マクドナルド日本1号店はどこ?銀座三越の秘話・跡地と代々木店の違いを徹底解説【2026年最新】

目次

日本マクドナルドの第1号店は、1971年7月20日、東京都中央区の銀座三越1階にオープンした「銀座店」です。日本にハンバーガー文化が広がるきっかけとなった歴史的な店舗であり、創業に携わった藤田田(ふじた・でん)の大胆な出店戦略を象徴する場所でもあります。

開業までに与えられた時間はわずか39時間。約70人のスタッフが参加した店舗設営は、事前の訓練によって36時間で完成しました。しかも、当時の銀座店には客席がなく、購入した商品を持ち帰るテイクアウト専門店だったのです。現在、その店舗はどうなっているのでしょうか。また、銀座店より4日後に開業した代々木店が、なぜ現存する日本最古のマクドナルドとされているのでしょうか。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 日本1号店:1971年7月20日、銀座三越1階に開業した「銀座店」。
  • 開業の舞台裏:設営期限39時間に対し、事前訓練によって36時間で店舗を完成。藤田田は銀座から流行を全国に広げる戦略を採用した。
  • 現在との違い:銀座店は1984年11月4日に閉店。1971年7月24日開業の代々木店が、現存する日本最古の店舗として営業を続けている。

【日本マクドナルド1号店はどこ?】銀座三越1階に誕生した歴史的店舗

マクドナルド一号店

日本マクドナルドの第1号店があった場所は、東京都中央区銀座4丁目にある銀座三越の1階です。店舗名は「銀座店」。1971年7月20日、火曜日に営業を開始しました。

現在では誰もが知るハンバーガーチェーンですが、当時の日本ではハンバーガーはまだ一般的な食べ物ではありませんでした。海外の映画やテレビなどを通じて存在を知っていても、実際に日常的に食べる機会は限られていた時代です。

日本マクドナルドの公式沿革によると、銀座店ではハンバーガー、チーズバーガー、フィレオフィッシュ、ビッグマック、マックフライポテト、アップルパイ、マックシェイクなどを販売していました。

現在の定番商品が、すでに開業当初のラインアップに含まれていたことも興味深い点です。日本におけるマクドナルドのブランドと商品構成の原型が、この小さな店舗から始まりました。

日本マクドナルドの会社設立は開店より約2か月半早い

マクドナルド一号店

日本マクドナルドの歴史は、店舗の開業日だけで始まるわけではありません。

日本マクドナルドホールディングスの公式会社情報では、現在の持株会社につながる会社の設立日は1971年5月1日とされています。その約2か月半後に銀座店が開業しました。

つまり、1971年7月20日は会社設立日ではなく、日本第1号店が実際に営業を開始した日です。この2つの日付を区別することが、日本マクドナルドの創業史を正しく理解するポイントになります。

【検証資料 1】マクドナルド一号店の当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

【藤田田はなぜ銀座を選んだ?】茅ヶ崎案を退けた日本独自の出店戦略

マクドナルド一号店

日本マクドナルドの創業を語るうえで欠かせない人物が、藤田田です。日本へのマクドナルド導入を主導し、銀座店の出店を実現した経営者として知られています。

実は、日本第1号店の候補地は最初から銀座に決まっていたわけではありません。

アメリカ側が提案したのは郊外型店舗だった

日本マクドナルドの50周年記念公式サイトによると、当初、アメリカ側は日本でも郊外のドライブスルー型店舗を出店することを提案していました。

候補地として挙がっていたのが神奈川県茅ヶ崎市です。当時のアメリカでは、自動車で来店するロードサイド型のハンバーガー店が主流だったため、日本でも同様の展開が合理的だと考えられていました。

しかし、藤田田の考えは異なっていました。

藤田が重視したのは、単に店舗を営業することではなく、ハンバーガーという新しい食文化を日本人に認知させることでした。

銀座は流行の発信地だった

藤田田が銀座にこだわった背景には、日本の流行は銀座から全国へ広がるという市場観がありました。

銀座は当時から商業、ファッション、文化の中心地として知られ、若者や買い物客、地方から訪れる旅行者など、多様な人々が集まる場所でした。

その銀座の中心に店舗を構えれば、実際に商品を購入する人だけでなく、店舗を見かけた人にもブランドを認知してもらえます。

さらに、旅行や買い物で銀座を訪れた人が地元に戻った後、近くにマクドナルドが出店すれば、すでに知っているブランドとして受け入れられやすくなります。

これは、全国展開を見据えた認知度向上の戦略でもありました。

銀座の歩行者天国も追い風になった

もう一つ見逃せないのが、銀座の歩行者天国です。

銀座通りでは、マクドナルドが開業する前年から日曜日や祝日の歩行者天国が始まっていました。自動車の通行が制限され、多くの人が歩いて街を楽しむ環境が生まれていたのです。

テイクアウト専門のマクドナルドにとって、これは非常に相性のよい立地条件でした。

購入したハンバーガーを手に持って歩くというアメリカ式の食べ方は、当時の日本人にはまだ珍しいものでした。しかし、銀座の歩行者天国でその姿が広がることで、ハンバーガーは食べ物であると同時に、新しいライフスタイルの象徴にもなっていきました。

藤田田の出店戦略は、立地の話題性と時代の変化を組み合わせたものだったのです。

【39時間の店舗設営と36時間での完成】テイクアウト専門だった銀座店の実態

銀座店の開業には、現在の店舗建設とは異なる特別な事情がありました。百貨店の営業に支障を与えないことが条件だったため、工事に使える時間が極端に限られていたのです。

工事のタイムリミットは日曜日18時から火曜日9時まで

日本マクドナルド公式の歴史資料によると、銀座三越の営業終了は日曜日の午後6時。次の営業開始は火曜日の午前9時でした。

月曜日が定休日だったため、この間の39時間が店舗設営に与えられた時間でした。

しかも、完成させる必要があったのは、わずか22坪の店舗です。工事には約70人のスタッフが動員されました。

事前に店舗を組み立てて解体する訓練を3回実施

限られた時間で工事を終えるため、関係者は別の場所に土地を借り、実際に店舗を組み立ててから解体する予行演習を繰り返しました。

公式資料によると、シミュレーションは3回実施され、3回目には36時間で完成できるようになりました。

本番では、この訓練の成果を生かして工事を進行。39時間という制約に対して36時間で完成させ、開業予定に間に合わせています。

このエピソードが示しているのは、単なる突貫工事の成功ではありません。時間的な制約を事前の標準化と訓練によって克服したという、マクドナルドらしい店舗運営の原点でもあります。

客席がないテイクアウト専門店だった

銀座店のもう一つの大きな特徴は、店内に客席がなかったことです。

現在のマクドナルドでは、店内飲食、テイクアウト、ドライブスルーなど複数の利用方法が用意されています。しかし、日本第1号店は持ち帰りを前提とした店舗でした。

購入したハンバーガーを食べるには、持ち帰るか、店先や周辺の歩道で食べる必要がありました。

当時は歩きながら食べることや、街中で立ったままハンバーガーを頬張ることに抵抗を感じる人もいました。銀座という伝統ある商業地域だったこともあり、立ち食いの光景に対して批判的な声が出たのです。

開業当初は客足が伸び悩んだという意外な事実

2025年に集英社オンラインが紹介した、当時の店長・山迫毅氏に関する読売新聞社会部の取材記事では、開業直後の苦労も伝えられています。

初日は約40万円の売り上げだった一方、目標としていた100万円には届きませんでした。客が1時間ほど訪れない日もあり、雨天時には来店が大きく落ち込んだといいます。

ところが、1971年8月ごろ、外国人の集団が銀座店を訪れ、購入したハンバーガーを歩行者天国で食べる姿を見せたことが転機になりました。

その光景を見た若者や女性が次第に来店するようになり、ハンバーガーを手に持って食べるスタイルも広がっていきました。

ここで重要なのは、店舗の成功が商品そのものの魅力だけで決まったわけではないことです。銀座という立地、歩行者天国、外国人が見せた食べ方、若者の好奇心が重なり、ハンバーガーを食べる行為自体が新しい文化として受け入れられていったのです。

【検証資料 2】マクドナルド一号店の活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【日本マクドナルドの歴史と関係者一覧】銀座店・代々木店・世界1号店の年表

マクドナルドの歴史には、日本第1号店、現存最古の店舗、世界の創業店という、混同されやすい3つの存在があります。

それぞれの関係を時系列で整理すると、日本マクドナルドがどのように誕生し、発展してきたのかが分かります。

時期 人物・店舗・出来事 歴史的な意味と関係
1940年5月15日 米国サンバーナーディーノの店舗 マクドナルド兄弟が開いた最初のレストラン
1955年 米国デスプレーンズ店 レイ・クロックが開いたマクドナルド・システムの店舗
1971年5月1日 日本マクドナルドの会社設立 日本での事業展開の基盤が誕生
1971年6月 ハンバーガー大学日本校 国内第1号店に先駆けて人材教育を開始
1971年7月20日 銀座店 銀座三越1階に日本第1号店を開業
1971年7月24日 代々木店 日本第2号店。国内初の客席を備えた店舗
1984年11月4日 銀座三越の銀座店 日本第1号店が閉店
1996年 ハンバーガーの日 7月20日を記念日として制定
2007年5月31日 銀座晴海通り店 発祥地プレートが掲示されていた後継店舗も閉店

この年表から分かるように、日本マクドナルドの歴史では、銀座店と代々木店は異なる役割を担っていました。

銀座店は日本への上陸を象徴する店舗であり、代々木店は客席を設けた店舗運営の出発点です。また、アメリカのサンバーナーディーノ店とデスプレーンズ店は、それぞれ異なる意味で世界の歴史における重要な店舗となっています。

7月20日は「ハンバーガーの日」

日本マクドナルドの第1号店が開業した7月20日は、現在「ハンバーガーの日」として知られています。

この記念日は1996年に日本マクドナルドが制定したものです。1971年7月20日に銀座で日本第1号店がオープンしたことに由来しています。

毎年7月20日になると、マクドナルドの日本上陸やハンバーガー文化の普及を振り返る話題が取り上げられます。単なる商品の記念日ではなく、日本の外食文化が変化した節目を記憶する日でもあります。

【銀座店はいつ閉店した?】1984年の経緯とマクドナルド1号店の跡地の現在

1971年に開業した銀座店は、残念ながら現在まで営業を続けているわけではありません。

閉店したのは1984年11月4日です。開業から約13年で、日本第1号店は銀座三越から姿を消しました。

閉店の背景には三越との契約終了と周辺環境の問題があった

2025年の読売新聞社会部による取材記事では、銀座店の閉店理由は三越側との契約終了だったと紹介されています。

当時、銀座店では店内に客席がなかったため、店先や歩道でハンバーガーを食べる人が多くいました。来店客が増えるにつれて、周辺の店舗などから立ち食いやゴミのポイ捨てを問題視する声も上がっていました。

店側も問題を放置していたわけではありません。歩行者天国の日には道路にイスやパラソルを設置し、ゴミ箱を用意したほか、清掃スタッフを配置するなどの対応を行っていました。

しかし、こうした対策にもかかわらず、街の美観をめぐる問題は残りました。最終的に契約が終了し、銀座三越1階の店舗は閉店することになったのです。

この経緯は、銀座店が単に人気を失って閉店したという説明とは異なります。新しい食文化を持ち込んだ店舗が、既存の街のルールや周辺環境との調整に直面した事例でもあります。

閉店後は銀座晴海通り店へと歴史が引き継がれた

銀座三越の店舗が閉店した後、日本マクドナルドの発祥を伝える存在として知られたのが、近隣の銀座晴海通り店です。

この店舗には「マクドナルドハンバーガー発祥の地」と記されたプレートが掲示されていました。そのため、銀座三越の店舗がなくなった後も、銀座の街にはマクドナルドの発祥を示す場所が残っていたのです。

しかし、銀座晴海通り店も2007年5月31日に閉店しました。発祥地を示すプレートも現地から姿を消し、現在は当時の店舗をそのまま見られる状態ではありません。

マクドナルド1号店の跡地は現在どうなっている?

ここで注意したいのが、「日本第1号店があった場所」と「その後に発祥地プレートが掲示されていた場所」は同じではないという点です。

最初の銀座店が営業していたのは、銀座三越の1階です。現在も銀座三越という百貨店は営業していますが、当時のマクドナルド店舗が保存されているわけではありません。

一方、後年に発祥地プレートが掲示されていたのは銀座晴海通り店です。こちらも2007年に閉店しており、店舗跡に当時のマクドナルドが残っているわけではありません。

中央区観光協会の地域情報でも、銀座三越の日本第1号店は閉鎖された店舗として紹介されています。現在、銀座三越周辺を歩いても、開業当時の店舗をそのまま見学できる施設や、誰でも確認できる発祥記念碑が残っているわけではありません。

つまり、2026年現在の銀座にあるのは、歴史的な開業場所としての銀座三越と、その周辺に残る街の記憶です。実際の店舗を見学したい人は、当時の写真や企業の歴史資料を手掛かりにする必要があります。

【検証資料 3】マクドナルド一号店に関する近況・インタビュー報道記録(出典:Yahoo!ニュース)

【代々木店はなぜ現存最古?】日本1号店との違いと世界1号店の正体

日本マクドナルドの歴史を調べると、銀座店ではなく代々木店が「現存する最も歴史の長い店舗」と紹介されていることに気づきます。

これは矛盾ではありません。銀座店は日本第1号店ですが、すでに閉店しています。一方の代々木店は、その4日後に開業し、現在まで営業を続けているためです。

代々木店は1971年7月24日に開業した日本第2号店

日本マクドナルド公式の50周年記念コンテンツによると、代々木店の開業日は1971年7月24日です。銀座店が7月20日にオープンしたわずか4日後に誕生しました。

代々木店の大きな特徴は、国内で初めて客席を備えたマクドナルドだったことです。

銀座店はテイクアウト専門でしたが、代々木店では店内で食事をすることができました。日本におけるマクドナルドの店舗スタイルが広がっていくうえで、重要な役割を果たした店舗です。

日本初のスウィング・マネージャー育成にも関係

代々木店は、単に歴史が長いというだけではありません。

日本マクドナルドの公式資料によると、同店は日本で初めてスウィング・マネージャーを育成した店舗でもあります。

スウィング・マネージャーとは、通常の接客や調理だけでなく、チームの管理、データ管理、クルーのトレーニングなどを担う役職です。

店舗運営を支える人材を育てる仕組みが、代々木店から広がっていったことも、日本マクドナルドの成長を考えるうえで見逃せないポイントです。

2026年現在も代々木店は営業している

2026年11月時点でも、マクドナルド公式店舗検索には代々木店が掲載されています。

所在地は東京都渋谷区代々木1丁目36。公式店舗情報では116席を備えた店舗として案内されています。

銀座店が日本上陸の象徴だったのに対し、代々木店は現存する店舗として日本マクドナルドの歴史を体感できる場所です。

両店舗の違いを簡単に整理すると、次のようになります。

  • 銀座店:1971年7月20日開業。日本第1号店。銀座三越1階のテイクアウト専門店。1984年11月4日閉店。
  • 代々木店:1971年7月24日開業。日本第2号店。国内初の客席付き店舗。2026年現在も営業中で、現存最古の店舗。

世界のマクドナルド1号店は日本の銀座店とは別の歴史

もう一つ混同されやすいのが、世界のマクドナルド第1号店です。

マクドナルドの公式な歴史をたどると、1940年5月15日、アメリカ・カリフォルニア州サンバーナーディーノで、ディック・マクドナルドとマック・マクドナルドの兄弟がレストランを開業したことが原点となっています。

その後、1954年にレイ・クロックが兄弟の店舗を訪れ、フランチャイズ展開に関わるようになりました。1955年にはイリノイ州デスプレーンズにレイ・クロックによる店舗が開業しています。

日本マクドナルドの公式FAQでは、世界の1号店として1955年のデスプレーンズ店を紹介しています。一方、アメリカ本社の公式歴史では、マクドナルド兄弟が1940年に開いたサンバーナーディーノの店舗を創業の原点として扱っています。

つまり、どちらか一方が間違いというわけではなく、何を基準にするかが異なります。

1940年はマクドナルド兄弟によるレストランの創業、1955年はレイ・クロックが展開したマクドナルド・システムの店舗の始まりという位置付けです。

そして1971年の銀座店は、その世界的なブランドが日本に進出した最初の店舗に当たります。

【マクドナルド一号店に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:マクドナルドの日本一号店はどこにありましたか?
A1:東京都中央区銀座4丁目の銀座三越1階にありました。1971年7月20日に「銀座店」として開業した日本マクドナルド第1号店です。

Q2:マクドナルドの日本一号店は現在も営業していますか?
A2:営業していません。銀座店は1984年11月4日に閉店しました。現在、現存する日本最古のマクドナルドは、1971年7月24日に開業した代々木店です。

Q3:マクドナルド一号店の跡地には何がありますか?
A3:最初の店舗があった場所は銀座三越1階です。当時の店舗は保存されておらず、現地で当時のマクドナルドを見学することはできません。後年に発祥地プレートが掲示された銀座晴海通り店も2007年に閉店しています。

Q4:39時間の店舗設営とは何ですか?
A4:銀座三越の営業に影響を与えないため、日曜日の18時から火曜日の9時までの39時間で店舗を設営する必要がありました。約70人が参加し、3回の事前訓練を経て36時間で完成できる体制を整えました。

Q5:なぜ代々木店が現存最古の店舗なのですか?
A5:銀座店より4日遅い1971年7月24日に開業した日本第2号店ですが、銀座店が1984年に閉店したためです。代々木店は現在も営業を続けており、日本初の客席付き店舗としても知られています。

Q6:世界のマクドナルド1号店はどこですか?
A6:創業の原点は1940年にマクドナルド兄弟が開業したアメリカ・カリフォルニア州サンバーナーディーノの店舗です。レイ・クロックによる1955年のデスプレーンズ店も、マクドナルド・システムの歴史における重要な第1号店として紹介されています。

Q7:ハンバーガーの日はいつですか?
A7:毎年7月20日です。1971年7月20日に日本第1号店が銀座に開業したことを記念して、1996年に日本マクドナルドが制定しました。

まとめ:【プロの結論】マクドナルド一号店が日本の食文化に残したもの

日本マクドナルドの第1号店は、1971年7月20日に銀座三越1階で開業した銀座店です。藤田田が銀座を選んだ背景には、新しい食文化を日本中に広めるためには、まず流行の中心地でブランドを認知させるべきだという経営戦略がありました。

39時間という限られた設営期間を36時間で乗り越え、客席のないテイクアウト専門店として営業を始めた銀座店。開業当初には立ち食いへの抵抗や客足の伸び悩みもありましたが、歩行者天国と若者文化が重なり、ハンバーガーは日本の新しい食生活の一部になっていきました。

その後、銀座店は1984年11月4日に閉店。発祥地を伝えた銀座晴海通り店も2007年に閉店し、現在は最初の店舗の姿を現地で確認することはできません。

一方、1971年7月24日に開業した代々木店は、2026年現在も営業を続ける現存最古の店舗です。

【プロの結論】銀座店と代々木店は、どちらが本当の1号店なのかを争う関係ではありません。銀座店は日本への上陸を象徴する歴史的な第1号店であり、代々木店は現在も営業する最古の店舗です。それぞれ異なる意味で、日本マクドナルドの原点を伝えています。

実際に歴史をたどりたい人には、銀座三越で開業の舞台となった場所を確認し、代々木店で現存する最古の店舗を訪れるという2つの楽しみ方があります。現地に残るものと、公式の歴史資料で知るべきものを区別すれば、マクドナルドが日本に持ち込んだ食文化の変化を、より深く理解できるはずです。

7月20日の「ハンバーガーの日」に、銀座から始まった日本マクドナルドの55年の歴史を振り返ってみるのもよいでしょう。