稀勢の里親方の現在は?二所ノ関部屋の指導方針と大の里育成、2026年の活動を徹底解説

目次

2026年現在、元第72代横綱・稀勢の里は、日本相撲協会の年寄名跡「二所ノ関」を襲名し、茨城県阿見町にある二所ノ関部屋の師匠として後進の育成に取り組んでいます。本名は萩原寛(はぎわら・ゆたか)。現役時代に培った経験に加え、早稲田大学大学院で学んだスポーツ科学や、相撲部屋の経営に関する新しい考え方を取り入れていることでも知られています。

指導者としての最大の実績は、弟子の大の里を第75代横綱へと育て上げたことです。さらに、白熊をはじめとする若手力士の育成、稽古環境の整備、地域との交流にも力を注いでいます。2026年には指導哲学を語るインタビューや地方巡業のPR活動も報じられました。2019年の引退から現在までの歩みを振り返りながら、二所ノ関親方の指導方針と最新の活動を整理します。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 現在の立場:元稀勢の里こと二所ノ関寛が、茨城県阿見町の二所ノ関部屋で師匠を務めている。
  • 指導方針:伝統的な稽古に科学的な視点を取り入れ、体づくり・稽古量・自分で考える力を重視している。
  • 育成実績:弟子の大の里が2025年に第75代横綱へ昇進。2026年9月場所では幕内優勝も果たした。
  • 2026年の活動:弟子の指導、地域交流、相撲の普及、地方巡業のPRなど幅広く活動している。
  • 稽古見学:二所ノ関部屋の稽古見学は原則として後援会会員限定で、日時指定の見学会として実施されている。

【2026年現在】稀勢の里親方は二所ノ関部屋の師匠として何をしている?

稀勢の里親方

2026年11月現在、稀勢の里親方は二所ノ関寛(にしょのせき・ゆたか)として、日本相撲協会に所属する現役の親方です。二所ノ関部屋を率い、所属力士の稽古指導や生活面のサポート、将来を見据えた人材育成を担っています。

日本相撲協会の公式プロフィールでも、師匠の欄には二所ノ関寛、四股名には第72代横綱・稀勢の里、本名には萩原寛と記載されています。つまり、稀勢の里という名前は現役時代の四股名であり、現在の親方としての正式な名跡は二所ノ関です。

二所ノ関親方の基本プロフィール

稀勢の里親方

二所ノ関親方は1986年7月3日生まれ、茨城県牛久市出身です。15歳で角界に入り、鳴戸部屋で力士としてのキャリアをスタートさせました。

現役時代の主な実績は次のとおりです。

  • 本名:萩原寛
  • 親方名:二所ノ関寛
  • 生年月日:1986年7月3日
  • 出身地:茨城県牛久市
  • 現役時代の四股名:稀勢の里
  • 最高位:第72代横綱
  • 幕内優勝:2回
  • 殊勲賞:5回
  • 敢闘賞:3回
  • 技能賞:1回
  • 生涯戦歴:800勝496敗97休

現役時代には、恵まれた体格と力強い左四つの相撲で人気を集めました。特に2017年1月場所での初優勝と横綱昇進、続く3月場所での逆転優勝は、稀勢の里のキャリアを象徴する出来事です。

引退後も相撲界に残り、単に自分の経験を弟子に伝えるだけではなく、スポーツ科学や部屋の運営方法まで学び直している点が、現在の指導者としての特徴です。二所ノ関部屋の公式サイトでも、伝統を尊重しながら科学的な稽古とスポーツビジネスの手法を取り入れる方針が紹介されています。

現役引退後も相撲界の第一線で活動

稀勢の里親方

二所ノ関親方の現在の仕事は、土俵上で弟子に技術を教えることだけではありません。相撲部屋の責任者として、新弟子の発掘、力士の育成、後援者との関係づくり、行司や床山など裏方を含めた組織運営にも携わっています。

二所ノ関部屋の公式サイトでは、相撲部屋を他のプロスポーツと同じように経営的な視点から運営する必要性についても説明されています。伝統を守りながら、長期的に力士を育てられる環境をつくることが、親方としての大きな役割になっています。

現役時代の知名度を生かしたメディア出演もあり、NHKの「サンデースポーツ」や「大相撲どすこい研」、フジテレビの「ジャンクSPORTS」などにも出演しています。

【検証資料 1】稀勢の里親方の当時の様子・関連報道写真(出典:日刊スポーツ / Yahoo!ニュース)

【2019年から2022年】稀勢の里の引退と荒磯親方から二所ノ関襲名までの経緯

稀勢の里が親方として現在の地位に至るまでには、2019年の引退、大学院での学び直し、荒磯部屋の開設、そして2021年の二所ノ関襲名という大きな転換点がありました。

2019年1月16日、第72代横綱が現役引退

稀勢の里は2017年1月場所で初優勝を果たし、第72代横綱に昇進しました。続く3月場所では左胸付近の負傷を抱えながらも優勝し、横綱としての意地を見せました。

しかし、その後は負傷の影響もあって休場が続きます。2019年1月場所では初日から3連敗。進退を懸けた場所で結果を残せず、1月16日に現役引退を表明しました。

同日、日本相撲協会の理事会は引退と年寄「荒磯」の襲名を正式に承認しています。引退会見では、横綱として期待に応えられなかった悔しさを語りながらも、自身の土俵人生について「一片の悔いもございません」と振り返りました。

この言葉には、横綱としての責任を果たせなかった悔しさと、長い力士生活をやり切ったという思いの両方が表れていました。

早稲田大学大学院でスポーツ科学を学ぶ

引退後の二所ノ関親方が選んだ道は、従来型の親方修業だけではありませんでした。

2021年3月、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科を修了。現役時代に経験した身体づくりやコンディショニングを学問的な視点から捉え直し、力士の育成に役立てるための知識を深めました。

相撲は長い伝統を持つ競技ですが、身体の使い方やトレーニング、食事、休養などには、まだ改善や研究の余地があります。二所ノ関親方は自身の経験だけに頼らず、スポーツ科学の知識を取り入れることで、次世代の力士に合った育成方法を模索してきました。

荒磯親方から二所ノ関親方へ。2021年の名跡継承

2019年の引退後は年寄荒磯を襲名し、田子ノ浦部屋付きの親方として後進の指導にあたりました。その後、2021年8月には荒磯部屋を開設。独立した師匠として本格的な部屋運営を始めます。

大きな転機となったのが、2021年12月2日の日本相撲協会理事会です。この理事会で、年寄名跡「二所ノ関」と「荒磯」の継承襲名が承認されました。

当時の二所ノ関親方は、元大関・若嶋津です。同親方が年寄荒磯を継承し、元横綱稀勢の里の荒磯親方が年寄二所ノ関を継承する形になりました。

一方、従来の二所ノ関部屋は元関脇・玉乃島の放駒親方が継承し、放駒部屋として再出発しました。つまり、旧二所ノ関部屋そのものを稀勢の里がそのまま引き継いだわけではありません。名跡の継承と部屋の継承が、それぞれ別の形で行われた点が重要です。

2022年6月には茨城県阿見町に新しい二所ノ関部屋が完成し、部屋開きを実施。故郷の牛久市に隣接する地域を拠点に、独自の育成環境を整えました。

稀勢の里から現在までの主な年表

時期 出来事 意味・主な実績
2002年3月 鳴戸部屋で初土俵 15歳で角界入り
2004年11月 新入幕 18歳3か月で幕内昇進
2012年1月 大関昇進 上位力士として定着
2017年3月 第72代横綱に昇進 初優勝後に横綱昇進
2019年1月16日 現役引退・荒磯襲名 指導者として新たな出発
2021年3月 早稲田大学大学院修了 スポーツ科学を学ぶ
2021年8月 荒磯部屋を開設 独立した師匠として部屋運営
2021年12月 二所ノ関を襲名 年寄名跡を継承
2022年6月 阿見町で部屋開き 新しい稽古環境が完成
2025年5月 大の里が横綱昇進決定 師匠として初の横綱育成を実現
2026年 弟子の育成・地域交流・巡業PR 指導と相撲普及の活動を継続

この年表から分かるのは、稀勢の里の引退後の歩みが、単なる親方への転身ではなかったことです。大学院での学習、独立した部屋の開設、名跡の継承、新しい稽古施設の建設と、指導者としての基盤を段階的に整えてきました。

【指導方針の核心】二所ノ関部屋の科学的トレーニングと稽古方法

二所ノ関親方の指導を理解するうえで重要なのが、科学的な身体づくりと伝統的な稽古の融合です。

単純に筋肉を大きくすることや、短時間で強度の高いトレーニングを行うことだけを重視しているわけではありません。身体の軸、呼吸、基礎体力、稽古量、食事などを組み合わせ、力士自身が相撲に必要な身体をつくることを重視しています。

1. 身体の中心軸と丹田を意識する

二所ノ関親方は現役時代、2010年11月の九州場所で横綱白鵬の64連勝を止めた一番を、大きな転機として挙げています。

それ以前は筋力や勢いに頼る相撲を取っていましたが、身体の使い方を見直すために武道を学び、身体の中心線や呼吸法、丹田への意識を取り入れたと、2026年更新のインタビューで説明しています。

この経験は現在の指導にも反映されています。身体の中心を安定させ、力を効率よく伝えることや、柔軟な動きを身につけることを重視しているのです。

特に、身体の軸が安定すれば、相手に押されたときにも姿勢を崩しにくくなり、立ち合いや攻防で自分の力を発揮しやすくなります。

2. 筋力だけでなく身体全体の使い方を重視

稀勢の里は現役時代、筋力トレーニングを中心に身体を鍛えていた時期がありました。しかし、白鵬戦を転機として、ウエイトトレーニングへの依存を見直したと語っています。

筋肉の力だけを頼りにするのではなく、身体を柔らかく使い、軸を安定させて力を伝えることに意識を向けた結果、相撲の幅が広がったという考え方です。

ただし、これは若い力士に筋力トレーニングを禁止しているという意味ではありません。二所ノ関親方は、基礎体力をつける段階では若い力士が筋力トレーニングを取り入れることも肯定しています。

大切なのは、筋肉を大きくすること自体を目的にせず、相撲に必要な身体能力を総合的に高めることです。

3. 稽古の質だけでなく量も大切にする

二所ノ関親方の指導で興味深いのは、稽古の量に対する考え方が変化していることです。

部屋を開設した当初は、短時間で集中して行う質重視の稽古を取り入れていた時期もありました。しかし、実際に弟子を指導するなかで、ある程度の稽古量を積み重ねなければ身体に動きを覚えさせることが難しいと気づいたといいます。

2026年のインタビューでは、同年1月に大の里を呼び、稽古の質だけでなく量も増やすように話したことを明かしています。

反復練習を通じて身体に動きを覚えさせ、相撲の型を身につける。こうした考え方は、伝統的な大相撲の稽古と、スポーツ科学的な身体づくりを結びつけたものです。

4. 食事と身体づくりを徹底的にサポート

二所ノ関親方は、若い力士に対して、まず食事をしっかり取り、身体を大きくすることを求めています。

相撲は相手と身体をぶつけ合う競技です。体格や筋力だけでなく、持久力や身体の安定性も必要になります。そのため、日々の稽古と並行して、十分な食事を取り、成長に必要な身体の土台をつくることを重視しています。

2026年のインタビューでは、弟子が身体を大きくする過程を付きっきりでサポートしていることにも触れています。食べることを単なる自己責任にせず、力士の成長を親方が支えるという姿勢がうかがえます。

5. 答えをすぐに教えず、自分で気づかせる

二所ノ関親方の指導哲学を端的に表しているのが、2026年のインタビューで語られた次の考え方です。

答えを出すのが指導者ではない。自分で気づかせることが大事

技術的な答えをすぐに与えるのではなく、まずは身体を鍛え、稽古を積み重ねる。そのなかで弟子自身が何かを発見し、納得して身につけることを大切にしています。

指導者の役割は、すべての答えを教えることではなく、弟子が自分で考えるきっかけをつくること。これは相撲の技術だけでなく、長い力士人生を歩むための主体性を育てる考え方でもあります。

また、二所ノ関部屋では土俵を2面設置し、力士が稽古の順番を待つ時間を減らせる環境を整えています。稽古の考え方だけでなく、施設の設計まで効率性を意識している点が特徴です。

【検証資料 2】稀勢の里親方の活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【弟子の育成実績】大の里と白熊に見る二所ノ関親方の指導力

二所ノ関親方の指導者としての評価を考える際、最も大きな実績として挙げられるのが大の里の横綱昇進です。

2025年5月28日、日本相撲協会は大の里の第75代横綱昇進を正式に決定しました。日本出身の新横綱は、師匠である稀勢の里以来8年ぶりでした。

大の里はなぜ短期間で横綱になれたのか

大の里は2023年5月場所に二所ノ関部屋から初土俵を踏みました。その後、2024年1月場所に新入幕、同年11月場所に大関昇進を果たし、2025年7月場所から第75代横綱として土俵に上がっています。

幕下10枚目格付け出しでの初土俵から、横綱昇進まで所要13場所というスピード出世でした。2025年5月場所では大関として2場所連続優勝を決め、横綱昇進への道を切り開いています。

二所ノ関親方はインタビューで、大の里の努力量を高く評価しています。特に鍛錬に取り組む姿勢について、部屋の中でも際立っていると説明しました。

また、親方自身の経験に基づく身体の使い方や、身体の軸を安定させる稽古を大の里も継続してきたと語っています。

もちろん、横綱昇進は師匠の指導だけで実現するものではありません。本人の体格、才能、努力、競技への適応力などが重なった結果です。しかし、弟子の能力を伸ばす環境を整え、継続的な鍛錬を支えた師匠の役割は大きな意味を持っています。

2026年9月場所、大の里は6度目の幕内優勝

大の里の成長は横綱昇進後も続いています。

日本相撲協会の公式プロフィールによると、2026年9月場所では12勝3敗で幕内優勝を果たしました。これが通算6度目の幕内優勝です。

一方で、2026年3月場所と5月場所には休場があり、7月場所は9勝6敗でした。9月場所で優勝を果たしたことは、横綱として再び結果を示した重要な出来事です。

2026年11月場所の公式プロフィールでも大の里は東横綱として掲載されており、二所ノ関部屋を代表する力士として活躍を続けています。

白熊の育成にも力を注ぐ

二所ノ関部屋で注目したいもう一人の力士が白熊です。

白熊は二所ノ関部屋に所属する力士で、2026年11月場所の日本相撲協会公式情報では西十両9枚目に位置しています。横綱の大の里だけでなく、十両で戦う力士を育てることも、部屋の重要な目標です。

2026年9月に阿見町が発行した「広報二所ノ関」では、白熊について、4月から稽古量を徹底的に増やし、数か月かけて少しずつ内容が改善してきたと親方が評価しています。

この報告は、二所ノ関親方が大の里のようなトップ力士だけでなく、各段の弟子の成長にも目を配っていることを示しています。

二所ノ関部屋の育成をどう評価すべきか

人材育成の評価は、横綱を何人輩出したかだけでは決まりません。幕下以下の力士がどれだけ成長できるか、けがから復帰できるか、長期的に競技を続けられるかも重要です。

二所ノ関親方は、身体づくりの段階から弟子を支え、基礎稽古を積み重ね、本人が自分の成長に気づく機会をつくることを重視しています。

大の里の横綱昇進と優勝実績は、指導方針が大きな成果につながった事例です。さらに白熊や幕下以下の力士への継続的な指導を見ると、部屋全体の底上げを目指していることも分かります。

ただし、横綱を育てた実績と、すべての弟子が同じように出世できることは別問題です。今後は大の里に続く関取や上位力士がどれだけ育つかも、二所ノ関親方の指導力を測る重要な判断材料になります。

【二所ノ関部屋の所在地】茨城県阿見町の施設と稽古見学の方法

二所ノ関部屋は、東京都内ではなく茨城県稲敷郡阿見町にあります。親方の出身地である牛久市に隣接する地域で、2022年6月に新しい施設が完成しました。

二所ノ関部屋の住所とアクセス

日本相撲協会の公式サイトに掲載されている所在地は次のとおりです。

  • 部屋名:二所ノ関部屋
  • 所在地:茨城県稲敷郡阿見町荒川本郷139-1
  • 郵便番号:300-1152
  • 最寄り駅:JR常磐線・ひたち野うしく駅
  • 駅からのアクセス:徒歩約10分
  • 車でのアクセス:つくば牛久ICから県道48号方面へ約10分

施設の特徴は、通常の相撲部屋では1面が一般的な稽古土俵を2面設けていることです。力士が稽古の順番を待つ時間を減らし、効率よく稽古を進められる環境づくりを目的としています。

また、約6000平方メートルの敷地を持ち、屋外にはバスケットボールができるスペースも整備されています。相撲の稽古だけにとどまらず、身体づくりや日常生活の環境にも配慮した施設です。

二所ノ関部屋の稽古は一般公開されている?

二所ノ関部屋の稽古を見てみたいと考える相撲ファンも多いでしょう。しかし、稽古場のスペースには限りがあるため、一般の人が自由に出入りして見学できる仕組みではありません。

二所ノ関部屋の公式サイトに掲載されているFAQによると、稽古見学は後援会会員限定で、日時を指定した見学会として随時開催されています。地方宿舎での見学についても同様の扱いです。

そのため、見学を希望する場合は、事前に後援会の案内や部屋の公式発表を確認する必要があります。通常の稽古時間に突然訪問して見学を求めることは避けましょう。

地域との交流にも積極的

二所ノ関親方が重視しているのは、部屋の中で強い力士を育てることだけではありません。

二所ノ関部屋の公式サイトでは、現役力士と小学生が一緒に稽古する取り組みや、わんぱく相撲、地元の小中学校と連携した相撲教室や体育授業などを紹介しています。

こうした活動には、相撲を身近なスポーツとして地域に根付かせる狙いがあります。相撲部屋を地域社会の一部として運営することも、二所ノ関親方が目指す新しい部屋づくりの特徴です。

【検証資料 3】稀勢の里親方に関する近況・インタビュー報道記録(出典:日刊スポーツ / Yahoo!ニュース)

【2026年最新の活動】二所ノ関親方の仕事と地域での評判

2026年の二所ノ関親方は、弟子の指導を中心にしながら、相撲の普及や地域との交流にも活動の幅を広げています。

2026年2月、阿見町の町民報告会に出席

2026年2月7日、二所ノ関部屋は茨城県阿見町で「町民報告会」を開催しました。

このイベントには二所ノ関親方、大の里、白熊が出席。町民約470人が集まり、部屋の活動や力士たちの活躍について交流しました。

スポーツニッポンの報道によると、二所ノ関親方は2025年を振り返り、大の里の横綱昇進や優勝を喜ぶとともに、今後は茨城県出身の幕内力士を育てたいという目標を語っています。

この発言からは、大の里という一人の横綱を育てるだけでなく、地元から次世代の力士を輩出したいという長期的な考えが読み取れます。

2026年9月、部屋の公式広報で弟子の成長を報告

阿見町の公式サイトでは、2026年9月11日更新の「広報二所ノ関」第二十七号が公開されています。

この広報では、所属力士の成績や親方による総評、新弟子の紹介などが掲載されています。大の里の本場所での状況に加え、白熊の稽古量を増やした取り組みや、幕下以下の力士の成長についても詳しく触れられています。

特に注目したいのは、勝敗だけでなく、休場中の基礎鍛錬や身体の成長、得意な相撲の型を身につける過程まで評価していることです。

これは、力士の育成を短期的な成績だけで判断しない二所ノ関親方の指導姿勢を表しています。

2026年10月、沖縄の地方巡業をPR

2026年10月24日には、沖縄テレビが二所ノ関親方の活動を報じました。

立浪親方とともに沖縄テレビを訪問し、同年12月に開催予定の大相撲うるま場所をPR。二所ノ関親方は、地元出身の美ノ海の活躍を見どころとして挙げ、沖縄の相撲ファンに力士たちの姿を間近で見てほしいと呼びかけました。

うるま場所は2026年12月19日・20日に、沖縄県うるま市の石川多目的ドームで開催予定です。

このような活動は、親方としての部屋運営だけでなく、大相撲全体の魅力を伝える役割も担っていることを示しています。

二所ノ関親方の評判は?人材育成の実績から考える

二所ノ関親方の指導者としての評価を考えるうえで、具体的な成果として挙げられるのは、大の里の横綱昇進と2026年9月場所での6度目の幕内優勝です。

加えて、白熊への稽古量の見直しや、幕下以下の力士への基礎指導、阿見町との継続的な交流も確認できます。

評価できるポイントは、大きく3つあります。

  • 競技面:大の里という横綱を育成し、弟子の成長を継続的に支えている。
  • 教育面:技術を一方的に教えるのではなく、基礎体力と自主的な気づきを重視している。
  • 運営面:稽古施設の効率化や地域交流、後援者との関係づくりにも取り組んでいる。

一方、二所ノ関部屋の将来を評価するには、今後も継続して関取を育成できるか、けがを抱える力士をどのように支えるかといった点も重要です。

大の里の成功だけでなく、白熊や若手力士の成長が積み重なっていくかどうか。そこに二所ノ関親方の指導者としての真価が表れてくるはずです。

【よくある誤解】稀勢の里親方と二所ノ関部屋について知っておきたいこと

稀勢の里親方について調べる際には、現役時代の四股名と現在の親方名、名跡の継承、部屋の所在地などが混同されることがあります。ここでは特に間違えやすい点を整理します。

稀勢の里と二所ノ関親方は別人?

別人ではありません。稀勢の里は現役時代の四股名で、現在は年寄名跡の二所ノ関を襲名しています。本名は萩原寛です。

二所ノ関部屋は昔から阿見町にあった?

違います。現在の二所ノ関部屋は、荒磯部屋を母体として2021年12月に二所ノ関へ名称を変更し、2022年6月に阿見町で新しい施設を開設したものです。

大の里は稀勢の里の現役時代からの弟子?

大の里は2023年5月場所に二所ノ関部屋から初土俵を踏んだ力士です。稀勢の里の現役引退後に入門し、二所ノ関親方の指導を受けて成長しました。

こうした経緯を押さえておくと、師匠と弟子の関係や、部屋の歴史を正確に理解できます。

【稀勢の里親方の現在】よくある質問(FAQ)

Q1:稀勢の里親方は現在何をしていますか?
A1:2026年現在は二所ノ関親方として、茨城県阿見町の二所ノ関部屋で師匠を務めています。大の里や白熊をはじめとする弟子の育成、部屋の運営、地域交流、相撲の普及活動などに取り組んでいます。

Q2:二所ノ関親方の本名は何ですか?
A2:本名は萩原寛(はぎわら・ゆたか)です。1986年7月3日生まれで、茨城県牛久市の出身です。現役時代は稀勢の里という四股名で、第72代横綱を務めました。

Q3:稀勢の里親方はいつ引退しましたか?
A3:2019年1月16日です。日本相撲協会の理事会で引退と年寄荒磯の襲名が承認されました。

Q4:大の里の師匠は誰ですか?
A4:二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)です。大の里は2023年5月場所に二所ノ関部屋から初土俵を踏み、2025年7月場所から第75代横綱として活躍しています。

Q5:二所ノ関部屋はどこにありますか?
A5:茨城県稲敷郡阿見町荒川本郷139-1です。JR常磐線のひたち野うしく駅から徒歩約10分の場所にあります。

Q6:二所ノ関部屋の稽古は一般人でも見学できますか?
A6:公式サイトによると、稽古見学は後援会会員限定で、日時を指定した見学会として随時開催されています。一般の人が自由に見学できるわけではないため、事前に部屋の公式案内を確認してください。

Q7:二所ノ関親方は2026年も活動していますか?
A7:活動しています。2026年2月の阿見町町民報告会への出席、9月の部屋広報での弟子の成績報告、10月の沖縄での地方巡業PRなどが報じられています。

まとめ:稀勢の里親方の現在は、横綱を育てる指導者としての新たな挑戦

元第72代横綱・稀勢の里は、2019年の現役引退後、荒磯親方を経て二所ノ関親方となり、現在は茨城県阿見町の二所ノ関部屋で弟子の育成に取り組んでいます。

その指導方針の特徴は、伝統的な稽古を大切にしながら、スポーツ科学や身体の使い方、効率的な施設運営を取り入れていることです。特に、基礎体力と稽古量を重視し、弟子自身が考えて成長するきっかけをつくる姿勢は、二所ノ関親方ならではの指導哲学です。

大の里の横綱昇進と2026年9月場所での6度目の幕内優勝は、その育成実績を象徴しています。また、白熊や幕下以下の力士への指導、阿見町との交流、地方巡業のPRなど、活動は部屋の中だけにとどまりません。

今後注目したいのは、大の里に続く新たな関取や横綱候補を育てられるかという点です。横綱を一人育てた実績を一過性の成功に終わらせず、部屋全体の育成力へと発展させられるかが問われます。

現役時代は自ら土俵で結果を残した稀勢の里。現在は師匠として、弟子たちが自分の力で土俵を切り開くための環境を整えています。2026年以降も、二所ノ関部屋からどのような力士が育っていくのか、その歩みに注目が集まります。