『つけびの村』の実話と事件の真相は?高橋ユキの取材・判決・村の現在を徹底解説
2013年7月、山口県周南市の山間にある小さな集落で、住民5人が殺害され、住宅2軒が放火される凄惨な事件が発生した。「山口連続殺人放火事件」と呼ばれるこの事件は、犯人の自宅に貼られていた「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という川柳や、人口わずか12人の限界集落という特殊な環境によって、全国的な注目を集めた。
この事件を独自の現地取材と関係者への聞き取りから追ったのが、ノンフィクションライター・高橋ユキの著書『つけびの村』である。2019年に晶文社から単行本が刊行され、2023年には事件から10年後の村を取材した新章を加えた小学館文庫版も発売された。2026年現在、事件の裁判や再審請求はどうなったのか。そして、世間に広まった「村八分」説や貼り紙の真相は何だったのか。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 作品の正体:『つけびの村』は高橋ユキが山口連続殺人放火事件を追った実話ベースの調査ノンフィクション。
- 事件の真相:「村八分にされた犯人が復讐した」という単純な構図は、著者の現地取材によって大きく揺らいだ。
- 裁判と現在:2019年に死刑が確定。2025年1月には最高裁が再審請求に関する特別抗告を退けた。
【作品のあらすじ】『つけびの村』は実話?高橋ユキが描いた事件の全貌

『つけびの村』は、山口県周南市金峰(みたけ)地区の郷集落で発生した連続殺人・放火事件を題材にしたノンフィクション作品だ。著者は裁判傍聴ライターとして知られる高橋ユキ。事件そのものだけでなく、犯人の生い立ち、地域の人間関係、集落に広がっていた噂話、事件後の住民の証言まで、多角的に描いている。
物語の中心にあるのは「噂が5人を殺したのか?」という問い

本書の副題は「噂が5人を殺したのか?」。この問いが作品全体を貫いている。
事件当時、集落には8世帯12人が暮らしていた。住民の多くは高齢者で、日常的な交流範囲も限られていた。そこで暮らしていた保見光成(ほみ・こうせい)が、近隣住民5人を殺害し、住宅2軒に放火したとして逮捕された。
保見の自宅の窓には、次の川柳が貼られていた。
つけびして 煙り喜ぶ 田舎者
この不気味な言葉は、事件発生直後から犯行予告ではないかと報道され、集落の閉鎖性や住民同士の対立を象徴するものとして広まった。
さらに、保見が村八分にされていたという情報も拡散。「田舎の閉鎖的な人間関係が殺人事件を引き起こした」というストーリーが形成されていった。
しかし、高橋ユキが現地で住民に話を聞き、保見本人とも面会・文通を重ねると、報道で形成されたイメージとは異なる状況が見えてくる。
本書の主な構成と読みどころ

本書は、事件発生から裁判、集落の歴史、噂話の検証、著者自身の取材過程へと展開する。単純に犯人の心理を解説する事件記録ではなく、証言が食い違う状況そのものを読み解く構成が特徴だ。
特に注目したいのは、保見の証言と集落住民の証言が一致しない場面である。誰かの発言が別の人に伝わり、いつの間にか事実のように扱われていく。その過程を追うことで、事件を取り巻く人間関係の複雑さが浮かび上がる。
なお、本書は小説やフィクションではない。実際に起きた事件について、取材記録、証言、裁判資料などをもとに構成されたノンフィクションである。
【事件の経緯】2013年7月、山口県周南市で何が起きたのか
事件が発生したのは、2013年7月21日夜から翌22日にかけて。山口県周南市金峰地区の郷集落で、住民5人が犠牲になった。
7月21日夜、住宅2軒が相次いで全焼
7月21日午後9時ごろ、貞森誠さん(当時71歳)と妻の喜代子さん(同72歳)が暮らす住宅、そして山本ミヤ子さん(同79歳)の住宅が相次いで全焼した。
焼け跡からは3人の遺体が発見された。さらに翌22日、同じ集落に住む石村文人さん(同80歳)と河村聡子さん(同73歳)が、それぞれ自宅で死亡しているのが見つかった。
被害者は全員、同じ集落の住民だった。小さな地域で短時間のうちに5人が命を奪われたことは、地域社会だけでなく全国に大きな衝撃を与えた。
7月26日、保見光成容疑者を逮捕
事件後、警察は集落周辺の捜索を続けた。発生から6日後の7月26日、山口県警は近くの山中で保見光成容疑者を発見し、殺人などの疑いで逮捕した。
当時63歳だった保見は、殺人と非現住建造物等放火の罪で起訴された。捜査段階では関与を認める内容の供述をしていたが、一審の公判では犯行を否認する立場に転じた。
その後の裁判では、犯行の認定だけでなく、保見が犯行当時どのような精神状態にあったのかが大きな争点となった。
事件の主要な時系列
発生から裁判、再審請求までの流れを整理すると、次のようになる。
| 時期 | 出来事 | 内容・結果 |
|---|---|---|
| 2013年7月21日 | 事件発生 | 周南市金峰地区で住宅2軒が全焼し、3人の遺体を発見。 |
| 2013年7月22日 | 追加の被害確認 | 別の住宅2軒で住民2人の遺体を発見。 |
| 2013年7月26日 | 容疑者逮捕 | 保見光成容疑者を山中で発見し、逮捕。 |
| 2015年7月28日 | 一審判決 | 山口地裁が死刑判決を言い渡す。 |
| 2016年9月13日 | 控訴審判決 | 広島高裁が弁護側の控訴を棄却。 |
| 2019年7月11日 | 最高裁判決 | 上告棄却により死刑が確定。 |
| 2021年3月 | 再審請求の判断 | 山口地裁が再審請求を棄却。 |
| 2025年1月 | 最高裁の判断 | 再審請求を認めなかった高裁判断への特別抗告を棄却。 |
事件の経緯を理解するうえで重要なのは、逮捕された人物の供述と裁判所が認定した事実を区別することだ。事件直後の報道では、犯人の異様な行動や貼り紙が強調されたが、裁判では精神鑑定や具体的な犯行状況を含めて慎重な判断が行われた。
【事件の真相を検証】川柳・村八分・夜這いの噂は本当だったのか
『つけびの村』が一般的な事件ルポと大きく異なるのは、事件発生時に報じられた情報を、そのまま真相として受け入れていない点にある。
高橋ユキは2017年から何度も現地を訪れ、住民への聞き取りを続けた。そこで明らかになったのは、事件の背景として語られた話の中に、裏付けの乏しい噂が数多く含まれていたことだった。
1.「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」は犯行予告だった?
事件を象徴する貼り紙は、当初、放火を予告するメッセージとして扱われた。しかし、高橋の取材では、これとは異なる証言が出てきた。
ある住民は、自宅の風呂場が燃えた後に、その貼り紙が掲示されたと説明している。さらに、貼り紙は事件発生の数年前から存在していたという証言や、集落では過去にも不審火があったという話も浮上した。
つまり、事件直前に犯行を予告するために掲示されたとする見方には疑問が残る。貼り紙の背景には、集落で過去に起きた火災や住民間の出来事が関係していた可能性がある。
ただし、貼り紙の由来に関する住民の説明は証言の一つであり、過去の不審火の犯人や貼り紙の正確な成立事情まで、裁判で確定したわけではない。
2.犯人は村八分にされていた?
事件直後に広まった代表的な説が、保見は集落の住民からいじめや嫌がらせを受けていたというものだ。
保見は集落の出身者で、中学卒業後に地元を離れ、関東地方で左官として働いた後、地元に戻っていた。こうした経歴から、都会から帰ってきた男性が閉鎖的な地域社会になじめず、住民から排除されたという説明が広まった。
しかし、高橋ユキが何度も現地で聞き取りを行った結果、被害者や住民が保見を組織的にいじめていたという確かな証拠は得られなかった。
高橋自身も2023年のウェブゲンロン掲載記事で、事件当時の「いじめ」報道について改めて振り返り、現地取材では確たる証拠を確認できなかったと説明している。
この点は重要だ。被害者5人が加害者を追い詰めたという説明は、事件の背景を単純化した噂であり、裁判で認定された事実とは異なる。
3.夜這いの風習が事件の原因だった?
本書の取材が始まるきっかけになったのが、集落にかつて夜這いの風習が存在したのかという疑問だった。
2017年1月、高橋は雑誌編集部から、金峰地区に戦中の夜這いの風習があったかどうかを調査する依頼を受けた。保見自身が過去にその風習について証言し、事件の遠因として語っていたためだ。
しかし、地域の歴史や風習についての証言を集めることと、2013年の殺人事件の原因を特定することは別問題である。夜這いの存在が事件の直接的な原因だったと証明されたわけではない。
噂と事実の違いを整理
本書を読む際には、次の区別を押さえておきたい。
| 広まった情報 | 取材・裁判で確認できること | 判断 |
|---|---|---|
| 貼り紙は犯行予告だった | 以前から掲示されていたという住民証言がある。 | 犯行予告と断定できない。 |
| 犯人は村八分にされていた | 著者の聞き取りでは、いじめを裏付ける確かな証拠は得られていない。 | 事実として確認されていない。 |
| 集落には噂話が存在した | 著者の現地取材で、住民間に噂話が流通していたことが描かれている。 | 噂話の存在は確認されている。 |
| 夜這いの風習が事件の原因だった | 著者の取材の出発点となった話題だが、事件との直接的な因果関係は確定していない。 | 原因とする根拠はない。 |
| 噂が5人を殺した | 裁判では具体的な犯行と保見の責任能力が判断された。 | 噂だけを事件の原因とはできない。 |
本書の本質は、噂が存在したかどうかだけを調べることではない。誰かが話したことが別の誰かに伝わり、内容が変わり、いつの間にか地域全体の共通認識のようになっていく。その情報の流通過程を描いている点にある。
【犯人の動機と判決】保見光成はなぜ5人を殺害したのか
事件の核心にあるのが、保見光成の犯行動機と精神状態である。
裁判では、保見が近隣住民から噂を流されたり、嫌がらせを受けたりしているという被害意識を抱いていたことが検討された。精神鑑定では妄想性障害と診断され、犯行時の責任能力が大きな争点となった。
妄想性障害と長年の被害意識
高橋ユキの取材や裁判に関する報道によれば、保見は両親が亡くなった2004年ごろから、近隣住民が自分の噂をしたり、嫌がらせをしたりしているという思い込みを強めていった。
一方、実際の集落には住民同士の噂話が存在していた。ここで重要なのは、現実に噂話があったことと、保見が認識していた嫌がらせの内容が事実だったことは同じではないという点だ。
著者は保見本人との面会や手紙のやり取りも行ったが、時間の経過とともに本人の妄想が深まっていたことも作品の中で描いている。
そのため、本人の説明だけから事件の動機を完全に再現することは難しい。裁判所は精神障害の存在を踏まえながらも、犯行時の判断能力や行動を制御する能力を総合的に評価した。
一審・控訴審・最高裁の判決
2015年7月28日、山口地方裁判所は保見に死刑を言い渡した。精神鑑定で妄想性障害が認められたことを踏まえながらも、刑事責任能力があったと判断した。
弁護側は判決を不服として控訴したが、2016年9月13日、広島高等裁判所は一審判決を支持して控訴を棄却した。
さらに2019年7月11日、最高裁第一小法廷も上告を棄却。これによって保見の死刑が確定した。
この裁判で理解しておきたいのは、精神疾患の診断があることと、刑事責任能力がないことは法律上同じ意味ではないという点である。裁判では、病気の有無だけではなく、犯行時に善悪を判断する能力や、自分の行動を制御する能力がどの程度保たれていたかが問われた。
2025年の再審請求に関する最高裁判断
死刑確定後も、弁護団は裁判のやり直しを求める再審請求を行った。
山口地方裁判所は2021年3月、再審請求を棄却。その後、広島高裁でも再審開始は認められず、弁護側は最高裁に特別抗告した。
2025年1月、最高裁はこの特別抗告を棄却した。テレビ山口は同年2月3日、この判断を報道している。
2026年11月現在、確認できる裁判経過では死刑判決は確定したままであり、この再審請求によって新たな裁判が始まったわけではない。
つまり、事件の法的な判断と、集落に残された疑問や噂の検証は分けて考える必要がある。裁判が確定したことは、事件を取り巻くすべての噂が事実として証明されたことを意味しない。
【高橋ユキとは何者?】『つけびの村』が生まれた取材の舞台裏
著者の高橋ユキは、事件取材や裁判傍聴を中心に活動するフリーライターである。事件をセンセーショナルに紹介するだけではなく、法廷での発言や関係者の証言を丹念に追う執筆スタイルで知られている。
裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」から始まったキャリア
高橋ユキは1974年生まれ、福岡県出身。2005年に女性4人で構成する裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成した。
裁判傍聴を通じて刑事事件に関する文章を発表し、事件や裁判を題材とする著作を手掛けてきた。
主な著書には、次のような作品がある。
- 『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』
- 『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』
- 『暴走老人・犯罪劇場』
- 『つけびの村』
裁判の記録を読み解く経験が、『つけびの村』における証言の検証にも生かされている。
2017年の現地取材から2019年の書籍化へ
高橋が初めて集落を訪れたのは2017年1月だった。当初は、地域に夜這いの風習があったのかを調べる雑誌の依頼がきっかけだった。
しかし、取材を進める中で、貼り紙の背景や住民間の噂話など、当初の依頼だけでは収まらない問題に直面する。
取材原稿は当初、掲載に至らなかった。その後も独自に取材を続け、ノンフィクション作品としてまとめたものをウェブサービス「note」で公開した。
朝日新聞の「好書好日」に掲載されたインタビューによると、原稿は6つに分けて公開され、当初は数か月間ほとんど反応がなかったという。その後、2019年3月にSNSで拡散されたことをきっかけに、複数の出版社から書籍化の申し出があった。
最終的に晶文社から2019年9月25日に単行本が発売された。現地取材から約2年半を経て、一つの事件ルポが書籍として世に出たことになる。
『つけびの村』の評判・口コミは?
本書の評価で特徴的なのは、事件の残虐さだけではなく、著者の取材方法や噂話を扱う構成そのものが読者の議論を呼んでいることだ。
朝日新聞の書評で武田砂鉄は、著者が現地を歩き、住民の話を聞き続ける姿勢に注目した。事件を分かりやすい教訓にまとめるのではなく、証言を積み重ねて不穏な状況を再検討する作品として評価している。
一方、電子書籍ストアなどの読者レビューには、後半のエピソードの構成や事件の核心への迫り方について、物足りなさを指摘する意見もある。
主な評価の傾向は次のとおりだ。
- 肯定的な評価:実際の住民への取材が多く、事件報道だけでは分からない地域の空気が伝わる。
- 肯定的な評価:犯人の証言をそのまま真実とせず、複数の視点から検討する構成が興味深い。
- 批判的な評価:後半は事件の中心から離れたエピソードもあり、展開が散漫に感じられる。
- 批判的な評価:読了後も事件のすべてが解明されたという満足感は得られにくい。
そのため、明確な犯人の心理分析や完全な事件解決を期待する人よりも、社会の噂話や地域の人間関係、ノンフィクションの取材過程に関心がある人に向いた作品だ。
【文庫版と村のその後】2026年現在、集落はどうなった?
『つけびの村』を読むなら、2019年刊行の晶文社版だけでなく、2023年の小学館文庫版にも注目したい。文庫版には事件から10年という節目に行われた追加取材と新章が収録されている。
小学館文庫版は2023年3月7日発売
小学館文庫版の正式な書誌情報は以下のとおり。
- 書名:『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』
- 著者:高橋ユキ
- 出版社:小学館
- 発売日:2023年3月7日
- ページ数:336ページ
- 定価:792円(税込)
- ISBN:978-4-09-407235-8
単行本は晶文社から2019年9月に304ページで刊行された。文庫版は336ページとなり、新たな章「宇宙基地から左に回る」が追加されている。
この追加章は、事件から10年が経過した集落の状況を伝えるものだ。事件発生時の取材だけで終わらず、その後の地域社会にも目を向けている点が文庫版の大きな特徴となっている。
事件から10年、集落の住民は12人から3人に
事件現場となった金峰地区の郷集落は、事件後も過疎化が進んだ。
毎日新聞が2023年7月に報じた事件から10年の特集では、事件当時12人だった郷集落の住民が、当時3人まで減少していたことが伝えられた。
ただし、これは2023年時点の報道に基づく数字であり、2026年現在の集落の正確な居住人数を示すものではない。
一方、集落が事件の記憶だけに覆われているわけではない。地域団体「防長の吉野をつくる会」は、金峰地区を桜の名所にする活動を続けてきた。
被害者が暮らしていた住宅の跡地には、犠牲者5人を忘れないという思いを込めて5本の桜が植えられた。周南公立大学の学生や地域住民も植樹や草刈りなどの活動に参加している。
事件の被害者の中には、地域の植樹活動に関わっていた人もいた。地域づくりの活動を通して、被害者の記憶を残そうとする取り組みが続いている。
2025年には被害者遺族が事件から12年の思いを語る
2025年10月、テレビ山口は事件で祖母を亡くした遺族の取材を報じた。
事件当時、小学4年生だった孫は、ニュースを見るまで祖母が殺害されたことを知らなかったという。事件によって人生が変わった遺族が、12年という時間を経て当時の記憶や現在の思いを語った。
この報道が伝えているのは、事件が裁判の終了によって過去の出来事になったわけではないという現実だ。遺族にとっては、事件後も長い時間をかけて向き合い続ける問題である。
2026年現在、事件を振り返る際には、犯人や噂話ばかりに注目するのではなく、犠牲者や遺族、集落で暮らしてきた人々の生活にも目を向ける必要がある。
【プロの結論】『つけびの村』が2026年も読まれる理由とおすすめできる人
『つけびの村』の価値は、事件の答えを一つ提示することだけにあるのではない。むしろ、事件を説明するために流通した情報そのものを検証している点にある。
山口連続殺人放火事件は、人口12人という小さな集落で起きた5人殺害事件として報じられた。その後、貼り紙や村八分説が強調され、事件は閉鎖的な地域社会の悲劇という分かりやすい物語に置き換えられていった。
しかし、高橋ユキの取材によって、その物語を裏付ける証拠が十分に存在しないことや、実際の住民間にも噂話が流通していたことが見えてくる。
ここから得られる重要な視点は3つある。
- 第一に、証言と事実は同じではない。複数の人が同じ話をしていても、その内容が正しいとは限らない。
- 第二に、情報は伝わる過程で変化する。一つの証言が報道やインターネットを通じて拡散され、別の意味を持つことがある。
- 第三に、事件の背景を一つの原因に還元しない。精神状態、個人間の対立、地域社会の構造、噂の存在は、それぞれ分けて検討する必要がある。
こんな人におすすめ
本書は、次のような読者に特におすすめできる。
- 山口連続殺人放火事件の経緯や判決を詳しく知りたい人
- 報道で広まった村八分説や貼り紙の意味を検証したい人
- 高橋ユキのノンフィクション作品に関心がある人
- 限界集落の人間関係や噂話の広がり方に興味がある人
- 事件から10年後の村の状況を知りたい人
反対に、犯人の心理を一つの答えにまとめた解説や、最後にすべての謎が解決するミステリーのような読書体験を求める人には、やや消化不良に感じられる可能性がある。
単行本と文庫版で迷う場合は、事件後の集落の様子まで知りたい人には新章が加わった小学館文庫版がおすすめだ。
【よくある質問】『つけびの村』に関するFAQ
Q1:『つけびの村』は実際に起きた事件を扱った本ですか?
A1:はい。2013年7月21日から22日に山口県周南市金峰地区の郷集落で発生した山口連続殺人放火事件を取材したノンフィクションです。高橋ユキが現地の住民や関係者に聞き取りを行い、裁判や事件後の状況も追っています。
Q2:「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」は犯行予告だったのですか?
A2:犯行予告だったと断定できません。高橋ユキの取材では、事件以前から貼られていたという住民証言や、過去の不審火に関連する話が出ています。一般に広まった解釈とは異なる背景があった可能性があります。
Q3:犯人の保見光成は現在どうなっていますか?
A3:2019年7月11日に最高裁で上告が棄却され、死刑が確定しています。2025年1月には再審請求に関する特別抗告も棄却されました。
Q4:『つけびの村』の文庫版には何が追加されていますか?
A4:小学館文庫版には、事件から10年後の追加取材による新章「宇宙基地から左に回る」が収録されています。事件後の集落の様子まで知りたい人には文庫版が適しています。
Q5:事件が起きた村は現在も存在していますか?
A5:事件現場となった周南市金峰地区の郷集落は現在も地域として存在しています。2023年の報道では住民が3人まで減少していました。一方、地域団体による桜の植樹など、地域を再生しようとする活動も続いています。
Q6:『つけびの村』は怖い本ですか?
A6:実際の殺人・放火事件を扱うため、重い内容を含みます。ただし、ホラー小説のように恐怖を演出する作品ではありません。住民の証言や噂話、地域社会の人間関係を掘り下げる調査ノンフィクションです。
まとめ:『つけびの村』が問いかける事件の真相と村の未来
高橋ユキの『つけびの村』は、2013年に山口県周南市で起きた5人殺害・住宅2軒放火事件を、現地取材と証言の検証によって追ったノンフィクションである。
事件を象徴する川柳、村八分説、夜這いの風習、保見光成の精神状態など、さまざまな情報が飛び交ったが、すべてが確定した事実だったわけではない。裁判で認定された犯行や責任能力と、住民の証言やネット上の噂は、明確に区別して理解する必要がある。
2019年には死刑が確定し、2025年には再審請求に関する特別抗告も棄却された。一方、集落では過疎化が進む中、桜の植樹などを通じて犠牲者の記憶を残す活動が続いている。
2026年現在も、本書が投げかける問いは色あせていない。誰かの証言が噂になり、噂が事実として扱われ、やがて人々の認識を形作っていく。その構造は、山間の小さな集落だけに限られた問題ではない。
『つけびの村』を読むことは、事件の悲惨さを知るだけでなく、情報を受け取る側の姿勢や、噂が人間関係に及ぼす影響を考える機会にもなる。事件の真相を知りたい人はもちろん、現代社会における情報の広がり方を考えたい人にも、一度手に取ってほしい一冊だ。
主な事実確認資料
- 晶文社:2019年刊行の単行本情報
- 小学館:2023年文庫版の書誌情報・追加章
- 朝日新聞「好書好日」:高橋ユキへのインタビュー・書評
- webゲンロン:高橋ユキ本人による事件10年後の検証
- テレビ山口:2025年の再審請求に関する報道、被害者遺族の取材
- 毎日新聞:事件から10年後の集落と地域活動の報道