栃ノ心の現在は?2026年の仕事・引退理由・大関昇進までの軌跡を徹底解説

目次

元大関・栃ノ心は、2023年5月に現役を引退した後、何をしているのでしょうか。本名レヴァニ・ゴルガゼ、ジョージア出身の元力士は、2026年現在、母国のワインやハチミツを扱う株式会社Royal Georgiaの事業、東京・墨田区のジョージア料理店「GEORGIAN HOUSE」の運営、在日ジョージア大使館の文化・スポーツアドバイザーなど、幅広い活動を展開しています。さらに、千葉県内でワイナリーを開く計画も明らかにしています。

現役時代には右膝の靱帯断裂という大怪我を乗り越え、2018年初場所の幕内最高優勝、同年の大関昇進を実現しました。一方、2023年の引退を決定づけたのは、最後の土俵生活で負った左肩の負傷でした。2024年2月の引退相撲を経て、2026年には実業家として新たな節目を迎えています。ここでは日本相撲協会の公式記録と2026年の報道をもとに、栃ノ心の現在、引退理由、家族、第二の人生を整理します。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 現在の仕事:株式会社Royal Georgiaでジョージアワイン・ハチミツを扱い、GEORGIAN HOUSEのオーナーとして飲食事業も展開。
  • 引退理由:2023年1月場所で負った左肩の脱臼と腱の損傷により、本来の相撲が取れなくなったことが直接の契機。
  • 現役時代の実績:2018年初場所で14勝1敗の幕内初優勝を達成し、同年7月場所から大関に昇進。
  • 2026年の新展開:2月に東京・墨田区でジョージア料理店を開業。千葉県内でのワイナリー計画も進めている。
  • 家族:日本人の妻と長男、長女がおり、日本を生活の拠点としている。

【2026年最新】栃ノ心は現在何をしている?引退後の仕事を徹底調査

2026年11月現在、栃ノ心は単に元力士として活動しているわけではありません。ジョージアの食文化や特産品を日本に紹介する実業家として、複数の事業に取り組んでいます。

株式会社Royal Georgiaでジョージアワインとハチミツを販売

現在の活動の中心となっているのが、ジョージア産のワインやハチミツを扱う「株式会社Royal Georgia」です。

報道によると、同社は2022年に立ち上げられ、ジョージアワインの輸入・販売・卸売りなどを手がけています。日本で暮らす人々に、母国の伝統的なワインや農産物を届けることが事業の柱です。

注目したいのは、ワイン事業が単なる引退後の新規ビジネスではない点です。栃ノ心はジョージアのムツケタで育ち、幼い頃から祖父の農作業やブドウ栽培、ワイン造りを手伝っていました。ハチミツや農作物も身近にある環境だったといいます。

2026年10月12日のデイリースポーツの報道では、14歳の頃に祖父からジョージアワインを広めてほしいという思いを託されたエピソードも紹介されました。相撲とは別の場所に、長年温めてきた目標があったことが分かります。

また、ジョージア国立ワイン庁の日本向け輸入業者一覧にも株式会社Royal Georgiaの名前が掲載されています。ワイン事業が具体的な輸入・流通の取り組みとして展開されていることを示す情報です。

2026年2月にジョージア料理店「GEORGIAN HOUSE」を開業

2026年の大きなニュースとなったのが、東京都墨田区にオープンしたジョージア料理専門店「GEORGIAN HOUSE(ジョージアンハウス)」です。

スポニチアネックスによると、同店は2026年2月24日から営業を開始しました。場所は都営浅草線・本所吾妻橋駅から徒歩約1分。栃ノ心自身がオーナーを務めています。

店舗は3階建てで、総床面積は約520平方メートル、約120人が利用できる規模です。店内には故郷の町並みの写真やジョージア国旗が飾られ、2018年初場所で優勝した際の優勝額も展示されています。

料理の中心となるのは、ジョージアの伝統的な家庭料理です。

  • シュクメルリ:ニンニクと乳製品を使った、ジョージアを代表する鶏肉料理。
  • ヒンカリ:肉汁を包み込んだ、餃子にも似たジョージアの伝統料理。
  • プハリ:野菜やナッツなどを使った伝統的な前菜。
  • ジョージアワイン:伝統的なクヴェヴリ製法によるワインなど。

さらに、料理を提供するだけではなく、ワイン、ハチミツ、革製バッグなどのジョージア特産品を販売するスペースも併設されています。

栃ノ心が目指しているのは、料理だけを楽しむレストランではなく、ジョージアの文化や生活を体感できる場所です。現役時代から母国の関係者に日本でジョージア料理を食べられる店を開いてほしいと頼まれていたことも、開業の背景にあります。

ジョージア大使館の文化・スポーツアドバイザーとしても活動

栃ノ心の仕事は、飲食業や輸入ビジネスだけではありません。

2026年1月の日本旅行業協会の活動報告では、在日ジョージア大使館のレヴァン・ゴルガゼ文化・スポーツアドバイザーとして、ジョージア観光や文化交流に関する意見交換会に参加したことが紹介されています。

日本で長年活躍した元大関という知名度を生かし、スポーツや文化を通じて日本とジョージアを結びつける役割を担っています。

千葉県内にワイナリーを建設する計画も

2026年10月12日のスポニチアネックスの報道では、栃ノ心が千葉県内でワイナリーの開業を計画していることも明らかになりました。

具体的には、近隣の農地を借りてワイン用のブドウを栽培し、将来的に日本国内でワイン造りを行う構想です。2027年にはブドウの栽培を始める予定と報じられています。

ただし、これは将来に向けた計画であり、2026年11月時点でワイナリーがすでに完成・営業しているという意味ではありません。

幼少期から祖父に教わってきたワイン造りを、今度は日本で実現しようとしている点に、栃ノ心の第二の人生の特徴があります。

【検証資料 1】栃ノ心の当時の様子・関連報道写真(出典:日刊スポーツ)

【引退理由の真相】栃ノ心はなぜ2023年に現役を引退したのか

栃ノ心の引退理由を調べると、右膝の大怪我と左肩の負傷という2つの出来事が出てきます。しかし、この2つは発生した時期も、引退との関係も異なります。

2013年の右膝前十字靱帯断裂で幕下まで転落

最初の大きな転機は2013年7月の名古屋場所でした。

取組中に右膝を負傷し、前十字靱帯と内側側副靱帯を断裂する重傷を負います。手術と治療のために長期休場を余儀なくされ、番付は前頭から幕下55枚目まで急降下しました。

当時は三役まで昇進していた力士が、関取の地位を失うほどの転落です。日刊スポーツの2015年の報道でも、4場所連続休場を経て幕下55枚目まで下がった経緯が伝えられています。

しかし、栃ノ心は土俵を諦めませんでした。2014年の復帰後、幕下で2場所連続優勝、十両でも2場所連続優勝を達成。4場所連続の各段優勝という驚異的な復活を遂げ、再び幕内へ戻りました。

この経験は、栃ノ心の競技人生を語るうえで欠かせません。大関まで上り詰めた実績だけでなく、一度失った関取の地位を取り戻したことも、彼の強さを象徴しています。

2023年1月場所の左肩脱臼が引退の直接的な原因に

2023年の引退を決定づけたのは、右膝ではなく左肩の負傷でした。

2023年1月の初場所4日目に左肩を脱臼し、途中休場。左肩の腱も複数本切れた状態で、左腕に思うように力が入らなくなりました。

栃ノ心にとって左上手を取ることは、自慢の怪力を発揮するための重要な技術でした。相手のまわしをつかみ、引きつけて寄る相撲が持ち味だっただけに、左腕の機能低下は致命的な問題となりました。

その後、3月場所は十両に陥落して5勝10敗。5月場所では東十両5枚目として出場したものの、初日から5連敗を喫しました。

そして2023年5月19日、夏場所6日目に引退届を提出。35歳で17年間の力士生活に幕を下ろしました。

引退会見では、本人が次のように説明しています。

「1月場所でケガして、そこから自分の相撲が取れなかった」

さらに、相撲を取ることへの恐怖や、ファンに本来の力を発揮できない姿を見せることへの悔しさも語りました。あと2、3年は現役を続けられると考えていたというだけに、本人にとっても苦渋の決断だったことがうかがえます。

つまり、2013年の右膝の怪我は過去最大級の試練であり、2023年の左肩の負傷は現役引退につながった直接的な原因です。この2つを混同しないことが、引退理由を正しく理解するポイントです。

【大関昇進までの経歴】幕内優勝と栃ノ心の全成績を振り返る

栃ノ心は1987年10月13日、ジョージアのムツケタで生まれました。本名はレヴァニ・ゴルガゼ。2005年に来日して春日野部屋に入門し、2006年3月場所で初土俵を踏みました。

日本相撲協会の公式記録によると、2008年1月場所で新十両、同年5月場所で新入幕、2010年7月場所で新三役に昇進しています。

2018年初場所で14勝1敗の初優勝

栃ノ心のキャリアで最も輝いたのが、2018年1月の初場所です。

西前頭3枚目で臨んだこの場所で14勝1敗という好成績を残し、初の幕内最高優勝を達成しました。ジョージア出身力士として初めての幕内優勝という歴史的な記録でもありました。

その勢いは一場所限りではありません。3月の春場所では10勝5敗、5月の夏場所では13勝2敗を記録します。

この3場所の合計は37勝8敗。大関昇進の目安とされる3場所33勝を大きく上回る成績でした。

2018年5月30日、日本相撲協会は番付編成会議と臨時理事会を開き、栃ノ心の大関昇進を満場一致で承認しました。7月場所から新大関として土俵に上がっています。

欧州出身の大関としては琴欧洲、把瑠都に続く3人目でした。幕下55枚目まで落ちた力士が、大関まで上り詰めたという復活劇は、当時の相撲界でも大きな話題となりました。

栃ノ心の主要経歴・成績一覧

時期 出来事・成績 主な意味
1987年10月 ジョージア・ムツケタで誕生 本名レヴァニ・ゴルガゼ
2005年 来日・春日野部屋に入門 日本での相撲人生が始まる
2006年3月 初土俵 大相撲の力士としてスタート
2008年1月・5月 新十両・新入幕 関取、幕内へ昇進
2010年7月 新三役 小結・関脇などを目指す地位へ
2013年7月 右膝の靱帯を断裂 4場所連続休場、幕下55枚目まで転落
2014年 幕下・十両で4場所連続優勝 大怪我からの復活
2018年1月 初場所14勝1敗で幕内初優勝 ジョージア出身初の幕内優勝
2018年5月30日 大関昇進が正式決定 3場所37勝8敗の実績
2023年5月19日 現役引退 左肩の負傷が直接の契機
2024年2月4日 引退相撲・断髪式 両国国技館で土俵に別れ
2026年2月24日 GEORGIAN HOUSE開業 飲食事業に本格進出
2026年10月 トークショーで近況を報告 ワイナリー計画などを公表

日本相撲協会の公式プロフィールに記載されている栃ノ心の通算成績は、681勝615敗106休、102場所です。

幕内成績は559勝573敗68休。幕内優勝1回のほか、十両優勝3回、幕下優勝2回を記録しています。三賞は殊勲賞2回、敢闘賞6回、技能賞3回、金星2個です。

大関在位は合計7場所で、35勝43敗27休。大関として長期政権を築いた力士ではありませんが、幕内優勝と大関昇進という最高峰の実績を残したことは揺るぎません。

【検証資料 2】栃ノ心の活動歴およびメディア掲載記録(出典:毎日新聞)

【2024年の引退相撲】断髪式で約300人が参加した最後の晴れ舞台

2023年5月に現役を退いた栃ノ心は、翌2024年2月4日、東京・両国国技館で「栃ノ心引退断髪披露大相撲」を開催しました。

デイリースポーツの2024年2月5日付の報道によると、断髪式には横綱照ノ富士ら約300人が参加。最後は師匠の春日野親方(元関脇・栃乃和歌)が止めばさみを入れ、栃ノ心の大銀杏を切り落としました。

当日は、現役時代に対戦した元横綱・朝青龍も出席しました。朝青龍が栃ノ心の頬にキスをして労をねぎらった場面も報じられています。

栃ノ心は断髪式で涙を見せながら、2005年に日本へ来た当時は知り合いが一人もいなかったことを振り返り、多くの人が集まったことへの喜びを語りました。

「今日は悔しい涙ではありません。幸せの涙でした」

この言葉には、異国の地で約20年にわたって築いてきた人間関係と、力士として歩んだ時間への感謝が表れています。

栃ノ心の妻と家族は?現在は日本で生活

栃ノ心の家族についても、引退相撲や2026年の近況報道で一部が明らかになっています。

2024年2月のデイリースポーツの報道では、妻の英美さんと長男の春伶馬(はれば)くんが紹介されました。当時、長男は生後9カ月でした。

さらに2026年10月のデイリースポーツの報道では、日本人の妻と3歳の長男、2026年5月に誕生した長女の4人で生活していると伝えられています。

現在は千葉県内に住居を構え、日本を生活の拠点として仕事と家庭を両立させている様子です。

家族のプライベートについては、仕事上の活動とは分けて考える必要があります。公表されている範囲では、日本に生活基盤を築き、家族とともに新しい生活を送っていることが分かります。

【現役時代と現在を比較】90キロ減量した元大関の第二の人生

栃ノ心の現在を語る際、見た目の変化も大きな話題になっています。

現役時代は身長192センチ、体重176キロという巨体を生かし、相手をつり上げるほどの怪力で知られていました。2026年10月12日のデイリースポーツの報道では、引退後に約90キロ減量したことが紹介されています。

力士としての体格を維持する必要がなくなり、現在は実業家として活動するための生活へと変化しています。

現役時代と2026年現在の違い

  • 仕事:現役時代は力士として本場所や巡業に出場。現在は会社経営、レストラン運営、文化交流などに従事。
  • 身体:現役時代の巨体から大幅に減量し、以前とは異なる体格になった。
  • 活動拠点:春日野部屋を中心とした相撲生活から、東京・墨田区や千葉県を拠点とする事業活動へ移行。
  • 社会的な役割:元大関としての知名度を生かし、日本とジョージアの文化交流にも携わる。
  • 将来の目標:ジョージアワインの普及に加え、日本国内でのブドウ栽培とワイナリー開業を目指す。

なぜ相撲協会に残らず実業家の道を選んだのか

大関まで昇進した力士には、引退後に日本相撲協会に残り、親方として後進を指導する道もあります。

しかし、栃ノ心は引退後に協会に残らず、母国とのつながりを生かしたビジネスを選択しました。

報道では、親方になるために必要となる日本国籍への変更という条件も、進路を考えるうえでの事情として紹介されています。

一方、本人にはジョージアワインを広めたいという長年の目標がありました。日本で過ごした年月や日本への愛着もあり、帰国だけを選ぶのではなく、日本に住みながら母国の文化を伝える道を選んだと考えられます。

これは、元力士としての知名度を単発のテレビ出演だけに使うのではなく、商品、飲食店、文化交流という継続的な事業に結びつける選択です。

【検証資料 3】栃ノ心に関する近況・インタビュー報道記録(出典:毎日新聞)

【プロの結論】栃ノ心の第二の人生はジョージアと日本を結ぶ挑戦

栃ノ心の引退後の活動を評価するうえで、注目したいのは、ワイン、ハチミツ、料理店、大使館での仕事が別々の活動に見えて、実際には一つの方向につながっていることです。

第一の視点:幼少期の経験をビジネスに転換している

ワイン造りや農作業を祖父から学んだ経験は、現役時代には表に出ることの少なかった一面です。しかし引退後、その経験がRoyal Georgiaの事業やワイナリー構想につながっています。

単に知名度を利用して商品を売るのではなく、自分自身が知っている母国の文化を伝えるという点に、事業の独自性があります。

第二の視点:レストランが文化発信の拠点になっている

GEORGIAN HOUSEは、料理を提供する飲食店であると同時に、ジョージアのワインや特産品を紹介する場所でもあります。

日本ではジョージア料理に触れる機会が限られているため、現地の食文化をまとめて体験できる施設には独自の価値があります。レストランと物販を組み合わせた事業モデルは、栃ノ心の出身地という強みを生かしたものです。

第三の視点:ワイナリー構想は長期的な挑戦

輸入販売だけであれば、ジョージアで生産されたワインを日本に届けることが中心になります。しかし、日本でブドウを栽培し、ワイン造りまで実現できれば、事業の幅はさらに広がります。

もっとも、農地の確保、栽培環境、醸造設備、品質管理、販売経路など、ワイナリーの実現には複数の課題があります。2027年の栽培開始計画が実際にどう進展するかは、今後の注目点です。

2026年10月のトークショーで栃ノ心は、現在の仕事について、相撲時代より忙しいものの楽しいという趣旨のコメントをしています。現役時代とは異なる忙しさを、前向きな挑戦として受け止めている様子が伝わります。

また、引退後も約90キロの減量を経験しながら、料理店の経営や文化交流に取り組んでいることは、力士時代の生活から大きく変わったことを示しています。

栃ノ心の第二の人生は、元大関という肩書を守るだけの活動ではありません。ジョージア出身という自身のルーツを事業の中心に置き、日本で新しい価値を生み出そうとする挑戦です。

【栃ノ心の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:栃ノ心は2026年現在、何をしていますか?
A1:株式会社Royal Georgiaでジョージアワインやハチミツの輸入・販売などを手がけるほか、東京都墨田区のジョージア料理店GEORGIAN HOUSEを経営しています。在日ジョージア大使館の文化・スポーツアドバイザーとしても活動しています。

Q2:栃ノ心の引退理由は右膝の怪我ですか?
A2:直接の引退理由は2023年1月場所で負った左肩の脱臼と腱の損傷です。右膝の前十字靱帯と内側側副靱帯を断裂したのは2013年で、このときは幕下55枚目まで転落したものの、復活して大関に昇進しました。

Q3:栃ノ心のジョージア料理店はどこにありますか?
A3:東京都墨田区吾妻橋にあるGEORGIAN HOUSEです。2026年2月24日にオープンし、都営浅草線の本所吾妻橋駅から徒歩約1分の場所にあります。

Q4:栃ノ心は大関時代に優勝していますか?
A4:はい。2018年1月場所で14勝1敗を記録し、幕内最高優勝を果たしました。その後、3月場所で10勝、5月場所で13勝を挙げ、3場所合計37勝8敗の成績で大関に昇進しました。

Q5:栃ノ心の妻や子供は?
A5:報道によると、日本人の妻と長男、長女がいます。2026年10月の報道では、3歳の長男と2026年5月に誕生した長女を含め、家族4人で生活していると紹介されました。

Q6:栃ノ心のワイナリーはすでに完成していますか?
A6:2026年11月時点では開業済みではありません。2026年10月の報道では、千葉県内の農地を借りて2027年にワイン用ブドウの栽培を始め、将来的にワイナリーを開く計画が紹介されています。

Q7:栃ノ心の引退相撲はいつ開催されましたか?
A7:2024年2月4日に東京・両国国技館で開催されました。横綱照ノ富士ら約300人が断髪式に参加し、最後は師匠の春日野親方が止めばさみを入れました。

まとめ:栃ノ心の現在は実業家としての新たな挑戦の途中

栃ノ心は2023年5月、左肩の重傷を理由に17年間の力士生活を終えました。2013年の右膝靱帯断裂から幕下55枚目まで転落しながらも復活し、2018年の幕内初優勝と大関昇進を果たした経歴は、今も大相撲ファンの記憶に残っています。

引退後は、母国ジョージアのワインとハチミツを扱う株式会社Royal Georgia、2026年2月に開業したGEORGIAN HOUSE、在日ジョージア大使館での文化・スポーツアドバイザーとしての活動など、仕事の幅を広げています。

さらに、千葉県内でのワイナリー構想という新たな目標もあります。2027年のブドウ栽培計画が実現すれば、輸入販売だけではなく、日本でのワイン造りにも挑戦することになります。

2026年11月現在、栃ノ心は相撲界を離れても、日本とジョージアをつなぐ存在として活動を続けています。大関まで上り詰めた不屈の精神が、今度は実業家としてどのような成果につながるのか。GEORGIAN HOUSEの成長とワイナリー計画の進展が、これからの栃ノ心を知るうえで重要な注目ポイントです。