福留孝介の成績を年度別・日米通算で総覧!全盛期と2026年の現在を徹底解説
福留孝介は、中日ドラゴンズ、阪神タイガース、そしてMLBのシカゴ・カブスなどで活躍した、日本を代表する左打ちの強打者です。NPB通算19シーズンで打率.286、1952安打、285本塁打、1078打点を記録。さらに、MLBでも5シーズンにわたりプレーし、打率.258、498安打、42本塁打、195打点という成績を残しました。
特に注目されるのが、中日時代の2002年と2006年に獲得した首位打者、そして2006年のセ・リーグMVPです。2006年には打率.351、31本塁打、104打点という圧倒的な数字を記録しました。2022年に現役を引退した後も野球解説者として活動しており、2026年にはWBCのラジオ中継解説にも起用されています。年度別成績から日米通算記録、全盛期、引退後の活動まで詳しく整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- NPB通算成績:19シーズンで2023試合、1952安打、285本塁打、1078打点、打率.286。
- MLB通算成績:5シーズンで596試合、498安打、42本塁打、195打点、打率.258。
- 主なタイトル:首位打者2回(2002年・2006年)、最高出塁率3回、2006年セ・リーグMVP。
- 日米通算成績:2450安打、327本塁打、1273打点。2016年に日米通算2000安打を達成。
- 2026年現在:現役引退後は野球解説者として活動し、WBC中継や野球関連イベントにも出演。
【通算成績を徹底解剖】福留孝介のNPB・MLB・日米通算記録

福留孝介の実績を評価するうえで、最初に押さえたいのがNPBとMLBの成績です。日本では長期間にわたって主力打者を務め、アメリカでも複数球団を経験しながらメジャーリーガーとしてプレーしました。
日本野球機構(NPB)の個人年度別成績によると、福留の日本球界での通算記録は次のとおりです。
NPB通算成績

- 通算試合数:2023試合
- 通算打数:6822
- 通算安打:1952本
- 通算二塁打:409本
- 通算三塁打:50本
- 通算本塁打:285本
- 通算打点:1078
- 通算打率:.286
- 通算出塁率:.379
- 通算長打率:.486
特筆すべきなのは、1952安打と285本塁打を両立している点です。単純な長距離砲ではなく、高い打率と長打力を兼ね備えた打者だったことが数字から読み取れます。
出塁率も.379と高く、四球を選ぶ能力にも優れていました。安打を量産するだけでなく、相手投手に簡単にアウトを与えない打撃スタイルが、長い現役生活を支えた要因の一つです。
MLB通算成績

福留は2008年にシカゴ・カブスへ移籍し、2012年までアメリカでプレーしました。MLBでの通算成績は以下のとおりです。
- 通算試合数:596試合
- 通算打数:1929
- 通算安打:498本
- 通算本塁打:42本
- 通算打点:195
- 通算打率:.258
- 通算出塁率:.359
- 通算長打率:.395
MLBでの打率は.258。日本での.286と比較すると数字は下がりますが、メジャーの投手と対戦しながら5シーズンで498安打を記録しています。四球も307個を選んでおり、出塁能力はアメリカでも発揮されました。
日米通算成績は2450安打
NPBとMLBの公式記録を単純合算すると、福留のキャリア全体は次の数字になります。
- 日米通算試合数:2619試合
- 日米通算安打:2450本
- 日米通算本塁打:327本
- 日米通算打点:1273打点
- 日米通算打率:約.280
日米通算2000安打を達成したのは2016年6月25日。阪神時代の広島戦で記録しました。NPBだけの通算安打は1952本ですが、MLBでの498安打を加えると2450本になります。
ここは数字を調べる際に間違えやすいポイントです。1952安打はNPB通算、2450安打は日米通算です。日本での2000安打と日米通算2000安打を混同しないことが大切です。
NPBの公式年度別成績、日本プロ野球名球会の選手記録、MLBの公開統計を照合すると、福留が日本とアメリカの双方で長く実績を残したことが分かります。
【年度別成績一覧】中日・阪神・MLBでの打率・本塁打・打点を比較
福留孝介の年度別成績を見ると、1999年のプロ入りから中日で実績を積み、2008年に渡米。2013年の阪神入団で日本に復帰し、2021年には再び中日のユニホームを着ています。
以下はNPBとMLBのレギュラーシーズン成績を年度ごとにまとめた一覧です。2011年のMLB成績はカブスとインディアンスの合算です。
| 年度 | 所属球団 | 試合 | 打率 | 安打 | 本塁打 | 打点 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1999 | 中日 | 132 | .284 | 131 | 16 | 52 |
| 2000 | 中日 | 97 | .253 | 80 | 13 | 42 |
| 2001 | 中日 | 120 | .251 | 94 | 15 | 56 |
| 2002 | 中日 | 140 | .343 | 186 | 19 | 65 |
| 2003 | 中日 | 140 | .313 | 165 | 34 | 96 |
| 2004 | 中日 | 92 | .277 | 97 | 23 | 81 |
| 2005 | 中日 | 142 | .328 | 169 | 28 | 103 |
| 2006 | 中日 | 130 | .351 | 174 | 31 | 104 |
| 2007 | 中日 | 81 | .294 | 79 | 13 | 48 |
| 2008 | カブス | 150 | .257 | 129 | 10 | 58 |
| 2009 | カブス | 146 | .259 | 129 | 11 | 54 |
| 2010 | カブス | 130 | .263 | 94 | 13 | 44 |
| 2011 | カブス・インディアンス | 146 | .262 | 139 | 8 | 35 |
| 2012 | ホワイトソックス | 24 | .171 | 7 | 0 | 4 |
| 2013 | 阪神 | 63 | .198 | 42 | 6 | 31 |
| 2014 | 阪神 | 104 | .253 | 79 | 9 | 34 |
| 2015 | 阪神 | 140 | .281 | 139 | 20 | 76 |
| 2016 | 阪神 | 131 | .311 | 141 | 11 | 59 |
| 2017 | 阪神 | 127 | .263 | 116 | 18 | 79 |
| 2018 | 阪神 | 123 | .280 | 116 | 14 | 72 |
| 2019 | 阪神 | 104 | .256 | 89 | 10 | 47 |
| 2020 | 阪神 | 43 | .154 | 12 | 1 | 12 |
| 2021 | 中日 | 91 | .218 | 42 | 4 | 18 |
| 2022 | 中日 | 23 | .042 | 1 | 0 | 3 |
NPBの年度別数値は日本野球機構の個人年度別成績、MLBの年度別数値はMLBの公開打撃統計に基づいています。NPBとMLBでは試合数や対戦環境が異なるため、単純な打率比較だけで選手の価値を判断するのは適切ではありません。
年度別に注目すると、2002年から2006年にかけての中日時代が大きな山場です。一方、阪神時代にも2015年から2018年にかけて高い打撃成績を残しており、MLB挑戦後も日本球界で存在感を発揮したことが分かります。
【中日時代が全盛期】2002年・2006年の首位打者とMVPを検証
福留のキャリアを語るうえで欠かせないのが、中日ドラゴンズで過ごした1999年から2007年、そして2021年から2022年の期間です。
特に最初の在籍期間には、打撃フォームの確立、外野手への転向、タイトル獲得といった重要な転機がありました。
2002年:打率.343で初の首位打者
2002年は福留が本格的に打撃タイトルを獲得したシーズンです。140試合に出場し、打率.343、186安打、19本塁打、65打点を記録しました。
この年の186安打は当時の中日球団記録を更新する数字でした。福留は首位打者を初受賞し、ベストナインとゴールデン・グラブ賞にも選出されています。
注目したいのは、2002年から外野手に転向したことです。プロ入り当初は内野手としてプレーしていましたが、外野手への転向後、打撃でも守備でも高い評価を得るようになりました。
日本野球機構の2002年度セ・リーグ表彰記録でも、打率.343での首位打者獲得が確認できます。
2003年:自己最多34本塁打を記録
2003年は本塁打という面で福留のキャリアハイとなったシーズンです。140試合に出場して34本塁打、96打点、打率.313を記録しました。
NPB通算の285本塁打の中でも、単年34本は福留自身の最多記録です。2002年に高打率で首位打者を獲得した翌年、今度は長打力を大きく伸ばしたことになります。
また、この年は6月8日の広島戦でサイクル安打を達成。9月には5試合連続本塁打、10試合連続打点という記録も残しています。
つまり福留の全盛期は、単に打率が高かっただけではありません。安打を量産する能力と、試合の流れを変える長打力の両方を備えていました。
2006年:打率.351で首位打者、セ・リーグMVP
福留のキャリアを代表するシーズンとして、最も名前が挙がるのが2006年です。
この年は130試合に出場し、次の成績を記録しました。
- 打率:.351
- 安打:174本
- 本塁打:31本
- 打点:104打点
- 出塁率:.438
- 長打率:.653
打率.351は福留のNPBキャリアハイです。31本塁打と104打点も記録し、打率、長打、得点機会での貢献という複数の面で優秀なシーズンでした。
この活躍によって、2006年には2度目の首位打者と最高出塁率を獲得。さらにセ・リーグ最優秀選手(MVP)にも選ばれています。
日本野球機構の2006年度公式記録では、首位打者の打率.351、最高出塁率.438、そして最優秀選手として福留の名前が掲載されています。
また、同年は第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)にも出場。準決勝の韓国戦では代打本塁打を放ち、日本の決勝進出に大きく貢献しました。中日での圧倒的なシーズン成績と国際舞台での活躍が重なったことも、2006年が特別な年とされる理由です。
福留孝介のキャリアハイはどの記録か
最高成績を一つに絞るのは簡単ではありません。打率、安打、本塁打、打点でそれぞれ異なる年度に自己最高を記録しているためです。
- 最高打率:2006年の.351
- 最多安打:2002年の186安打
- 最多本塁打:2003年の34本
- 最多打点:2006年の104打点
したがって、総合的な打撃力という意味では2006年が代表的なキャリアハイですが、純粋な本塁打数なら2003年、安打数なら2002年が最高記録です。
【MLB時代の成績】シカゴ・カブスなど3球団で残した5年間の実績
2007年シーズン終了後、福留は日本を離れ、MLBに挑戦しました。2008年から2012年までの5シーズンで、シカゴ・カブス、クリーブランド・インディアンス、シカゴ・ホワイトソックスの3球団に所属しています。
2008年:カブスでメジャーデビュー
福留がMLBで最初に所属したのはシカゴ・カブスです。2008年は150試合に出場し、打率.257、129安打、10本塁打、58打点を記録しました。
日本で首位打者を獲得した実績を持つ選手として、メジャーでも一定の出場機会を得ました。デビューシーズンから150試合に出場したことは、チームの戦力として期待されていたことを示しています。
2009年・2010年:安定した出場と長打力
2009年は146試合に出場して打率.259、11本塁打、54打点。2010年は130試合で打率.263、13本塁打、44打点でした。
MLBでの最高打率は、シーズン全体で見ると2010年の.263です。日本時代のような首位打者争いとは異なる環境でしたが、複数年にわたり一定の出場数と打撃成績を維持しています。
2011年:カブスからインディアンスへ
2011年はシーズン途中にカブスからクリーブランド・インディアンスへ移籍しました。
カブスでは87試合に出場して打率.273、3本塁打、13打点。移籍後のインディアンスでは59試合で打率.249、5本塁打、22打点を記録しています。
両球団を合算した成績は146試合、139安打、打率.262、8本塁打、35打点です。
2012年:ホワイトソックスでMLB最終シーズン
2012年はシカゴ・ホワイトソックスで24試合に出場し、打率.171、7安打、0本塁打、4打点という成績でした。
この年を最後にMLBでのプレーを終え、2013年には阪神タイガースへ入団。日本球界に復帰しました。
MLB通算打率.258という数字だけを見ると、日本での実績を下回っています。しかし、596試合に出場し、498安打を記録したことは、メジャーリーグで一定期間にわたりプレーした実績として評価できます。
【阪神タイガース時代の成績】復帰後の復活と2016年の日米通算2000安打
2013年、福留は阪神タイガースに加入しました。中日での長いキャリアとMLBでの経験を経て、日本の別球団で新たな挑戦を始めた時期です。
阪神時代は2013年から2020年までの8シーズン。加入直後は故障などもあり、期待された成績をすぐに残せませんでしたが、徐々に復調し、ベテランとしてチームを支える存在になりました。
2013年・2014年:苦しいスタートからの再出発
2013年は63試合に出場し、打率.198、6本塁打、31打点。2014年も打率.253、9本塁打、34打点という成績でした。
中日時代の全盛期と比較すれば数字は物足りないものの、MLBから日本へ戻った後の適応期間でもありました。
2015年:打率.281、20本塁打で復活
2015年には140試合に出場し、打率.281、139安打、20本塁打、76打点を記録しました。
このシーズンはベストナインとゴールデン・グラブ賞を獲得。守備面でも高い評価を受け、阪神の主力選手として存在感を取り戻しました。
MLB挑戦後、日本に戻ってから再び20本塁打を記録したことは、福留の技術と対応力を示す実績です。
2016年:打率.311、141安打、日米通算2000安打
2016年は131試合に出場し、打率.311、141安打、11本塁打、59打点を記録しました。
そして6月25日の広島戦で、日米通算2000安打を達成します。中日、MLB、阪神と所属先を変えながら積み上げてきた安打が、大きな節目に到達した瞬間でした。
日本プロ野球名球会の記録にも、2016年6月25日の日米通算2000安打達成が掲載されています。
2017年から2020年:ベテランとしての存在感
2017年は18本塁打、79打点、2018年は14本塁打、72打点を記録しました。2019年も10本塁打、47打点を残しています。
2017年には阪神のキャプテンも務め、豊富な経験を持つ選手としてチームを支えました。
2020年は43試合の出場で打率.154、1本塁打、12打点。出場機会が減少し、成績にも変化が見られました。
それでも阪神での8年間は、単なる晩年の在籍期間ではありません。2015年の20本塁打、2016年の打率.311など、全盛期とは違う形で再び高い実績を残した期間でした。
【2022年引退・2026年現在】現役引退後の福留孝介の活動
阪神で8年間プレーした福留は、2021年に14年ぶりに中日ドラゴンズへ復帰しました。プロ野球人生のスタートを切った球団で、現役最後の2シーズンを過ごしています。
2021年:14年ぶりの中日復帰
2021年は91試合に出場し、打率.218、4本塁打、18打点を記録しました。
若手選手が多いチームの中で、先発出場だけでなく代打でも起用され、経験豊富なベテランとして役割を果たしました。
また、2021年10月10日のDeNA戦では、史上最年長でNPB通算2000試合出場を達成しています。
2022年9月8日に現役引退を発表
2022年9月8日、中日ドラゴンズは福留が今シーズン限りで現役を引退すると発表しました。
現役最後のシーズンは23試合に出場し、1安打、打率.042、0本塁打、3打点という成績でした。数字だけを見ると厳しいシーズンでしたが、2022年3月25日の巨人との開幕戦では3番・左翼手として先発出場し、開幕戦における史上最年長スタメン出場を記録しています。
2022年9月23日の中日対巨人戦が現役最後の試合となりました。9回に右翼の守備につき、最後の打席では二飛に倒れましたが、試合後には両チームの監督から花束を贈られ、ファンの拍手に包まれてユニホームを脱ぎました。
中日球団の引退特設ページによると、プロ初安打は1999年4月4日の広島戦で記録した二塁打、最後の安打は2022年5月26日の西武戦で放った二塁打でした。プロ初安打と最後の安打がともに二塁打であり、24年間の現役生活を象徴する記録として残っています。
2026年現在:野球解説者として活動
2022年の引退後、福留は野球解説者として活動しています。現役時代の中日、阪神、MLBでの経験を生かし、試合や選手のプレーを分析する立場に移りました。
2026年には、文化放送が3月18日に予定された2026年WBC決勝戦のラジオ中継解説者として福留を起用すると発表しました。第1回・第2回WBCへの出場経験があり、2006年大会では準決勝の代打本塁打で日本の勝利に貢献した実績もあります。
また、阪神電気鉄道が2026年4月に発表した甲子園歴史館の特別企画では、5月1日に福留によるトークショーを開催。サンケイスポーツのスペシャルコメンテーター、阪神OBとして、チームの状況や今後の展望を語る企画でした。
神戸新聞も5月に甲子園歴史館でのトークショーの様子を報道しています。現役引退後も阪神や中日との関係を保ちながら、野球ファンに向けた発信を続けていることが分かります。
2026年11月現在、福留は現役選手ではなく、野球解説者として活動する元プロ野球選手です。引退後の活動は、現役時代の実績を土台にした野球界への関わりとして位置付けられます。
【プロの結論】福留孝介の成績を評価する3つのポイント
福留孝介の成績を正しく評価するには、通算安打数や本塁打数だけでなく、年度別のピーク、所属リーグの違い、長期間にわたる競技生活という3つの観点が欠かせません。
1. 打率と長打力を両立した総合型の打者
NPB通算打率.286、1952安打、285本塁打という数字は、福留の打撃能力を端的に示しています。
2002年は186安打で首位打者、2003年は34本塁打、2006年は打率.351と31本塁打を記録しました。単年の突出した数字だけではなく、異なる打撃能力を複数年にわたって高い水準で発揮したことが特徴です。
2. 2006年だけでなく2002年・2003年も重要
福留の全盛期を2006年だけに限定すると、キャリアの実像を十分に捉えられません。
2002年は首位打者と186安打、2003年は自己最多34本塁打、2006年はMVPと最高打率というように、3年間それぞれに異なる価値があります。
成績を比較する際は、打率、本塁打、打点、出塁率を分けて確認することで、選手としての強みがより明確になります。
3. 日米両方で実績を積み上げたキャリアの長さ
福留はNPB19シーズン、MLB5シーズンにわたってプレーしました。中日でタイトルを獲得し、MLBへ挑戦し、阪神で再び活躍し、最後は中日で現役生活を終えています。
特に、MLBでの経験を経て2015年に20本塁打、2016年に打率.311を記録したことは、単に若い時期の成績が優秀だったという評価を超えています。
日米通算2450安打という記録は、異なるリーグ、球団、環境に適応しながら長期間プレーを続けた結果です。
福留の成績を調べる読者にとって、確認すべき判断基準は次の3点です。
- 日本での実績を知りたい場合は、NPB通算1952安打、285本塁打、打率.286を見る。
- 全盛期を知りたい場合は、2002年・2003年・2006年の年度別成績を比較する。
- キャリア全体を評価したい場合は、MLB5シーズンを加えた日米通算2450安打を見る。
この3つを分けて考えることで、福留孝介という選手の実績をより立体的に理解できます。
【福留孝介の成績】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:福留孝介のNPB通算成績は?
A1:NPB通算2023試合に出場し、1952安打、285本塁打、1078打点、打率.286を記録しています。現役生活はNPB19シーズンでした。
Q2:福留孝介のMLB通算成績は?
A2:MLBでは5シーズン、596試合に出場し、498安打、42本塁打、195打点、打率.258を記録しました。所属球団はカブス、インディアンス、ホワイトソックスです。
Q3:福留孝介の全盛期は何年?
A3:総合的には2006年が代表的な全盛期です。打率.351、174安打、31本塁打、104打点を記録し、首位打者とセ・リーグMVPを獲得しました。ただし、最多安打は2002年、最多本塁打は2003年です。
Q4:福留孝介は首位打者を何回獲得した?
A4:NPBの首位打者を2回獲得しています。2002年は打率.343、2006年は打率.351でした。
Q5:福留孝介の日米通算安打は何本?
A5:NPB1952安打とMLB498安打を合計した2450安打です。2016年6月25日に日米通算2000安打を達成しています。
Q6:福留孝介は2026年現在、何をしている?
A6:2022年限りで現役を引退し、野球解説者として活動しています。2026年には文化放送のWBC決勝戦のラジオ中継解説に起用され、甲子園歴史館のトークショーにも出演しました。
Q7:福留孝介のNPB通算2000安打は達成されている?
A7:NPB単独では1952安打で、2000本には到達していません。達成したのはMLBでの498安打を含めた日米通算2000安打です。この2つの記録は区別する必要があります。
まとめ:福留孝介は日米通算2450安打を残した名打者
福留孝介は、中日ドラゴンズ、MLB、阪神タイガースでプレーし、24年間の現役生活で数々の記録を残した選手です。
NPB通算では打率.286、1952安打、285本塁打、1078打点。MLBでは5シーズンで打率.258、498安打、42本塁打、195打点を記録し、日米通算では2450安打、327本塁打、1273打点に到達しました。
特に2002年の初首位打者、2003年の自己最多34本塁打、2006年の打率.351とMVP獲得は、キャリアを代表する実績です。阪神時代にも2015年の20本塁打、2016年の打率.311と日米通算2000安打達成など、印象的な記録を残しました。
2022年に現役を引退した後も、2026年にはWBC中継の解説や野球関連イベントへの出演など、野球界との関わりを続けています。
福留孝介の成績を振り返ると、単に1952安打や285本塁打という数字だけでは語り切れない魅力があります。打率、長打力、出塁能力、そして日米をまたいだ長いキャリア。そのすべてが、日本プロ野球を代表する打者の一人としての評価につながっています。
主な事実確認資料: 日本野球機構の個人年度別成績・2002年および2006年表彰記録、中日ドラゴンズの引退特設ページ、日本プロ野球名球会、MLB公開統計、文化放送の2026年WBC中継発表、阪神電気鉄道の2026年発表。