中村雀右衛門は四代目と五代目どっち?人間国宝の経歴と2026年公演を徹底解説
「中村雀右衛門」と検索すると、四代目と五代目のプロフィールや人間国宝としての功績、2012年の死去、そして2016年の襲名など、異なる時代の情報が見つかる。実は、この名前は一人の俳優だけを指すものではなく、歌舞伎の世界で代々受け継がれてきた名跡である。
2026年現在、舞台で活躍しているのは五代目中村雀右衛門だ。四代目は父親にあたり、2012年2月23日に91歳で逝去した。五代目は長年名乗っていた七代目中村芝雀から2016年3月に襲名し、京屋の女方の芸を継承している。さらに2026年11月の歌舞伎座、12月の京都南座への出演も公式サイトで発表されている。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の中村雀右衛門:2016年に襲名した五代目。2026年も歌舞伎座や京都南座で舞台に立つ。
- 四代目の人物像:本名は青木清治。1991年に人間国宝に認定され、2012年2月23日に91歳で逝去した。
- 五代目の襲名:本名は青木貞幸。1964年に七代目中村芝雀を襲名し、2016年に父の名跡を継いだ。
- 屋号と芸風:屋号は京屋。代々の名跡を通して、女方を中心とする芸の伝承が続いている。
- 2026年の出演:11月は歌舞伎座、12月は京都南座の吉例顔見世興行に出演予定。
【まず結論】中村雀右衛門は四代目と五代目のどちらを指す?

現在の歌舞伎界で中村雀右衛門として活動しているのは、五代目中村雀右衛門である。一方、歌舞伎史や人間国宝の紹介記事で名前が登場する場合、四代目を指していることも少なくない。
両者は親子関係にあり、四代目が父、五代目が次男にあたる。父が長年磨き上げた芸と名跡を、息子が受け継いだという関係だ。
四代目と五代目の基本プロフィール比較

- 四代目中村雀右衛門
- 本名:青木清治(あおき・きよはる)
- 生年月日:1920年8月20日
- 没年月日:2012年2月23日
- 享年:91歳
- 主な功績:1991年、人間国宝に認定
- 五代目中村雀右衛門
- 本名:青木貞幸(あおき・さだゆき)
- 生年月日:1955年11月20日
- 襲名前の名跡:七代目中村芝雀
- 五代目襲名:2016年3月
- 現在:歌舞伎俳優として活動中
特に注意したいのは、人間国宝という肩書きである。一般に四代目は人間国宝として知られているが、五代目については別の認定歴がある。五代目は1981年に重要無形文化財保持者の総合認定を受けているものの、四代目の1991年の個人指定とは認定方式が異なる。
文化庁の説明では、いわゆる人間国宝は重要無形文化財保持者のうち「各個認定」を受けた人を指す。したがって、父と息子の文化財認定を同じものとして扱わないことが、正確な理解につながる。
【歴代の中村雀右衛門】初代から五代目までの名跡と芸の変遷

中村雀右衛門という名前は、江戸時代後期から続く歌舞伎の名跡である。現在では女方の名跡として広く知られているが、初代と二代目は立役や敵役を中心に活躍していた。
国立劇場の文化デジタルライブラリーや松竹大谷図書館の資料によると、雀右衛門の名跡は上方歌舞伎の系譜に由来する。特に三代目以降、女方としての存在感が強まり、四代目、五代目へと芸が受け継がれていった。
初代から三代目までの歩み
初代中村雀右衛門は1806年生まれ。四代目中村歌右衛門の門弟で、幕末の上方歌舞伎で敵役などを得意とした俳優だった。1851年に初代雀右衛門を名乗り、1871年に没している。
二代目中村雀右衛門は1841年生まれ。初代の門弟で、1875年に二代目を襲名した。立役や敵役など幅広い役柄を演じ、上方歌舞伎の中心的な存在として活躍した。
三代目中村雀右衛門は1875年生まれ。二代目の養子で、四代目中村芝雀を経て1917年に三代目を襲名した。美しい容姿と女方としての演技で人気を集め、現在につながる女方の名跡としてのイメージを確立した人物である。
この変化は、単に演じる役柄が変わったというだけではない。雀右衛門という名跡そのものが、時代とともに芸の方向性を変えながら受け継がれてきたことを示している。
【四代目中村雀右衛門】人間国宝として築いた経歴と2012年の逝去
四代目中村雀右衛門は、戦前から戦後にかけて激動の時代を生き、歌舞伎界を代表する女方の一人となった俳優である。
1920年8月20日、六代目大谷友右衛門の長男として東京に生まれた。本名は青木清治。1927年1月、市村座の『幼字劇書初』で大谷広太郎を名乗り、桜丸役で初舞台を踏んだ。
戦争による中断と女方としての再出発
1940年に出征し、約6年間にわたる軍隊生活を経験した。戦後復員した後、1947年6月に三越劇場で『源平布引滝』の小万、『御所五郎蔵』の逢州を勤め、女方として再スタートを切った。
翌1948年3月には七代目大谷友右衛門を襲名。しかし、その後の芸歴は歌舞伎の舞台だけにとどまらない。
1950年には映画『佐々木小次郎』で映画デビューを果たし、その後約5年間で30本ほどの映画に出演した。1955年に歌舞伎へ復帰すると、関西を活動の場として市川寿海らの相手役を務め、三姫や舞踊の大曲などに取り組んだ。
1964年に四代目を襲名、人間国宝へ
1964年9月、歌舞伎座で『金閣寺』の雪姫、『妹背山婦女庭訓』のお三輪を勤め、四代目中村雀右衛門を襲名した。
この時期から、華やかさと気品を備えた女方として評価を高めていく。特に時代物の姫役や舞踊における表現は、四代目の芸を象徴するものとなった。
1980年には第一回「雀右衛門の会」を主催。古曲の復活から新作まで、さまざまな舞台に取り組んだ。1997年にはフランス公演にも参加している。
主な受賞・顕彰歴は次のとおりだ。
- 1965年:重要無形文化財保持者(総合認定)
- 1984年:紫綬褒章
- 1991年:重要無形文化財保持者(個人指定・人間国宝)
- 1992年:日本芸術院会員
- 2001年:文化功労者
- 2004年:文化勲章
1991年の個人指定は、長年にわたる女方としての功績と芸の到達点が国から高く評価されたことを示している。
2010年に最後の舞台、2012年2月23日に逝去
四代目の最後の舞台は、2010年1月19日の歌舞伎座『春の寿』で演じた女帝だった。
その後、2012年2月23日午後3時55分、肺炎のため東京都内の病院で逝去した。享年91歳だった。
歌舞伎美人の訃報発表では、四代目の生涯とともに、1991年の人間国宝認定、2004年の文化勲章受章などが紹介されている。
四代目の功績は、受賞歴だけでは語り尽くせない。戦争による中断、映画界での活動、歌舞伎への復帰という経験を経て、晩年には女方として独自の境地を築いた。その芸は五代目へと引き継がれている。
【五代目中村雀右衛門】本名・芝雀時代から2016年の襲名まで
2026年現在、歌舞伎俳優として活動しているのが五代目中村雀右衛門である。
1955年11月20日生まれ。本名は青木貞幸。四代目中村雀右衛門の次男として東京に生まれた。幼い頃から歌舞伎の舞台に立ち、父の芸を間近で学びながら俳優として成長した。
大谷広松として初舞台、七代目中村芝雀を襲名
1961年2月、歌舞伎座の『一口剣』で村の子広松を演じ、大谷広松を名乗って初舞台を踏んだ。
1964年9月には、歌舞伎座の『妹背山婦女庭訓』でおひろを演じ、七代目中村芝雀を襲名した。
この芝雀時代は非常に長く、約52年間にわたって親しまれた名前である。可憐な姫役から町娘、芸者、世話物の女房まで、幅広い女性像を舞台で表現してきた。
1981年には重要無形文化財保持者(総合認定)となり、1984年のアメリカ公演、1988年の韓国公演など、海外公演にも参加している。
1999年9月には、父・四代目中村雀右衛門の傘寿を記念して、歌舞伎座で父子による『二人道成寺』を披露した。父と息子が同じ舞台で芸を見せたこの経験は、京屋の芸の継承という点でも印象深い出来事である。
2016年3月、五代目中村雀右衛門を襲名
2015年3月24日、中村芝雀が五代目中村雀右衛門を襲名することが正式に発表された。
襲名披露興行は2016年3月の歌舞伎座から始まり、博多座、大阪松竹座、京都南座へと続いた。
2016年3月の歌舞伎座では、次の二役で襲名を披露した。
- 『鎌倉三代記』:時姫
- 『祇園祭礼信仰記』金閣寺:雪姫
いずれも女方の重要な役柄であり、父が築いた名跡を継ぐにふさわしい演目だった。
襲名発表時の公式会見では、父が大切にした三姫や道成寺物、『藤娘』などへの思いも語られていた。また、技術だけでなく、役の心や相手役、一座への思いやりを大切にする姿勢も、父から受け継ぐべき芸の一部として示されている。
五代目の主な受賞歴
五代目は芝雀時代から数多くの賞を受けている。
- 2008年:松尾芸能賞優秀賞
- 2008年:日本芸術院賞
- 2010年:紫綬褒章
- 2017年:第25回読売演劇大賞優秀男優賞
五代目の魅力は、父の芸をそのまま再現することだけにない。時代物では古典の様式を大切にし、世話物では現代的なリアリズムも取り入れる。京屋の伝統を守りながら、自身の表現を磨き続けている点に特徴がある。
【歴代の関係と京屋の芸】四代目・五代目をつなぐ系譜一覧
中村雀右衛門を理解するうえでは、歴代の人物と、それぞれが得意とした役柄を整理することが役立つ。特に三代目から女方の名跡としての性格が強まり、四代目と五代目の親子関係によって現代へつながっている。
| 代数 | 主な時代・人物 | 芸風・経歴 | 次代との関係 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 1806~1871年 | 幕末の上方歌舞伎で敵役などを得意とした | 四代目中村歌右衛門の門弟 |
| 二代目 | 1841~1895年 | 立役・敵役など幅広い役柄で活躍 | 初代の門弟 |
| 三代目 | 1875~1927年 | 女方として人気を集め、姫役や娘役を得意とした | 二代目の養子 |
| 四代目 | 1920~2012年 本名:青木清治 |
名女方。1991年に個人指定の人間国宝となる | 五代目の父 |
| 五代目 | 1955年生まれ 本名:青木貞幸 |
七代目芝雀を経て2016年に襲名。現在の当代 | 四代目の次男 |
屋号「京屋」とは何か
五代目中村雀右衛門の屋号は京屋(きょうや)である。
歌舞伎における屋号は、俳優の家や一門を示す呼称であり、一般的な会社名や芸名の一部とは意味が異なる。舞台での掛け声としても使われ、俳優と観客を結び付ける役割を担っている。
五代目の公式プロフィールでは、家紋として「京屋結び」と「向い雀」が紹介されている。
京屋の芸を理解するうえで大切なのは、単に女性の姿を美しく見せることだけではない。役柄の身分、年齢、性格、物語上の立場を、姿勢や動き、声、視線などを通して表現する点にある。
女方として受け継がれるもの
女方とは、歌舞伎で女性の役を演じる男性俳優のことである。現実の女性をそのまま模倣するのではなく、長い年月をかけて形成された歌舞伎独自の様式を用いて女性像を表現する。
五代目の公式プロフィールでは、町娘の可憐さ、芸者の上品な色香、時代物の古典的な演技などが評価されている。
四代目が培った華やかな芸風と、五代目が磨いてきた柔軟な表現。その両方を知ることで、同じ雀右衛門という名跡でも、時代によって異なる魅力があることが見えてくる。
【2026年最新】中村雀右衛門の現在と歌舞伎座・京都南座の出演情報
2026年の五代目中村雀右衛門は、東京の歌舞伎座と京都の南座での出演が公式サイトに掲載されている。
特に注目されるのは、11月の『吉例顔見世大歌舞伎』と12月の『吉例顔見世興行』である。いずれも歌舞伎を代表する劇場での公演であり、五代目の現在の舞台活動を知るうえで重要な情報となっている。
2026年11月:歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎』
公演期間:2026年11月1日(日)~25日(水)
歌舞伎座で開催される『吉例顔見世大歌舞伎』に出演。五代目の出演は夜の部のBプロで、通し狂言『仮名手本忠臣蔵』六段目の「与市兵衛内勘平腹切の場」に登場する。
演じる役は一文字屋お才である。
- 会場:歌舞伎座(東京・銀座)
- 公演期間:11月1日~25日
- 出演:夜の部・Bプロ
- 演目:『仮名手本忠臣蔵』六段目
- 役名:一文字屋お才
- 休演日:11月9日、17日
『仮名手本忠臣蔵』は、歌舞伎を代表する名作の一つ。通し狂言として上演される今回の公演では、昼夜にわたって物語が展開される。
公演日や出演者、上演時間などは変更される可能性があるため、観劇前には歌舞伎美人や五代目の公式サイトで最新の配役を確認したい。
2026年12月:京都南座『吉例顔見世興行』
公演期間:2026年12月1日(火)~24日(木)
12月には京都南座の『當る未歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎』に出演する。京都の年末を彩る伝統的な興行で、東西の歌舞伎俳優が集う舞台だ。
五代目は夜の部で次の二役を勤める。
- 『新版歌祭文』野崎村:後家お常
- 『木挽町のあだ討ち』:久蔵女房与根
『新版歌祭文』は三代目尾上辰之助の襲名披露狂言でもある。五代目は後家お常を演じ、襲名披露という節目の舞台に出演する。
また、『木挽町のあだ討ち』は永井紗耶子の小説を原作とする新作歌舞伎である。久蔵の女房である与根役を通じ、古典とは異なる作品世界での演技にも注目したい。
- 会場:京都南座
- 公演期間:12月1日~24日
- 出演:夜の部
- 演目:『新版歌祭文』『木挽町のあだ討ち』
- 役名:後家お常、久蔵女房与根
- 休演日:12月9日、17日
- 一般発売予定日:11月9日
なお、南座の公式公演情報では、昼の部は午前10時30分、夜の部は午後4時開演と案内されている。貸切公演の日程も設定されているため、観劇日を選ぶ際には注意が必要だ。
2026年の活動から見える五代目の現在
2026年の出演情報を見ると、五代目は古典の大作と新作歌舞伎の双方に取り組んでいる。
11月の『仮名手本忠臣蔵』では古典歌舞伎の様式に根差した役を担い、12月の南座では古典作品と現代の小説を原作とする新作の両方に出演する。
これは、伝統を守るだけでなく、作品や役柄に応じて表現の幅を広げていく歌舞伎俳優としての活動を示している。
四代目が築いた京屋の芸を受け継ぎながら、五代目自身の舞台経験を重ねていく。その歩みは、2016年の襲名を単なる名前の変更ではなく、芸の継承の節目として捉えると理解しやすい。
【中村雀右衛門の現在と経歴】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:現在の中村雀右衛門は何代目ですか?
A1:2026年現在は五代目中村雀右衛門です。四代目の次男で、2016年3月に歌舞伎座で襲名しました。
Q2:四代目中村雀右衛門はいつ亡くなりましたか?
A2:2012年2月23日です。肺炎のため東京都内の病院で逝去し、享年91歳でした。
Q3:五代目中村雀右衛門の本名は何ですか?
A3:青木貞幸(あおき・さだゆき)です。1955年11月20日生まれで、四代目中村雀右衛門の次男です。
Q4:中村芝雀と中村雀右衛門は同じ人物ですか?
A4:はい。現在の五代目中村雀右衛門は、2016年3月まで七代目中村芝雀を名乗っていました。芝雀時代を経て、父の名跡を継いでいます。
Q5:五代目中村雀右衛門も人間国宝ですか?
A5:五代目は1981年に重要無形文化財保持者の総合認定を受けています。一方、四代目は1991年に個人指定を受けており、一般に人間国宝と呼ばれる認定はこちらです。両者は認定方式が異なります。
Q6:中村雀右衛門の屋号は何ですか?
A6:屋号は京屋(きょうや)です。五代目の公式プロフィールでは、家紋として京屋結びと向い雀が紹介されています。
Q7:2026年の中村雀右衛門の出演予定は?
A7:11月は歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎』で一文字屋お才、12月は京都南座『吉例顔見世興行』で後家お常と久蔵女房与根を勤める予定です。公演日や配役の変更については公式サイトで最新情報を確認してください。
まとめ:四代目の偉業を五代目が受け継ぐ、京屋の芸の現在
中村雀右衛門という名跡を理解するためのポイントは、四代目と五代目を明確に区別することにある。
四代目は1920年生まれの青木清治で、1964年に四代目中村雀右衛門を襲名した。1991年に人間国宝に認定され、2004年には文化勲章を受章。2012年2月23日に91歳で逝去した。
一方、五代目は1955年生まれの青木貞幸で、1964年に七代目中村芝雀を襲名。父の芸を学びながら長年舞台経験を重ね、2016年3月に五代目中村雀右衛門となった。
そして2026年現在も、歌舞伎座や京都南座での公演が予定されている。11月の『仮名手本忠臣蔵』、12月の『新版歌祭文』や『木挽町のあだ討ち』は、現在の五代目の舞台を知るうえで注目したい出演情報だ。
四代目が築いた名女方としての歴史と、五代目が切り開く新しい舞台表現。二人の経歴を分けて理解することが、中村雀右衛門という名跡の価値を知る第一歩となる。これからも京屋の芸がどのように受け継がれ、歌舞伎の舞台で花開いていくのか注目したい。
主な確認資料: 日本俳優協会、伝統歌舞伎保存会、文化庁、国立劇場文化デジタルライブラリー、松竹大谷図書館、歌舞伎美人、五代目中村雀右衛門公式サイト。