【花田虎上の正体】読み方・本名・年齢・プロフィールを紹介
花田虎上さんは、1971年1月20日生まれ。東京都出身の元大相撲力士で、現役時代は若乃花勝(わかのはな・まさる)の四股名で活躍しました。
日本相撲協会の公式プロフィールでは、最高位は第66代横綱。身長180cm、体重134kg、得意技は左四つ・寄りと記録されています。
花田虎上の基本プロフィール

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現在の活動名 | 花田虎上 |
| 読み方 | はなだ・まさる |
| 現役時代の本名表記 | 花田勝 |
| 力士時代の四股名 | 若花田→若ノ花→若乃花 |
| 生年月日 | 1971年1月20日 |
| 年齢 | 55歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 東京都 |
| 最高位 | 第66代横綱 |
| 所属部屋 | 藤島部屋→二子山部屋 |
| 身長 | 180cm |
| 体重 | 134kg |
| 幕内優勝 | 5回 |
| 引退 | 2000年3月場所 |
出典:日本相撲協会の歴代横綱・力士プロフィール。
「花田虎上」はなぜ「まさる」と読む?

初めて名前を見る人にとって、最も難しいのが「虎上」という漢字です。
一般的な音読みからは「まさる」と判断しにくいものの、本人がテレビ朝日系「徹子の部屋」で改名の由来を説明しています。
花田さんによると、「虎上」は虎の上と書いて「まさる」。干支の虎が強いことから、虎より勝るという意味を込めて名付けたそうです。
また、改名の背景には姓名判断もありました。「花田勝」という名前について、姓名判断をする複数の人から、早く亡くなることを連想させる字画だと指摘され、名前を変えた方がよいと勧められたことも理由として挙げています。
つまり、花田勝と花田虎上は別人ではありません。現役時代の力士としての記録と、引退後のタレント活動における名前の違いです。
【相撲経歴】第66代横綱・若乃花の幕内優勝5回はどれほどすごい?

花田虎上さんの相撲人生は、弟の貴乃花光司さんとともに歩んだ道でもありました。
1988年3月場所に初土俵を踏み、若花田の四股名で力士としてのキャリアをスタート。1990年には新入幕を果たし、1993年には大関に昇進しています。
その後、1998年7月場所に第66代横綱へ昇進。弟の貴乃花とともに兄弟横綱となり、大相撲の歴史に名を刻みました。
若乃花の主な経歴・年表
| 年・時期 | 出来事 | 主な実績 |
|---|---|---|
| 1988年3月 | 初土俵 | 若花田としてデビュー |
| 1990年3月 | 新十両 | 関取に昇進 |
| 1990年9月 | 新入幕 | 幕内力士となる |
| 1993年3月 | 幕内初優勝 | 14勝1敗で初優勝 |
| 1993年9月 | 大関昇進 | 若ノ花として活躍 |
| 1998年7月 | 横綱昇進 | 第66代横綱・若乃花 |
| 2000年3月 | 現役引退 | 春場所5日目に引退表明 |
| 2001年 | アメリカンフットボール挑戦 | オンワードスカイラークスに入部 |
| 2025年5月 | ABEMA専属解説者に就任 | 大相撲の解説活動を本格化 |
| 2026年 | 解説・メディア活動 | ABEMA大相撲2026に出演 |
出典:日本相撲協会、日刊スポーツ、ABEMA公式発表。
幕内優勝5回と通算成績の実力
若乃花の記録で特に注目したいのが、幕内優勝5回という実績です。
日本相撲協会の公式記録によると、主な戦績は次のとおりです。
- 生涯戦歴:573勝286敗124休
- 幕内戦歴:487勝250敗124休
- 幕内優勝:5回
- 十両優勝:1回
- 殊勲賞:3回
- 技能賞:6回
- 金星:2個
注目すべきなのは、当時の大型化する力士たちの中で、180cm、134kgという体格で横綱まで上り詰めたことです。
相撲は単純な体格勝負ではありません。左四つから相手の体勢を崩し、寄り切る技術や、勝負どころで力を発揮する集中力が求められます。
若乃花は、そうした技術と粘り強さで実績を積み重ねました。
幕内優勝5回という数字は、横綱に昇進しただけでなく、実際に何度も最高峰の場所で結果を残したことを示しています。
【貴乃花との兄弟関係】若貴ブームの真相と兄弟横綱の舞台裏
花田虎上さんを語るうえで欠かせない人物が、弟の元横綱・貴乃花光司さんです。
2人は父であり師匠でもあった元大関・貴ノ花のもと、藤島部屋(のちの二子山部屋)で力士として成長しました。
兄が若乃花、弟が貴乃花という名前で活躍し、1990年代の大相撲人気を牽引。兄弟そろって横綱に昇進したことは、相撲界でも大きな出来事でした。
若貴ブームが社会現象になった理由
若貴ブームは、単に2人の力士が強かったというだけではありません。
兄弟が同じ部屋から番付を駆け上がり、同じ時代に横綱まで昇進するという物語性がありました。
さらに、兄弟でありながら本場所では勝敗を争う関係です。
1995年11月の九州場所では、兄弟がともに12勝3敗で並び、優勝決定戦で直接対決しました。
大相撲史上唯一の兄弟による優勝決定戦として知られる一番です。
花田さんは2019年のテレビ番組で当時を振り返り、普段なら相手に向かっていけるのに、弟が相手だとそうできず、プロとして情けなかったという心境を語っています。
さらに「あのときは一番大好きな弟だったから」と振り返りました。
このエピソードからも、土俵上の激しい勝負と、家族としての感情が必ずしも一致するわけではなかったことが分かります。
兄弟は仲が悪い?現在の関係は?
兄弟の関係については、過去の確執や不仲が繰り返し報道されてきました。
ただし、兄弟の関係を単純に「仲が悪い」という言葉だけで説明するのは正確ではありません。
2025年7月、花田さんはNHKの「大相撲お宝映像スペシャル」に出演し、弟との現役時代について語りました。
番組で弟と曙の対策を一緒に考えていたのかと尋ねられると、相撲の話はしないと説明。その理由として、番付には決まった枠があり、同じ部屋に所属していても全員がライバルだからという勝負の世界の厳しさを挙げています。
この発言は、兄弟が同じ部屋にいたからといって、常に協力関係だったわけではないことを示しています。
関係者・人物相関を整理
| 人物・組織 | 花田虎上との関係 | 主な関係・出来事 |
|---|---|---|
| 貴乃花光司 | 実弟・元横綱 | 若貴ブーム、兄弟優勝決定戦 |
| 貴ノ花(先代二子山親方) | 父・師匠 | 藤島部屋で兄弟を指導 |
| 藤田紀子 | 母 | 若貴兄弟の母として知られる |
| 曙太郎 | 同時代の横綱 | 若貴とともに相撲人気を支えた |
| 二子山部屋 | 所属した相撲部屋 | 兄弟が力士として成長した場所 |
| ABEMA | 現在の仕事上の関係 | 大相撲の専属解説を担当 |
若貴ブームの本質は、兄弟という特別な関係と、勝負の世界における競争が同時に存在した点にあります。
家族だからこそ生まれる感情と、プロの力士として勝たなければならない責任。その両方を背負ったことが、2人の対決に大きな注目が集まった理由の一つです。
【2000年の引退理由】横綱・若乃花はなぜ29歳で土俵を去った?
花田虎上さんが現役を引退したのは、2000年3月場所です。当時29歳でした。
横綱という最高位に上り詰めてから、わずか約2年での引退だったため、当時の相撲ファンに大きな衝撃を与えました。
引退を決めたのは2000年3月16日
日刊スポーツの当時の紙面を振り返る記事によると、若乃花は2000年3月場所5日目、関脇・栃東との取組に敗れて3敗目を喫しました。
取組後、宿舎に戻って師匠の二子山親方に引退の意向を伝えています。
その際に本人が示した理由は、次の言葉でした。
体力を補う気力が限界に達しました。
若乃花は引退会見でも、夏場所への復帰について問われると「心の問題」と説明しています。
つまり、単純に一つの負傷や成績不振だけで引退を説明できるものではありません。本人が自らの気力の限界を感じ、現役生活に区切りをつけたということです。
引退後に明かした相撲への本音
2013年に出演したテレビ東京系「おしかけスピリチュアル」では、引退に関する別の心境も語っています。
花田さんは、相撲には早くから興味がなく、横綱になったら辞めさせてやると父親に言われていたという趣旨の発言をしました。
この発言は、引退当日の「気力の限界」という説明と合わせて読む必要があります。
現役時代の花田さんにとって横綱昇進は大きな到達点でしたが、それが必ずしも相撲人生を長く続ける理由にはならなかったのかもしれません。
引退後は相撲協会を離れ、異競技に挑戦
引退後、花田さんは藤島親方を襲名し、いったん日本相撲協会に残りました。
しかし、その後は協会を退職。2001年には、かねてから関心を持っていたアメリカンフットボールに挑戦し、オンワードスカイラークスに入部しました。
2002年にはアメリカのアリーナフットボールリーグ(AFL)のアリゾナ・ラトラーズのキャンプにも参加しています。
NFLを目指した挑戦は実現しませんでしたが、横綱経験者が別競技に挑む姿は異例でした。
引退を単なる競技生活の終わりではなく、新しい人生への出発点にしたことが、その後の活動につながっています。
【2026年最新】花田虎上の現在の活動は?テレビ・ABEMA・ブログを調査
2026年現在、花田虎上さんは元横綱としての経験を生かし、スポーツ解説やテレビ出演などで活動しています。
特に注目されるのが、ABEMAの大相撲中継です。
ABEMA大相撲の専属解説者として活動
2025年5月、ABEMAは花田さんが「ABEMA大相撲」の専属解説者に就任すると発表しました。
これまでにも解説を担当していましたが、専属解説者として正式に加わったことで、現役時代の経験を生かした相撲解説が継続的に見られるようになりました。
2026年のABEMA公式番組ページでも、週末の専属解説者として花田さんの出演が案内されています。
ABEMA大相撲2026
- 出演者:花田虎上
- 役割:週末の専属解説
- 内容:本場所の取組解説・大相撲中継
元横綱の視点から、力士の動きや取組の駆け引きを解説できる点は、現役時代を知らない若い視聴者にも価値のある情報です。
テレビ番組への出演も継続
花田さんは、過去にもスポーツ番組やバラエティー番組などに出演してきました。
代表的な出演歴として知られるのが、次の番組です。
- 日本テレビ系「スポーツうるぐす」
- 日本テレビ系「ズームイン!!SUPER」
- フジテレビ系「ジャンクSPORTS」
- NHK「大相撲お宝映像スペシャル」
- テレビ朝日系「徹子の部屋」
特に2025年7月のNHK番組では、若貴ブームの舞台裏や弟との関係について語り、現役時代の経験を振り返りました。
公式ブログやSNSで発信する日常
花田さんは公式ブログでも日常生活を発信しています。
2026年10月には、家族との食事や日常の出来事をブログで紹介。10月31日には、妻と娘たちが好きな海外ドラマにちなんだハロウィーンの仮装を家族で楽しんだことも報じられました。
また、2026年10月には前妻との間に生まれた長男との食事についても発信しています。
こうした発信からは、現役時代の勝負師としての姿とは異なる、家庭生活を大切にする現在の一面がうかがえます。
2026年の活動を整理すると、花田さんは相撲界に戻ったわけではなく、元横綱という経験をメディアや解説の仕事に生かしている人物です。
【家族・結婚歴】花田虎上の妻は誰?子どもは何人?
花田虎上さんの家族についても、検索されることが多いテーマです。
花田さんはこれまでに2度結婚しており、子どもは合計6人です。
1度目の結婚は1994年、2007年に離婚
最初の結婚相手は、元妻の花田美恵子さん(Miekoさん)です。
1994年に結婚し、1男3女の4人の子どもが生まれました。
その後、2007年10月に離婚。報道によると、離婚前には5年間の別居期間がありました。
2008年に倉実さんと再婚
2008年12月には、9歳年下の一般女性・倉実さんと再婚しました。
2人の間には、百華(わか)さん、桃果(もか)さんという2人の娘がいます。
2026年には、妻の倉実さんがSNSで娘たちとの日常や家族旅行の様子を発信。夏には家族4人で韓国旅行を楽しんだことも紹介されました。
子どもは1男5女の6人
花田さんには、前妻との間に4人、現在の妻との間に2人、合わせて6人の子どもがいます。
2025年9月の「徹子の部屋」出演時には、前妻との子どもたちと現在の妻との子どもたちが一緒に食事をすることもあると明かしました。
また、前妻との間に生まれた子どもたちとの交流についても語っています。
2026年10月には、前妻との長男と久しぶりに2人きりで食事をしたことも報じられました。
こうした近況から、花田さんはそれぞれの子どもたちとの交流を続けていることが分かります。
【よくある質問】花田虎上に関するFAQ
Q1:花田虎上は何と読みますか?
A1:花田虎上は「はなだ・まさる」と読みます。旧名は花田勝で、現役時代は若乃花勝という四股名で活躍しました。
Q2:花田虎上は2026年現在何歳ですか?
A2:1971年1月20日生まれのため、2026年11月現在は55歳です。
Q3:花田虎上はなぜ相撲を引退したのですか?
A3:2000年3月場所5日目に3敗目を喫した後、気力の限界を理由に引退を表明しました。本人は「体力を補う気力が限界に達しました」と説明しています。
Q4:花田虎上と貴乃花は現在も兄弟ですか?
A4:はい。貴乃花光司さんは実弟です。現役時代は同じ部屋に所属しながらライバルとして戦いました。2025年のテレビ出演では、弟とは相撲の話をしないと語っています。
Q5:花田虎上の子どもは何人ですか?
A5:前妻との間に1男3女、現在の妻・倉実さんとの間に2女がおり、合計6人です。
【プロの結論】花田虎上の人生から見える横綱引退後の第二のキャリア
花田虎上さんの経歴を振り返ると、単に元横綱という肩書だけでは説明できない人生の転換点が見えてきます。
1988年の初土俵から1998年の横綱昇進まで、約10年間をかけて頂点に到達。その一方で、2000年には29歳という若さで現役を引退しました。
その後は相撲協会を離れ、アメリカンフットボールへの挑戦、スポーツキャスターとしての活動、テレビ出演、相撲解説と、異なる分野で新しいキャリアを築いてきました。
特に2025年のABEMA専属解説者就任と、2026年の継続的な出演は、現役時代の経験が引退後も生きていることを示しています。
花田虎上という人物を理解する際には、次の3つの視点が大切です。
1. 力士としての実績: 第66代横綱、幕内優勝5回という公式記録。
2. 兄弟横綱としての歴史: 貴乃花との競争と、若貴ブームを支えた存在感。
3. 引退後の人生: 新しい競技への挑戦から、テレビ・相撲解説、家族との生活まで続く第二のキャリア。
「若乃花」としての現役時代だけを知っている人にとって、現在の花田虎上さんは少し違った印象かもしれません。
しかし、土俵を離れた後も相撲との接点を持ち続け、2026年現在は解説者として次の世代の力士を見つめています。
花田虎上は、若貴ブームを象徴した第66代横綱であると同時に、引退後も自分の道を切り開いてきた人物です。 その歩みこそが、2026年になっても多くの人が「はなだまさる」と検索する理由の一つです。