明監督作品に出演
1982年 『さらば愛しき大地』 日本アカデミー賞主演男優賞を受賞
1985年 『乱』 再び黒澤明監督作品に出演
1993年 撮影中の落馬 腰椎を損傷したと報道
2001年ごろ 右眼下直筋肥大 複視などの目の症状に悩む
2004年 交通事故・活動休止 事故後、芸能活動から遠ざかる
2009年 うつ病 闘病生活の長期化が報じられる
2010年9月 俳優業引退 62歳で正式に引退を発表
2015年9月 『GONIN サーガ』 一作限りの俳優復帰。遺作となる
2016年12月29日 死去 69歳。所属事務所が死因を発表

『黄金の日日』の石川五右衛門役で注目された理由

根津さんの代表作として外せないのが、1978年放送のNHK大河ドラマ『黄金の日日』です。

同作では、当時の市川染五郎さんが演じた主人公・呂宋助左衛門の友人である石川五右衛門を演じました。

石川五右衛門は、戦国時代から安土桃山時代にかけての伝説的な盗賊として知られる人物です。

根津さんは、ワイルドな風貌と独特の存在感を生かして役柄を表現し、視聴者に強い印象を残しました。

NHKの大河ドラマとして制作された『黄金の日日』は、自由都市・堺を舞台に、商人や戦国武将たちの生き方を描いた作品です。

放送ライブラリーの番組記録にも、根津さんの出演が確認できます。

黒澤明監督作品や『さらば愛しき大地』での評価


(1980年)

黒澤明監督作品への出演によって、映画俳優としての存在感を広げました。


(1982年)

主演男優として高い評価を受け、日本アカデミー賞主演男優賞を受賞しました。


(1985年)

黒澤監督の作品に再び出演し、映画俳優としてのキャリアを重ねました。

日刊スポーツの略歴記事では、これらの作品とともに、状況劇場での活動や俳優としての経歴が紹介されています。

【最後の出演作】『GONIN サーガ』が根津甚八の遺作になった理由

根津甚八さんの俳優としての最後の作品は、2015年9月公開の映画『GONIN サーガ』です。

2010年に俳優業を引退していた根津さんが、約11年ぶりに映画出演を果たした作品としても知られています。

石井隆監督との盟友関係が復帰につながった

『GONIN サーガ』は、石井隆監督が1995年に公開した映画『GONIN』の続編です。

根津さんは前作にも出演しており、石井監督とは複数の作品で仕事をしてきた関係でした。

映画.comの2015年4月の報道によると、今回の出演は石井監督からの強い要望によって実現しました。

根津さんが演じたのは、前作と同じ氷頭役です。

俳優引退後の出演であり、石井監督との長年の信頼関係が復帰のきっかけになりました。

どのような気持ちで復帰を決めたのか

2015年9月のデイリースポーツの報道では、妻の仁香さんが、根津さんから出演について相談を受けていたことを明かしています。

根津さんは、できることであれば再び俳優として仕事をしたいという思いを持っていました。

実際に撮影は4日間で終了しました。

日刊スポーツの訃報記事では、撮影を終えた根津さんのコメントも紹介されています。そこには、今回の仕事をやり遂げたことで、俳優としての未練に区切りを付けられたという趣旨の思いが記されていました。

この復帰は、単なる話題作りではありませんでした。

長い療養生活を送りながらも、最後にもう一度、自分が愛した映画の世界に戻った出来事だったのです。

『GONIN サーガ』が遺作と呼ばれる理由

根津さんは2016年12月29日に亡くなりました。

そのため、2015年公開の『GONIN サーガ』が最後の映画出演作、すなわち遺作となりました。

作品では、東出昌大さんをはじめ、佐藤浩市さんや鶴見辰吾さんらが出演しています。

映画ナタリーも、同作を根津さんの遺作として紹介しています。

2010年の引退から5年後、盟友の作品で俳優として最後の仕事を果たしたことは、根津さんの映画人生を振り返るうえで欠かせないエピソードです。

【誤解を整理】根津甚八の死因と闘病・引退に関する事実

根津さんについては、死因、目の病気、うつ病、引退理由などが一緒に検索されることがあります。

しかし、これらはそれぞれ異なる出来事です。

特に注意したいのは、晩年の病気と、亡くなった直接の原因として事務所が公表した病名を混同しないことです。

死因と関連情報の違い

調べられている内容 確認できる事実 整理すべきポイント
肺炎 公式発表に記載 死因を説明する際の重要な病名
深部静脈血栓症 公式発表に記載 肺塞栓症とともに発表された
肺塞栓症 公式発表に記載 死因の説明に含まれる
右眼下直筋肥大 2001年ごろの発症が報道された 晩年の視覚上の問題
複視 物が二重に見える症状 俳優活動に影響したと報道
うつ病 2009年の発症が報道された 闘病や精神的負担との関係が伝えられた
俳優引退 2010年9月に発表 病気の後遺症などによる仕事の困難が背景
遺作 『GONIN サーガ』 2015年の一作限りの復帰

目の病気やうつ病が直接の死因だったわけではない

右眼下直筋肥大や複視、うつ病、椎間板ヘルニアは、根津さんの晩年を語るうえで重要な病気です。

しかし、これらが2016年の死因として公式に発表されたわけではありません。

所属事務所が発表した死因は、あくまで深部静脈血栓症および肺塞栓症による肺炎です。

また、長年の療養生活と最終的な血栓症との医学的な因果関係についても、個別の診療情報は公表されていません。

検索結果やまとめ記事で複数の病名が並んでいても、病気の発症時期、俳優引退の理由、最終的な死因を分けて理解することが大切です。

【根津甚八の死因】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:根津甚八さんの死因は肺炎ですか?

根津甚八さんの死因は、所属事務所が発表した「深部静脈血栓症および肺塞栓症による肺炎」です。2016年12月29日に東京都内の病院で亡くなりました。

Q2:根津甚八さんは何歳で亡くなりましたか?

1947年12月1日生まれで、2016年12月29日に亡くなりました。享年69歳です。

Q3:根津甚八さんの目の病気は何ですか?

2001年ごろに右眼下直筋肥大を発症したと報じられています。物が二重に見える複視などに悩み、複数回の手術を受けました。

Q4:根津甚八さんが俳優を引退した理由は何ですか?

目の病気の後遺症や腰の疾患などによって、以前のように満足な演技をすることが難しくなったためです。2010年9月に俳優業からの引退を発表しました。

Q5:根津甚八さんのうつ病はいつ発症しましたか?

日刊スポーツの報道では、2009年にうつ病を患ったとされています。長期にわたる闘病や身体的な問題、仕事への復帰が難しい状況などが背景として伝えられています。

Q6:根津甚八さんの遺作は何ですか?

2015年9月公開の映画『GONIN サーガ』です。石井隆監督の要望を受け、引退後に一作限りの俳優復帰を果たしました。

Q7:『黄金の日日』では何の役を演じていましたか?

1978年放送のNHK大河ドラマ『黄金の日日』で、石川五右衛門を演じました。主人公・呂宋助左衛門の友人という役どころで、根津さんの代表的な出演作の一つです。

まとめ:根津甚八の死因と俳優人生を振り返る

根津甚八さんは、2016年12月29日、69歳で亡くなりました。

所属事務所が公表した死因は、深部静脈血栓症および肺塞栓症による肺炎です。

その晩年には、右眼下直筋肥大による複視、腰椎の損傷、椎間板ヘルニア、うつ病など、さまざまな問題が重なっていました。2010年には俳優業からの引退を発表し、長年続けてきた俳優活動に区切りを付けています。

一方、根津さんのキャリアは病気や引退だけで語り尽くせるものではありません。

1978年の『黄金の日日』で演じた石川五右衛門、黒澤明監督の『影武者』『乱』、そして『さらば愛しき大地』での高い評価。どの作品にも、根津甚八という俳優ならではの存在感が刻まれています。

さらに、最後の出演作となった『GONIN サーガ』では、盟友・石井隆監督の作品に再び参加し、俳優として最後の仕事を果たしました。

2026年現在、根津甚八さんの訃報から約10年が経過しています。 死因を正確に理解するには、公式発表に記された病名と、長年の闘病や俳優引退に至った経緯を区別することが大切です。

そして、病気と向き合いながらも最後まで映画への思いを持ち続けた俳優として、その代表作は今も根津甚八さんの足跡を伝えています。