【2026年現在】亘健太郎は芸人と電気工事士を両立している

目次

亘健太郎さんの現在の仕事は、大きく分けて2つあります。ひとつはフルーツポンチとしての芸能活動、もうひとつは第二種電気工事士の資格を生かした建築現場での電気工事です。

【検証資料 1】フルーツポンチ亘の当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

2026年4月に配信されたABEMAの密着企画「NO MAKE」では、実際の電気工事現場で働く亘さんの姿が紹介されました。同番組によると、電気工事の仕事は月15日ほど。芸人としての収入と現場仕事の収入は、ほぼ同程度になっているといいます。

つまり、現在は芸人が本業で電気工事が単なる小遣い稼ぎという状態ではありません。どちらも家計を支える大切な仕事になっています。

2025年6月にテレビ東京系『じっくり聞いタロウ』で紹介された際には、電気工事の日当は1万3000円程度、月収は約30万円と説明されていました。資格取得によって、より単価の高い現場を選べるようになったことも収入改善につながっています。ただし、これは当時の取材で示された金額であり、2026年11月現在の固定月収として公表された数字ではありません。

また、電気工事の仕事には芸能活動との相乗効果もあります。現場経験を持つ芸人という個性が、トーク番組やリフォーム関連番組への出演につながることもあるからです。

【亘健太郎のプロフィール】航空自衛隊から芸人への転身とブレイク

フルーツポンチ亘


わたり・けんたろう
- 生年月日:1980年7月12日
- 出身地:神奈川県
- 身長:165cm
- 所属:吉本興業
- コンビ:フルーツポンチ
- NSC東京校:10期生
- 資格:第二種電気工事士
- 実績:予備自衛官
2026年11月現在46歳

亘さんは1980年生まれ。2004年にNSC東京校10期生として芸人への道に入り、2005年4月に同期の村上健志さんとフルーツポンチを結成しました。

吉本興業の公式プロフィールにも、第二種電気工事士の資格と予備自衛官としての実績が掲載されています。芸人としての経歴だけでなく、異なる分野で身につけた経験が現在の活動を形づくっています。

フルーツポンチは結成後、テレビのネタ番組への出演をきっかけに知名度を上げました。特に大きな転機となったのが、フジテレビ系『爆笑レッドカーペット』への出演です。

その後、2009年にスタートしたテレビ東京系の子ども向け番組『ピラメキーノ』で、はんにゃ.とともにMCに抜擢されます。子どもたちを中心に人気を集め、コンビの知名度は一気に高まりました。

一方、2015年に『ピラメキーノ』が終了すると、テレビ出演の機会は徐々に減少。相方の村上さんが俳句の分野でも活躍するようになるなか、亘さんは別の仕事にも活路を見いだしていきます。

主な人物・活動の関係性

人物・名称 亘さんとの関係・確認できる事実 亘健太郎 1980年生まれ。フルーツポンチのツッコミ担当。 2005年にコンビを結成した相方。俳句の分野でも活動。 爆笑レッドカーペット コンビのテレビ進出における大きな転機。 ピラメキーノ 2009年開始の子ども向け番組。コンビがMCを担当。 航空自衛隊 芸人転身前に勤務した組織。青森県の三沢基地で勤務。 予備自衛官 吉本興業の公式プロフィールにも掲載されている実績。 第二種電気工事士 2023年に取得した国家資格。現在の現場仕事に活用。

この経歴を見ると、亘さんの特徴は一つの職業だけに依存しない点にあります。自衛隊、芸能界、建築現場と、異なる環境で経験を積んできました。

なお、コンビ結成時期やプロフィールについては吉本興業の公式情報、テレビ出演の経緯についてはテレビ東京の番組紹介や各種報道で確認できます。

【月収180万円から8万円へ】亘健太郎が副業を始めた理由

フルーツポンチ亘

亘さんの働き方が変わった最大の理由は、芸人としての収入が急激に減ったことです。

ブレイク時には月収180万円だった

フルーツポンチ亘

2026年4月のABEMAの密着企画によると、フルーツポンチが人気を集めていた時期、亘さんの月収は最高で約180万円に達していました。

『爆笑レッドカーペット』や『ピラメキーノ』など、テレビへの出演が続いた時期は、若手芸人として大きな成功を収めていたのです。

しかし、人気番組が終了すると出演機会が減少。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大によって、芸人にとって重要な仕事である劇場公演や営業の機会も大きく減りました。

コロナ禍には月収8万円まで減少

亘さんは2025年のCHANTO WEBのインタビューで、コロナ禍当時の状況を詳しく振り返っています。

当時は月収が約8万円まで落ち込んでいました。しかも、その金額は中止になったライブなどについて、すでに決まっていた出演スケジュール分のギャランティが支払われたことによるものだったといいます。

つまり、継続的に仕事をして得た収入ではありませんでした。本人の説明では、実質的な収入はほぼゼロに近い状態だったそうです。

家賃や生活費を支払うため、国からの給付金や貯金も取り崩していました。仕事が戻る時期が見えないなか、家族を養う責任も重くのしかかっていました。

2026年4月のABEMAの取材でも、亘さんは当時について「切羽詰まってました。貯金崩して」と振り返っています。妻に対しても、生活が厳しくなれば芸人を辞めて別の仕事に就く覚悟を伝えていたそうです。

知人の工務店からの誘いが人生の転機に

副業を始めたきっかけは、知り合いの工務店の社長からの誘いでした。

当初から電気工事士として働いていたわけではありません。最初に担当したのは大工仕事や現場での補助作業でした。

亘さんは工業高校の出身で、工具を扱った経験がありました。そのため、現場仕事にも比較的なじみやすかったとインタビューで語っています。

テレビ東京の取材では、2021年頃から副業を始めた経緯が紹介されています。仕事が多い時期には週6日働き、現場に泊まり込むこともあったそうです。

芸人の仕事が戻る保証はなく、家族の生活を守るためには、目の前にある仕事を引き受ける必要がありました。

興味深いのは、亘さんが芸人を辞めることを最初から選ばなかった点です。まずは現場仕事で収入を確保し、芸人として活動できる可能性も残すという選択をしました。

【第二種電気工事士を取得】資格取得の経緯と現場での仕事内容

亘さんの副業を大きく変えたのが、2023年の第二種電気工事士資格の取得です。

この資格は、一般住宅や小規模施設などにおける一定の電気設備工事を行うために必要な国家資格です。現場の補助作業から、資格を生かして仕事を担当できる立場へと進むための大きな一歩になりました。

なぜ電気工事士を目指したのか

資格取得の理由は、単に収入を増やしたかったからだけではありません。

CHANTO WEBのインタビューで亘さんが説明した経緯は、次のようなものでした。

工務店の社長自身が電気工事士の資格を持っており、現場で配線工事を担当していました。その姿を見て、自分も資格を取れば工務店の仕事に貢献できるのではないかと考えたそうです。

また、工業高校時代に電気工事士の資格が仕事につながると聞いていたことや、同級生が取得していたことも挑戦を後押ししました。

さらに、資格があれば芸人としての話題づくりにもなり、将来的に別の職業として生活を支える手段にもなると考えていました。

勉強期間は約2〜3か月、試験は一発合格

第二種電気工事士の試験は、筆記試験と技能試験の2段階です。

亘さんは仕事を続けながら、試験の2〜3か月前から本格的な勉強を始めました。筆記試験では工具や工事に関する知識、計算、法令などを学習。技能試験に向けては、配線図を見ながら作業する練習を重ねたそうです。

特に技能試験の準備では、電気工事に関するYouTube動画を繰り返し視聴して勉強したと話しています。

結果は一発合格。技能試験は終了時間ぎりぎりまで作業していたものの、無事に資格を取得できました。

工業高校での経験と、実際の建築現場で身につけた知識が試験対策にも役立ったようです。

資格取得後は仕事の選択肢と収入が変化

資格を取得したことで、亘さんはより単価の高い現場を選べるようになりました。

2025年6月のテレビ東京の取材では、日当約1万3000円、月収約30万円という収入状況が紹介されています。

2026年4月のABEMAの密着では、月15日程度の現場勤務で、芸人の仕事とほぼ同程度の収入を得ていると説明されました。

仕事内容も、単なる荷物運びや補助作業だけではありません。ABEMAの密着では、ビルのテナントの蛍光灯をLED照明に交換する電気工事に取り組む姿が映されています。

亘さんは、作業後に照明が点灯する瞬間について、目に見える成果が分かることにやりがいを感じると話しています。

芸人の仕事は、舞台や番組に出演しても、すぐに結果や評価が収入に反映されるとは限りません。それに対して、電気工事は作業の完成が目に見える仕事です。この違いも、亘さんが現場仕事に手応えを感じる理由の一つでしょう。

【航空自衛隊の経歴】予備自衛官としての活動も継続

亘健太郎さんのプロフィールで、もう一つ注目されるのが航空自衛隊での勤務経験です。

芸人としてのイメージからは意外に感じるかもしれませんが、亘さんは芸能界に入る前、自衛官として勤務していました。

1999年に航空自衛隊へ入隊

防衛関連情報誌『MAMOR』の2022年7月のインタビュー記事によると、亘さんは1999年に航空自衛隊に入隊しています。

勤務先は青森県の三沢基地。第3航空団整備補給群装備隊の武器小隊員として勤務し、2004年に空士長で退職しました。

その後、芸人の道へ進み、同年にフルーツポンチとして活動を開始しています。

自衛隊時代の経験について、亘さんは礼儀や周囲への気配りが身についたことを挙げています。また、日常的な訓練で培われた、周囲の変化に気づく力も芸人の仕事に生かされていると話しました。

現在も予備自衛官として登録

吉本興業の公式プロフィールには、亘さんの実績として「予備自衛官」と記載されています。

つまり、自衛隊を退職して芸人になった後も、予備自衛官としての活動を続けてきたことが公表されています。

予備自衛官は、普段は民間の仕事などに従事しながら、必要に応じて招集に応じる制度です。現場仕事や芸能活動とは別に、自衛官としての経験を持ち続けている点も亘さんの特徴です。

航空自衛隊での勤務歴と現在の予備自衛官としての実績は、本人への取材を掲載した『MAMOR』と吉本興業の公式プロフィールで確認できます。

【結婚・妻・子供】亘健太郎が仕事を続ける大きな理由

亘さんが芸人と電気工事の両立を選んだ背景には、家族の存在があります。

2009年に一般女性と結婚

亘さんは2009年5月28日に婚姻届を提出しています。結婚を発表したのは同年7月のフジテレビ系『爆笑レッドシアター』でした。

お相手は芸能人ではなく一般女性で、亘さんより3歳年上と報道されています。2人は知人を介した飲み会で知り合ったと伝えられています。

妻の名前や詳細なプロフィールなど、一般人である妻のプライベート情報は広く公表されていません。

子供は長男と長女の2人

亘さんには2人の子供がいます。

- 長男:2011年10月生まれ
- 長女:2016年1月16日生まれ

2011年には第1子となる男児の誕生予定を公表し、2016年には所属事務所を通じて第2子となる女児の誕生を発表しました。

2016年の長女誕生時には、家族が増えた喜びと、家族のために一層頑張るという思いをコメントしています。

2026年現在、亘さんは4人家族の父親です。

家族に伝えた「芸人を辞める覚悟」

コロナ禍で収入が減少した際、亘さんは妻に対して、自分の考えを率直に伝えたといいます。

芸人を続けたい気持ちはあるものの、家族を養うことが最優先。アルバイトを始め、それでも生活が厳しくなる場合には芸人を辞めて別の仕事に専念するという覚悟でした。

このエピソードは、CHANTO WEBとABEMAの取材でも紹介されています。

特に注目したいのは、電気工事の仕事を始めたことが、芸人としての夢を諦める決断ではなかった点です。収入の不安定さを補いながら、芸人を続けられる環境をつくることが目的でした。

家族の生活を守るために仕事を増やす一方で、自分が長年続けてきたお笑いも手放さない。その両方を選ぶ姿勢が、現在の二刀流につながっています。

【村上健志との不仲の真相】フルーツポンチは解散していない?

フルーツポンチについて検索すると、必ずといっていいほど話題になるのが、亘さんと村上健志さんの不仲説です。

実際、2人の関係は長年にわたって距離がある状態だったことが、2026年4月のABEMA密着企画「NO MAKE」で明らかになりました。

不仲になった原因は仕事に対する不満の蓄積

2人は2005年にコンビを結成し、テレビ出演が増えるにつれて忙しい日々を送るようになりました。

しかし、多忙な時期に村上さんが亘さんに対して仕事への不満をぶつけるようになり、関係が悪化していったといいます。

村上さんは番組内で、相方を責めることで自分を奮い立たせていた時期があったと振り返り、過去の発言について後悔を明かしました。

一方、亘さんも、村上さんにはネタを書いていないことなどへの不満があったのだろうと振り返っています。

2人の説明から分かるのは、単純な喧嘩というよりも、仕事への考え方や役割分担の違いから少しずつ距離が生まれていったということです。

結成21年目で初めてのサシ飲み

2026年4月の「NO MAKE」では、コンビ結成21年目にして初めての2人きりの飲み会が企画されました。

ところが、開始からわずか10分ほどで村上さんが撮影スタッフを呼び込む展開に。長年の距離感がそのまま表れる場面となりました。

ただし、2人は現在の関係を必ずしも問題視していません。

「めちゃくちゃ仲良くなることで面白くなくなるんだったら面白い方をとる」

――亘健太郎さん(ABEMA「NO MAKE」関連報道より)

村上さんも、現在の距離感が自分たちにとってちょうどよいという趣旨の発言をしています。

このやり取りからは、プライベートで親密になることと、舞台でコンビとして機能することを別に考えている様子がうかがえます。

不仲という言葉だけで2人の関係を説明するのは不十分です。互いに過去の言動を振り返りながらも、現在の関係性を維持し、コンビとして活動を続けることを選んでいるのです。

フルーツポンチは解散したのか?

解散発表なし

2026年11月2日時点で、フルーツポンチの解散を発表したという公式情報は確認できません。

吉本興業の公式プロフィールにはコンビとして掲載されており、2026年11月にも劇場公演への出演予定が掲載されています。

したがって、テレビ露出が以前より減ったことや、2人の私的な距離感を理由に、コンビが解散したと判断するのは正確ではありません。

仕事ではコンビを継続し、プライベートでは無理に距離を縮めない。この独特な関係性が現在のフルーツポンチの姿です。

【フルーツポンチの2026年最新活動】劇場出演を中心に継続

2026年のフルーツポンチは、テレビ出演だけに活動の軸を置くのではなく、吉本興業の劇場公演を中心にコンビとしての仕事を続けています。

吉本興業の公式プロフィールに掲載された2026年11月の出演予定には、次のような公演があります。

- 11月8日: よしもと幕張イオンモール劇場のネタ公演
- 11月11日: ルミネtheよしもとの平日公演
- 11月15日: YOSHIMOTO ROPPONGI THEATERのお笑いコントライブ
- 11月20日: ルミネtheよしもとの平日公演プラス

これらは2026年11月2日時点で掲載されている出演予定であり、出演者や日程は変更される可能性があります。

テレビで頻繁に見かけるブレイク時とは活動の形が変わっていますが、劇場というお笑いの現場でコンビとしてネタを披露する機会は続いています。

また、2026年4月のABEMA密着企画は、亘さんの電気工事の仕事だけでなく、村上さんとの関係性にも注目した内容でした。芸人としての活動と別の職業を組み合わせる現在の姿が、メディアでも取り上げられています。

2026年の活動状況を判断するうえでは、テレビ出演の本数だけでなく、所属事務所のプロフィールや劇場公演の出演情報も確認する必要があります。

【フルーツポンチ亘に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:フルーツポンチの亘は現在何をしている?

A1:2026年現在も芸人として活動しています。それと並行して、2023年に取得した第二種電気工事士の資格を生かし、建築現場で電気工事の仕事にも従事しています。

Q2:亘健太郎の月収は180万円から8万円になったの?

A2:はい。ブレイク時には月収約180万円だった一方、コロナ禍には約8万円まで減少したと本人が説明しています。2025年のテレビ東京の取材では電気工事の月収約30万円という数字も紹介されました。

Q3:亘健太郎は第二種電気工事士にいつ合格した?

A3:2023年です。仕事をしながら2〜3か月ほど勉強し、筆記試験と技能試験を一発で合格したとインタビューで明かしています。

Q4:亘健太郎の妻や子供は?

A4:2009年に3歳年上の一般女性と結婚しています。2011年生まれの長男と2016年生まれの長女がおり、4人家族です。

Q5:フルーツポンチの亘は元航空自衛官?

A5:はい。1999年に航空自衛隊に入隊し、青森県の三沢基地で勤務しました。2004年に退職し、現在は予備自衛官としての実績も公表されています。

Q6:亘健太郎と村上健志は本当に不仲なの?

A6:本人たちが過去の不満や距離感について語っており、長年関係が疎遠だったことは事実です。ただし、現在はその距離感を肯定しており、コンビ活動も継続しています。

Q7:フルーツポンチは2026年に解散した?

A7:解散発表は確認されていません。吉本興業の公式プロフィールにも掲載されており、2026年11月の劇場公演予定もあります。

まとめ:亘健太郎の現在は芸人と電気工事士の二刀流

フルーツポンチの亘健太郎さんは、ブレイク時の月収180万円からコロナ禍の8万円への減収という大きな転機を経験しました。

しかし、生活が厳しくなったからといって、すぐに芸人を辞めたわけではありません。知人の工務店で大工仕事を始め、現場経験を積み、2023年には第二種電気工事士の国家資格を取得しました。

その結果、2026年現在は芸人と電気工事の仕事をほぼ半々で続けられる環境を築いています。

今回の経歴から読み取れる重要なポイントは3つあります。

第一に、資格取得が働き方の選択肢を広げたこと。 工業高校での経験と現場での実務を生かし、将来につながる専門資格を手にしました。

第二に、家族を支えることと夢を追い続けることを両立させたこと。 収入の不安定さを補いながら、お笑いを続ける道を選びました。

第三に、コンビとしても活動を継続していること。 村上健志さんとの関係は一般的な仲良しコンビとは異なりますが、互いの距離感を認めながら舞台に立っています。

2026年の亘さんは、かつてのテレビスターという肩書きだけでは語れない存在になっています。芸人としての夢を持ち続けながら、国家資格を生かして家族の生活を支える。その現実的な働き方こそ、現在の亘健太郎さんを理解するうえで最も重要なポイントです。

これからもフルーツポンチとしての劇場活動と、電気工事士としての仕事をどのように両立していくのか。亘さんの次の挑戦にも注目が集まります。