永守重信の現在は?ニデック辞任の理由と不適切会計問題、創業からの軌跡を徹底解説
2026年11月現在、日本電産(現ニデック)の創業者・永守重信氏は、同社の経営から完全に退いている。2025年12月19日に代表取締役および取締役を辞任し、非常勤の名誉会長に就任。その後、2026年2月26日には名誉会長も辞任した。50年以上にわたって成長を牽引してきた創業者が、会社の役職をすべて離れた形だ。
辞任の背景には、ニデックグループで発覚した不適切会計問題がある。2026年4月17日に第三者委員会の最終報告書が公表され、過度な業績プレッシャーや創業者への権限集中など、企業統治上の問題が明らかになった。さらに10月20日には役員責任調査委員会が永守氏らの損害賠償責任を認定。10月27日には会社側が旧役員への損害賠償請求訴訟を提起する方針を決めた。創業者の退任は、単なる世代交代ではなく、ニデックの経営体制そのものを問い直す転換点となっている。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 永守重信氏の現在: 2026年2月26日付で名誉会長を辞任し、ニデックの経営から完全に退いた。
- 辞任の背景: 不適切会計問題の調査が進む中、本人が会社再生を優先して経営から身を引く決断をした。
- 第三者委員会の調査: 過度な業績プレッシャーや権限集中が会計不正の背景にあったと指摘された。
- 2026年10月の新展開: 永守氏ら9人の旧役員について損害賠償責任が認定された。
- 現在の経営体制: 岸田光哉氏も2026年9月に社長を辞任し、後任の社長執行役員には戒田理夫氏が就任した。
【2026年最新】永守重信の現在は?名誉会長辞任後の状況

永守重信氏は、2026年11月現在、ニデックの代表取締役、取締役、名誉会長のいずれにも就いていない。
1944年8月28日生まれで、2026年11月時点では82歳。1973年に創業した日本電産を、世界的なモーターメーカーへと成長させた経営者として知られる。
2026年2月26日に名誉会長も辞任

2026年2月26日、ニデックは永守氏が本人の意向により名誉会長を辞任したと発表した。
この発表に添えられた本人のメッセージでは、前年12月に代表取締役など経営に携わる役職をすでに辞していたことに触れ、今回の辞任によって名実ともに会社から身を引く決断をしたと説明している。
特に注目したいのは、辞任を単なる役職変更として説明していない点だ。
永守氏は、ニデックが不適切会計問題を乗り越えて再生するためには、自らが道を譲り、次世代に経営を託すことが必要だという考えを示した。
創業者自身が築き上げてきた企業風土についても、世間に心配をかけたことを謝罪している。
つまり、2026年2月の名誉会長辞任は、創業者としての象徴的な立場も含めて退くという意思表示だった。
現在も注目される永守氏の経営責任

一方、名誉会長を辞任したからといって、不適切会計問題に関する責任までなくなったわけではない。
2026年10月20日に公表された役員責任調査委員会の報告書では、永守氏を含む旧役員ら9人について、会社に対する損害賠償責任が認められるとの判断が示された。
さらに、ニデックは10月27日、永守氏ら旧役員への損害賠償請求訴訟を提起する方針を決定した。
このため、現在の永守氏を理解するには、創業者としての功績だけでなく、経営責任を巡る問題も切り離せない。
【参考:ニデック「名誉会長辞任に関するお知らせ」、役員責任調査委員会報告書】
【辞任までの経緯】代表取締役辞任から名誉会長辞任までの時系列
永守氏の退任は、突然発表された出来事ではない。
2024年の経営体制変更から、2025年の不適切会計問題、2026年の第三者委員会による調査、さらに旧役員の責任追及へとつながっている。
重要なのは、2025年12月の代表取締役辞任と、2026年2月の名誉会長辞任を別々の段階として理解することだ。
永守重信の辞任までの経緯・年表
| 時期 | 出来事 | 意味・背景 |
|---|---|---|
| 1973年7月 | 日本電産を創業 | 永守氏が28歳で仲間3人と会社を設立 |
| 2023年4月1日 | ニデックに社名変更 | 創業50周年に合わせてグローバルブランドを統一 |
| 2024年4月 | 永守氏がCEOを退き、グローバルグループ代表に就任 | 岸田光哉氏がCEOを引き継ぐ |
| 2025年9月3日 | 第三者委員会を設置 | 不適切会計処理の疑義について本格調査を開始 |
| 2025年10月28日 | 東証が特別注意銘柄に指定 | 内部管理体制などの改善が必要と判断 |
| 2025年12月19日 | 永守氏が代表取締役・取締役を辞任 | 非常勤の名誉会長に就任 |
| 2026年2月26日 | 名誉会長を辞任 | ニデックの経営から完全に退く |
| 2026年2月27日 | 第三者委員会の中間段階の調査報告書を受領 | 会計不正の実態が明らかになり始める |
| 2026年4月17日 | 第三者委員会の最終報告書を受領 | 原因分析と再発防止に向けた提言を公表 |
| 2026年9月29日 | 岸田光哉氏が社長を辞任 | 戒田理夫氏が新社長執行役員に就任 |
| 2026年10月20日 | 役員責任調査委員会の報告書を公表 | 永守氏ら9人の損害賠償責任を認定 |
| 2026年10月27日 | 旧役員への損害賠償請求訴訟を決定 | 会社として責任追及に踏み出す |
| 2026年10月30日 | 内部管理体制確認書を東証に提出 | 特別注意銘柄の指定解除に向けた審査段階へ |
【参考:ニデックの公式ニュースリリース、第三者委員会報告書、役員責任調査委員会報告書】
2025年12月19日、代表取締役を辞任した理由
ニデックの公式発表では、永守氏の代表取締役辞任は本人の意向によるものと説明されている。
当時、ニデックは不適切会計処理の疑義について第三者委員会による調査を受けていた。
さらに、2025年10月28日には東京証券取引所から特別注意銘柄に指定されており、企業の内部管理体制に対する信頼が大きく揺らいでいた。
永守氏は12月19日の声明で、創業者として自ら企業風土を築いてきたことに触れ、問題を通じて世間に心配をかけたことを謝罪した。
また、会社の再生を最優先に考え、自ら経営から身を引く決断をしたと説明している。
辞任の公式な理由は本人の意向だが、発表時期と当時の経営環境を考えれば、不適切会計問題と企業統治への批判が大きな背景にあったことは明らかだ。
2026年2月26日、名誉会長も辞任
12月の辞任後、永守氏は非常勤の名誉会長として残っていた。
しかし、2026年2月26日にこの職も辞任する。
本人のメッセージでは、ニデックが特別注意銘柄に指定されてから約4か月が経過し、第三者委員会の報告書が取りまとめられる時期を迎えていたことにも触れている。
創業者自身が会社から完全に離れることで、次世代が新しい経営を始められる環境をつくるという考えだった。
ここで押さえておきたいのは、2025年12月の辞任時点では第三者委員会の最終報告書はまだ公表されていなかったことだ。
したがって、後に明らかになった調査結果を、12月の辞任時点ですでに確定していた事実として扱うのは正確ではない。
【創業者の原点】永守重信の経歴・生い立ちと日本電産の成長
永守重信氏は、1944年8月28日、京都府に生まれた。
農家の家庭に育ち、6人きょうだいの末っ子だったことが、PRESIDENT Onlineの密着取材記事で紹介されている。
創業時から世界一を目指す姿勢を持ち続けた人物であり、その経営哲学は日本電産の成長と深く結び付いている。
職業訓練大学校で電気を学ぶ
永守氏は1967年3月、職業訓練大学校(現在の職業能力開発総合大学校)の電気科を卒業した。
学生時代から電気やモーターに関心を持ち、技術を事業に結び付ける道を歩んだ。
その後、1973年7月23日、28歳で日本電産株式会社を設立する。
創業メンバーは永守氏を含めて4人。
資金も設備も知名度も十分ではなく、小さなプレハブ小屋からの出発だった。
本人も2025年12月のコメントで、創業当時について人も資金も設備も技術も知名度もなかったと振り返っている。
1973年創業から世界的モーターメーカーへ
日本電産の成長を理解するうえで重要なのは、精密小型モーターという専門領域に集中しながら、技術開発とM&Aを組み合わせた点だ。
創業当初は精密小型ACモーターの製造・販売を開始。1975年にはブラシレスDCモーターの本格生産に乗り出した。
1979年にはハードディスク装置用スピンドルモーターの生産を開始し、IT機器市場の拡大とともに事業を成長させた。
1984年には米国トリン社の軸流ファン部門を買収。以後も国内外の企業をグループに取り込み、モーターを中心とする事業領域を広げていった。
1988年には大阪証券取引所市場第二部などへの上場も実現している。
日本電産からニデックへ社名変更した理由
2023年4月1日、日本電産株式会社はニデック株式会社へ社名を変更した。
これは単なる名称変更ではない。
創業50周年を迎えるにあたり、グローバルブランドとして使用してきた「Nidec」と会社名を統一し、世界市場での一体的な企業運営を進める狙いがあった。
国内外のグループ会社についても、原則として「ニデック」を冠する名称へ変更された。
そのため、現在のニデックは、かつての日本電産と別の会社になったわけではない。日本電産が社名を変更した同一企業である。
【参考:ニデック公式沿革、社名変更のお知らせ、2021年統合報告書】
【不適切会計問題】第三者委員会の調査報告書が明らかにした実態
永守氏の辞任を語るうえで、避けて通れないのがニデックの不適切会計問題だ。
2025年9月3日、ニデックは独立した第三者委員会を設置した。
調査対象はニデックグループ全体であり、2025年9月末時点で350社を超えるグループ会社が関係していた。
調査対象期間は原則として2020年度から2025年度第1四半期まで。ただし、原因究明に必要な場合は、それ以前の事案にも遡って調査している。
第三者委員会が指摘した会計不正の内容
2026年2月27日に報告書を受領し、3月3日に概要などを公表。その後、調査の継続を経て4月17日に最終報告書を受領した。
調査で確認されたのは、一部の子会社だけに限らない、多拠点にわたる多数の会計不正だった。
主な内容は次のとおり。
- 棚卸資産の評価損の未計上: 将来の使用や販売が見込めない在庫について、資産価値があるように扱い、損失計上を回避した事案。
- 固定資産の減損回避: 実現可能性の低い売上計画などを前提に、必要な減損損失を計上しなかった事案。
- 費用計上の先送り: 本来は費用として処理すべき人件費などを固定資産に計上し、費用化の時期を遅らせた事案。
- 補助金関連の不適切処理: 返還などに備える引当金を連結決算で不適切に戻し入れた事案。
- 収益の過大計上: 本来収益として計上できない補助金などを収益として扱った事案。
- 貸倒引当金の未計上: 回収が困難な債権について、必要な引当金を適切に計上しなかった事案。
単純な経理上のミスという範囲を超え、複数の事業拠点や管理部門にまたがる問題だったことが報告書から読み取れる。
業績への影響はどれほど大きかったのか
2026年4月17日の最終報告書に関連して公表された数値では、第三者委員会が認定した不正および誤謬による連結財務諸表への累積影響は、2025年度第1四半期末までで次のように整理されている。
| 項目 | 累積影響額 |
|---|---|
| 売上高 | 約331億円の減少 |
| 営業利益 | 約1,664億円の減少 |
| 当期利益 | 約1,607億円の減少 |
これらは過年度の財務諸表を修正する際の期間損益への影響額であり、会社が負った損害賠償額や現金流出額そのものではない。
また、追加の減損処理などについても検討が必要とされていた。
なぜ不正会計が起きたのか
第三者委員会の最終報告書が特に重視したのは、過度な業績プレッシャーだった。
報告書では、実現可能性が十分でない業績目標が設定され、その達成を強く求める圧力が永守氏を起点として経営幹部、事業部門、子会社へと伝わっていたと分析している。
さらに、次の3点が構造的な問題として浮かび上がった。
1. 現実的な事業能力を超える業績目標と、達成を強く求める経営姿勢。
2. 創業者である永守氏への権限集中と、経営幹部がその意向を優先する企業風土。
3. 経理部門や内部監査部門など、本来不正を防ぐべき組織の牽制機能の不全。
報告書は、永守氏の強いリーダーシップが成長を支えた一方、その権限が集中しすぎたことで、問題を是正する仕組みが十分に機能しなかったと指摘している。
つまり、個々の担当者だけに責任を求めても、根本的な解決にはならないという構造的な問題だった。
【参考:ニデック第三者委員会調査報告書(2026年4月17日)】
【プロの結論】永守重信の評判と経営手腕はどう評価すべきか
永守氏の経営者としての評価は、創業からの成長実績と、不適切会計問題によって明らかになった経営上の問題を分けて考える必要がある。
高く評価されてきた経営手腕
永守氏の代表的な功績は、モーターという専門分野に経営資源を集中させ、技術開発とM&Aによって事業を拡大したことだ。
日本電産は、小規模なメーカーから世界各地に事業拠点を持つ総合モーターメーカーへと発展した。
2016年の日経フォーラム「世界経営者会議」の講師プロフィールでは、国内外での積極的なM&A戦略や、人材の採用・育成への取り組みが紹介されている。
また、2006年には米バロンズ誌の「世界のベストCEO 30人」の一人に選ばれ、2014年には日経ビジネス誌の「社長が選ぶベスト社長」で1位となった。
こうした実績から、永守氏が優れた事業開発能力と実行力を持つ経営者として評価されてきたことは確かだ。
厳しい経営手法と企業文化の問題
一方、永守氏の経営スタイルは、強い目標設定と徹底した成果主義を特徴としていた。
「情熱・熱意・執念」を重視する姿勢は、創業期からの企業成長を支えた原動力の一つだった。
しかし、第三者委員会の調査では、業績目標の未達を許容しない企業風土が、従業員や経営幹部に強い心理的圧力を与えていたことが指摘された。
特に問題だったのは、目標を達成することが、会計基準に従った適切な処理よりも優先されるような状況が生まれていた点だ。
経営者が高い目標を掲げること自体は問題ではない。問題は、目標を達成できなかった場合に正直な報告ができず、損失を適切に処理できない組織になってしまうことだ。
この点に、永守流経営の功績と限界が表れている。
2026年10月、永守氏ら9人の責任が認定された
2026年10月20日、ニデックが公表した役員責任調査委員会の報告書は、問題をさらに具体化した。
同委員会は、永守氏、小部博志氏、佐藤明氏、吉本浩之氏、関潤氏、岸田光哉氏ら旧取締役6人に加え、旧監査役2人、旧執行役員1人の計9人について、損害賠償責任が認められると判断した。
調査委員会が算定した会社の損害額は、約276億3,348万円。
その内訳は、第三者委員会による調査費用、監査費用、東京証券取引所に支払った上場違約金などである。
永守氏については、過去にグループ内の不健全な資産や会計不正の疑いを認識していたにもかかわらず、取締役会・監査役会への報告や必要な調査を十分に求めなかったことなどが問題視された。
また、2025年3月期の営業利益目標2,400億円を達成することを強く求め、必要な構造改革費用の計上が先送りされる状況を是正しなかったことについても、責任が認められた。
ただし、276億円は永守氏個人の賠償額ではない。9人全体に関係する会社の損害額であり、個々の責任範囲は寄与度などを踏まえて判断されるべきものとされた。
さらに、この報告書は民事上の役員責任に関する調査結果であり、刑事裁判の有罪判決ではない。
ニデックは10月27日に損害賠償請求訴訟を提起する方針を決めたが、請求額などを検討したうえで提訴する段階と発表している。
この一連の経緯は、永守氏の経営手腕を評価する際に、業績成長だけでなく、企業統治や経営責任も同時に考慮しなければならないことを示している。
【参考:2026年10月20日公表・役員責任調査委員会報告書、ニデック10月27日付発表、日経フォーラム】
【後任と経営体制】岸田光哉から戒田理夫へ、ニデック再生の行方
永守氏が経営から退いた後、後任として注目されたのが岸田光哉氏だった。
しかし、2026年9月には岸田氏も社長を辞任しており、11月現在の経営体制は当初の想定から大きく変化している。
永守氏の後任として経営を引き継いだ岸田光哉氏
岸田氏は2024年4月に社長執行役員・CEOに就任した人物だ。
永守氏がグローバルグループ代表に移った際、経営執行の中心を担うことになった。
2025年12月19日に永守氏が代表取締役を辞任した際には、取締役会議長の職務も岸田氏が引き継いだ。
その後、2026年6月18日の定時株主総会では、岸田氏の代表取締役社長としての再任が承認されている。
ところが、同年9月29日、岸田氏は代表取締役社長執行役員を辞任した。
会社側の発表によれば、過年度決算の訂正などを進める中で、旧執行体制下における岸田氏の財務報告に関する言動について、必ずしも適切とは言えない点が確認された。
新しいガバナンス体制に求められる倫理観などを踏まえて経営体制を議論した結果、岸田氏から辞意が示され、取締役会が受理したという。
なお、10月の役員責任調査委員会報告書でも、岸田氏について損害賠償責任が認められると判断されている。
2026年9月29日、戒田理夫氏が新社長に就任
岸田氏の後任として選ばれたのは、戒田理夫氏だ。
戒田氏は1979年にリードエレクトロニクス(現ニデックアドバンステクノロジー)へ入社した生え抜きの経営人材である。
同社の代表取締役社長や会長などを歴任し、2024年4月にはニデックの専務執行役員・最高技術責任者(CTO)に就任していた。
2026年9月29日付で社長執行役員・CEOに選定され、ニデック再生委員会の副委員長としての経験も評価された。
同時に、南井正之氏が代表取締役常務執行役員に選定され、最高コンプライアンス責任者と最高人事責任者を担う体制となった。
現在の経営体制を整理すると、次のようになる。
- 創業者・永守重信氏:2026年2月に名誉会長を辞任し、経営から退任。
- 前社長・岸田光哉氏:2026年9月29日に代表取締役社長を辞任。
- 社長執行役員・CEO:戒田理夫氏。
- 代表取締役常務執行役員:南井正之氏。
ニデック再生に向けた3つの課題
今後のニデックに求められるのは、創業者の経営手法を単純に引き継ぐことではなく、成長力と健全な企業統治を両立させることだ。
特に重要なのは次の3点である。
1. 経営陣から独立した監視機能の確立
業績目標を設定する経営部門と、その目標達成状況や会計処理を監視する部門の独立性を高める必要がある。
2. 現実的な業績目標と報告体制の構築
未達を隠す必要がない組織に変えることが不可欠だ。赤字や損失を正しく報告し、早い段階で対策を取れる企業文化が求められる。
3. 東証の特別注意銘柄指定解除と監査体制の正常化
ニデックは2026年10月30日、内部管理体制確認書を東京証券取引所へ提出した。
これは特別注意銘柄の指定解除に向けた手続きの一つであり、提出しただけで指定解除が決まったわけではない。
また、2026年3月期の財務諸表については、監査法人が十分かつ適切な監査証拠を入手できなかったとして監査意見を表明していない。
したがって、内部管理体制の改善だけでなく、過年度決算の訂正や監査上の問題を解消することも大きな課題となっている。
【参考:ニデック「代表取締役社長執行役員の辞任および新社長執行役員等の選定に関するお知らせ」「内部管理体制の整備及び運用状況等に関するお知らせ」】
【永守重信の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:永守重信は現在何をしている?
2026年11月現在、永守氏はニデックの経営に関する役職をすべて辞任している。2025年12月に代表取締役・取締役を辞任し、2026年2月26日に名誉会長も辞任した。現在のニデックの経営陣には含まれていない。
Q2:永守重信がニデックを辞任した理由は何?
公式発表では本人の意向による辞任とされている。背景には不適切会計問題と企業風土への批判があり、本人は会社の再生を最優先に考え、自ら経営から身を引く決断をしたと説明している。
Q3:永守重信は不正会計問題で責任を問われている?
はい。2026年10月20日に公表された役員責任調査委員会の報告書では、永守氏について損害賠償責任が認められるとの判断が示された。10月27日にはニデックが旧役員への損害賠償請求訴訟を提起する方針を決定している。ただし、これは刑事裁判の有罪判決ではない。
Q4:日本電産とニデックは別の会社?
別会社ではない。日本電産株式会社が2023年4月1日にニデック株式会社へ社名変更したもので、同一企業である。
Q5:永守重信の後任は岸田光哉?
2025年12月の永守氏の代表取締役辞任後、岸田光哉氏が取締役会議長を引き継いだ。その後、2026年9月29日に岸田氏も社長を辞任し、現在の社長執行役員・CEOは戒田理夫氏となっている。
まとめ:永守重信の退任がニデックに残したもの
永守重信氏は、1973年に4人で創業した日本電産を、世界的な総合モーターメーカーへ成長させた経営者だ。技術開発と積極的なM&Aによって企業規模を拡大した功績は、日本の製造業の歴史に残るものといえる。
一方、2026年4月の第三者委員会報告書と10月の役員責任調査委員会報告書は、強すぎる業績プレッシャーや創業者への権限集中が、会計不正を生み出す構造につながったことを明らかにした。
2026年2月の名誉会長辞任によって、永守氏の50年以上にわたるニデック経営への関与は一区切りを迎えた。しかし、会社の再生と信頼回復は、創業者が退任しただけでは実現しない。
今後の評価を左右するのは、戒田新体制が会計の透明性、内部統制、企業風土をどこまで改革できるかだ。
永守重信氏の経営を評価する際には、企業を世界規模に成長させた功績と、その成長を支えた経営体制が抱えていた問題の両方を見る必要がある。 それこそが、日本電産からニデックへ続く企業の歴史を理解するうえで、最も重要な視点となる。