和を以て貴しとなす意味とは?十七条憲法第一条の原文・由来・現代的解釈を徹底解説
「和を以て貴しとなす(わをもってとうとしとなす)」とは、人々が互いを尊重し、協調しながら物事を進めることを最も大切にするという意味です。
この言葉は、飛鳥時代の政治家として知られる聖徳太子が制定したと伝えられる「十七条憲法」の第一条に登場します。ただし、単に仲良くすることや、自分の意見を押し殺して周囲に合わせることを勧めた言葉ではありません。原文を最後まで読むと、立場の異なる人々が話し合い、道理を見いだすことに重きが置かれていると分かります。
2026年の職場や学校、地域社会でも、協調性と個人の意見をどう両立させるかは大きな課題です。この古典の意味を正しく理解するため、原文と現代語訳、言葉の由来、同調圧力との違い、実際の使い方まで整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 意味: 人々が互いに調和し、協力して物事を進めることを大切にする教え。
- 由来: 『日本書紀』に記された604年の十七条憲法第一条に登場する。さらに古い中国古典にも類似する表現がある。
- 本質: 無条件に周囲へ同調することではなく、意見を交わし、互いを尊重しながら道理を見つけること。
【意味を一言で解説】和を以て貴しとなすは仲良しという意味だけではない

「和を以て貴しとなす」は、読み方を「わをもってとうとしとなす」といいます。
言葉を分解すると、次のようになります。
- 和: 人と人との調和、協調、和合。
- 以て: ~によって、~を手段として。
- 貴し: 価値が高い、大切である、尊重すべきである。
- 為す: ~とする、~と考える。
つまり、全体としては「調和することを最も価値あるものと考える」という意味です。
一般的には、集団の中で争いを避け、互いに協力することの大切さを表す故事成語として使われています。
しかし、この言葉の本当の意味を理解するには、単純に「仲良くしましょう」という教訓に置き換えないことが大切です。
十七条憲法第一条には、和を尊ぶ理由として、立場の異なる人々が議論し、物事の道理を理解することが述べられています。
ここでいう和は、全員が同じ考えを持つことではありません。
異なる意見が存在しても、相手を頭ごなしに否定せず、共通の目的に向けて話し合える関係を築くことです。
「対立しないために意見を言わない」のではなく、「意見が違っても対立を乗り越えられる関係をつくる」。
この違いこそが、言葉を理解するうえで押さえておきたいポイントです。
【原文と現代語訳】聖徳太子の十七条憲法第一条を詳しく読む

「和を以て貴しとなす」は、十七条憲法の冒頭を飾る第一条の書き出しです。
原文には、この有名な一節だけでなく、人々の対立が生まれる理由や、話し合いによって問題を解決する重要性まで記されています。
十七条憲法第一条の原文

一曰。以和爲貴。無忤爲宗。人皆有黨。亦少達者。是以或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦。諧於論事。則事理自通。何事不成。
一般的な書き下し文では、次のように表されます。
一に曰く、和を以て貴しと為し、忤(さから)ふこと無きを宗と為す。人皆党(たむら)有りて、亦(また)達者少なし。是を以て、或いは君父に順わず、乍(たちま)ち隣里に違う。然れども、上和らぎ下睦びて、事を論ずるに諧えば、則ち事理自ら通ず。何事か成らざらん。
第一条の現代語訳
現代の言葉に置き換えると、次のような意味になります。
人々が互いに調和することを最も大切にし、むやみに反発し合わないことを基本としなさい。
人にはそれぞれ仲間や立場があり、物事の道理を十分に理解できる人は多くありません。そのため、ときには君主や親の意向に従わなかったり、近隣の人々と争ったりすることがあります。
しかし、上に立つ人も下にいる人も互いに穏やかな関係を保ち、物事について調和のとれた話し合いができれば、道理は自然に明らかになります。
そうすれば、成し遂げられないことなど何もないのです。
原文で特に重要な3つの表現
1.「無忤為宗」
「忤」は、逆らう、反発するという意味を持つ漢字です。
周囲との無用な対立を避け、互いに調和する姿勢を基本とすることを示しています。
ただし、現代の民主的な議論や自由な意見表明と、当時の政治的な秩序を完全に同一視することはできません。原文には君主や親への服従という当時の社会背景も含まれています。
2.「上和下睦」
上に立つ者は穏やかに、下にいる者は親しみを持って接するという意味です。
ここで重要なのは、和を実現する責任が立場の弱い人だけにあるわけではないことです。
指導者や上司など、組織を導く側にも調和をつくる姿勢が求められています。
3.「諧於論事」
物事について話し合う際に、互いに調和することを意味します。
これは、第一条の本質を理解するうえで特に重要な部分です。
意見の違いを無視するのではなく、議論を通じて物事の筋道を明らかにすることが目指されています。
【由来と語源】和を以て貴しとなすはどこから生まれた言葉なのか
この言葉は、日本で初めて生まれた表現というわけではありません。
その背景には、中国の古典である『礼記』や『論語』の思想があります。
由来は中国古典の『礼記』にある
「和を以て貴しとなす」に近い表現は、中国の儒教の経典『礼記』の「儒行」に登場します。
そこには、次の一節があります。
禮之以和爲貴
これは、礼を実践するうえでは調和を大切にする、という趣旨です。
ここでいう「礼」とは、単なる形式的なマナーではありません。人間関係や社会秩序を保つための規範を指します。
礼儀や決まりを守るだけでなく、その場にいる人々の心が調和していることが大切だという考え方です。
『論語』にも共通する思想がある
孔子とその門弟の言行をまとめた『論語』の「学而」にも、似た表現があります。
禮之用、和爲貴。
礼の働きにおいては、調和が大切であるという意味です。
また、『論語』の「子路」には、後述する「君子は和して同ぜず」という有名な一節があります。
これらの古典に共通しているのは、単なる集団の一致ではなく、人間関係の中で調和を保つことの価値です。
日本では604年の十七条憲法第一条として知られる
日本でこの言葉が広く知られるようになった大きな理由は、聖徳太子の十七条憲法です。
『日本書紀』の推古天皇12年(604年)4月の条には、皇太子が十七条の憲法を作ったという記述があります。
その第一条の冒頭に「以和爲貴」という言葉が置かれています。
なお、『日本書紀』そのものが成立したのは720年です。つまり、604年の制定という記録は、後世に編纂された歴史書に基づいています。
聖徳太子の事績や十七条憲法の成立時期・作者については歴史学上の議論もあります。山川出版社の『山川 日本史小辞典』では、偽作説が存在する一方、文体に古い時代の特徴も認められ、一般には推古朝時代のものとして扱われていると説明されています。
そのため、歴史的な説明では「604年に聖徳太子が制定したと伝えられる」という表現が適切です。
十七条憲法は現代の憲法と同じものではない
もう一つ、知っておきたいポイントがあります。
十七条憲法という名称から、現在の日本国憲法のような法律を想像する人もいるかもしれません。
しかし、その性格は大きく異なります。
山川出版社の日本史解説によると、十七条憲法は官人に対する道徳的な訓戒や、臣下としての服務規律をまとめたものです。
第一条の和の尊重だけでなく、第二条では仏・法・僧の三宝を敬うこと、第十一条では功績や過失に応じた賞罰、第十七条では重要事項を独断で決めず、多くの人と話し合うことが説かれています。
この構成を見ると、当時の政治を支える人々に、どのような心構えが求められていたのかが見えてきます。
【関連する古典と思想を比較】和の精神を理解するための重要な言葉
「和を以て貴しとなす」を深く理解するには、関連する古典や条文との関係を整理すると分かりやすくなります。
| 関連する人物・文献・概念 | 原文・内容 | 和との関係 |
|---|---|---|
| 聖徳太子 | 十七条憲法第一条 | 和を尊ぶことを政治や人間関係の基本として提示 |
| 『日本書紀』 | 推古天皇12年(604年)の記録 | 十七条憲法の制定を伝える歴史書 |
| 『礼記』儒行 | 礼之以和爲貴 | 礼を実践するうえで調和を重視する思想 |
| 『論語』学而 | 礼之用、和為貴 | 礼の働きにおける和の重要性を説く |
| 『論語』子路 | 君子和而不同 | 協調しながらも、安易に同調しない姿勢 |
| 十七条憲法第十七条 | 大事不獨斷、必與衆宜論 | 重要な問題は独断せず、多くの人と議論する |
この関係から分かるのは、「和を以て貴しとなす」が孤立した標語ではないということです。
中国古典の礼と和の思想を背景に、日本の政治的・社会的な規範として取り入れられ、十七条憲法のほかの条文とも結び付いています。
特に注目したいのが第十七条です。
「大事不獨斷、必與衆宜論」は、大事を独断で決めてはならず、必ず多くの人々と論じ合うべきだという趣旨です。
第一条の「和」と第十七条の「話し合い」を合わせて読むと、十七条憲法が目指した協調の姿がより明確になります。
【現代社会での本当の意味】同調圧力とは何が違うのか
2026年の職場や学校、地域コミュニティでも、「和を大切にしよう」という考え方はよく使われます。
一方で、この言葉が誤解される場面もあります。
例えば、職場で上司の意見に反対できないときや、会議で多数派に合わせることを求められるときに、「和を以て貴しとなすのだから、みんなに合わせるべきだ」と説明されるケースです。
しかし、それは本来の和の精神を十分に理解した使い方とはいえません。
和と同調圧力の違い
両者の違いは、意見の違いをどう扱うかにあります。
本来の和:
- 相手の意見を尊重する。
- 異なる考え方にも耳を傾ける。
- 必要な反対意見を伝える。
- 話し合いを通じて納得できる結論を探す。
- 組織全体の利益を考える。
同調圧力:
- 多数派の意見に合わせることを求める。
- 反対意見を言いにくくする。
- 波風を立てないことを優先する。
- 表面的な一致を重視する。
- 問題があっても見過ごしてしまう。
両者は一見似ていますが、根本的な違いがあります。
和は、異なる意見が存在することを前提に、協調を実現する考え方です。
同調圧力は、異なる意見を表に出さないことで、見かけ上の一致をつくる傾向があります。
職場で考える「和を以て貴しとなす」
例えば、会社の会議で新しい事業計画について話し合っているとします。
上司が提案した計画に問題があると感じても、誰も反対意見を言わなければ、その場は平穏に終わるかもしれません。
しかし、問題点が解決されないまま事業が進めば、後になって大きな損失につながる可能性があります。
本来の和の精神に沿うなら、反対意見も冷静に伝え、相手の考えを理解しながら、より良い計画をつくることが望まれます。
これは第一条の「諧於論事」という考え方にも通じます。
学校や地域社会でも生きる和の精神
学校では、クラス全員の意見が一致しないことがあります。
そのとき、少数派の意見を無視して多数決だけで決めるのではなく、なぜ異なる意見が出たのかを考えることが大切です。
地域社会でも同じです。
世代や生活環境、価値観が違う人々が一緒に暮らす以上、意見の食い違いは避けられません。
その違いを排除するのではなく、互いの立場を理解して解決策を探すことが、現代における和の実践といえます。
「和して同ぜず」との関係
ここで覚えておきたい関連語が「和して同ぜず(わしてどうぜず)」です。
『論語』の「子路」に登場する言葉で、原文は次のとおりです。
君子和而不同、小人同而不和。
読み下し文は、
「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。」
となります。
意味は、立派な人物は他人と協調するものの、何でも無条件に同調することはない。一方、器の小さい人物は表面的には他人に合わせても、本当の意味で調和しているわけではない、ということです。
この考え方は、「和を以て貴しとなす」の現代的な理解を補うものです。
協調することと、自分の考えを捨てることは違う。
相手を尊重しながら、自分の信念や判断基準も持ち続けることが大切なのです。
【正しい使い方・例文】和を以て貴しとなすを日常会話で使う方法
この言葉は、職場の会議、学校行事、地域活動、組織運営など、複数の人が協力して物事を進める場面で使えます。
和を以て貴しとなすの例文5選
例文1:職場のチームワーク
「部署ごとに考え方は違いますが、和を以て貴しとなすの精神で、互いの意見を尊重しながら仕事を進めましょう。」
異なる意見を持つ人々が協力する場面で使う例です。
例文2:学校のクラス活動
「文化祭の準備では意見が分かれることもあるでしょう。和を以て貴しとなすという言葉を忘れず、みんなで話し合って決めましょう。」
集団で協力する必要がある場面に適しています。
例文3:家族や親戚の集まり
「家族だからこそ考え方が違うこともある。和を以て貴しとなすというように、お互いの気持ちを大切にしたい。」
身近な人との関係を円滑にしたいときに使えます。
例文4:地域活動
「地域の課題を解決するには、住民同士が和を以て貴しとなすの精神で協力することが必要です。」
地域全体で課題に取り組む場面に向いています。
例文5:組織のリーダーとして
「和を以て貴しとなすとは、全員が同じ意見になることではありません。異なる意見を尊重できる組織を目指しましょう。」
本来の意味を説明する際に適した使い方です。
使うときに注意したい誤用
次のような使い方には注意が必要です。
「和を以て貴しとなすのだから、反対意見は言わずに賛成してください」
この表現は、和を単なる同調と取り違えています。
相手に無理に意見を合わせさせるための言葉として使うと、本来の趣旨から離れてしまいます。
和を以て貴しとなすの類語
意味が近い言葉には、次のようなものがあります。
| 類語 | 意味 |
|---|---|
| 和合 | 互いに仲良く調和すること |
| 協調 | 互いに協力して物事を進めること |
| 融和 | 対立や隔たりがなくなり、打ち解けること |
| 和気あいあい | その場の雰囲気が穏やかで親しみやすいこと |
| 四海兄弟 | 世界中の人々を兄弟のように考え、親しく付き合うこと |
特に「協調」と「和合」は、日常的な言い換えとして使いやすい表現です。
ただし、「和して同ぜず」は完全な同義語ではありません。協調しながらも主体性を失わないという、関連する別の教えです。
和を以て貴しとなすの対義語
この言葉には、辞書的に定まった一つの対義語があるわけではありません。
文脈に応じて、次のような言葉が反対の意味を表します。
| 対義的な表現 | 意味 |
|---|---|
| 不和 | 人間関係がうまく調和していないこと |
| 対立 | 意見や立場がぶつかり合うこと |
| 反目 | 互いに敵対すること |
| 争い | 意見や利害の違いから衝突すること |
| 付和雷同 | 自分の考えを持たず、周囲にむやみに同調すること |
なお、「付和雷同」は、協調を重視するというより、自分の判断なしに他人の意見に流される態度を指します。
和を以て貴しとなすの英語表現
英語では、次のように訳すことができます。
Harmony is to be valued.
「調和は大切にされるべきである」という意味です。
また、文脈によっては次の表現も使えます。
- Harmony should be cherished.(調和は大切にされるべきだ)
- Harmony is precious.(調和は尊いものである)
- Value harmony and cooperation.(調和と協力を大切にする)
十七条憲法第一条全体の英訳では、調和を重んじることに加えて、むやみに反発しない姿勢や、上下の人々が協力して議論することも表現されます。
そのため、単語だけを直訳するよりも、前後の文脈を含めて意味を理解することが重要です。
【よくある質問】和を以て貴しとなすの意味に関するFAQ
Q1:和を以て貴しとなすは誰が言った言葉ですか?
A1:聖徳太子が制定したと伝えられる十七条憲法の第一条に登場します。『日本書紀』には推古天皇12年(604年)の制定として記録されています。
Q2:和を以て貴しとなすは現代語で何といいますか?
A2:「人々が互いに協調し、調和を大切にして物事を進めること」という意味です。単に仲良くするだけでなく、話し合いによって道理を見つける姿勢も含まれます。
Q3:和を以て貴しとなすは同調圧力を意味しますか?
A3:いいえ。周囲の意見に無条件に合わせることとは異なります。相手を尊重しながら、自分の意見も伝え、話し合いによって調和を目指す考え方です。
Q4:「和して同ぜず」との違いは何ですか?
A4:「和を以て貴しとなす」は調和を大切にする教えです。「和して同ぜず」は、他人と協調しながらも、安易に同調せず主体性を保つという教えです。両者は互いに理解を深め合う関係にあります。
Q5:和を以て貴しとなすの正しい読み方は?
A5:「わをもってとうとしとなす」です。「尊し」と表記される場合もありますが、十七条憲法の原文に沿った表記は「貴し」です。
まとめ:和を以て貴しとなすの本質は互いを尊重する話し合いにある
「和を以て貴しとなす」は、聖徳太子が制定したと伝えられる十七条憲法第一条の冒頭に登場する言葉です。
その由来には『礼記』や『論語』などの中国古典の思想があり、人と人との調和を重んじる考え方が古くから受け継がれてきました。
この言葉を理解するうえで、特に覚えておきたいのは次の3点です。
1. 和とは、単なる仲良しではない。 互いの立場や考え方を尊重し、調和をつくること。
2. 和とは、同調することではない。 意見が違っていても、相手を尊重しながら話し合うこと。
3. 和とは、協力して道理を見つけること。 第一条の「諧於論事」や第十七条の話し合いの精神にも通じる。
意見の違いをなくすことよりも、意見が違っていても一緒に考えられる関係を築くこと。
それが「和を以て貴しとなす」の本質です。
2026年の職場や学校、地域社会でも、この考え方は人間関係や組織づくりを考えるうえで大切な指針になります。周囲に合わせるだけではなく、相手を尊重し、自分の考えも誠実に伝える。その積み重ねが、本当の意味での和につながります。
主な参考資料・歴史的根拠
- コトバンク『故事成語を知る辞典』『ことわざを知る辞典』:語義と『礼記』『論語』との関係。
- 山川出版社『山川 日本史小辞典 改訂新版』:十七条憲法の歴史的背景、性格、成立に関する学説。
- 『日本書紀』推古天皇十二年条:十七条憲法の制定に関する記録。
- 帝国書院:聖徳太子に関する史料と歴史的研究の解説。
- 『論語』子路:君子和而不同の出典。