『ばけばけ』三之丞のモデルは小泉藤三郎?板垣李光人の役柄と史実を徹底解説

目次

NHK連続テレビ小説『ばけばけ』に登場する雨清水三之丞(うしみず・さんのじょう)は、雨清水家の三男で、板垣李光人さんが演じる人物です。家督を継ぐ立場ではなく、家の中に居場所を見つけられない青年として登場し、父・傳や母・タエ、姉のような存在であるトキとの関係を通して、複雑な心情と成長が描かれました。

三之丞のモデルとされるのは、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻・小泉セツの実弟、小泉藤三郎です。ただし、実際の藤三郎はドラマとは異なり、小泉家の戸主を務めた人物でした。父・小泉湊との確執、先祖代々の墓をめぐる小泉八雲との対立、そして1916年に迎えた最期など、その生涯にはドラマ以上に複雑な事情があります。2026年3月に本編が完結した現在、作品の描写と史実を照らし合わせると、三之丞という人物に込められた脚色の意味も見えてきます。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 三之丞の基本情報:読み方は「うしみず・さんのじょう」。雨清水家の三男で、板垣李光人さんが演じる。
  • 実在モデル:小泉藤三郎。小泉セツの実弟で、明治時代の小泉家の後継者・戸主だった。
  • 父親との関係:ドラマの父は雨清水傳、史実の父は小泉湊。実際の藤三郎は父から厳しく叱責されたという逸話が残る。
  • 小泉八雲との関係:藤三郎は八雲の息子ではなく、妻セツの弟にあたる義弟。墓をめぐる対立も伝わっている。
  • 史実との違い:ドラマでは成長して働く青年として描かれる一方、実在の藤三郎は1916年、空き家で亡くなっているところを発見された。

【三之丞とは何者?】読み方・人物像・板垣李光人の役柄を解説

三之丞

雨清水三之丞の読み方と基本プロフィール

三之丞

雨清水三之丞の読み方は「うしみず・さんのじょう」です。

NHKの連続テレビ小説『ばけばけ』に登場する架空の人物で、俳優の板垣李光人さんが演じました。雨清水傳とタエの三男で、ヒロイン・松野トキの2歳下という設定です。

三之丞の人物像を理解するうえで重要なのは、家督を継ぐ長男とは異なる立場に置かれていたことです。

雨清水家では長男の氏松が家を継ぐ予定だったため、三之丞には家業を担う明確な役割がありませんでした。家の中に居場所を見つけられず、トキたちが働く機織り工場に入り浸る姿が描かれています。

一見すると世間知らずで、どこか頼りないお坊ちゃん。しかし、その内側には、家族から必要とされたい気持ちや、自分の存在価値を見つけられない苦しさが隠れています。

板垣李光人が表現した三之丞の繊細さ

三之丞

三之丞を演じた板垣李光人さんは、2012年に俳優デビュー。大河ドラマ『どうする家康』の井伊直政役や、ドラマ『秘密~THE TOP SECRET~』など、幅広い作品で存在感を示してきました。

『ばけばけ』は板垣さんにとって朝ドラ初出演となった作品です。

出演発表時、板垣さんは三之丞について、外から見れば世間知らずなお坊ちゃんに見える一方、本人なりの苦悩や葛藤を抱えている人物として捉えていました。

「彼が彼なりに抱える葛藤や苦悩、時代に翻弄されるさま」

板垣さんの演技で印象的なのは、三之丞の未熟さを単純な怠惰として表現していない点です。人に頼るときの気まずさ、母親に本当のことを言えない苦しさ、そして自分の力で生活を立て直そうとする際の不器用さが、表情や声の調子に表れています。

三之丞は、物語の中で単なる脇役ではありません。明治という新しい時代に適応できず、旧来の家柄や価値観に縛られた人間の姿を象徴する人物でもあります。

【検証資料 1】三之丞の当時の様子・関連報道写真(出典:ENCOUNT)

【ドラマの三之丞の人物像】父・傳との関係と母タエへの思い

父・雨清水傳から認められなかった三男

ドラマにおける三之丞の苦悩は、父・傳との関係に深く結びついています。

雨清水家の家業は機織り工場です。傳は家業を守り、長男の氏松を後継者として育てようとしていました。一方、三之丞は三男という立場から、経営に必要な知識や経験を十分に与えられていません。

ところが、長男の氏松が突然姿を消したことで、三之丞は社長代理の役目を担うことになります。

父から経営を教わっていない三之丞にとって、これはあまりにも重い責任でした。傳から工場の状況を問われた際にも、兄ばかりが優先され、自分には何も教えられてこなかったという不満をぶつけています。

この場面から見えてくるのは、父親に反抗するだけの息子ではなく、父親から認められる機会を得られなかった息子の姿です。

傳が亡くなった後、三之丞と母・タエは生活の基盤を失います。かつて名家だった雨清水家の誇りと、現実の生活との間で揺れることになります。

母・タエの期待が三之丞を追い詰める

父の死後、三之丞にとって大きな存在となるのが母・タエです。

タエは雨清水家の誇りを強く持っており、息子にも家柄にふさわしい生き方を求めます。人に雇われるのではなく、人を使う立場になるよう期待していました。

しかし、家業を失った三之丞にとって、社長になるという目標は現実的ではありません。仕事を探しても思うようにいかず、母には社長になったと嘘をつき、トキからの援助を受けながら生活するようになります。

この展開で注目したいのは、三之丞が母親を嫌っているわけではないことです。むしろ、母親の期待に応えたいという思いがあるからこそ、現実を打ち明けられませんでした。

2026年に描かれた三之丞の成長

物語後半では、三之丞の変化が具体的な行動として描かれました。

2026年1月の第70回では、母・タエに社長ではないことや、トキから生活費を受け取っていたことを打ち明け、謝罪します。タエも息子の嘘に気づいていたことを明かし、母子の関係に変化が生まれました。

さらに2月12日放送の第94回では、三之丞が荷下ろしの仕事を始めていたことが判明します。以前のように社長の仕事だけにこだわるのではなく、自分の力で働くようになったのです。

トキに対しても、受け取っていた生活費の一部を返し、働いて全額を返済したいという意思を示しました。

そして3月11日放送の第113回では、タエと三之丞が向かい合って食事をする場面が描かれます。母子は雨清水家であることを恨めしく思った過去を振り返りながら、生きてきてよかったという思いを共有しました。

かつては家柄にこだわり、働くことに踏み出せなかった三之丞が、母とともに穏やかな日常を送るようになったことは、ドラマにおける大きな変化です。

【実在モデル・小泉藤三郎の生涯】雨清水家と小泉家の人物相関

小泉藤三郎は小泉セツの実弟

雨清水三之丞のモデルとされる小泉藤三郎は、松江の士族・小泉家に生まれた人物です。

小泉セツの実弟で、セツより2歳年下。小泉家の三男として生まれました。

小泉家は、かつて松江藩に仕えた由緒ある家柄でした。父の小泉湊は家業として機織り事業を営んでいましたが、明治時代に入ると経営が傾き、家族は厳しい生活を強いられるようになります。

小泉藤三郎と『ばけばけ』の登場人物の関係を整理すると、次のようになります。

人物・作品内の役名 実在モデル・人物 関係・位置づけ
雨清水三之丞 小泉藤三郎 小泉セツの実弟。小泉家の三男で、後に戸主となった人物
松野トキ 小泉セツ 三之丞のモデルである藤三郎の実姉
雨清水傳 小泉湊 三之丞の父。藤三郎とセツの実父
雨清水タエ 小泉チエ 三之丞の母。藤三郎とセツの実母
レフカダ・ヘブン 小泉八雲 セツの夫。藤三郎から見ると義兄
ドラマには登場しない人物 小泉一雄 小泉八雲とセツの長男。『父小泉八雲』の著者

この関係で特に注意したいのが、小泉八雲と小泉藤三郎の関係です。藤三郎は八雲の実子ではありません。セツの弟であるため、八雲にとっては義理の弟にあたります。

小泉家の没落と藤三郎の家督相続

小泉藤三郎の生涯を理解するには、本人だけでなく、小泉家全体に起きた出来事を見る必要があります。

小泉家は明治維新によって武士の身分や従来の経済基盤を失い、機織り事業も経営難に陥りました。家族の生活を支えていた父・湊も病に倒れます。

さらに、兄たちにも不幸が続きました。次兄の武松は19歳で亡くなり、長兄の氏太郎も家を出て行方不明となります。

こうした事情から、藤三郎は予想外の形で小泉家の後継者となりました。

小泉家の戸籍を研究した資料によれば、1895年8月21日、藤三郎は小泉家の戸主を継承しています。これはドラマの三之丞が家督を継ぐ立場ではなかった設定と大きく異なる点です。

藤三郎のその後については、父の家業を立て直して家を繁栄させたという記録はありません。むしろ、姉のセツからの援助に頼りながら生活し、さまざまな問題を起こした人物として、家族の回想や後世の伝記に登場します。

実在の藤三郎は、1870年生まれ、1916年没とされています。

【検証資料 2】三之丞の活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【父親との関係と小泉八雲との対立】藤三郎に何があったのか

実父・小泉湊との確執と鳥をめぐる逸話

小泉藤三郎と父・小泉湊の関係を語る際に知られているのが、鳥の飼育をめぐる逸話です。

小泉一雄の回想をもとにした伝記によれば、藤三郎は幼い頃から勉強よりも鳥に関心を持ち、野山で小鳥を捕まえて飼育することに夢中だったといいます。

当初は家に余裕があったものの、機織り事業が失敗し、父が病床に伏せるようになると、藤三郎の生活態度は家族にとって深刻な問題になりました。

伝記に記された逸話では、病気の湊が藤三郎の鳥かごを壊し、息子の襟首をつかんで馬の鞭で打ったとされています。

湊は明治20年(1887年)5月に51歳で亡くなりました。この父の死によって小泉家の経済的な基盤はさらに弱まり、家族は一層厳しい状況に置かれました。

このエピソードは、ドラマにおける傳と三之丞の関係を考えるうえでも興味深いものです。ただし、実際の親子関係はドラマの設定とは異なり、藤三郎は父の事業の衰退と家族の困窮の中で成長した人物でした。

小泉八雲を激怒させた先祖の墓の問題

藤三郎の生涯で特に知られているのが、小泉八雲との対立です。

この出来事は、小泉八雲の長男・小泉一雄が著した『父小泉八雲』にもとづく回想として伝えられています。同書は1950年に小山書店から刊行され、国立国会図書館にも書誌情報が登録されています。

1900年7月頃、藤三郎は東京で暮らしていたセツと八雲のもとを訪ねました。当時、藤三郎とセツは絶交状態にあったとされますが、セツは弟を見捨てきれず、八雲に内緒で書生部屋に寝泊まりさせました。

藤三郎は仕事の紹介などを期待して東京に滞在していましたが、約20日後、八雲の前に姿を現します。

そこで問題になったのが、小泉家の先祖代々の墓でした。

八雲とセツが以前、松江に戻った際、小泉家の墓参りをしようとしたところ、墓が見当たりませんでした。寺に事情を尋ねると、藤三郎が墓を売ったと説明されたといいます。

武士の家系にとって先祖の墓は、単なる不動産ではありません。家の歴史や一族の誇りを象徴するものでした。その墓を売却したという話は、八雲にとって到底受け入れられないものでした。

小泉一雄の回想によれば、八雲は藤三郎を厳しく叱責し、その日のうちに藤三郎は東京を去りました。その後、八雲とセツの前に再び姿を現すことはなかったとされています。

1916年、小泉藤三郎の最期

東京を去った後の藤三郎について、詳細な生活記録は多く残されていません。

伝えられているのは、1916年(大正5年)、松江の小泉家の戸籍上の住所から遠くない空き家で、亡くなっているところを管理人に発見されたという出来事です。

文春オンラインで紹介された歴史評論家の香原斗志氏の記事では、藤三郎は45歳だったとされています。

ドラマの三之丞が仕事を得て、母とともに暮らしを立て直していく姿とは、かなり異なる結末です。

ただし、藤三郎の晩年については詳細な記録が限られています。亡くなった場所や発見の経緯と、死に至るまでの生活の詳細は分けて考える必要があります。

【三之丞と史実との違い】ドラマはどこまで実話なのか

最も大きな違いは家督を継ぐ立場だったかどうか

三之丞と小泉藤三郎の最大の違いは、家の中での立場です。

ドラマでは長男の氏松が家督を継ぐ予定であり、三之丞には特別な役割がありませんでした。そのため、自分の居場所を探し続ける青年として描かれています。

一方、史実の藤三郎は、長兄の氏太郎が家を離れ、次兄の武松が亡くなったことで、1895年に小泉家の戸主となりました。

つまり、ドラマでは家督を継ぐ立場ではない人物が、史実では家督を継ぐ立場に置かれていたのです。

史実の藤三郎とドラマの三之丞は性格も異なる

実在した藤三郎は、小泉一雄の回想や長谷川洋二氏の『八雲の妻 小泉セツの生涯』などで、鳥の飼育に熱中し、仕事や家の責任を十分に果たさなかった人物として紹介されています。

また、姉セツへの金銭的な依存や、先祖の墓を売却した問題なども伝えられています。

これに対してドラマの三之丞は、世間知らずで未熟な面を持ちながらも、家族を大切に思い、自分の生き方を模索する人物として描かれました。物語の後半では、実際に働き始め、母親との生活を支える側へと成長しています。

制作統括も認めた三之丞の大胆な脚色

この違いは制作側も明確に説明しています。

2025年10月のENCOUNTによる制作統括・橋爪國臣氏へのインタビューでは、三之丞のモデルである藤三郎について、金銭の無心や墓の売却などの問題があったと説明されています。

そのうえで制作側は、単に問題のある人物として描くのではなく、なぜそのような行動を取ったのか、本人なりの苦悩や事情があったのではないかという視点から、ドラマの三之丞を構築したと明かしています。

橋爪氏は、藤三郎に関する史料がほとんど残っていないことにも触れています。

ここが『ばけばけ』の人物造形で重要な部分です。実在人物の行動をそのまま再現するのではなく、限られた記録から人物の内面を想像し、現代の視聴者にも理解できる人間ドラマに再構成しているのです。

「小泉八雲の息子」という情報は誤り

検索時に注意したいのが、小泉藤三郎と小泉八雲の息子・小泉一雄を混同することです。

小泉一雄は1893年生まれの小泉八雲とセツの長男です。父の思い出を記した『父小泉八雲』を執筆した人物でもあります。

一方、藤三郎はセツの実弟です。八雲との関係は義兄弟であり、親子ではありません。

小泉八雲記念館の家族紹介でも、八雲とセツの間には三男一女が生まれたことが紹介されています。藤三郎はその子どもたちには含まれません。

同じ読み方の別人・中村三之丞にも注意

もう一つ、検索結果で混同しやすい人物が政治家の中村三之丞です。

中村三之丞は1894年9月18日生まれ、1979年7月8日没の昭和期の政治家です。衆議院議員を務め、第1次岸信介内閣では運輸大臣に就任しました。

雨清水三之丞とは同じ「三之丞」という名前を持つものの、時代も職業も異なる別人です。『ばけばけ』の登場人物や小泉藤三郎とは関係ありません。

検索する際は「ばけばけ 三之丞」「板垣李光人 三之丞」「小泉藤三郎」といった関連語を組み合わせると、目的の情報を絞り込みやすくなります。

【検証資料 3】三之丞に関する近況・インタビュー報道記録(出典:Yahoo!ニュース)

【三之丞に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:雨清水三之丞の読み方は?
A1:読み方は「うしみず・さんのじょう」です。NHK連続テレビ小説『ばけばけ』に登場する雨清水家の三男で、板垣李光人さんが演じています。

Q2:三之丞のモデルは誰ですか?
A2:小泉藤三郎です。小泉八雲の妻・小泉セツの実弟で、松江の小泉家の三男として生まれました。1895年には小泉家の戸主を継承しています。

Q3:小泉藤三郎は小泉八雲の息子ですか?
A3:違います。藤三郎は八雲の妻・セツの実弟であり、八雲の義弟です。小泉八雲の実の長男は小泉一雄で、『父小泉八雲』を執筆した人物です。

Q4:三之丞の父親は誰ですか?
A4:ドラマでは雨清水傳(堤真一)が父親です。史実のモデルである小泉藤三郎の父親は小泉湊で、藤三郎との間には鳥の飼育をめぐる激しい対立があったと伝えられています。

Q5:小泉藤三郎は最後どうなりましたか?
A5:1916年(大正5年)、空き家で亡くなっているところを管理人に発見されたと伝えられています。文春オンラインの記事では45歳と紹介されています。

まとめ:三之丞は史実を大胆に再構成した人物だった

『ばけばけ』の雨清水三之丞は、板垣李光人さんが演じた雨清水家の三男です。読み方は「うしみず・さんのじょう」。家族の中で居場所を見つけられず、家業の崩壊や父の死を経て、自分の生き方を探していく青年として描かれました。

モデルとされる小泉藤三郎は、小泉セツの実弟であり、実父は小泉湊です。1895年には小泉家の戸主となりましたが、鳥の飼育をめぐる父との対立、先祖の墓の売却をめぐる小泉八雲との衝突など、波乱の多い人生を送った人物でした。

特に押さえておきたいのは、三之丞が小泉八雲の息子ではないこと、そしてドラマの人物像と史実の藤三郎には大きな違いがあることです。小泉一雄の『父小泉八雲』や小泉家の戸籍に関する研究、制作統括のインタビューを照らし合わせると、その違いは明確になります。

【プロの結論】

三之丞を理解するうえで大切なのは、史実の人物をそのままドラマに当てはめないことです。藤三郎は家督を継いだものの、その責任を十分に果たせなかった人物として伝えられています。一方、ドラマの三之丞は、家柄への執着や母の期待から離れ、自分で働くことによって新しい人生を歩み始めました。

この違いこそが、制作側が三之丞に与えた物語上の意味です。家の名誉や身分ではなく、自分自身の生き方を選び直すこと。三之丞の成長は、明治という時代に取り残された人々を描いた『ばけばけ』のテーマを象徴するものだったといえます。

史実を知ってから作品を振り返ると、板垣李光人さんが表現した三之丞の不器用さや、母タエとの最後の穏やかな時間も、より深い意味を持って見えてきます。

主な確認資料・参考文献

- 小泉八雲記念館「ヘルンと家族」「小泉八雲の生涯」
- 国立国会図書館『父小泉八雲』(小泉一雄著、1950年)
- 池野誠『小泉八雲と松江時代』に関係する小泉家戸籍研究
- 長谷川洋二『八雲の妻 小泉セツの生涯』
- ENCOUNT「『ばけばけ』トキが秘密に気付いていた描写の狙い」
- MANTANWEBによる第94回・第113回の放送内容報道
- 板垣李光人公式サイト、スターダストプロモーション公式プロフィール