大久保嘉人の妻・莉瑛さんはどんな人?結婚の馴れ初めや4人の息子、スペイン移住後の家族生活を徹底解説

目次

元サッカー日本代表の大久保嘉人さんの妻は、大久保莉瑛(おおくぼ・りえ)さんです。2人は高校時代に出会い、約4年間の交際を経て2004年に結婚。現在は4人の男の子の父母として、家族で歩みを重ねています。

莉瑛さんの名前が広く知られるようになったきっかけの一つが、2015年に公表された病気と、それを家族で支えた丸刈りのエピソードです。さらに2025年4月には家族6人でスペイン・バルセロナへ移住。2026年にはテレビ番組『アナザースカイ』にも夫婦で登場し、新しい生活を紹介しました。妻のプロフィールや馴れ初め、病気からの回復、4人の息子の名前、そして2026年現在の夫婦の姿まで詳しく見ていきます。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 妻の名前:大久保莉瑛さん。1983年長崎県生まれで、短大卒業後は航空会社に勤務していました。
  • 結婚と家族:2004年に結婚。長男・碧人さん、次男・緑二さん、三男・橙利さん、四男・紫由さんの4人の息子がいます。
  • 病気と丸刈り:2015年、莉瑛さんが部分胞状奇胎と診断され、嘉人さんと当時の3人の息子が丸刈りになって支えました。
  • 2026年の現在:2025年4月から家族6人でスペインのバルセロナに移住し、息子たちのサッカーと嘉人さんの新たな挑戦を支えています。

【妻は大久保莉瑛さん】プロフィールや経歴、現在の活動を紹介

大久保嘉人奥さん

大久保嘉人さんの妻・莉瑛さんは、芸能活動を中心にしてきた人物ではありません。家庭を支える一方で、子育てやサッカー教育にも積極的に関わってきた女性です。

2024年11月に公開された「CHANTO WEB」の本人インタビューでは、プロフィールや夫婦の関係、子育てについて詳しく語っています。

大久保莉瑛さんのプロフィール

大久保嘉人奥さん
  • 名前:大久保莉瑛(おおくぼ・りえ)
  • 生年:1983年
  • 出身地:長崎県
  • 学歴:短期大学卒業
  • 結婚:2004年、大久保嘉人さんと結婚
  • 子ども:男の子4人
  • 過去の職歴:航空会社勤務
  • 活動:サッカースクール「Btrece(ベトレーセ)」の運営

莉瑛さんは短大を卒業した後、航空会社に勤務していました。その後、嘉人さんのスペイン移籍を機に結婚し、仕事を辞めて家庭を支える道を選んだことが、本人のプロフィールで紹介されています。

注目したいのは、単に有名サッカー選手の妻という立場にとどまらないことです。2024年のインタビューでは、嘉人さんがプロデュースするサッカースクール「Btrece」の代表を務めていると紹介されています。

同スクールは、夫婦それぞれの地元にサッカーが好きな子どもたちを育てたいという思いから、長崎と福岡に開校したものです。莉瑛さん自身が立ち上げのきっかけをつくったと語っており、教育や地域活動にも関心を持っていることが分かります。

また、莉瑛さんの父親は嘉人さんが所属していたサッカーアカデミーの指導者でした。夫婦が出会う前から、サッカーを通じた接点が家族間にあったのです。

こうした経歴からは、家庭と仕事の両面で自分の役割を築いてきた莉瑛さんの姿が見えてきます。

【検証資料 1】大久保嘉人奥さんの当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

【2004年に結婚】大久保嘉人さんと妻・莉瑛さんの馴れ初め

大久保嘉人奥さん

大久保夫妻の出会いは高校時代です。長い交際期間を経て結婚しており、プロサッカー選手として活躍する前から関係を築いてきた夫婦です。

出会いは高校3年生のころ

2014年の「女性自身」の報道では、2人が出会ったのは2000年とされています。当時はともに高校3年生でした。

さらに2024年の「CHANTO WEB」のインタビューで、莉瑛さん自身が出会いの経緯を詳しく説明しています。

嘉人さんは、サッカーが上手な選手が集まるアカデミーに所属していました。その指導者が莉瑛さんの父親だったため、父親や弟の方が先に嘉人さんと知り合っていたそうです。

ただし、2人が実際に親しくなったのは高校の終わりごろ。交際のきっかけになったのは、莉瑛さんの親友と嘉人さんの親友が付き合い始めたことでした。

「あまりもの同士がくっついたんですよ(笑)。」

これは莉瑛さん本人がインタビューで振り返った言葉です。ドラマのような劇的な出会いではなく、友人関係を通じて自然に距離が縮まったことが分かります。

約4年間の交際を経て2004年に結婚

2人は高校時代に交際を始め、約4年間の付き合いを経て2004年に結婚しました。

2014年の「女性自身」では、莉瑛さんの母親が、娘は短大に通っており、卒業して就職した後に結婚したと説明しています。

結婚当時、嘉人さんはすでにプロサッカー選手として活動していました。海外クラブへの移籍や国内クラブでの移籍など、選手生活には環境の変化がつきものです。莉瑛さんはその後、家庭を築きながら夫のキャリアを支えていきました。

夫婦の結婚式については、2024年の「CHANTO WEB」が写真とともに紹介しています。サッカースタジアムで行われた結婚式では、嘉人さんの照れくさそうな表情と莉瑛さんの笑顔が印象的でした。

高校時代からの付き合いを経て結婚した2人にとって、サッカーは出会いのきっかけであると同時に、長い結婚生活を通じて家族をつなぐ存在にもなっています。

【息子は4人】大久保嘉人さんの子どもの名前と家族の歩み

大久保嘉人さんと莉瑛さんの間には、4人の男の子がいます。名前は本人や家族のインタビュー、報道などで公表されています。

4人の息子の名前と読み方

  • 長男:碧人(あいと)さん
  • 次男:緑二(りょくじ)さん
  • 三男:橙利(とうり)さん
  • 四男:紫由(しゆう)さん

4人ともサッカーに取り組んでおり、家族の生活にはスポーツが深く関わっています。

2022年の「婦人公論.jp」の夫婦対談では、莉瑛さんが4人の息子の当時の学年や生活について説明しています。また、嘉人さんも子どもたちとの関わり方について語っていました。

大久保家の主な出来事を時系列で整理

時期 出来事 家族に関する内容
2000年ごろ 高校時代に出会う 高校3年生のころに知り合い、交際を開始
2004年 結婚 約4年間の交際を経て夫婦になる
2015年 莉瑛さんの病気が判明 部分胞状奇胎の治療を家族で支える
2021年 嘉人さんが現役引退 三男・橙利さんとの大阪での父子生活も経験
2024年 息子2人がスペインへ 長男・碧人さんと三男・橙利さんがサッカー留学
2025年4月 家族でスペイン移住 バルセロナで家族6人の生活が始まる
2026年 スペインで新生活を継続 夫婦でテレビ番組に出演し、家族の近況を紹介

この年表で特に注目したいのが、2021年の現役引退と2024年以降のスペイン生活です。

嘉人さんは2021年に現役引退を発表しましたが、サッカーとの関わりを終えたわけではありません。息子たちの挑戦や自身の新しい目標を考える中で、家族の生活拠点も大きく変化していきました。

息子と2人で大阪生活を送った父親としての一面

2021年、嘉人さんはセレッソ大阪に復帰した際、当初は単身赴任を予定していました。しかし、三男の橙利さんが「僕も行く」と希望したため、父子2人で大阪生活を送ることになりました。

当時の嘉人さんは、サッカー選手として練習や試合をこなしながら、洗濯、掃除、食事の準備、弁当作りにも挑戦しました。

この生活は、2022年の「徹子の部屋」や「婦人公論.jp」の夫婦対談などでも紹介されています。

莉瑛さんは横浜でほかの子どもたちの生活を支えながら、夫と三男を送り出しました。夫婦それぞれが家庭の役割を担う形で、子どもの希望を尊重した出来事です。

大久保家の子育ては、父親が有名選手だからといって子どもたちが一方的にその道を進むのではなく、本人たちの意思を尊重する姿勢が特徴的です。

【検証資料 2】大久保嘉人奥さんの活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【妻の病気と丸刈り】2015年の部分胞状奇胎と家族の支え

大久保嘉人さんの妻について検索される理由の一つに、莉瑛さんが経験した病気があります。

2015年10月、嘉人さんは自身のSNSを通じて、莉瑛さんが胞状奇胎と診断され、抗がん剤治療を受ける必要があることを公表しました。

莉瑛さんが経験した部分胞状奇胎とは

2024年11月の「CHANTO WEB」のインタビューで、莉瑛さんは当時の病状について自ら説明しています。

4人目の子どもを妊娠する前に流産を経験し、その妊娠に関連して部分胞状奇胎と診断されたそうです。妊娠6週で妊娠の継続が難しいと診断され、掻爬手術を受けました。

しかし、手術後も組織が子宮内に残り、hCGというホルモンの数値が妊娠を継続している場合と同じ状態だったといいます。

医師から抗がん剤治療が有効と説明され、莉瑛さんは1週間の抗がん剤投与と1週間の自宅療養を3クール繰り返しました。

本人の説明によれば、治療の効果は比較的早く表れ、約1か月半で数値が下がりました。

胞状奇胎は妊娠に関連して起こる異常で、部分胞状奇胎は通常の妊娠とは異なる胎盤組織の増殖を伴います。莉瑛さんの場合は、残存組織とホルモン値の問題から抗がん剤治療が必要になったという経緯です。

夫と3人の息子が丸刈りになった理由

この出来事で多くの人の記憶に残ったのが、嘉人さんと当時の3人の息子がそろって丸刈りになったエピソードです。

抗がん剤治療では副作用として脱毛が起こる可能性があります。嘉人さんは、治療を受ける莉瑛さんを励まそうと、自分と息子たちの髪を丸刈りにしました。

2015年10月12日の日刊スポーツによると、嘉人さんは病気を公表した理由についても説明しています。莉瑛さん自身が、丸刈りにしたことで何か罰を受けたのではないかと思われることを嫌がり、病気を公表したいと望んだそうです。

また、莉瑛さんは2024年のインタビューで、当時の髪の変化についても振り返っています。実際に髪の毛は大きく抜け、まつげや眉毛も減ったといいます。

「私も心から笑顔になれたので、誰かのつらいときに寄り添う気持ちを見せるというのを、子どもたちに教えてくれたんだと思っています。」

これは、丸刈りになった夫と息子たちについて莉瑛さんが語った言葉です。

この行動は、単に髪型をそろえたという話ではありません。治療を受ける妻に対し、家族が同じ立場で寄り添おうとした出来事でした。

病気の現在はどうなっている?

2024年の本人インタビューでは、当時の治療でホルモン値が下がったことが明かされています。その後、4人目の息子である紫由さんも誕生しています。

2026年のスペイン生活を紹介する報道や番組でも、莉瑛さんは嘉人さんとともに家族の生活を送る姿を見せています。

ただし、現在の詳しい診療状況や定期検査の内容については、公表された情報がありません。2015年の治療経験と、現在の健康状態を混同しないことが大切です。

【夫婦仲の評判】喧嘩もする2人が大切にしている家族の絆

大久保嘉人さんと莉瑛さんは、高校時代から長い時間をともに過ごしてきた夫婦です。病気の際の丸刈りエピソードから仲の良さが注目されますが、本人たちが語る結婚生活は、決して常に穏やかなものではありません。

莉瑛さんが明かした夫婦喧嘩の実態

2024年の「CHANTO WEB」のインタビューで、莉瑛さんは嘉人さんとの日常について率直に語っています。

夫とはよくぶつかり、喧嘩も絶えないそうです。嘉人さんから「けんか好きだよなぁ」と言われることもあると明かしました。

ただし、莉瑛さんは本音を知るために議論することを嫌っていません。普通の会話が次第に熱くなることもあるものの、互いの考えをきちんと話すことを大切にしています。

こうした発言からは、夫婦仲の良さを単に喧嘩の少なさで判断できないことが分かります。

妻が夫の引退後を心配していた

嘉人さんは2021年に現役を引退しました。長年サッカーを中心に生活してきた選手にとって、競技から離れた後の人生は大きな転換点になります。

2026年6月13日放送の日本テレビ系『アナザースカイ』では、莉瑛さんが引退後の嘉人さんについて語りました。

番組紹介記事によると、現役引退後、タレント活動などを続ける夫がどこか所在なさげに見えたことがあったそうです。そこで莉瑛さんは、息子たちのスペイン留学に合わせて夫にも新しい環境を提案しました。

サッカーから離れた夫の姿を心配し、もう一度本気で競技と向き合える環境を考えたことは、夫婦の関係を知るうえで重要なエピソードです。

夫婦が共有する「同じ方向を向く」という考え方

莉瑛さんは2024年のインタビューで、夫婦の将来像についても話しています。

子どもたちがスペインでサッカーをしていることから、嘉人さんはスペイン語、莉瑛さんは英語を勉強しようと考えていたそうです。夫婦で別々の言語を学ぶ理由についても、嘉人さんは妻に負けたくないからだと笑いながら紹介しています。

また、莉瑛さんは父親が結婚式の集まりで話した言葉を紹介しました。

「結婚とは、見つめ合うのではなく同じ方向を向いて歩くことだ」

莉瑛さんは、この考え方が自分たち夫婦に当てはまると感じたそうです。

夫婦仲を評価するうえで注目したいのは、喧嘩をしないことではなく、意見が違っても話し合い、家族として共通の目標を持てるかどうかです。大久保夫妻の場合、息子たちのサッカーや海外移住という大きな決断が、その関係を表しています。

【検証資料 3】大久保嘉人奥さんに関する近況・インタビュー報道記録(出典:Yahoo!ニュース)

【2026年最新】スペイン移住後の家族生活と莉瑛さんの役割

大久保家の大きな転換点となったのが、2025年4月のスペイン移住です。2026年にはバルセロナでの生活が1年を超え、家族それぞれが新しい環境で活動しています。

2025年4月から家族6人でバルセロナへ

嘉人さんは2025年1月10日、自身のSNSで同年4月から家族と一緒にスペインへ移住すると発表しました。

移住前から長男の碧人さんと三男の橙利さんは、サッカーを学ぶためにスペインで生活していました。2024年3月には長男、同年9月には三男が渡航しています。

2024年11月の「CHANTO WEB」のインタビューでは、莉瑛さんが長男と三男の海外生活について説明していました。長男が弟を支え、2人で異国の生活に適応している様子も紹介されています。

その後、2025年4月に嘉人さんと莉瑛さん、残る息子たちもスペインへ移り、家族6人での生活が始まりました。

移住を後押ししたのは莉瑛さんだった

2026年2月17日公開の小学館「@DIME」のインタビューで、嘉人さんはスペイン移住の経緯を改めて説明しています。

当初、家族は日本から長男を応援するつもりだったそうですが、莉瑛さんが「私たちも行こうか」と提案したことが移住のきっかけになりました。息子たちも賛同したため、嘉人さんも移住を決意したといいます。

さらに、スペインで暮らすためのビザ取得でも莉瑛さんが中心的な役割を担いました。弁護士と相談しながら手続きを進め、制度変更が迫る中で家族の居住権を確保したことが報じられています。

このエピソードからは、莉瑛さんが家族の生活を支えるだけでなく、海外移住という大きな決断を実務面でも支えたことが分かります。

2026年6月の『アナザースカイ』で家族の姿を紹介

2026年6月13日放送の日本テレビ系『Google Pixel presents ANOTHER SKY』では、大久保嘉人さんがスペイン・バルセロナを訪れた家族の生活を紹介しました。

番組には莉瑛さんと息子たちも登場し、家族6人で移住してからの暮らしを振り返りました。

番組紹介では、息子たちのサッカー留学をきっかけに移住したことや、嘉人さんが現地で新たなサッカーの目標を見つけたことが取り上げられています。

また、莉瑛さんが引退後の夫の変化を見つめていたことも紹介されました。家族のための移住でありながら、嘉人さん自身が再びサッカーに本気で取り組むきっかけにもなったようです。

2026年9月には現地での新しい挑戦も報告

2026年3月にはスポニチが、嘉人さんがスペインのクラブでクラブダイレクターとして日本人ストライカーの育成プロジェクトに関わることを報道しました。

また、2026年9月14日のオリコンニュースでは、嘉人さんがバルセロナの自宅テラスで朝のコーヒーを楽しむ様子を紹介。自身のSNSを通じて、スペインでの日常を発信していました。

同年9月には現地のベテランチームからオファーを受け、再び選手としてプレーすることも報告しています。開幕戦では1得点1アシストを記録したと本人が伝えました。

こうした動きから、2026年の大久保家は単に海外で暮らしているだけではなく、息子たちのサッカーと夫婦それぞれの新しい挑戦を両立させる生活を送っていることが分かります。

莉瑛さんの現在の詳しい日常や個人的な活動については公開情報が限られていますが、家族の移住を後押しし、手続き面でも重要な役割を果たしたことは報道で確認できます。

【大久保嘉人の妻・莉瑛さん】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:大久保嘉人さんの奥さんの名前は何ですか?
A1:大久保莉瑛(おおくぼ・りえ)さんです。1983年長崎県生まれで、短大卒業後に航空会社で勤務していました。2024年の本人インタビューでは、4人の息子の母であり、サッカースクール「Btrece」の代表としても紹介されています。

Q2:大久保嘉人さんと莉瑛さんはいつ結婚しましたか?
A2:2004年です。2人は高校3年生だった2000年ごろに知り合い、約4年間の交際を経て結婚しました。交際のきっかけは、互いの親友同士が付き合い始めたことだったと莉瑛さんが明かしています。

Q3:大久保嘉人さんの息子は何人で、名前は何ですか?
A3:息子は4人です。長男が碧人(あいと)さん、次男が緑二(りょくじ)さん、三男が橙利(とうり)さん、四男が紫由(しゆう)さんです。4人ともサッカーに取り組んでいます。

Q4:莉瑛さんの病気は何だったのですか?
A4:2015年に部分胞状奇胎と診断され、残存組織とhCGの数値の問題から抗がん剤治療を受けました。本人の2024年のインタビューによると、3クールの治療を行い、約1か月半で数値が下がったそうです。

Q5:2026年現在、大久保嘉人さん一家はどこに住んでいますか?
A5:2025年4月から家族6人でスペインのバルセロナに移住しています。2026年6月の『アナザースカイ』でも、夫婦と息子たちの現地生活が紹介されました。

まとめ:大久保嘉人さんと莉瑛さんが歩んできた夫婦の歴史

大久保嘉人さんの妻は、1983年長崎県生まれの莉瑛さんです。2人は高校時代に出会い、約4年間の交際を経て2004年に結婚しました。

4人の息子を育てる中では、2015年に莉瑛さんが部分胞状奇胎を経験するという大きな出来事もありました。嘉人さんと当時の3人の息子が丸刈りになって支えたエピソードは、家族の結びつきを象徴する出来事として知られています。

一方、夫婦生活はいつも順調というわけではありません。莉瑛さん自身が喧嘩の多さを明かしながらも、話し合うことや同じ方向を向いて歩くことを大切にしていると語っています。

2025年4月には家族6人でスペインへ移住し、2026年にはバルセロナで新しい生活を続けています。移住を提案し、ビザ取得の手続きにも関わった莉瑛さんは、家族の新しい挑戦を支える重要な存在です。

大久保夫妻の歩みを振り返ると、長年の交際、結婚、子育て、病気の経験、現役引退、そして海外移住と、人生の節目ごとに夫婦で新しい道を選んできたことが分かります。これからもスペインでの家族の挑戦と、夫婦それぞれの活動に注目が集まりそうです。