【従三位とは何位?】読み方・意味と16階の位階における順位

目次

従三位の読み方は、「じゅさんみ」です。「従」は「じゅ」、「三位」は「さんみ」と読みます。「じゅさんい」と読むのではなく、歴史上の位階を表す言葉として「さんみ」という読み方が定着しています。

そもそも位階とは、人物の身分や序列を示す等級です。古代には朝廷に仕える官人の政治的・社会的な地位を表し、近代以降は国家に対する功績などを評価する栄典として位置づけられてきました。

現在の位階令で定められている16階のうち、従三位は上から6番目に当たります。

具体的には、正一位・従一位・正二位・従二位・正三位に続く位置です。下には正四位、従四位などが並びます。

つまり、従三位は単に三位という数字だけで判断するのではなく、「正」と「従」の違いも含めて理解する必要があります。

従三位はどれくらい偉いのか

従三位

歴史的な意味でいえば、従三位は朝廷の上級官人に相当する非常に高い位階でした。

律令制では、三位以上を「貴」と呼び、五位以上を「通貴」と呼ぶなど、位階によって政治的・社会的な待遇に大きな違いがありました。

三位以上の人物は、平安時代の朝廷政治においても重要な位置を占めています。単なる名誉称号ではなく、官職や朝廷内の発言力、儀礼上の待遇とも結びついていたのです。

【正三位・従三位・従四位の違い】位階一覧で序列を比較

従三位

従三位を理解するうえで、特に混同しやすいのが正三位と従四位です。

日本の位階制度では、同じ数字であれば「正」が「従」より上位になります。また、数字が小さいほど上位です。

したがって、正三位、従三位、正四位、従四位の順に序列が下がります。

正三位と従三位の違い

従三位

正三位と従三位は、どちらも三位に属しますが、正三位のほうが上位です。

両者の違いは「正」と「従」という等級の区別にあります。

従三位は三位の中では下位に位置しますが、位階全体では上から6番目であり、依然として高い格式を持っています。

従三位と従四位の違い

従三位と従四位では、数字の異なる位階に属します。

従三位の下に正四位があり、そのさらに下に従四位があります。

そのため、従三位と従四位の間には正四位という一段階が存在します。

正一位から従八位までの位階一覧

大正15年の位階令第1条では、位階を次の16階と定めています。


現在の位階序列・全16階


上位から下位への順番
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{i+1}位


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今回のテーマ
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この一覧からも分かるように、従三位は16階中の6番目です。上位5階があり、下位には10階が存在します。

なお、これは現在の位階令に基づく16階の序列です。古代の律令制では四位以下に上・下の区別があったため、歴史資料に登場する位階とそのまま同一視することはできません。

従三位と関連する用語・人物の関係表

関連項目 従三位との関係 意味・位置づけ
正三位 一段上 同じ三位の上位階
従三位 基準となる位 現行16階中6番目
正四位 一段下 従三位の次の位階
従四位 二段下 正四位よりさらに下位
中納言 歴史的な官職 平安期には従三位相当
公卿 朝廷の上級官人 三位以上の非参議官人などを含む
楠木正行 歴史上の人物 明治期に贈従三位、その後従二位

この表で押さえたいのは、位階と官職は別の概念でありながら、古代・中世の朝廷では密接に結びついていたという点です。

【律令制から位階令まで】従三位の歴史と制度の変遷

従三位の歴史を理解するには、現在の位階令だけでなく、日本における身分制度の成立まで遡る必要があります。

その起源として知られているのが、推古天皇11年に当たる603年の冠位十二階です。

603年・冠位十二階が日本の位階制度の源流

冠位十二階は、聖徳太子が制定に関わったとされる日本最初の冠位制度です。

徳・仁・礼・信・義・智という6種類の徳目を、それぞれ大小に分けて12階としました。

冠の色によって序列を区別する仕組みで、従来の氏族の世襲的な地位とは別に、個人を対象とする制度だった点に特徴があります。

これは、朝廷が個人の能力や功績を評価し、政治的な秩序を整えようとした動きとも関係しています。

ただし、この段階では現在の従三位という名称は存在していません。冠位十二階は、後世の位階制度につながる源流です。

701年・大宝令によって本格的な位階制度へ

701年(大宝元年)に制定された大宝令によって、律令国家の官僚制度が整備され、位階制度も体系化されました。

この時代の位階は、現在の16階とは異なる30階を基本とする仕組みでした。

一位から三位までは正・従に分かれ、四位から八位までは正・従に加えて上・下の区別がありました。さらに初位という区分も設けられていました。

位階は官人の身分を表すだけでなく、どの官職に就くことができるかという問題にも関係していました。

この仕組みが官位相当制です。

明治時代に身分序列から栄典制度へ

明治維新後、日本の政治制度は大きく変わりました。

1871年(明治4年)には従来の官位相当制が廃止され、位階と官職の関係も従来のような形では維持されなくなります。

その後、1887年(明治20年)5月4日に叙位条例が公布され、正一位から従八位までの16階が定められました。

ここで、現在につながる位階の基本的な序列が確立されます。

そして1926年(大正15年)10月21日、叙位条例を引き継ぐ形で「位階令」が公布されました。

この位階令が、2026年現在も日本の位階制度の法的な基礎となっています。

【官位相当制と従三位】中納言・公卿との関係

従三位を歴史的に理解するうえで欠かせないのが、官位相当制です。

官位相当制とは、官人が持つ位階と、実際に就く官職を対応させる制度です。

簡単にいえば、位階が身分上の序列を示し、官職が政治組織における役割を示す仕組みでした。

従三位に相当した中納言

歴史上、従三位と結びつきが深い官職の一つが中納言です。

中納言は太政官において大納言に次ぐ地位にあり、朝廷の重要な政治判断に関わる役職でした。

中納言は一度制度上廃止された後、705年に再設置され、761年には従三位相当の官職となっています。

平安時代の政治を描く歴史書や文学作品に「従三位中納言」という表現が登場するのは、このような官位と官職の関係が背景にあります。

三位以上と公卿の関係

公卿とは、朝廷における上級官人を指す言葉です。

平安時代には、太政大臣・左右大臣・内大臣などの「公」と、大納言・中納言・参議、さらに三位以上の非参議官人などの「卿」を合わせて公卿と呼びました。

ここで注意したいのは、三位以上であれば誰もが同じ官職に就いていたわけではないということです。

位階と官職には一定の対応関係がありましたが、政治的な事情や時代によって実際の運用には違いがありました。

したがって、従三位という肩書だけから、その人物が必ず中納言だったと判断することはできません。

従三位は官職そのものではなく、官人の序列を示す位階だったという点が重要です。

【従三位を授けられた歴史上の人物】実例から見る格式

従三位は、古代から近代にかけてさまざまな人物に関係してきました。

歴史上の人物を確認すると、従三位がどのような場面で与えられてきたのかが見えてきます。

藤原房前:奈良時代の有力政治家

奈良時代・藤原北家の祖

藤原房前は、藤原不比等の子で、奈良時代の政治において重要な役割を果たした人物です。

山川出版社の日本史小辞典に基づく歴史資料では、養老5年(721年)に参議として従三位に進んだ人物として記録されています。

当時の従三位は、朝廷の政治中枢に関わる官人の高い地位を示していました。

楠木正行:明治時代に贈従三位

南北朝時代の武将

楠木正行は、南北朝時代に南朝方として戦った武将です。

明治9年(1876年)に従三位を贈られています。

国立公文書館には「贈従三位楠正行位階追陞ノ件」という叙位に関する公文書が残っています。

さらに明治30年(1897年)には従二位への追陞が行われました。

この記録からも、歴史上の人物に対する贈位が、後世の国家的な顕彰として実施されていたことが分かります。

島津斉彬:明治初期の贈位記録

幕末の薩摩藩主

島津斉彬は、幕末の薩摩藩主として知られ、藩政改革や近代産業の育成に取り組んだ人物です。

鹿児島県が公開している歴史資料には、明治2年の御贈官位記に関連する記録が収録されています。

その中には、島津斉彬に対する「贈権中納言従三位」という記載があります。

この事例は、明治初期における位階が、歴史上の人物の功績を顕彰する制度としても使われていたことを示しています。

歴史上の人物を比較するときの注意点

従三位を授けられた人物を調べる場合、叙位された時期と最終的な位階を区別する必要があります。

楠木正行のように、最初に従三位を贈られ、その後さらに上位の従二位へ追陞された人物もいます。

そのため、歴史上の人物の位階を紹介する際には、単に最終的な位だけを記載するのではなく、叙位の経緯も確認すると理解が深まります。

【2026年最新】現在の従三位の叙位制度と対象者

従三位について、特に誤解されやすいのが現在の制度です。

古代や近代初期のように、官職に就いている人が日常的に昇進して従三位を授かる制度ではありません。

2026年現在、位階制度は存続していますが、戦後の運用では主に故人を対象とする栄典として扱われています。

現在の叙位は故人への顕彰が中心

内閣府の「栄典制度の在り方に関する懇談会報告書」では、現在の叙位制度について、国家・公共に功績のあった人が死亡した際に、生涯の功績を称え、追悼の意を表すものとして運用されていると説明しています。

つまり、現在の従三位は、現役の政治家や公務員が在職中に昇進して獲得する一般的な役職上の地位ではありません。

長年にわたる社会的な貢献や国家・公共への功績などを評価する栄典として位置づけられています。

従三位の叙位基準は何か

位階令第2条では、位を授ける対象として、国家に勲功がある者や表彰すべき功績がある者などを定めています。

ただし、従三位を授けるための条件が、特定の職業や役職、勤続年数だけで一律に決まっているわけではありません。

具体的には、次のような観点が制度の趣旨に関係します。

- 国家に対する顕著な功績
- 公共の利益に対する長年の貢献
- 生涯を通じた社会的な実績
- 功績の内容や重要性に対する総合的な評価

注意したいのは、特定の職業に就いていたからといって、自動的に従三位になるわけではないことです。

また、亡くなった人すべてが叙位の対象になるわけでもありません。

位階の決定は、内閣の助言と承認により、天皇の国事行為として行われる栄典の一つです。

位階令は2026年現在も有効なのか

2026年11月現在・現行法令

答えは、現在も有効です。

位階令は大正15年10月21日に公布された勅令第325号です。

e-Gov法令検索でも現行法令として掲載されており、正一位から従八位までの16階が定められています。

また、2025年6月1日には、拘禁刑の創設に伴う関連法令の改正が施行されています。

これは刑罰に関する規定の整備であり、従三位の序列や16階の基本構造を変更したものではありません。

したがって、2026年に新しい位階体系が設けられたわけではなく、大正15年に制定された位階令を基礎とする制度が続いています。

叙位と叙勲は何が違う?

ここもニュースを読む際に押さえておきたいポイントです。

比較項目 叙位 叙勲
授与されるもの 位階 勲章
制度の意味 位階による栄誉 勲章による功績の顕彰
現在の対象 主に故人 生存者・故人
代表的な制度 位階令 勲章・褒章制度

叙位と叙勲は、どちらも国家・公共への功績を顕彰する栄典ですが、同じ制度ではありません。

内閣府によれば、生存者に対する叙勲は1964年に再開されましたが、生存者への叙位は再開されていません。

この違いを知っておくと、ニュースで「従三位に叙された」という表現を見た際にも、その意味を正確に理解できます。

【プロの結論】従三位を理解するために押さえたい3つのポイント

従三位という言葉を正しく理解するには、単に順位を覚えるだけでは不十分です。

歴史的な制度と現在の栄典制度を分けて考えることが重要です。

1. 従三位は現在の位階で上から6番目

正一位から従八位までの16階のうち、従三位は6番目です。

正三位より下、正四位より上という位置関係を覚えておけば、序列を間違えることはありません。

2. 古代の従三位は官人社会の高い地位を示していた

律令制では、位階によって官人の序列や待遇が決まり、官職とも対応していました。

特に三位以上は「貴」とされ、朝廷の上級官人として高い格式を持っていました。

ただし、時代が下るにつれて制度の実態は変化しています。

3. 現在の従三位は故人の功績を称える栄典

現在の従三位は、歴史上の中納言のような官職を意味するものではありません。

国家・公共への功績を評価し、故人の生涯の実績を顕彰する制度として運用されています。

ここを理解すれば、古代史の資料と現代の叙位ニュースを混同せずに読めるようになります。

【従三位に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:従三位は何と読みますか?

従三位は「じゅさんみ」と読みます。「三位」は「さんい」ではなく、位階の名称として「さんみ」と読むのが一般的です。

Q2:従三位と正三位ではどちらが上ですか?

正三位が上です。同じ三位であっても、正は従より上位に位置します。

Q3:従三位は16階のうち何番目ですか?

上から6番目です。正一位、従一位、正二位、従二位、正三位に続く位階です。

Q4:従三位と従四位ではどちらが上ですか?

従三位が上です。従三位の下には正四位があり、そのさらに下に従四位があります。

Q5:従三位は現在も存在する制度ですか?

はい。大正15年に公布された位階令が2026年現在も有効です。現在は主に故人に対する栄典として運用されています。

Q6:従三位は生きている人でも授与されますか?

現在の運用では、生存者への叙位は再開されておらず、主に故人が対象です。生存者への叙勲とは異なる制度です。

Q7:従三位はどのような功績があれば授与されますか?

国家・公共に対する功績や生涯にわたる実績などが評価の対象となります。ただし、特定の職業や勤続年数だけで自動的に決まる制度ではありません。

まとめ:従三位は歴史と現代をつなぐ格式ある位階

従三位は「じゅさんみ」と読み、日本の位階制度において上から6番目に位置する格式の高い位です。

正三位より下、正四位や従四位より上という序列を持ち、古代から近代にかけて日本の政治や身分制度と深く関係してきました。

603年の冠位十二階を源流とし、701年の大宝令による律令制の整備を経て、1887年の叙位条例、1926年の位階令へと制度は変化しています。

2026年現在も位階令は有効であり、従三位は主に国家・公共に功績を残した故人を顕彰する栄典として存続しています。

従三位という言葉を目にしたときは、次の3点を判断基準にすると理解しやすくなります。

- 順位を知りたい場合:正三位より下、正四位より上の第6位。
- 歴史を知りたい場合:律令制では上級官人の序列を示す位階。
- 現代の制度を知りたい場合:位階令に基づく、主に故人を対象とした栄典。

従三位は、単なる古い身分の呼び名ではありません。日本の政治制度や歴史的な功績の評価方法が、時代とともにどのように変化してきたのかを理解する手がかりとなる制度です。