【ぺこりゅうの出会いから結婚まで】原宿のショップ店員から人気カップルへ

目次

ぺことりゅうちぇるさんが出会ったのは、2014年春、東京・原宿のアパレルショップでした。

2人はともに1995年生まれ。同じ時期に高校を卒業し、ぺこさんは大阪から、りゅうちぇるさんは沖縄から上京しています。

当時、りゅうちぇるさんは先に原宿の古着店で働いており、後からぺこさんが入店。出会って約2か月で交際を始めました。

2021年のファッション誌『bis』のインタビューでは、2人が当時の恋愛や結婚について振り返っています。

交際からプロポーズまでの経緯

りゅうちぇるぺこ

交際開始から約半年で同棲を始めた2人。りゅうちぇるさんは、交際当初からぺこさんと結婚する可能性を感じていたと明かしています。

一方、ぺこさんはプロポーズを受けるまで結婚を申し込まれていることに気づかなかったそうです。

りゅうちぇるさんは21歳のときに婚約指輪を購入し、プロポーズに臨みました。

2016年12月31日、2人はNHKの生放送番組『しあわせニュース2016』に出演し、12月28日に入籍したことを報告しました。

プロポーズの言葉として紹介されたのは、

僕のプリンセスになってください。

というロマンチックな一言です。

この結婚発表を機に、2人は「ぺこりゅう」の愛称で幅広い世代に知られる存在となりました。

2018年に長男リンクくんが誕生

りゅうちぇるぺこ

2018年7月11日、2人の間に第1子となる男の子が誕生しました。

名前はリンクくんです。

名前の由来として、りゅうちぇるさんは映画『ヘアスプレー』に登場するリンクという人物への思いを語っています。

2人は、子どもが生まれる前から育児について話し合い、妊娠中の準備や出産後の手続きにも協力して取り組んでいました。

育児雑誌『たまひよ』のインタビューでは、妊娠中の準備や子育てについて、夫婦それぞれの考えを紹介しています。

テレビでは明るく個性的なカップルとして人気を集めた2人ですが、家庭では父親と母親としての生活が始まりました。

【2022年の離婚理由とカミングアウト】2人に何があったのか

りゅうちぇるぺこ

2人の関係が大きく変化したのは、2022年8月25日です。

りゅうちぇるさんとぺこさんは、それぞれのSNSを通じて夫婦という関係を解消し、今後は「人生のパートナー」として家族を続けていくことを発表しました。

この発表は大きな反響を呼び、離婚理由やりゅうちぇるさんのカミングアウトに関心が集まりました。

りゅうちぇるが抱えていたセクシュアリティの葛藤

2022年8月25日の発表で、りゅうちぇるさんは、自身のセクシュアリティについて長年悩んでいたことを明かしました。

彼が語ったのは、女性であるぺこさんを好きになり、結婚して子どもを持ったこと自体が嘘だったという話ではありません。

むしろ、ぺこさんとの愛情や父親としての喜びを大切にしながらも、自分の内面と、世間から期待される夫・男性としての役割との間に葛藤が生じていたという内容でした。

当時の発表では、次のような思いを伝えています。

これまで皆さまに多様な生き方を呼びかけてきた僕なのに、実は僕自身は、“夫”らしく生きていかないといけないと自分に対して強く思ってしまっていました。

この発表に先立ち、2022年初めにはぺこさんに自分の抱えていた悩みを打ち明けていたことも、雑誌『VERY』のインタビューで明らかになっています。

りゅうちぇるさんは、家庭が本来安らげる場所であるはずなのに、本当の自分を出せないことが苦しかったと説明しました。

また、父親であることには誇りを持っていた一方、夫という立場には精神的な負担を感じるようになっていたと語っています。

ぺこはカミングアウトをどう受け止めた?

ぺこさんも、夫婦関係の変化を簡単に受け入れられたわけではありません。

『VERY』の2022年9月のインタビューでは、りゅうちぇるさんから告白された際の心境を振り返っています。

りゅうちぇるさんは「騙していてごめんなさい」という趣旨の言葉を伝えたそうですが、ぺこさんは騙されたとは思わなかったと説明しました。

それまで本人が抱えていた苦しさを思い、打ち明けてくれたことへの感謝を感じたといいます。

ただし、夫婦関係を解消する決断については、ぺこさんにも複雑な思いがありました。

同インタビューでは、ぺこさんが沖縄への移住など、2人が無理なく暮らせる方法をいくつも提案したことも明かされています。

それでもりゅうちぇるさんは、法律上の夫婦関係を解消することが自分にとって必要だと考えていました。

つまり、2人の離婚は単純な恋愛感情の消失や、一般的な夫婦喧嘩による別れとして説明できるものではありません。

自分らしく生きたいという思いと、親として家族を守りたいという思いを両立させるための、大きな決断だったのです。

2022年8月26日、法律上も離婚が成立していた

8月25日の発表を受け、翌26日には所属事務所が報道各社の取材に対応しました。

その説明によれば、2人はすでに離婚届を提出しており、法律上も夫婦ではなくなっていました。

ただし、離婚後すぐに別居するという選択はしていません。

2人は、それまで通り3人で暮らしながら、父親と母親として息子を育てることを目指していました。

ぺこさんも翌27日にSNSで改めて説明し、夫婦ではなくなっても家族であり続けたいという気持ちを表明しています。

この点は、2人の関係を理解するうえで非常に重要です。

【りゅうちぇるとぺこの関係年表】結婚・離婚・訃報までの全記録

2人の関係は、交際、結婚、出産、夫婦関係の解消、そして突然の別れという複数の転換点を経験しました。

主な出来事を時系列で整理します。

年月日・時期 出来事 2人の関係・背景 2014年春 原宿のアパレルショップで出会う 交際を開始 2016年12月28日 結婚・入籍 12月31日にテレビで発表 2018年7月11日 長男リンクくん誕生 父親・母親として子育てを開始 2022年初め りゅうちぇるさんが自身の悩みをぺこさんに告白 家族の今後について話し合う 2022年8月25日 夫婦関係の解消を公表 人生のパートナーとして家族を続けると発表 2022年8月26日 所属事務所が離婚届提出を説明 法律上も夫婦関係を解消 2023年7月12日 ryuchellさん死去 27歳 2024年2月 peco初エッセイ『My Life』刊行 出会い、結婚、家族、子育てを自身の言葉で綴る 2026年7月 シドニーで親子留学 pecoは語学学校、息子はウィンターキャンプに参加 2026年10月 連載『My Love』を継続 育児やファッション、日常について発信

この年表から分かるのは、2人の関係が法律上の夫婦という形を終えた後も、家族としてのつながりを大切にしようとしていたことです。

ただし、2022年に発表された共同生活の構想は、翌年のりゅうちぇるさんの死去によって大きく変わりました。

【2023年7月12日の訃報】りゅうちぇるの死去とぺこのその後

2023年7月12日、タレント・モデルとして活動していたryuchellさんが、東京都内で亡くなりました。

享年27歳。

沖縄県出身で、原宿のショップ店員から芸能界に進み、テレビのバラエティー番組や音楽活動など幅広い分野で活躍していた人物でした。

訃報は同日、報道各社によって伝えられました。翌13日には、ぺこさん自身もSNSを更新し、りゅうちぇるさんが亡くなったことを公表しています。

亡くなる前日には息子の誕生日を一緒に祝っていた

ぺこさんの2023年7月13日の投稿には、家族の最後の時間についても記されていました。

当時、ぺこさんとリンクくんは、サマースクールのためグアムに滞在していました。

りゅうちぇるさんも日本からグアムを訪れ、2023年7月10日には3人で一日を過ごし、翌11日のリンクくんの5歳の誕生日を一緒に祝ったといいます。

誕生日当日には、親子で息子をスクールへ送り出し、りゅうちぇるさんは日本へ戻ることになりました。

その後、ぺこさんは13日に次のような思いを公表しました。

わたしは今も、そして息子が大きくなったときも、胸を張って「あなたをいちばん愛している最高のダダだよ」と息子に伝え続けます。

この言葉には、夫婦という関係を解消した後も、りゅうちぇるさんを息子の父親として大切に思っていたことが表れています。

また、ぺこさんは小さな息子のプライバシーを守るため、親族や友人への取材、憶測に基づく記事掲載を控えてほしいと呼びかけました。

りゅうちぇるのSNSや作品は現在どうなっている?

2023年8月29日、所属事務所の比嘉企画は公式発表を通じて、りゅうちぇるさんが残した事務所をpecoさんとスタッフで守っていく方針を明らかにしました。

また、YouTube、Instagram、X(旧Twitter)のアカウントについても、引き続き残すと説明しています。

これらのアカウントや過去の動画、写真、発言は、りゅうちぇるさんの活動を振り返ることができる記録として残されています。

ただし、アカウントが現在も閲覧できることと、本人が新たに情報を発信していることは別です。

【ぺこの現在2026年最新】息子との生活とシドニー親子留学

2026年11月現在、pecoさんはモデル・タレントとしての活動に加え、ブランドプロデュース、エッセイ執筆、SNS発信などを続けています。

1995年6月30日生まれのpecoさんは、2026年に31歳を迎えました。

息子のリンクくんも2018年7月11日の誕生から8年が経ち、8歳になっています。

2026年7月、オーストラリア・シドニーで親子留学

2026年のpecoさんの活動で特に話題になったのが、オーストラリア・シドニーへの親子留学です。

7月8日、pecoさんは自身のInstagramで、シドニーの語学学校に通っていることを報告しました。

今回の渡航では、親子が同じ学校に通うのではなく、それぞれ別の学びに挑戦しています。

- pecoさん: 現地の語学学校で英語を学習
- リンクくん: ウィンターキャンプに参加
- 滞在期間: 2週間
- 場所: オーストラリア・シドニー

pecoさんは、英語学習を始めたのは約2年半前で、実際に勉強していた期間は合計約1年だったと説明しています。

今回の留学は、息子の学校の長期休暇に合わせて実現したものです。

留学サポートを担当したタビケン留学の2026年8月の発表によると、pecoさんはシドニー中心部にあるLa Lingua Language Schoolに2週間通学しました。

息子は現地のウィンターキャンプに参加し、親子それぞれが異なる環境で学ぶ経験をしました。

親子留学は海外移住ではなく短期の挑戦

今回のニュースで注意したいのは、シドニーへの渡航が長期移住や海外移住の発表ではないことです。

pecoさん自身が語学学校への通学期間を2週間と説明しており、帰国後の連載でもシドニーでの経験を振り返っています。

2026年8月8日公開の『めざましmedia』の連載では、留学を通じて出会った人々や、新しい自分を発見した経験について語りました。

また、英語を使って異なる国籍や年齢の人たちと交流できたことも大きな収穫だったと振り返っています。

親子留学という言葉から長期間の海外生活を想像する人もいるかもしれませんが、今回の取り組みは、親子がそれぞれの学校に通った2週間の短期留学です。

pecoの現在の仕事は?ブランドとメディア活動

pecoさんは2023年、自身がデザイナー・プロデューサーを務めるファッションブランド「Tostalgic Clothing(トスタルジック・クロージング)」を立ち上げました。

このブランドの特徴は、80〜90年代のアメリカンカルチャーを背景にしたファッションです。

ブランド名は、懐かしいという意味の「Nostalgic」と、本名のTETSUKOの頭文字を組み合わせた造語。

公式ブランド紹介では、ファッションを通じて自分らしさを楽しみ、着る人が今の自分を好きになれるような服づくりへの思いが説明されています。

現在の主な活動を整理すると、次のようになります。

活動分野 内容
モデル・タレント ファッション、テレビ、メディア出演
ブランド Tostalgic Clothingのデザイン・プロデュース
エッセイ 『My Life』の刊行
連載 『めざましmedia』の『My Love』
SNS・YouTube ファッションや育児、日常の発信
子育て リンクくんとの生活や親子の経験

2026年10月10日にも、8歳になった息子との自宅での過ごし方を紹介する連載記事が掲載されています。

こうした活動からは、pecoさんが仕事と子育ての両方を続けながら、自分の好きなファッションや暮らしを発信している様子がうかがえます。

【エッセイ『My Life』】ぺこが自分の言葉で伝えた家族への思い

pecoさんの歩みを理解するうえで、欠かせない作品が初めてのエッセイ『My Life』です。

2024年2月刊行、祥伝社、全256ページ。

この本では、幼少期の思い出、好きなファッション、家族、子育て、りゅうちぇるさんとの出会いから結婚、夫婦関係の解消に至るまでを自身の言葉で綴っています。

特に注目したいのは、2022年の新しい家族の形を発表した際に寄せられた、周囲の反応についてです。

当時、ぺこさんには応援だけでなく、「優しすぎるのではないか」「大丈夫なのか」といった心配の声も寄せられていました。

2024年の朝日新聞系メディア『好書好日』のインタビューでは、エッセイを書こうと思った背景について語っています。

『My Life』に込められたメッセージ

ぺこさんは、結婚も出産も、新しい家族の形を選ぶことも、それぞれ覚悟を持って決めてきたと説明しています。

単に相手の希望を受け入れたということではなく、自分自身が考え、選択した人生だったということです。

また、りゅうちぇるさんとの関係について、彼から受け取った愛情は本物だったと語っています。

2024年のインタビューでは、りゅうちぇるさんが亡くなった後も、彼を家族だと思う気持ちは変わらないと話しました。

このエッセイの意義は、世間から見た夫婦の評価ではなく、当事者であるぺこさんが自分の経験を自分の言葉で記録したことにあります。

結婚や離婚という法律上の区分だけでは捉えきれない、家族の歴史や個人の感情が綴られています。

【プロの結論】りゅうちぇるとぺこの関係をどう理解するべきか

2人の歩みを振り返ると、重要なのは、関係の変化を一つの言葉だけで説明しようとしないことです。

2016年には夫婦となり、2018年には親になりました。

2022年には、夫婦という法律上の関係を終えながらも、親として、人生のパートナーとして家族を続ける選択をしました。

そして2023年、りゅうちぇるさんが亡くなったことで、その家族の形も再び変わりました。

この経緯を踏まえると、2人の関係には次の3つの側面があります。

1. 恋愛関係としての2人: 原宿で出会い、互いを人生のパートナーとして選び、結婚した。
2. 親としての2人: リンクくんの誕生後、父親と母親として協力して子育てに取り組んだ。
3. 家族としての記憶: 夫婦関係の解消や死別を経ても、ぺこさんにとってりゅうちぇるさんは息子の父親であり、大切な家族である。

また、2人の関係を調べる際には、情報の見極めも欠かせません。

よくある情報・疑問 公開情報から分かること
2人は現在も夫婦? 2022年に法的に離婚
離婚は単なる不仲が原因? 本人はセクシュアリティや夫としての役割への葛藤を説明
2022年の発表後は別居? 当初は3人で暮らすと発表
2人は復縁した? 復縁・再婚の公表事実はない
ぺこは現在シドニー在住? 2026年の渡航は2週間の短期留学
りゅうちぇるのSNSは本人が更新? 死去後もアカウントを残すと事務所が発表

2人の物語は、芸能人夫婦の離婚という一つのニュースだけで語れるものではありません。

自分らしく生きること、子どもを大切にすること、法律上の関係と家族としてのつながりが必ずしも一致しないこと。

こうしたテーマを考えるうえでも、2人が実際に公表してきた言葉や選択には大きな意味があります。

【りゅうちぇるとぺこに関するよくある質問(FAQ)】

Q1:りゅうちぇるとぺこは現在も夫婦ですか?

A1:いいえ。2人は2022年8月に夫婦関係を解消し、所属事務所も離婚届を提出済みと説明しています。その後、2023年7月12日にりゅうちぇるさんが亡くなりました。

Q2:りゅうちぇるとぺこの離婚理由は何ですか?

A2:りゅうちぇるさん自身が、セクシュアリティに関する葛藤や、世間から期待される夫・男性としての役割と本当の自分とのギャップを説明しています。2人は話し合いを重ね、夫婦ではなく人生のパートナーとして家族を続ける道を選びました。

Q3:ぺこは2026年現在、シドニーに住んでいるのですか?

A3:シドニーへの移住が公表されたわけではありません。2026年7月に息子と2週間滞在し、pecoさんは語学学校、息子はウィンターキャンプに参加しました。帰国後も日本での仕事や連載を続けています。

まとめ:りゅうちぇるとぺこの歩み、そして2026年の現在

りゅうちぇるさんとぺこさんは、2014年に出会い、2016年に結婚。2018年には長男リンクくんが誕生しました。

2022年8月には、りゅうちぇるさん自身のセクシュアリティをめぐる葛藤を背景に夫婦関係を解消。法律上の夫婦ではなくなった後も、親として家族を続けていくことを発表しました。

しかし、2023年7月12日、りゅうちぇるさんは27歳で亡くなりました。

2026年現在、pecoさんは息子との生活を大切にしながら、モデル・タレント活動、ファッションブランドのプロデュース、SNSや連載での発信を続けています。

7月のシドニー親子留学も、その新しい挑戦の一つです。

また、初エッセイ『My Life』には、結婚や出産、家族の形を変える決断、そしてりゅうちぇるさんへの思いが残されています。

りゅうちぇるさんとぺこの関係は、夫婦という形を終えた後も、家族としての歴史や思い出が消えることはなかったという点に特徴があります。

2人が歩んだ時間と、ぺこさんが現在築いている暮らし。その両方を知ることが、「りゅうちぇるぺこ」というキーワードの本当の意味を理解する手がかりになります。