次原悦子とは何者?経歴・年収・評判と2026年最新の現在を徹底解説
次原悦子(つぎはら・えつこ)氏は、PR・コミュニケーション事業を中心に成長してきたサニーサイドアップグループの代表取締役社長であり、日本のスポーツマネジメントやブランド戦略の分野で長年活躍してきた実業家だ。1966年11月16日生まれで、2026年11月2日時点では59歳。高校生の頃から母親のPR事業に携わり、1985年に創業したサニーサイドアップを成長させてきた。
2026年には、経団連の審議員会副議長・ダイバーシティ推進委員会委員長としての活動に加え、大きな経営上の転換点を迎えた。10月30日には株式会社アカツキの代表取締役会長に就任。2027年3月に予定される「サニーズホールディングス」への商号変更を見据え、経営統合を推進する立場となっている。創業から約40年を経た今、次原氏の経歴は新たな段階に入った。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 経歴:1966年生まれ。高校生の頃からPR事業に携わり、1985年創業のサニーサイドアップを成長させた経営者。
- 主な実績:中田英寿氏、北島康介氏らのマネジメントやアーティスト事業を展開。2016年のスティービーアワードでも受賞実績がある。
- 2026年の現在:サニーサイドアップグループ代表取締役社長、アカツキ代表取締役会長。経団連でも副議長と委員長を務める。
【次原悦子とは?生年月日・年齢と基本プロフィール】

次原悦子氏は、広告・広報業界を中心に活動してきた日本の女性実業家だ。単に企業の知名度を高めるPRだけではなく、アスリートやアーティストの価値を社会に伝え、新しいビジネスにつなげる仕組みを構築してきたことで知られる。
現在の肩書きは、サニーサイドアップグループの代表取締役社長。さらに2026年10月30日からはアカツキの代表取締役会長も務めている。
次原悦子の基本プロフィール

- 氏名:次原悦子(つぎはら・えつこ)
- 生年月日:1966年11月16日
- 年齢:59歳(2026年11月2日時点)
- 職業:実業家
- 主な役職:サニーサイドアップグループ代表取締役社長
- その他の役職:アカツキ代表取締役会長
- 経団連での役職:審議員会副議長、ダイバーシティ推進委員会委員長
- 会社創業:1985年
- 代表取締役社長就任:1997年6月
生年月日については、サニーサイドアップグループの有価証券報告書にも1966年11月16日生まれと記載されている。2026年11月16日に60歳を迎える。
次原氏の特徴は、メディアに登場するタレントやアスリートのように自分自身を前面に出すのではなく、企業や人材の魅力を引き出すPRの仕事を長年続けてきたことだ。本人も、ニュースになる出来事の裏側で支える仕事を大切にしてきた。
【17歳からPRの世界へ|サニーサイドアップ創業の経緯】

次原悦子氏の経歴を理解するうえで欠かせないのが、サニーサイドアップの創業に至るまでの背景だ。
同社の出発点は、母親が独立して始めた小さなPR事業だった。母親は東京都内のワンルームマンションを拠点に仕事を始め、人手が十分にない状況で高校生だった次原氏とその友人に協力を求めた。
次原氏は当時17歳。ニュースリリースを封筒に入れたり、編集部に資料を届けたりする仕事からPRの現場を経験していった。
Business Insider Japanのインタビューや高校生向け情報誌「ch FILES」の取材でも、制服姿で営業に出かけ、新聞やテレビに自分たちが関わった企画が取り上げられることに喜びを感じていた当時のエピソードが紹介されている。
母親の事業を手伝う立場から経営者へ
ここで押さえておきたいのは、次原氏が最初から単独で事業を立ち上げたわけではないという点だ。
創業のきっかけは母親の独立であり、次原氏はその仕事を手伝う形でPR業界に入った。その後、母親の再婚などを経て事業を本格的に引き継ぎ、高校時代の友人らと会社を継続していった。
会社の公式沿革によると、株式会社サニーサイドアップの創業日は1985年7月1日。一方、次原氏の生年月日は1966年11月16日であるため、法人創業日の時点では18歳だった。「17歳で会社を始めた」という紹介は、創業前から仕事に参加していた時期と、法人としての創業時期を分けて理解すると正確だ。
1997年に代表取締役社長へ
会社設立後、次原氏は現場で経験を積み、1997年6月に代表取締役社長に就任した。
PR業界では、広告費を投じて認知を買う広告と、メディアや社会との関係構築を通じて情報を広げるPRは異なる。創業当時は現在ほどPRという言葉が一般に浸透しておらず、小規模な事業者がメディアに取り上げてもらうことも容易ではなかった。
その環境で、次原氏はメディアとの関係構築や企画力を積み重ね、企業や人材の魅力をニュースとして社会に届ける事業を育てていった。
【次原悦子の経歴・年表|アスリートマネジメントから上場まで】
次原氏の経営者としての実績は、PR会社を長期間経営してきたことだけではない。スポーツ選手のマネジメントを事業化し、さらにアーティストやエンターテインメント領域へと展開したことが大きな特徴だ。
サニーサイドアップグループの公式沿革と有価証券報告書などをもとに、主な転換点を整理する。
| 時期 | 出来事・実績 | 経営上の意味 |
|---|---|---|
| 1985年 | 株式会社サニーサイドアップ創業 | PR事業の出発点 |
| 1991年 | 宮塚英也氏とマネジメント契約 | スポーツマネジメント事業を開始 |
| 1993年 | 前園真聖氏との契約 | サッカー選手のマネジメントを本格化 |
| 1995年 | スポーツ選手の肖像権ビジネスを本格化 | 選手のブランド価値を事業化 |
| 1996年 | 中田英寿氏とマネジメント契約 | スポーツ分野での事業拡大 |
| 1997年 | 代表取締役社長に就任 | 経営の中心を担う |
| 2000年 | エンターテインメント事業部を設置 | アーティストや専門家のマネジメントへ展開 |
| 2003年 | 北島康介氏とマネジメント契約 | 競泳分野にも事業を拡大 |
| 2005年 | ホワイトバンドプロジェクトを日本で展開 | 社会課題に関わるPR活動を推進 |
| 2008年 | 大阪証券取引所ヘラクレスに上場 | 企業として成長段階を進める |
| 2021年 | 経団連ダイバーシティ推進委員会委員長に就任 | 経済界での活動を拡大 |
| 2024年 | 経団連審議員会副議長に就任 | 経済界の重要な役職を担う |
| 2026年10月 | アカツキ代表取締役会長に就任 | 経営統合を推進する新たな段階へ |
スポーツマネジメントを事業の柱に育てた
特に重要なのが1990年代のスポーツマネジメント事業への進出だ。
1991年にはトライアスロン選手の宮塚英也氏と契約。1993年にはJリーグ発足に合わせてサッカー選手のマネジメントを始め、前園真聖氏との契約をきっかけに本格展開した。
その後、中田英寿氏との契約や北島康介氏との契約を通じて、スポーツ分野での存在感を高めていった。
2008年には大阪証券取引所ヘラクレスに上場。小規模なPR会社として始まった事業が、複数の分野を持つ企業グループへと発展したことを示す節目だった。
こうした歩みを見ると、次原氏の経営は単一のPRサービスに依存せず、時代の変化や社会の関心に合わせて事業領域を広げてきたことが分かる。
【サニーサイドアップの事業とは?アスリート・アーティストのマネジメントの仕組み】
サニーサイドアップグループは、PRを中心とするコミュニケーショングループだ。企業の広報活動だけでなく、スポーツ、エンターテインメント、プロモーション、ブランド開発など幅広い領域を手がけている。
次原氏が経営者として独自性を発揮してきたのは、PRのノウハウをスポーツ選手やアーティストのマネジメントに応用したことにある。
アスリートの競技力だけでなく社会的価値を高める
一般的にスポーツ選手の評価は、競技成績や大会での実績に左右される。しかし、選手が社会的に認知され、スポンサー企業から支援を受け、引退後も活動を継続するためには、競技以外の価値を育てることも必要になる。
サニーサイドアップが展開してきたアスリートマネジメントでは、次のような領域を扱っている。
- ブランディング:選手の個性や実績を社会に伝える。
- スポンサー獲得:企業との関係構築や協賛活動を支援する。
- エージェント業務:代理人業務や海外進出をサポートする。
- 肖像権ビジネス:写真や動画などの権利活用を支援する。
- ライフサポート:競技に専念できる環境を整える。
- コンテンツ開発:出版物、映像、イベントなどを企画する。
つまり、選手の競技成績を管理するだけではなく、その人物が持つ魅力を企業やメディア、ファンとの接点につなげる事業モデルだ。
中田英寿氏や北島康介氏、前園真聖氏らとの契約は、こうした事業展開を象徴する実績として知られている。
アーティスト・文化人のマネジメントにも展開
スポーツ分野だけにとどまらず、2000年にはエンターテインメント事業部を設置。アスリート以外にも、大黒摩季氏らアーティストや専門家のマネジメント、企画開発業務を始めた。
この展開によって、同社の事業はスポーツ選手の支援から、音楽やエンターテインメントを含む幅広い人材の価値創造へと広がった。
現在の公式事業情報でも、スポーツ選手やアーティストのマネジメント業務は、PRや新規ビジネスの企画開発などと並ぶ事業領域として位置付けられている。
PR会社からコミュニケーショングループへ
現在のサニーサイドアップグループは、PR、ブランドコミュニケーション、スポーツマーケティング、デジタルマーケティング、インフルエンサーマーケティングなどを扱う。
さらにグループ会社を通じて、エンターテインメントのコンテンツ開発やキャスティング、ファッションPRなどにも事業を広げている。
次原氏の経営手法を一言で表現するなら、人や企業が持つ魅力を見つけ、PRによって社会的な価値に変え、その価値を新たなビジネスにつなげることだ。
【2026年最新】次原悦子の現在|経団連の役職とアカツキ会長就任
2026年の次原氏を語るうえで、最も大きなニュースが株式会社アカツキの代表取締役会長への就任だ。
2026年10月30日、アカツキの代表取締役会長に就任
サニーサイドアップグループが2026年10月30日に発表したプレスリリースによると、次原氏は同日開催されたアカツキの臨時株主総会と取締役会を経て、代表取締役会長に就任した。
アカツキでは、次原氏が代表取締役会長、香田哲朗氏が代表取締役社長CEOを務める共同代表体制となった。
この人事の背景にあるのは、サニーサイドアップグループとアカツキの経営統合だ。
両社には異なる強みがある。サニーサイドアップグループはPRやコミュニケーション、ブランド価値の創造に強みを持つ。一方、アカツキはデジタルテクノロジー、エンターテインメント、IPビジネス、事業投資のノウハウを持つ。
これらを組み合わせ、IPの開発・発掘・育成からグローバル展開までを視野に入れた事業を進める構想が示されている。
次原氏は就任に際し、今回の経営統合を次のように表現した。
「もう一度新しい会社を創業するような挑戦です。」
これは、長年経営してきた会社の枠組みを超え、新しい事業モデルを構築することへの意欲を示す言葉だ。
2027年3月にはサニーズホールディングスへ
今回の経営統合では、アカツキが2027年3月2日付で「株式会社サニーズホールディングス」へ商号変更する予定となっている。
また、サニーサイドアップグループの株式は2026年9月16日付で上場廃止となった。これは経営統合に伴う組織再編の一環であり、次原氏の経営活動が終了することを意味するものではない。
2026年11月現在、次原氏はサニーサイドアップグループの代表取締役社長であり、アカツキの代表取締役会長でもある。今後は統合後のグループ経営と新たな事業展開が注目される。
経団連の審議員会副議長・ダイバーシティ推進委員会委員長
次原氏は企業経営だけでなく、日本の経済界でも重要な役職を担っている。
2021年6月1日には、一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)のダイバーシティ推進委員会委員長に就任した。
同委員会は、企業におけるダイバーシティ&インクルージョンを経済界から推進するための組織だ。性別や年齢などの属性にとらわれず、多様な人材が能力を発揮できる環境づくりを目指している。
さらに2024年5月には経団連の審議員会副議長にも就任。2026年7月1日付の経団連公式役員・委員長一覧でも、次原氏の名前は両方の役職に掲載されている。
企業経営者としての経験を、個別企業の経営だけでなく、経済界全体のダイバーシティ推進に生かす立場にあることが分かる。
【次原悦子の年収・評判・受賞歴|経営者としての実績を検証】
次原悦子の年収は公表されている?
次原悦子氏の年収については、インターネット上で関心が高いものの、本人の個人年収を確定できる公表資料はない。
上場企業の役員報酬は有価証券報告書などで一定の開示が行われるが、役員個人の報酬額が必ず公表されるわけではない。
サニーサイドアップグループの2025年6月期有価証券報告書では、監査等委員と社外取締役を除く取締役2人の報酬総額は1億1,200万円と記載されている。
内訳は固定報酬9,200万円、業績連動報酬2,000万円。ただし、これは2人分の合計であり、次原氏個人の報酬額ではない。
同報告書では、連結報酬等の総額が1億円以上となる役員がいないため、個人別の連結報酬額は記載されていない。
したがって、次原氏の年収を1億円、数千万円などと断定することはできない。企業の売上高や従業員の平均年収を、そのまま社長個人の年収と結び付けることも適切ではない。
2026年の業績から見る経営者としての実績
経営者としての評価を考える際には、本人の肩書きだけでなく、会社の業績も重要になる。
2026年8月13日に公表されたサニーサイドアップグループの2026年6月期連結決算では、次の数字が示された。
- 売上高:262億2,900万円(前期比33.9%増)
- 営業利益:22億2,500万円(前期比39.3%増)
- 経常利益:22億2,000万円(前期比35.7%増)
- 親会社株主に帰属する当期純損失:3億6,900万円
売上高と営業利益、経常利益は前年を上回った一方、最終損益は赤字に転じている。
その背景には、アカツキによる公開買付けに関連した費用や、子会社ビルコムの将来事業計画の見直しに伴う減損損失などがある。
会社の発表によると、公開買付関連費用は6億3,500万円、連結ベースの減損損失は合計14億2,500万円だった。
この決算は、事業規模の拡大が進む一方で、経営統合やグループ再編に伴う負担も発生していることを示している。売上高の成長だけでなく、統合後に利益を安定的に生み出せるかが今後の評価ポイントになる。
スティービーアワードの受賞歴|金賞と銀賞の違い
次原氏の実績として知られているのが、2016年の第13回スティービーアワード・フォー・ウィメン・イン・ビジネスでの受賞だ。
この賞は、女性起業家や女性経営者、女性が主導する企業などの功績を表彰する国際的なビジネスアワードである。
ただし、受賞内容には重要な区別がある。
- 会社の受賞:サニーサイドアップが「Women-Run Workplace of the Year – More than 10 employees」部門で金賞。
- 次原氏個人の受賞:「Female Executive of the Year in Asia, Australia or New Zealand」部門で銀賞。
つまり、サニーサイドアップは企業部門で金賞を受賞し、次原氏本人は個人部門で銀賞を受賞した。
次原悦子氏本人が女性ビジネス賞の個人部門で金賞を獲得した、という説明は正確ではない。企業の金賞と本人の銀賞を区別する必要がある。
また、2023年にはサニーサイドアップグループが「令和5年度東京都女性活躍推進大賞」を受賞している。女性が働き続けられる環境づくりに関する取り組みも、同社の実績の一つだ。
次原悦子の評判は?経済界での評価と経営スタイル
次原氏の評判を考える際には、単なる知名度やSNS上の反応ではなく、具体的な事業実績と社会的な役割を見る必要がある。
評価につながる主な要素は次の3点だ。
1. PRを新しいビジネスに発展させた実績
サニーサイドアップは、企業広報を中心とするPR会社から、スポーツ、アーティスト、エンターテインメントなどを扱うコミュニケーショングループへと成長した。PRを単なる情報発信ではなく、ブランド価値を生み出す事業として展開した点が特徴だ。
2. 女性の経営参画とダイバーシティ推進
経団連のダイバーシティ推進委員会委員長としての活動や、東京都女性活躍推進大賞に関連する企業の取り組みは、女性の働き方や組織づくりに関する実績を示している。
3. 長期的な事業継続と経営環境への対応
1985年の創業から約40年にわたり事業を継続し、スポーツマネジメント、アーティスト事業、PR、デジタル領域へと展開してきた。2026年にはアカツキとの経営統合という大きな経営判断にも踏み切っている。
一方、今後の課題は、異なる企業文化や事業基盤をどのように融合させるかだ。統合後の収益性、IP事業の成長、グループ全体の経営効率などが、次原氏の次の経営者評価を左右することになる。
【プロの結論】次原悦子の経営者としての本当の強み
次原氏の経営者としての実績を評価する際、最も注目したいのは、PRという一つの専門領域を異なる産業に応用してきた点だ。
スポーツ選手のマネジメントでは、競技成績だけでなく、本人の魅力や社会的認知、スポンサーとの関係を組み合わせる。アーティストのマネジメントでも、作品や才能を広く伝え、企画やコンテンツに展開する。
このように、人や企業が持つ価値を発見し、それを社会に伝え、経済活動につなげる考え方が一貫している。
また、2026年のアカツキ会長就任は、従来のPR事業を守るだけではなく、デジタルやIPビジネスとの融合に挑戦する姿勢を示している。
経営者としての評価を見極めるなら、次の3つの基準が有効だ。
- 創業から長期間にわたり、事業を継続・発展させてきたか。
- PRやマネジメントの専門性を、新しい収益事業に転換できているか。
- 経営統合後も、売上成長だけでなく利益と組織の持続性を実現できるか。
この基準で見ると、次原氏はPRを起点に複数の事業を育ててきた実績を持つ一方、2026年以降は統合後の経営成果が問われる段階にある。
【次原悦子に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:次原悦子の生年月日と年齢は?
A1:1966年11月16日生まれ。2026年11月2日時点では59歳で、同年11月16日に60歳を迎える。
Q2:次原悦子の年収はいくら?
A2:本人の個人年収は公表されていない。2025年6月期の有価証券報告書には役員区分ごとの報酬総額が掲載されているが、次原氏個人の具体的な金額は確認できない。
Q3:次原悦子はスティービーアワードで金賞を受賞した?
A3:2016年の第13回スティービーアワードでは、サニーサイドアップが企業部門で金賞を受賞。次原氏本人は個人部門で銀賞を受賞している。
まとめ:次原悦子の現在は経営統合という新たな挑戦へ
次原悦子氏は、母親が始めた小さなPR事業に高校生の頃から関わり、サニーサイドアップを約40年にわたって成長させてきた実業家だ。
スポーツ選手のマネジメントからアーティスト事業、企業PR、ブランドコミュニケーションへと事業領域を広げ、2008年には会社の上場も実現した。経団連ではダイバーシティ推進委員会委員長や審議員会副議長を務め、女性の経営参画や組織づくりにも携わっている。
2026年の大きな転換点は、10月30日のアカツキ代表取締役会長への就任だ。2027年3月に予定されるサニーズホールディングスへの商号変更を控え、PRとエンターテインメント、デジタル技術を組み合わせた新たなグループ経営に取り組む。
次原氏の経営者としての実績は、単に若くして創業したという経歴や受賞歴だけでは測れない。PRを通じて人や企業の価値を高め、それを長期的な事業へと育ててきたことに本質がある。
今後の注目点は、約40年かけて築いたPR事業の強みを、アカツキとの統合によってどこまで新しい企業価値に転換できるかだ。次原悦子氏の経営者としての次の章は、まさに2026年から始まろうとしている。