【まず答え】初代『仮面ライダー』の放送時間は毎週土曜19時30分

目次

初代『仮面ライダー』は、1971年4月3日から1973年2月10日まで、毎週土曜日の19時30分~20時に放送されました。放送局はNET系列で、制作は毎日放送(MBS)と東映が担当しています。

放送枠は30分間。土曜日の夜、家族がテレビを見る時間帯に設定された子供向け特撮番組でした。

初代シリーズの放送時間



放送曜日
毎週土曜日


放送時間

19:30~20:00

仮面ライダー放送時間


放送局
NET系列


制作
毎日放送・東映


放送話数
全98話

放送ライブラリーに登録されている第1話「怪奇蜘蛛男」の番組情報にも、放送日時は1971年4月3日(土)19時30分~20時と記録されています。初回放送の日時を確認できる、放送アーカイブ上の具体的な記録です。

なお、ここで紹介しているのは1971年に始まった初代テレビシリーズの放送時間です。後年の昭和・平成・令和の仮面ライダーシリーズすべてが、この時間帯に放送されたわけではありません。

【出典:放送ライブラリー、東映公式「仮面ライダーWEB」】

【放送開始日から最終回まで】1971年から1973年までの全98話を整理

初代『仮面ライダー』の放送開始日は1971年4月3日、最終回の放送日は1973年2月10日です。

昭和46年から昭和48年にかけて、約1年10か月にわたり放送されました。全98話という話数は、当時のテレビ番組としても長期にわたるシリーズ展開を示しています。

初代仮面ライダーの放送年表



1970年夏:番組企画が始動

毎日放送から東映テレビ部へ、翌年春に始める子供向け番組の企画依頼が行われる。


1971年4月3日:第1話放送

「怪奇蜘蛛男」でスタート。毎週土曜日19時30分からの放送が始まる。


1971年:仮面ライダー2号が登場

第14話から一文字隼人が登場し、本郷猛に続く新たな主人公として活躍する。


1973年2月10日:最終回

全98話の放送が終了。初代テレビシリーズが完結する。


1973年2月17日:『仮面ライダーV3』放送開始

初代の最終回から1週間後、新たな仮面ライダー作品へとバトンが渡される。

この年表で注目したいのは、初代の最終回からわずか1週間後に『仮面ライダーV3』が始まっている点です。

1971年に始まった番組は、単独の特撮ドラマとして終了しただけではありません。次の主人公や新しい物語へと展開するシリーズ作品の基盤を築きました。

東映公式の作品紹介では、初代の放送期間を1971年4月3日~1973年2月10日、全98話と明記しています。また、公式年表でも1973年2月17日の『仮面ライダーV3』初回放送が確認できます。

【出典:東映公式「仮面ライダーWEB」「ライダー年表」、放送ライブラリー】

【なぜ土曜19時30分だった?】毎日放送の番組編成にあった事情

初代『仮面ライダー』の放送時間を理解するには、1970年前後のテレビ業界、とりわけ毎日放送が置かれていた状況を知る必要があります。

この番組は、単に子供向け特撮作品を制作したいという発想から始まったわけではありません。毎日放送が土曜日19時台後半の番組競争で苦戦していたことが、企画誕生の重要な背景にありました。

土曜日19時30分は競争の激しい時間帯だった

東映の創立70周年特別寄稿『東映行進曲』によると、当時の土曜日19時30分の30分枠では、関西地区で朝日放送の『部長刑事』、関東地区でTBSテレビの『お笑い頭の体操』が強い人気を集めていました。

一方、毎日放送が同時間帯に編成していた番組は、視聴率が約4%にとどまっていたとされています。

毎日放送の映画部長だった庄野至は、この状況を打開するため、東映と協力した新しい子供向け番組の制作を検討しました。企画の依頼を受けたのが、東映テレビ部の渡邊亮徳です。

当時のテレビ局にとって、既存の人気番組と同じ方向性の作品を投入するだけでは、視聴者を獲得するのは容易ではありません。そこで求められたのが、他局とは異なる魅力を持つ新企画でした。

第1話の視聴率にも地域差があった

東映の記念史によると、『仮面ライダー』第1話の視聴率は関東地区で8.2%、関西地区で20.1%を記録しました。

興味深いのは、制作局である毎日放送の地元・関西地区で高い数字を記録したことです。

関東地区では初回から圧倒的な数字だったわけではありません。しかし、放送を重ねるにつれて人気が上昇していったと東映は振り返っています。

つまり、初代の放送枠は、最初から圧倒的な人気を持つ番組のために用意されたものではありません。厳しい競争環境の中で、新しい視聴者を獲得するために投入された挑戦的な企画だったのです。

【出典:東映創立70周年特別寄稿『東映行進曲』第13節「子供向け特撮キャラクタープロデューサー・平山亨 後編」】

【制作と放送の関係図】MBS・東映・NETと企画関係者の役割

初代『仮面ライダー』の誕生には、放送局、制作会社、プロデューサー、漫画家など、複数の関係者が関わっています。

特に重要なのが、毎日放送の庄野至、東映の渡邊亮徳と平山亨、そして原作者・キャラクターデザイナーの石森章太郎(後の石ノ森章太郎)です。

主要な関係者と役割

人物・組織 担当・役割 作品との関係 毎日放送(MBS) 放送局・共同制作 新番組を企画し、東映に制作を依頼 東映 制作会社 特撮ドラマの企画・制作を担当 庄野至 MBS映画部長 新しい子供向け番組の企画を推進 渡邊亮徳 東映テレビ部門の企画責任者 企画の立案とMBSとの調整を担当 平山亨 東映プロデューサー 仮面ヒーローの企画を具体化し、番組制作を推進 加藤昇 企画プランナー 石森章太郎と東映側の企画をつなぐ 石森章太郎 原作者・キャラクターデザイナー 仮面ライダーのキャラクターと世界観を創造 NET ネットワークのキー局 東京側の放送ネットワークを担う

この関係図から分かるのは、初代『仮面ライダー』が、漫画家のアイデアだけで完成した作品ではないということです。

毎日放送が求めた新しい番組の方向性を東映が企画として形にし、平山亨ら制作スタッフと石森章太郎がヒーローの具体的な姿を作り上げていきました。

放送局側の番組編成上の課題と、東映側のキャラクター制作のノウハウが結びついたことが、作品誕生の大きな要因です。

なお、1971年当時のNETは、日本教育テレビを前身とするNETテレビの略称です。テレビ朝日の社史によれば、1977年4月に社名と略称がテレビ朝日に変更されています。

【出典:東映創立70周年特別寄稿『東映行進曲』、テレビ朝日公式社史】

【変身ヒーロー誕生の背景】アニメではなく実写を選んだ理由

初代『仮面ライダー』が誕生した1970年前後は、子供向けテレビ番組においてアニメーション作品やヒーロー作品が存在感を高めていた時期です。

東映側は、当時人気を集めていた『タイガーマスク』などの作品にも着目し、子供たちが何に魅力を感じるのかを分析していました。

そのうえで、既存作品の模倣ではなく、実写による新しい変身ヒーローを生み出す方向へと企画が進んでいきます。

仮面ライダーのデザインは試行錯誤から生まれた

東映の記念史や文化庁のメディア芸術関連資料によると、初期の企画では複数のヒーローデザインが検討されました。

最初に検討されたのは「十字仮面(クロスファイヤー)」という案です。その後、髑髏をモチーフとした「スカルマン」案なども浮上しました。

しかし、髑髏というデザインには放送局側が難色を示しました。そこで石森章太郎が新たに考案したのが、バッタをモチーフにしたヒーローです。

このバッタをモチーフにしたデザインが、後の仮面ライダー1号へとつながります。

また、毎日放送側からはオートバイに乗るヒーローという要望も出されていました。バイクアクションと昆虫を思わせる異形のデザインが組み合わさり、従来のヒーローとは異なる個性が生まれたのです。

仮面ライダーは単なる正義の味方ではなかった

文化庁のメディア芸術カレントコンテンツに掲載された作品分析では、仮面ライダーの設定に、当時の社会や科学技術に対する石森章太郎の問題意識が反映されていたことが紹介されています。

主人公の本郷猛は、悪の秘密結社ショッカーによって改造人間にされます。つまり、仮面ライダー自身も敵組織の科学技術から生まれた存在です。

しかし、本郷は組織の意志に従うことを拒み、自らの力を人類の平和のために使う道を選びます。

文化庁の解説では、バッタという自然の象徴と人間の要素を併せ持つ仮面ライダーが、歪んだ科学文明を象徴するショッカーに立ち向かう構図が分析されています。

公害や自然破壊、人口増加による食糧問題など、当時の社会が抱えていた課題も作品の思想的な背景にありました。

子供向けの娯楽作品でありながら、科学技術をどのように使うべきか、人間が自然とどう共存するべきかというテーマを内包していた点は、初代作品の大きな特徴です。

【出典:文化庁メディア芸術カレントコンテンツ「仮面ライダーとテクノロジー」、東映創立70周年特別寄稿】

【混同しやすいポイント】NET系列・30分枠・現在の放送時間の違い

初代『仮面ライダー』の放送時間を調べる際には、いくつか混同しやすいポイントがあります。特に注意したいのが、放送局の名称、番組の放送枠、実際の番組尺の違いです。

1.NET系列は現在のテレビ朝日につながるネットワーク

1971年当時の放送ネットワークはNET系列でした。

NETは日本教育テレビを前身とする放送局で、1960年にNETテレビという略称に統一され、1977年4月にテレビ朝日へと名称が変更されました。

そのため、現在のテレビ朝日につながる放送ネットワークの歴史として理解すると分かりやすいでしょう。ただし、1971年当時の局名を正確に記すなら「NET系列」です。

2.19時30分~20時は放送枠であり、本編の長さとは異なる

放送ライブラリーの第1話の記録では、放送日時は19時30分~20時となっている一方、番組の時間は25分と記載されています。

これは、テレビ番組の編成上の30分枠と、作品そのものの収録時間を区別する必要があることを示しています。

したがって、「30分番組」という説明と「本編25分」という記録は矛盾しません。

3.初代の放送時間を現在のシリーズに当てはめない

仮面ライダーシリーズは、1971年の初代作品から長い歴史を持つシリーズです。後続作品は、それぞれの時代のテレビ編成に合わせて制作・放送されてきました。

そのため、初代の土曜19時30分という放送枠を、現在のシリーズにも共通する固定時間だと考えるのは誤りです。

2026年に過去の作品情報を調べる場合も、作品タイトルと放送年代を確認することが、正しい情報にたどり着く近道になります。

【出典:テレビ朝日公式社史、放送ライブラリー、東映公式作品情報】

【よくある質問】初代仮面ライダーの放送時間に関するFAQ

Q1:初代仮面ライダーは何曜日の何時に放送されていましたか?

A1:毎週土曜日の19時30分~20時です。NET系列で放送された30分枠の特撮テレビドラマでした。

Q2:初代仮面ライダーの放送開始日はいつですか?

A2:1971年4月3日(土)です。第1話のタイトルは「怪奇蜘蛛男」で、毎日放送と東映が制作しました。

Q3:初代仮面ライダーの最終回はいつ放送されましたか?

A3:1973年2月10日(土)です。全98話で放送を終了し、その翌週の2月17日には後続作品『仮面ライダーV3』が始まりました。

Q4:初代仮面ライダーはテレビ朝日で放送されていたのですか?

A4:当時の放送局名はNETです。NETは1977年にテレビ朝日へと名称が変更されたため、現在のテレビ朝日につながる放送局の系列で放送された作品と説明できます。

Q5:初代仮面ライダーは全部で何話ありますか?

A5:全98話です。1971年4月3日から1973年2月10日まで放送されました。

まとめ:初代仮面ライダーの放送時間と誕生の背景を正しく理解する

初代『仮面ライダー』の放送時間は、毎週土曜日19時30分~20時です。1971年4月3日にNET系列で放送を開始し、1973年2月10日に全98話で最終回を迎えました。

制作を担当したのは毎日放送(MBS)と東映です。番組企画の出発点には、当時の土曜日19時台後半における厳しい視聴率競争がありました。

毎日放送が東映に新しい子供向け番組を依頼し、平山亨や渡邊亮徳、石森章太郎らが企画を具体化したことで、実写の変身ヒーローという新しい作品が誕生しました。

今回の放送情報を確認する際に押さえておきたいのは、次の3点です。

- 放送時間を確認するなら: 毎週土曜日19時30分~20時。
- 放送期間を確認するなら: 1971年4月3日~1973年2月10日、全98話。
- 誕生の背景を理解するなら: MBSと東映による新しい実写ヒーロー番組の企画と、当時の番組編成上の課題。

初代『仮面ライダー』の土曜19時30分という放送枠は、単なるテレビ番組の時間情報ではありません。テレビ局の編成戦略と制作会社の挑戦が結びつき、後世まで続くヒーローシリーズが生まれた歴史を示す重要な手がかりです。

2026年に改めて初代作品を振り返るなら、放送時間だけでなく、なぜその時間帯に企画され、どのような背景から仮面ライダーというヒーローが誕生したのかにも注目したいところです。