【日本の研究動向】厚生労働省の指針とDPFブタの開発はどこまで進んだ?
海外で臨床研究が進む一方、日本でも異種移植の実現に向けた研究基盤の整備が進んでいます。
ただし、日本での取り組みは心臓だけに限定されていません。腎臓や膵島など、ほかの臓器・細胞を対象とした研究も並行して進められています。
厚生労働省が2025年に異種移植の感染症対策を整理

日本の制度面で重要なのが、厚生労働省による2025年1月17日の通知です。
「再生医療等の安全性の確保等に関する法律の下で実施する異種移植の実施について」という通知とともに、異種移植片由来感染症のリスク管理に関するガイドラインが示されました。
これは、従来の異種移植に伴う公衆衛生上の感染症対策を見直し、遺伝子改変動物を使用する研究や治療にも対応するための枠組みです。
主な管理対象には、次のような項目があります。
- ドナーとなる動物の由来と飼育履歴
- 動物が保有する病原体の検査
- 移植前の臓器や組織の微生物学的安全性
- 移植患者の感染症検査と継続的な監視
- 患者の接触者への感染リスクの説明
- 移植後の長期的な健康管理と情報記録
特に重要なのは、感染症の監視が手術当日で終わらないことです。
動物由来の未知の病原体が後になって問題化する可能性も考慮し、移植後も継続的な検査と情報管理を行う考え方が採用されています。
日本初の異種移植用遺伝子改変ブタが誕生

国内の研究基盤づくりでは、明治大学発ベンチャーのポル・メド・テック(PorMedTec)の取り組みが注目されています。
同社は米国のeGenesisと協力し、2024年2月11日に異種臓器移植用の遺伝子改変クローンブタ3頭の誕生を実現しました。
2023年9月に輸入した遺伝子改変ブタの細胞を利用し、明治大学の体細胞核移植技術によって作製したものです。
この研究の大きな意味は、海外で開発された移植用ブタを国内でも生産できる基盤ができたことにあります。
eGenesisのドナー動物には、拒絶反応への対応だけでなく、ブタ内在性レトロウイルス(PERV)の感染リスクを抑えるための遺伝子改変も施されています。
2026年6月、日本でもブタ腎臓移植の企業治験を準備

さらに2026年6月29日、ポル・メド・テックは北海道大学と徳洲会グループとの間で、遺伝子改変ブタを用いた異種腎臓移植の企業治験に向けた基本合意を発表しました。
実施を目指す医療機関は次の2施設です。
- 北海道大学病院(北海道札幌市)
- 湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)
同社は、関係当局との協議を経て、2028年の臨床試験開始を目標に準備を進めるとしています。
使用するドナーブタは、米国eGenesisが開発した69か所の遺伝子改変を施した系統です。PERVへの対応も含む高度な遺伝子工学技術が利用されています。
この取り組みは、国内で異種移植を臨床研究から医療技術へ発展させるための重要な一歩です。
ただし、ここで注意したいのは、2028年の予定はあくまで腎臓移植の臨床試験に関するものだという点です。豚の心臓移植が2028年に日本で始まるという意味ではありません。
大阪大学では豚から霊長類への心臓移植研究も進行
心臓に焦点を当てた国内研究では、大阪大学の取り組みも重要です。
同大学では、異種心臓移植を日本で臨床応用することを目指し、主に3つの研究領域に取り組んでいます。
1.移植心臓の保存技術
心臓を摘出すると、酸素や栄養の供給が途絶え、時間の経過とともに機能が低下します。
大阪大学では、心筋のエネルギー産生を維持する方法や、保存液を臓器内に循環させる灌流装置の開発を進めています。
2.制御性T細胞(Treg)による拒絶反応対策
Tregは、過剰な免疫反応を抑制する働きを持つ免疫細胞です。
この細胞を活用し、移植された心臓への免疫攻撃を抑える方法が研究されています。
長期的には免疫抑制薬への依存を減らすことも目標です。
3.ブタから霊長類への心臓移植実験
ブタの心臓を霊長類に移植し、心臓の機能や免疫反応を評価する前臨床研究も進められています。
これらは、将来のヒトへの移植に必要な安全性と技術的条件を明らかにするための研究です。
日本の研究は、遺伝子改変ブタの生産、感染症管理、臓器保存、免疫制御という複数の技術を組み合わせる段階にあります。
海外の手術実績を追いかけるだけでなく、国内で安全に実施できる医療体制を構築することが、今後の大きな課題です。
【プロの結論】豚の心臓移植はいつ実用化される?2026年以降の見通し
豚の心臓移植の実用化を考える際、注目すべきなのは手術の成功件数だけではありません。
本当に医療として普及するには、移植された心臓が長期間にわたって機能し、患者が日常生活を送れることを証明する必要があります。
現状から考えると、実用化までには少なくとも次の4つの課題があります。
1.移植後の長期生存を証明する
2022年と2023年の生体患者への移植は、どちらも約2か月以内に患者が亡くなる結果となりました。
初期の心臓機能が良好であっても、数か月、数年という期間にわたって安定した機能を維持できるとは限りません。
今後の臨床試験では、短期的な心臓の拍動だけでなく、長期的な生存率や心臓自体の生存率が重要な評価項目になります。
2.拒絶反応を長期間コントロールする
遺伝子改変によって初期の拒絶反応を抑えられても、抗体関連拒絶や血液凝固異常が残っています。
免疫抑制薬の組み合わせ、抗体の監視、補体の制御などを改善する必要があります。
3.感染症を長期間監視する
DPFブタの開発だけで感染症問題が解決するわけではありません。
移植後のPCMVやPERVなどの監視を継続し、未知の病原体への対応も含めた公衆衛生上の管理体制が求められます。
4.安定した臓器生産と医療費の問題を解決する
移植用ブタの生産には、専用施設、遺伝子改変技術、病原体検査、品質管理など、多くの設備と専門人材が必要です。
さらに、摘出した臓器を適切に保存・輸送し、移植手術を実施できる医療機関も必要になります。
技術的に移植できるようになったとしても、必要な患者に安定して提供できなければ、一般医療として定着することは難しいでしょう。
豚の心臓移植の実用化時期を予測する判断基準
現時点では、豚の心臓移植が一般診療として普及する具体的な年を断定できません。
今後の進展を判断する際には、次のような発表に注目するとよいでしょう。
- EXPRESS試験で最初の患者への移植が実施されたか。
- 24週間の主要評価期間で良好な成績が得られたか。
- 移植心臓が1年以上など、より長期間機能した実績が得られたか。
- 抗体関連拒絶や感染症を十分に抑制できたか。
- FDAなどの規制当局が追加の臨床試験や製品承認に進む判断をしたか。
- 日本国内でドナーブタの安定供給と臨床研究の実施体制が整ったか。
特に、2026年のISHLTコンセンサスとEXPRESS試験の進捗は、今後の重要な判断材料になります。
【豚の心臓移植に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:豚の心臓を人間に移植することは、2026年現在すでに可能ですか?
A1:はい。米国では2022年と2023年に、生きている患者への遺伝子改変ブタ心臓の移植が実施されています。ただし、どちらも実験的な治療であり、一般診療として確立された技術ではありません。2026年には米国で正式な臨床試験への移行も認められています。
Q2:豚の心臓を移植すると、人間の体が必ず拒絶反応を起こすのですか?
A2:必ず拒絶するわけではありません。遺伝子改変によって、人間の免疫システムが認識するブタ特有の抗原を減らし、拒絶反応を抑制できます。ただし、抗体関連拒絶や細胞性拒絶は残るため、免疫抑制療法と継続的な検査が必要です。
Q3:豚の心臓移植は日本でいつから受けられますか?
A3:2026年11月現在、日本で人間への豚心臓移植が一般診療として提供されているわけではありません。大阪大学などで前臨床研究が進んでいます。2028年には遺伝子改変ブタの腎臓移植の臨床試験開始が計画されていますが、心臓移植の開始時期は別途検証が必要です。
まとめ:豚の心臓移植は実験段階から臨床試験へ、新たな局面に入った
豚の心臓を人間に移植する異種心臓移植は、2022年の世界初の生体患者への移植によって、実際の医療として成立する可能性を示しました。
その一方で、2022年と2023年の2例はいずれも長期生存には至らず、拒絶反応や感染症などの問題が残されています。
2026年には、ISHLTが国際的なコンセンサスを公表し、米国FDAもUHeartの正式な臨床試験を認めました。さらに、DPF施設の拡充によって、将来的な臓器供給の基盤も整備されつつあります。
日本でも、厚生労働省による感染症リスク管理の枠組みが整えられ、ポル・メド・テックや大阪大学などが異種移植の研究を進めています。
今後の最大の焦点は、移植できることではなく、移植した心臓を安全に長期間機能させられるかどうかです。
臓器提供者の不足に悩む患者にとって、異種移植は新しい選択肢になり得ます。しかし、実用化の判断には生存率、拒絶反応、感染症、長期的な生活の質、費用対効果などを総合的に評価する必要があります。
2026年は豚の心臓移植が一般医療になった年ではありません。人間への移植を例外的な実験から、科学的な評価基準を備えた臨床研究へ進めるための重要な転換点です。
その研究成果が、将来の心臓移植医療をどこまで変えるのか、今後も注目されます。