【出身高校を特定】山田裕貴は愛知県の東邦高校出身!父と同じ学校を選んだ理由

目次

山田裕貴さんが通っていた高校は、東邦高等学校(愛知県名古屋市名東区)です。愛知県内でも高校野球の強豪として知られ、春の選抜高校野球大会で優勝した実績を持つ学校です。

東邦高校は、山田さんの父親である山田和利さんの母校でもあります。日本野球機構(NPB)の選手データにも、山田和利さんの出身校として東邦高校が記録されています。

山田和利さんは1983年のドラフト4位で中日ドラゴンズに入団。その後、広島東洋カープなどでもプレーした元プロ野球選手です。親子が同じ高校に進んだことには、野球を通じた家族のつながりがありました。

父親に少しでも近づきたかったという思い

山田裕貴高校

山田裕貴さんは、2023年に出演したTBS系の番組『日曜日の初耳学』で、父親と同じ東邦高校に進学した当時の心境を振り返っています。

当時の気持ちについて、次のように語っています。

父と同じ高校に行くことでちょっとでも近づいたって思おうとしていたんですかね。

出典:2023年5月21日放送『日曜日の初耳学』での発言を報じたスポニチアネックス

この発言から伝わってくるのは、単に野球の名門校に入りたかったという話ではありません。

プロ野球選手として活躍する父親に憧れながらも、自分自身は野球で思うような結果を残せなかった。そんな葛藤を抱えながら、父と同じ学校に進むことで、少しでも父親に近づきたいという気持ちがあったようです。

東邦高校は父子にとって特別な場所

山田裕貴高校

東邦高校といえば、全国的にも知られる高校野球の名門です。

2019年の第91回選抜高校野球大会では、東邦高校が優勝。平成元年の1989年に続く、平成最後のセンバツ優勝という歴史的な結果を残しました。

当時、俳優として活動していた山田さんも母校の優勝を祝福。父親も同校野球部のOBだったことから、親子にとって特別な意味を持つ勝利となりました。

また、山田さんは東邦高校時代のクラスメートで、後に同校野球部のコーチを務めた山田祐輔さんとも交流がありました。高校時代から続く人間関係が、卒業後も母校とのつながりを生んでいたのです。

【中学時代の野球経験】山田裕貴が野球を辞めた理由と父への複雑な思い

山田裕貴高校

山田裕貴さんは、幼い頃から野球に親しんでいました。

2021年の『A-Studio+』や2023年の『日曜日の初耳学』などで語った内容によると、野球を始めたのは小学3年生ごろ。父親がプロ野球選手としてテレビに出演する姿を見て、自然と憧れを抱いたことがきっかけでした。

その後、中学3年生まで野球を続けています。

強豪チームでレギュラーになれなかった少年時代

山田さんが所属していたのは、全国大会に出場するほどの強豪チームでした。

しかし、周囲には自分より野球が上手な選手がたくさんいました。努力してもレギュラーの座をつかめず、試合ではベンチにいることが多かったといいます。

父親はプロ野球選手として活躍している。その息子である自分も野球で結果を出さなければならない。

そんなプレッシャーもあったのでしょう。

2023年の番組出演時には、試合に出られない悔しさから、親の前では泣かず、風呂場で一人涙を流していたことも明かしました。

さらに、父親に対して「野球を教えて」と気軽に頼むこともできなかったと振り返っています。

父親への憧れが大きかったからこそ、簡単には言葉にできない複雑な感情を抱えていたことがうかがえます。

中学3年生で野球を辞める決断

野球を続ける中で、山田さんは自分の実力と向き合うようになります。

強いチームで努力しても、プロ野球選手になれるほどの実力があるのか。周囲の選手との差を感じる中で、次第に野球を続ける意味を考えるようになりました。

そして、中学3年生までで野球を辞める決断をします。

この決断は、本人にとって決して簡単なものではありませんでした。

プロ野球選手になるという夢を諦めた一方で、野球以外に何を目指せばよいのかという新たな悩みも生まれたからです。

後年、山田さんは当時の経験について、野球を諦めた自分自身への悔しさが大きかったと語っています。

ここで押さえておきたいのは、山田さんが野球を辞めたことと、東邦高校への進学は矛盾しないという点です。

東邦高校に進学したからといって、必ずしも野球部に入る必要はありません。山田さんは高校では野球部に入らず、別の道を模索することになりました。

【高校時代の最大の挫折】東邦高校の甲子園出場で流した涙

山田裕貴さんの高校時代を語るうえで、欠かせないのが甲子園での出来事です。

野球を辞めた山田さんにとって、東邦高校の野球部が甲子園に出場したことは、過去の夢と正面から向き合う機会になりました。

高校3年生で目撃したかつての仲間たちの活躍

高校3年生だった山田さんは、母校の野球部を応援するため甲子園のスタンドを訪れました。

そこで目にしたのは、かつて同じ野球チームでプレーしていた仲間たちの姿でした。

以前は一緒に練習し、試合で対戦していた選手たちが、甲子園という大舞台で活躍していたのです。

かつてのチームメートが4番打者を務め、よく対戦していた選手がキャプテンとしてチームを引っ張っていました。

自分が野球を続けていれば、あの場所に立てたかもしれない。

そう考えた山田さんは、自分が野球を辞めたことを強く後悔したといいます。

「自分は一度人生が終わったな」と感じた瞬間

2025年10月30日公開の双葉社「THE CHANGE」のインタビューでも、山田さんはこの経験を詳しく振り返っています。

当時の心境について、次のように語りました。

自分は一度人生が終わったな

出典:双葉社「THE CHANGE」2025年10月30日公開インタビュー

試合に負けた悔しさではありません。自分が諦めてしまった夢を、仲間たちが実現している姿を目の当たりにしたことによる衝撃でした。

双葉社のインタビューでは、当時の涙について、演技では再現できないほど号泣したと説明しています。

試合そのものは勝っていても、自分が野球を辞めたという事実に向き合うことになり、涙が止まらなかったそうです。

父親から教わった「最後までやり続ける」という言葉

この出来事で思い出したのが、父親から繰り返し言われていた言葉でした。

山田さんの両親は、本人がやりたいことを尊重する一方で、一度決めたことは最後まで続けるよう伝えていたといいます。

野球を途中で辞めた経験があったからこそ、次に選ぶ道では同じ後悔をしたくないと考えるようになりました。

それが、俳優という仕事に人生を懸ける決意につながっていきます。

このエピソードは、単なる高校時代の青春話ではありません。山田さんが現在も俳優として仕事に向き合う姿勢を理解するうえで、大切な原点です。

【高校卒業後の進路】ワタナベエンターテイメントカレッジから俳優デビューまで

高校卒業後、山田裕貴さんは愛知県を離れて上京し、芸能スクールのワタナベエンターテイメントカレッジに入学しました。

大学への進学ではなく、演技を学んで俳優になる道を選んだのです。

なぜ大学ではなく俳優を目指したのか

山田さんはスタディサプリ進路の2023年のインタビューで、高校3年生のときの進路選択について話しています。

当時は心理学に興味があり、人間の心について学びたいという思いもあったそうです。しかし、大学に進学したいという強い気持ちはありませんでした。

お笑いや歌にも関心がありましたが、自分には特別な才能がないと感じていたといいます。

そこで興味を持ったのが俳優という仕事でした。

俳優なら、さまざまな人の人生を演じられる。人間の感情や心についても深く知ることができる。

こうした考えが、俳優を目指すきっかけになりました。

また、父親の影響も大きかったようです。

家族との思い出の中には、映画やドラマを一緒に見た時間がありました。父親がプロ野球選手として活躍していたように、今度は自分がテレビや映画に出演することで、父親に見てもらいたいという思いもあったと過去のインタビューで明かしています。

ワタナベエンターテイメントカレッジでの下積み

ワタナベエンターテイメントカレッジでは、演技のレッスンを受けながら、エキストラの仕事や撮影現場のスタッフの仕事にも積極的に取り組みました。

本人は2020年のワタナベエデュケーション公式インタビューで、在学中の姿勢について、仕事をしているつもりで現場に向かい、エキストラの仕事にも積極的に応募していたと振り返っています。

ただ学校に通って演技を学ぶだけではなく、実際の仕事につながる機会を自ら探していたのです。

山田裕貴の学歴・芸能活動の年表

ここまでの学歴と俳優デビューまでの経緯を整理すると、次のようになります。

時期 出来事・経歴 詳細 小学3年生ごろ 野球を始める 父・山田和利さんの影響で野球に親しむ 中学時代 野球を続ける 強豪クラブチームでプレー 中学3年生まで 野球を引退 プロ野球選手になる夢を断念 高校時代 東邦高校に進学 父の母校。野球部には入らず 高校3年生・2008年夏 甲子園で母校を応援 かつての仲間の活躍に大きな挫折を経験 高校卒業後 上京・芸能スクール入学 ワタナベエンターテイメントカレッジで演技を学ぶ 2010年 D-BOYSオーディション D-BOYS部門でグランプリを受賞 2011年 俳優デビュー 『海賊戦隊ゴーカイジャー』に出演

出典:ワタナベエンターテインメント公式プロフィール、ワタナベエデュケーション公式インタビュー、マイナビニュース、双葉社のインタビューなどをもとに作成。

2010年のオーディションでグランプリを獲得

俳優への道が具体的に動き始めたのは2010年です。

山田さんは「D-BOYSスペシャルユニットオーディション」のD-BOYS部門でグランプリを獲得しました。

その後、ワタナベエンターテインメントに所属し、同年にD-BOYSの弟分ユニットであるD2に加入します。

そして2011年、スーパー戦隊シリーズの『海賊戦隊ゴーカイジャー』でジョー・ギブケン、ゴーカイブルー役を演じ、俳優としてデビューしました。

野球を諦めた少年が、演技の世界で新たな挑戦を始めた瞬間でした。

【2026年最新プロフィール】山田裕貴の現在と代表作・俳優としての活躍


山田裕貴(やまだ ゆうき)

2026年11月2日時点
- 生年月日:1990年9月18日
- 年齢:36歳
- 出身地:愛知県
- 身長:178cm
- 所属:ワタナベエンターテインメント
- スクール:ワタナベエンターテイメントカレッジ


山田裕貴さんは、2011年の俳優デビューから数多くのドラマや映画に出演してきました。

代表的な出演作品には、次のようなものがあります。

- 『海賊戦隊ゴーカイジャー』(2011~2012年):ジョー・ギブケン/ゴーカイブルー役
- 『HiGH&LOW』シリーズ:村山良樹役
- NHK連続テレビ小説『なつぞら』(2019年)
- 『東京リベンジャーズ』シリーズ:ドラケン役
- NHK大河ドラマ『どうする家康』(2023年)
- 『ゴジラ-1.0』(2023年):水島四郎役
- 『爆弾』(2025年):類家役

2025年から2026年にかけての主な活動

所属事務所の公式プロフィールに掲載されている情報によると、2025年から2026年にかけても映画やドラマへの出演が続いています。

特に注目したいのが、映画『爆弾』での主演です。山田さんは類家役を務め、日本アカデミー賞の優秀主演男優賞を受賞したことも公式プロフィールに掲載されています。

2026年の主な活動は次のとおりです。

作品・活動 2026年の情報
ドラマ『GIFT』 TBSドラマ出演
『ちるらん 新撰組鎮魂歌』 土方歳三役
『キングダム 魂の決戦』 万極役
『ゴジラ-0.0』 水島四郎役、11月3日公開予定
『スーパーモブニンジャ』 東野昭役、2027年2月19日配信予定

また、ラジオ番組『山田裕貴のオールナイトニッポン』にも出演しており、俳優業以外でも活動の幅を広げています。

父・山田和利さんとの関係と2026年の現在

山田裕貴さんの父・山田和利さんは、2025年8月に60歳で亡くなったことが報じられました。山田さん本人が自身のSNSで公表しています。

父親への憧れから始まった野球少年時代、同じ高校への進学、そして甲子園で味わった挫折。

こうした経験は、山田さんの俳優人生を考えるうえで切り離せないものです。

プロ野球選手としての父親を追いかける人生から、自分自身で選んだ俳優という人生へ。東邦高校時代は、その転換点にあたる重要な時期だったといえます。

【プロの結論】山田裕貴の高校時代から分かる俳優としての原点

山田裕貴さんの学歴を振り返ると、東邦高校への進学は単なる学校選びではなく、父親への憧れや野球への未練、自分自身の将来を考えるきっかけになった出来事だったことが分かります。

特に注目したいのは、次の3点です。

1. 父親と同じ高校に進学したこと

山田和利さんの母校でもある東邦高校を選んだ背景には、父親に近づきたいという思いがありました。プロ野球選手の父を持つ息子としての憧れと葛藤が重なっていたのです。

2. 野球の挫折を俳優への原動力に変えたこと

中学まで続けた野球を辞め、甲子園でかつての仲間たちの活躍を見た経験は、山田さんにとって大きな挫折でした。しかし、その後は俳優という新しい目標を掲げ、最後までやり抜く覚悟を持つようになりました。

3. 学校での経験を実際の仕事につなげたこと

高校卒業後はワタナベエンターテイメントカレッジに進学。演技の勉強だけでなく、エキストラや撮影現場の仕事にも積極的に参加し、2010年のオーディションでグランプリを獲得しました。

山田さんの歩みから読み取れるのは、最初に掲げた夢を諦めたとしても、その後の人生で新しい目標を見つけ、挑戦し続けることはできるということです。

【山田裕貴の高校に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:山田裕貴の出身高校はどこですか?

A1:愛知県名古屋市にある東邦高等学校です。野球の名門として知られ、父親の山田和利さんも同校のOBです。

Q2:山田裕貴は高校時代に野球部に所属していましたか?

A2:高校では野球部に所属していません。野球は中学3年生まで続けていましたが、プロ野球選手になる夢を諦め、高校では別の道を考えていました。

Q3:山田裕貴が東邦高校を選んだ理由は何ですか?

A3:父親の山田和利さんが東邦高校出身だったことが関係しています。本人は後年、父と同じ高校に進むことで少しでも父親に近づきたかったのかもしれないと振り返っています。

Q4:山田裕貴は高校卒業後、大学に進学しましたか?

A4:大学には進学せず、上京してワタナベエンターテイメントカレッジに入学しました。演技を学びながらエキストラなどの仕事にも取り組んでいました。

Q5:山田裕貴の俳優デビュー作品は何ですか?

A5:2011年のスーパー戦隊シリーズ『海賊戦隊ゴーカイジャー』です。ジョー・ギブケン/ゴーカイブルー役を演じました。

Q6:山田裕貴は2026年現在何歳ですか?

A6:1990年9月18日生まれの36歳です。2026年11月2日時点での年齢です。

Q7:山田裕貴の父親は誰ですか?

A7:父親は元プロ野球選手の山田和利さんです。東邦高校出身で、中日ドラゴンズや広島東洋カープなどでプレーしました。2025年8月に60歳で亡くなったことが公表されています。

まとめ:山田裕貴の出身高校は東邦高校!野球の挫折が俳優人生の原点に

山田裕貴さんの出身高校は、愛知県の野球名門・東邦高校です。

父親の山田和利さんも同校のOBであり、山田さんが進学先に東邦高校を選んだ背景には、父親への憧れがありました。

しかし、山田さん自身は中学3年生まで続けた野球を辞め、高校では野球部に入りませんでした。高校3年生のときに甲子園でかつての仲間たちの活躍を目にし、大きな挫折を経験します。

その後、俳優になることを決意し、高校卒業後はワタナベエンターテイメントカレッジへ進学。2010年のオーディションでグランプリを獲得し、2011年に『海賊戦隊ゴーカイジャー』で俳優デビューを果たしました。

2026年現在も映画やドラマで活躍を続ける山田裕貴さん。東邦高校時代に経験した悔しさと、自分で選んだ道を最後までやり抜こうとする姿勢こそが、現在の俳優としての活躍を支える原点になっています。