【2026年最新】二所ノ関の現在は稀勢の里!親方と部屋の現状
2026年現在、二所ノ関の名跡を継承しているのは、元横綱・稀勢の里の二所ノ関寛親方です。
日本相撲協会の公式プロフィールでは、二所ノ関寛親方の年寄名履歴は「荒磯 寛→二所ノ関 寛」と記載されています。
二所ノ関親方は元横綱・稀勢の里

二所ノ関寛(にしょのせき・ゆたか)
- 現役時代の四股名:稀勢の里
- 最高位:第72代横綱
- 本名:萩原寛
- 生年月日:1986年7月3日
- 出身地:茨城県牛久市
- 幕内優勝:2回
- 引退:2019年1月場所
稀勢の里は、2017年3月場所後に横綱へ昇進しました。
日本出身横綱としての活躍でも知られ、現役時代は力強い左四つの相撲で多くのファンを魅了しました。
引退後は荒磯親方として後進の指導に携わり、2021年12月24日付で二所ノ関を襲名しています。
2021年の襲名では名跡の交換が行われた

この継承には、少し特殊な経緯があります。
当時、二所ノ関を名乗っていたのは元大関・若嶋津こと日高六男親方でした。
日本相撲協会は2021年12月24日付で、次の名跡継承を発表しています。
- 若嶋津の日高六男親方が「荒磯」を襲名。
- 稀勢の里の萩原寛親方が「二所ノ関」を襲名。
つまり、二人の親方が名跡を交換する形で継承が実現しました。
さらに重要なのは、旧二所ノ関部屋の継承先です。
旧二所ノ関部屋は、元関脇・玉乃島の放駒親方が引き継ぎ、放駒部屋となりました。一方、稀勢の里が率いていた荒磯部屋は二所ノ関部屋へと名称を変更しました。
したがって、現在の二所ノ関部屋は、旧二所ノ関部屋をそのまま引き継いだものではありません。名跡の継承と部屋の継承が別々に行われた事例です。
2026年の二所ノ関部屋はどこにある?

二所ノ関部屋
- 所在地:茨城県稲敷郡阿見町荒川本郷139-1
- 師匠:二所ノ関寛親方
- 一門:二所ノ関一門
- 運営:日本相撲協会所属の相撲部屋
2026年11月時点の日本相撲協会の部屋紹介では、二所ノ関部屋の所属力士として第75代横綱・大の里も掲載されています。
横綱を育てた実績を持つ稀勢の里が、次の世代の力士を育てる立場になっている点も、現在の二所ノ関部屋を理解するうえで注目したいところです。
【誤解を解消】二所ノ関の名跡・部屋・一門を混同しないためのポイント
二所ノ関について検索する際、特に間違えやすいのが、名跡と相撲部屋、そして一門の関係です。
二所ノ関の名跡を継いでも、旧部屋を必ず継ぐわけではない
2021年の継承事例が分かりやすい例です。
稀勢の里は二所ノ関の名跡を継承しましたが、旧二所ノ関部屋は放駒親方が引き継ぎました。
このことからも、年寄名跡と相撲部屋は別々に考える必要があります。
二所ノ関一門と二所ノ関部屋は同じではない
二所ノ関一門は、複数の相撲部屋が所属する組織的なまとまりです。
一方、二所ノ関部屋は特定の師匠が運営する一つの相撲部屋です。
一門の名称と部屋の名称が同じだからといって、両者を同一視するのは正確ではありません。
「親方株を売買すれば継承できる」という理解は誤り
年寄名跡は、現在、日本相撲協会が一括管理しています。
定款では襲名や後継者推薦に関する金銭などの授受を禁止しており、資格審査委員会と理事会による手続きが設けられています。
単純な所有権の売買とは異なる制度です。
【プロの結論】二所ノ関を理解するための3つの判断基準
二所ノ関について調べる際は、次の3点を押さえておくと情報を正しく整理できます。
1. 人物を調べるなら年寄プロフィールを見る。 現在の襲名者や過去の年寄名履歴を確認できます。
2. 部屋を調べるなら相撲部屋紹介を見る。 師匠、所在地、所属力士などが分かります。
3. 歴代の継承を調べるなら発表年月日を見る。 名跡の継承と部屋の継承が同時だったのか、別々だったのかを区別できます。
特に大切なのは、二所ノ関という名前が持つ歴史的な価値と、現在の部屋の運営実態を分けて考えることです。
年寄名跡は単なる呼び名ではなく、相撲界の伝統や指導者としての役割を後世につなぐ制度でもあります。
【二所ノ関の読み方・由来・歴代・現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:二所ノ関は何と読みますか?
A1:二所ノ関は「にしょのせき」と読みます。日本相撲協会の公式プロフィールにも、この読み方が記載されています。
Q2:二所ノ関と二所ヶ関は違う名前ですか?
A2:どちらも「にしょのせき」と読まれる表記です。現在の日本相撲協会の公式表記は「二所ノ関」です。
Q3:2026年現在の二所ノ関親方は誰ですか?
A3:元横綱・稀勢の里の二所ノ関寛親方です。2021年12月24日に年寄名跡を襲名し、現在は二所ノ関部屋の師匠を務めています。
Q4:二所ノ関の名跡はいつからありますか?
A4:初代は文化4年(1807年)に名乗った大関・錦木塚右衛門とされています。現在の二所ノ関部屋の系譜は、1909年に海山が部屋を興したことから発展しました。
Q5:年寄名跡とは何ですか?
A5:引退した力士が日本相撲協会に残り、親方として活動するために襲名する名前です。名跡は協会が管理しており、資格審査委員会の審査と理事会の決定を経て継承されます。
まとめ:二所ノ関は伝統と次世代をつなぐ重要な名跡
二所ノ関は「にしょのせき」と読み、日本相撲協会が管理する105の年寄名跡の一つです。「二所ヶ関」という表記もありますが、現在の公式表記は「二所ノ関」です。
その歴史は江戸時代にさかのぼり、海山、玉錦、佐賀ノ花、金剛、若嶋津といった親方たちによって受け継がれてきました。
そして2021年12月、元横綱・稀勢の里が二所ノ関を襲名。2026年現在も二所ノ関部屋の師匠として、次世代の力士の育成に携わっています。
二所ノ関を理解するうえで重要なのは、名跡、相撲部屋、一門という3つの意味を区別することです。
二所ノ関という名前は、単なる親方の呼称ではありません。江戸時代から続く相撲界の歴史と、次の世代へ伝統を引き継ぐ役割を象徴する名跡なのです。