鎧塚俊彦の現在は?61歳の経歴、川島なお美さんとの結婚と菓子づくりを徹底解説
パティシエの鎧塚俊彦さんは、2026年現在も「Toshi Yoroizuka」のオーナーシェフとして菓子づくりの第一線で活動しています。1965年10月16日生まれの61歳。スイス、オーストリア、フランス、ベルギーで計8年間の修業を積み、2000年にはパリの国際菓子コンクールで優勝。ベルギーのミシュラン三つ星レストランで日本人初のシェフ・パティシエを務めた経歴を持ちます。
2004年の恵比寿店開業から、小田原の「一夜城 Yoroizuka Farm」、南米エクアドルのカカオ農園まで、その活動は洋菓子の枠にとどまりません。2026年9月には佐賀玉屋でのスウィーツコレクションとトークイベントが告知され、10月18日にはテレビ朝日系「相葉マナブ」に出演しました。妻・川島なお美さんとの結婚や死別後の歩みも含め、現在の活動と職人としての哲学を紹介します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在:2026年11月時点で61歳。パティシエとして店舗運営、商品開発、メディア出演などを続けている。
- 経歴:ヨーロッパ8年間の修業、2000年の国際コンクール優勝、2004年の「Toshi Yoroizuka」開業が大きな転機。
- 事業:小田原の一夜城 Yoroizuka Farmとエクアドルのカカオ農園を展開し、素材づくりから菓子に向き合う。
- 家族:2009年に女優・川島なお美さんと結婚。2015年の死別後も、妻への思いを大切にしながら活動している。
- 2026年の話題:佐賀玉屋の催事・トークイベントの開催告知や、10月の「相葉マナブ」出演が注目された。
【2026年最新】鎧塚俊彦の現在は?61歳で続けるパティシエ活動

2026年も現役のオーナーシェフとして活動

鎧塚俊彦さんは1965年10月16日生まれ、京都府宇治市出身です。2026年11月2日時点で61歳になります。
現在の肩書きは、洋菓子ブランド「Toshi Yoroizuka」のオーナーシェフ。自ら店舗や商品づくりに関わりながら、農業と洋菓子を結びつける取り組みも続けています。
2026年10月18日には、テレビ朝日系の人気番組「相葉マナブ」にゲスト出演しました。番組では相葉雅紀さん、小峠英二さん、澤部佑さんと栗拾いに挑戦し、収穫した栗を使ったスイーツづくりを指導。栗のプリン、モンブラン、栗のフィナンシェ、栗と抹茶のテリーヌなどを紹介しました。
単に完成したケーキを紹介するのではなく、素材の収穫から製菓の工程まで見せる内容だったことは、鎧塚さんが大切にしてきた「素材と向き合う菓子づくり」にも通じています。
2026年9月には佐賀玉屋の催事も告知

2026年のもう一つの話題が、佐賀玉屋での「Toshi Yoroizuka スウィーツコレクション」です。
佐賀玉屋は2026年9月18日付のプレスリリースで、同イベントを9月23日から28日までの6日間開催すると発表しました。佐賀県内では初開催とされ、普段は限られた店舗や催事でしか購入できない商品が集められる企画でした。
販売商品として告知されたのは、催事で人気のティラミスロール、一夜城 Yoroizuka Farm限定のファームロールケーキ、ショコラ、サブレ缶、季節限定のハロウィンボックスなどです。
さらに、9月25日と26日には鎧塚シェフ本人の来店とトークイベントが告知されました。会場は佐賀玉屋南館7階催場で、25日は午前11時と午後3時、26日は午前11時からの計3回。各回約30分、定員80人、先着順の無料イベントとして案内されていました。
11月現在、これらの日程はすでに終了していますが、2026年の活動を知るうえで重要な地方催事の情報です。
【経歴・年表】鎧塚俊彦はどんなパティシエ?欧州8年間の修業と成功まで
23歳でパティシエの世界へ
鎧塚さんが製菓の道に進んだのは23歳のときです。辻製菓専門学校を卒業後、守口プリンスホテルに勤務。その後、神戸ベイシェラトンホテル&タワーズの開業に伴い、製菓部門のセクションシェフとして経験を積みました。
2010年に公開された辻調グループのインタビューでは、本人がホテル時代の仕事やキャリア形成について詳しく語っています。特に、後発で製菓の世界に入ったことを意識し、努力を重ねて技術を磨いた姿勢が印象的です。
29歳で渡欧し、8年間の修業を経験
1995年、鎧塚さんはヨーロッパへ渡りました。修業先はスイス、オーストリア、フランス、ベルギーです。
海外での経験は単なる技術習得にとどまりませんでした。各国の菓子文化や素材の扱い方、職人としての仕事への向き合い方を吸収していきます。
大きな転機となったのが2000年です。パリで開催された国際菓子コンクール「INTERSUC 2000 Paris」で優勝。同年、ベルギーのミシュラン三つ星レストラン「ブリュノウ」で、日本人初のシェフ・パティシエに就任しました。
この経験によって、鎧塚さんはパティスリーだけでなく、レストランのコース料理を締めくくるデザートの世界でも実績を残しました。
鎧塚俊彦の主な経歴・転換点一覧
| 時期 | 出来事 | 関連する人物・施設・実績 |
|---|---|---|
| 1965年 | 京都府宇治市に生まれる | 鎧塚俊彦 |
| 23歳ごろ | 製菓の道へ進み、ホテルで修業 | 守口プリンスホテル、神戸ベイシェラトンホテル&タワーズ |
| 1995年 | ヨーロッパへ渡る | スイス、オーストリア、フランス、ベルギー |
| 2000年 | パリの国際菓子コンクールで優勝 | INTERSUC 2000 Paris |
| 2000年 | 三つ星レストランのシェフ・パティシエに就任 | ベルギーのブリュノウ |
| 2002年 | 日本へ帰国 | ブランド立ち上げの準備 |
| 2004年 | 恵比寿に自店を開業 | Toshi Yoroizuka |
| 2010年 | エクアドルにカカオ農園を開設 | Yoroizuka Farm Ecuador |
| 2011年 | 小田原に農園併設施設を開設 | 一夜城 Yoroizuka Farm |
| 2009年〜2015年 | 川島なお美さんと結婚生活を送る | 川島なお美さん |
| 2026年9月 | 佐賀玉屋のスウィーツ催事を告知 | 佐賀玉屋 |
| 2026年10月18日 | テレビ番組にゲスト出演 | テレビ朝日「相葉マナブ」 |
この経歴から読み取れるのは、鎧塚さんのキャリアが一つの成功に依存していないことです。ホテル、海外レストラン、独立店舗、農園、カカオ生産と、経験を積むたびに活動領域を広げています。
【店舗・農園】Toshi Yoroizukaと一夜城、エクアドルのカカオ農園
2004年開業のToshi Yoroizuka
2002年に帰国した鎧塚さんは、2004年に東京・恵比寿で「Toshi Yoroizuka」をオープンしました。
ブランドの大きな特徴は、注文を受けてから目の前で仕上げるデザートのスタイルです。フランス料理のレストランで培ったデザートの考え方を生かし、作りたてならではの香り、温度、食感を提供することを重視してきました。
2007年には東京ミッドタウン店を開業。その後、東京・京橋には旗艦店「Toshi Yoroizuka TOKYO」を展開し、店舗の形態も広がりました。
なお、2026年の店舗動向では、東京ミッドタウン店が3月29日をもって閉店しています。これは東京ミッドタウンが公式に発表した情報です。一方、京橋エドグランの施設公式ショップ一覧には「トシ・ヨロイヅカ 東京」が掲載されています。また、ブランドの店舗情報では八幡山の「Atelier Yoroizuka」も紹介されています。
小田原の一夜城 Yoroizuka Farmとは?
鎧塚さんの活動を語るうえで欠かせないのが、神奈川県小田原市の石垣山にある「一夜城 Yoroizuka Farm」です。
2011年に開設されたこの施設は、農園を併設したパティスリー・レストランです。敷地内には約2,000坪以上の農園があり、果樹や野菜などを育てています。
一般的な洋菓子店では、完成した菓子の品質を高めるために市場や生産者から素材を仕入れます。しかし、一夜城の取り組みでは、その素材が育つ環境や収穫の過程にも関わります。
小田原という地域の農産物を菓子づくりに生かすことで、農業と観光、飲食を結びつける拠点にもなっています。単にケーキを販売するだけではなく、農園を訪れ、地域の食材に触れる体験を提供している点が特徴です。
エクアドルのカカオ農園で目指す一貫生産
もう一つの象徴的な取り組みが、南米エクアドルの「Yoroizuka Farm Ecuador」です。
鎧塚さんが目指してきたのは、カカオの栽培からショコラの製造までを一貫して手がけることです。カカオ豆を仕入れて加工するだけではなく、原料そのものを生み出す段階から関わろうとする挑戦でした。
エクアドルはカカオの産地として知られる国です。現地に農園を設けることで、品種や栽培環境、生産工程を理解し、ショコラづくりに生かすことができます。
小田原では果物や野菜、エクアドルではカカオ。異なる地域で農園を運営することは、素材の個性を知るための実践でもあります。
鎧塚さんの事業は、洋菓子店を中心に農園を増やしたというより、菓子づくりの可能性を素材の生産現場まで広げてきたものと捉えると理解しやすいでしょう。
【評判とこだわり】鎧塚俊彦の菓子づくりが評価される理由
見た目の美しさだけでなく「食べたい」と思わせる菓子
鎧塚さんの菓子づくりを理解するうえで興味深いのが、辻調グループのインタビューで語った考え方です。
ヨーロッパで修業していた時代、見た目の美しいケーキを作っても売れなかった経験がありました。その経験から、ケーキはあくまで食べ物であり、見た目だけでなく「食べてみたい」「おいしそう」と感じさせることが大切だと考えるようになったと語っています。
つまり、装飾の華やかさを否定しているのではありません。食べる人の期待を満たす味や香り、食感があって初めて、見た目の美しさも生きるという考え方です。
ライブデザートと素材の個性を引き出す技術
鎧塚さんの代表的なスタイルが、目の前で仕上げるライブデザートです。
2023年のPILOTのインタビューでは、店舗を始めてから次のステージへ進む方法を考えた際、お客さんの目の前でデザートを作るという発想が生まれたと説明しています。
完成品をショーケースから取り出すのとは違い、目の前で仕上げることで、香りや温度、クリームの状態、ソースの動きまで楽しめます。食べる前の時間そのものを商品価値に変える発想です。
また、農園で育てる素材についても独特の考え方を持っています。インタビューでは、ミカンの個性を例に、次のように説明しています。
「収穫したミカンの個性を何に使ってあげるかによって、唯一無二のミカンになります。」
例えば、皮が厚く苦味のあるミカンや、酸味の強いミカンも、用途を変えれば価値のある素材になります。甘くて形の整った果実だけを選ぶのではなく、それぞれの特徴を理解し、焼き菓子やソースなどに適した使い方を考えるのです。
この考え方は、農園を持つ理由にもつながっています。素材の状態を自分で理解しているからこそ、何を作るべきかという判断にも説得力が生まれます。
パティシエとしての評判をどう評価するか
鎧塚さんの実績を客観的に見ると、2000年のパリの国際菓子コンクール優勝、ベルギーの三つ星レストランでのシェフ・パティシエ就任、独自のライブデザートスタイルの確立などが挙げられます。
これらは、技術面と創作面の両方で評価されてきたことを示す経歴です。さらに、店舗運営だけでなく、農業やカカオ生産まで事業を広げている点も、他のパティシエとの差別化につながっています。
一方、スイーツの好みは人によって異なります。鎧塚さんのブランドを楽しむなら、次のような観点で選ぶと満足度を判断しやすくなります。
- ライブ感を楽しみたい人:カウンターで仕上げるデザートを体験できるサロン向き。
- 素材の味を重視する人:農園の果物やショコラを使った商品に注目。
- 贈答用を探している人:焼き菓子やサブレ缶など、持ち運びやすい商品が選択肢になる。
- 静かに持ち帰って楽しみたい人:テイクアウト可能なケーキや焼き菓子を選ぶとよい。
鎧塚さんの魅力は、単に高級なケーキを作ることではなく、素材と製法、食べる体験を組み合わせて菓子の価値を高めようとする姿勢にあります。
【妻・川島なお美との結婚】死別後も続く夫婦の絆
2009年に女優・川島なお美さんと結婚
鎧塚俊彦さんの私生活で広く知られているのが、女優・川島なお美さんとの結婚です。
川島さんは1960年生まれ。ドラマ「失楽園」や「イグアナの娘」、映画、舞台など幅広い分野で活躍した女優です。鎧塚さんとは2006年に出会い、2009年2月1日に入籍しました。
それぞれ異なる分野で活動してきた二人でしたが、結婚後は互いの仕事を尊重する夫婦として知られるようになりました。
2015年9月24日に川島なお美さんと死別
二人の結婚生活は、2015年9月24日に大きな転機を迎えます。川島なお美さんが胆管がんのため、54歳で亡くなりました。
闘病中の川島さんは、自身の生き方や治療について考え、夫である鎧塚さんもその意思を尊重しました。2025年の文春オンラインのインタビューでは、当時の判断や妻を見送ったときの思いについて詳しく語っています。
鎧塚さんは、川島さんの存在をこれからも忘れてほしくないという思いを語り、妻の人生や女優としての活動を大切に伝え続けています。
2026年には17回目の結婚記念日を報告
2026年2月1日には、鎧塚さんが自身のSNSで川島さんとの17回目の結婚記念日を迎えたことを報告しました。
「本日、17回目の結婚記念日を迎えました」
テレビ朝日の報道によると、投稿では川島さんとの出会いから20年という歳月を振り返り、亡くなってから10年が経過したことにも触れていました。
また、悲しみの中に沈むのではなく、妻への感謝を支えにしながら日々を全力で過ごすという思いも伝えています。
川島さんとの結婚記念日を大切にしていることは、二人の関係が過去の出来事として終わったのではなく、鎧塚さんの人生の一部として今も続いていることを感じさせます。
なお、川島さんは2015年に亡くなっており、現在の妻という意味ではなく、亡き妻として紹介するのが正確です。
【よくある質問】鎧塚俊彦の現在・年齢・経歴・家族について
Q1:鎧塚俊彦は2026年現在何歳ですか?
A1:1965年10月16日生まれの61歳です。2026年11月2日時点でもパティシエ、オーナーシェフとして活動しています。
Q2:鎧塚俊彦の妻は誰ですか?川島なお美とはいつ結婚しましたか?
A2:妻は女優の川島なお美さんです。2009年2月1日に結婚しましたが、川島さんは2015年9月24日に胆管がんのため54歳で亡くなりました。
Q3:鎧塚俊彦のヨーロッパ修業は何年間ですか?
A3:スイス、オーストリア、フランス、ベルギーで合計8年間です。2000年にはパリの国際菓子コンクールで優勝し、ベルギーの三つ星レストランで日本人初のシェフ・パティシエとなりました。
Q4:一夜城 Yoroizuka Farmはどこにありますか?
A4:神奈川県小田原市の石垣山にあります。農園を併設したレストラン・パティスリーで、果樹や野菜などの栽培にも取り組んでいます。
Q5:鎧塚俊彦は2026年もテレビに出演していますか?
A5:はい。2026年10月18日放送のテレビ朝日系「相葉マナブ」にゲスト出演し、栗拾いや栗を使ったスイーツづくりを紹介しました。
Q6:2026年の佐賀玉屋の催事はいつ開催されましたか?
A6:佐賀玉屋の発表では、2026年9月23日から28日までの6日間です。鎧塚シェフの来店・トークイベントは9月25日と26日に告知されていました。
まとめ:鎧塚俊彦の現在を知る鍵は素材への探究心
鎧塚俊彦さんは、ヨーロッパで8年間の修業を積み、国際コンクール優勝や三つ星レストランでの経験を経て、日本で独自のパティスリーブランドを築き上げました。
2004年の恵比寿店開業、2011年の一夜城 Yoroizuka Farm、エクアドルのカカオ農園と、その歩みには一貫したテーマがあります。それは、菓子を完成させる技術だけでなく、素材が生まれる場所からおいしさを考えることです。
2026年もテレビ出演や地方催事の告知など、幅広い活動を続けています。東京ミッドタウン店の閉店といった店舗の変化はありますが、京橋の旗艦店や農園を軸にしたブランドの展開は続いています。
また、川島なお美さんとの結婚や死別を経て、妻への思いを大切にしながら仕事を続けている姿も、鎧塚さんの人生を語るうえで欠かせません。
【プロの結論】鎧塚俊彦さんの本当の強みは、ヨーロッパで身につけた技術だけではありません。素材の個性を見極め、農業、生産者、店舗、食べる人を一つの流れで結びつける発想にあります。2026年以降も、どのような素材と出会い、どんな新しいスイーツを生み出すのか。今後の活動を追う際は、新商品だけでなく農園や地域との取り組みにも注目したいところです。
主な参照資料: 辻調グループの本人インタビュー、新潮社の著者プロフィール、PILOTのインタビュー、文春オンラインの2025年インタビュー、テレビ朝日の2026年報道・番組情報、佐賀玉屋のプレスリリース、東京ミッドタウンの閉店告知、京橋エドグランの店舗情報。