【2026年現在の建物は?】第3東運ビルと芝浦ウォーターフロントの変化
ジュリアナ東京の跡地を語るうえで興味深いのは、ディスコが閉店した後も、建物そのものが地域の中で活用され続けていることだ。
2014年の田町新聞の取材では、第3東運ビルの内部が大規模にリノベーションされ、広告会社のオフィスや専門事業者の施設などに再利用されている様子が紹介された。
特に注目したいのが、ジュリアナ東京の旧エントランス付近である。同記事では、当時の入口の形状や壁面に残るロゴの痕跡、かつてのチケットブースの位置などが取り上げられていた。
さらに、旧ディスコ内部にあったVIPルームやバーカウンター、お立ち台なども、オフィス空間の一部として活用されていたと報じられている。かつての娯楽施設が、働く人々のための空間へと姿を変えたわけだ。
2026年現在の建物の状況

2026年11月時点で確認できる東京ポートボウルの公式サイトには、営業案内や施設情報が掲載されている。所在地も東京都港区芝浦1-13-10であり、ジュリアナ東京があった第3東運ビルと同じ住所だ。
また、広告会社TBWA HAKUHODOも公式会社情報で第3東運ビルを所在地として掲載している。かつてのディスコが入っていた建物は、現在も複数の用途で使われていることが分かる。
ただし、現在の建物全体がジュリアナ東京のまま保存されているわけではない。ディスコとしての営業は終了しており、内部もオフィスなどへの転用が進んでいる。旧店舗の内装を自由に見学できる観光施設でもない。
【跡地周辺を歩く】田町駅からのアクセスと現地で注目したいポイント

ジュリアナ東京跡地を実際に訪れる場合、目印にしたいのは東京ポートボウルである。ディスコの名前だけを頼りに探すより、現在営業している施設名と住所を組み合わせたほうが分かりやすい。
現地へのアクセス

出典:東京ポートボウル公式アクセス案内。徒歩時間は公式掲載の目安。
周辺の街並みはどう変わった?
かつての芝浦は、倉庫や物流関連施設が集まる港湾エリアだった。そこにディスコやレジャー施設が進出し、都心の繁華街とは異なるウォーターフロントの遊び場として注目された。
ジュリアナ東京だけでなく、芝浦GOLDなどのディスコも、このエリアのナイトカルチャーを形成した存在として知られている。
その後、芝浦周辺ではオフィスや商業施設などへの土地利用の変化が進んだ。現在の落ち着いた街並みと、1990年代初頭の華やかなディスコ文化との間には大きな違いがある。
現地を訪れる際は、次の3点を意識すると、単なる建物見学以上の発見がある。
- 第3東運ビルの外観:かつて大型ディスコが入居していた建物が現在も使われている点。
- 旧エントランスの歴史:2014年の現地取材で紹介された入口やロゴの痕跡。
- 田町駅からの道のり:かつて多くの来場者が歩いた芝浦の街の現在の姿。
なお、2014年に報告されたロゴや内装の状態が2026年現在もそのまま残っているとは限らない。見学できるのは基本的に建物の外観や一般利用できる施設であり、オフィス内部への無断立ち入りはできない。
ネット上で見かける跡地情報の誤解
ジュリアナ東京跡地については、閉店後の建物の扱いと、現在の施設の情報が混同されやすい。
特に注意したいのは、跡地という言葉が必ずしも更地や新築建物を意味するわけではないことだ。今回のケースでは、旧店舗が入っていた建物自体が再利用されている。
また、当時の内装が一部再利用されたという2014年の記事と、2026年現在の建物内部の状態は区別する必要がある。過去の取材写真だけで、現在も当時のディスコ空間が完全に残っていると判断することはできない。
【ジュリアナ東京の跡地】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ジュリアナ東京の跡地は現在どこにありますか?
A1:東京都港区芝浦1-13-10、第3東運ビルです。現在は東京ポートボウルが入る建物として知られています。
Q2:ジュリアナ東京の跡地は取り壊されましたか?
A2:旧店舗が入っていた第3東運ビルは現在も利用されています。建物全体が取り壊されて別の施設になったわけではありません。ただし、内部はリノベーションされ、用途が変更されています。
Q3:ジュリアナ東京の開業日はいつですか?
A3:1991年5月15日です。正式名称は「JULIANA'S TOKYO British discotheque in 芝浦」でした。
Q4:ジュリアナ東京の閉店日はいつですか?
A4:1994年8月31日です。約3年3か月半の営業期間でした。
Q5:ジュリアナ東京が閉店した理由は何ですか?
A5:警察による指導を受けて名物のお立ち台を撤去し、店舗の営業方針を変更した結果、集客力が大幅に低下したことが大きな要因です。経営上の損失も閉店につながりました。
Q6:現在の跡地でジュリ扇やお立ち台を見ることはできますか?
A6:旧店舗の内装が一部再利用されたという過去の取材記録はありますが、現在、一般客が当時のダンスフロアやお立ち台を自由に見学できる施設ではありません。
Q7:ジュリアナ東京跡地の最寄り駅はどこですか?
A7:JR田町駅東口と都営地下鉄三田駅です。いずれも徒歩約6分が公式案内の目安です。
まとめ:ジュリアナ東京跡地は芝浦に残る平成カルチャーの記憶
ジュリアナ東京跡地は、東京都港区芝浦1-13-10の第3東運ビルにある。正式名称は「JULIANA'S TOKYO British discotheque in 芝浦」。1991年5月15日に開業し、1994年8月31日に閉店した、約3年3か月半の歴史を持つディスコである。
閉店の背景には、警察による指導、お立ち台の撤去、営業方針の変更による集客力の低下、経営上の問題があった。バブル期の象徴として語られる一方、実際にはバブル崩壊後の時代の変化を映し出した施設でもあった。
2026年現在、旧店舗が入っていた建物は東京ポートボウルなどが利用する施設として残っている。かつてのディスコそのものは営業していないが、建物の再利用や過去の現地取材記録を通して、その歴史をたどることができる。
【プロの結論】
ジュリアナ東京の跡地を調べる際に最も大切なのは、「ディスコが閉店したこと」と「建物がなくなったこと」を混同しないことだ。閉店日は1994年8月31日だが、場所の記憶は第3東運ビルという形で現在の芝浦に引き継がれている。
また、ジュリアナ東京の歴史は、単なるバブル時代の懐古話ではない。独自の演出で人気を獲得した施設が、社会的な規制や顧客ニーズの変化に直面し、従来の魅力を失っていく過程を示している。
田町駅東口から歩いて約6分。現在の芝浦の街並みと第3東運ビルを見比べれば、1990年代の熱狂と2026年の街の姿、その両方を同じ場所から感じ取れる。ジュリアナ東京跡地は、平成初期の日本の若者文化と東京の都市変化を知るための、貴重な歴史的な手がかりなのである。