くいしん坊!万才の歴代レポーター11人を出演順に紹介!50年の歴史と最終回の真相を徹底解説

目次

フジテレビの長寿グルメ番組「くいしん坊!万才」は、1975年6月30日に放送を開始し、2025年11月22日の特別番組をもって50年の歴史に幕を下ろしました。初代レポーターの渡辺文雄から、最後の11代目・松岡修造まで、全国各地の郷土料理や名物料理を紹介してきた出演者は総勢11人。レギュラー放送だけで通算6599回を数える、フジテレビを代表する長寿番組でした。

この記事では、くいしん坊!万才の歴代レポーター11人を出演順に紹介し、それぞれの出演期間と放送回数を一覧で整理します。さらに、松岡修造が記録した25年間の最長出演記録、番組で紹介された約2万6000食の意味、2025年の放送終了に至る経緯、2026年現在の番組の状況まで詳しく解説します。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 歴代出演者:渡辺文雄から松岡修造まで、全11人がリポーターを担当。
  • 最長出演記録:松岡修造が2000年から2025年まで約25年間出演し、最終的に通算1251回を記録。
  • 番組の歴史:1975年に始まったレギュラー放送は2025年11月16日に終了。11月22日の特別番組が50周年のフィナーレとなった。

【歴代レポーター全11人】初代・渡辺文雄から11代目・松岡修造までの一覧

食いしん坊万歳歴代

「くいしん坊!万才」の歴代レポーターは、50年間で11人です。フジテレビが2025年11月に公表した公式の放送略歴には、各出演者の担当期間と通算出演回数が掲載されています。

以下が、初代から11代目までの完全な出演順です。放送回数についても、番組終了時点の数字を採用しています。

代 歴代レポーター 出演期間 通算放送回数
初代渡辺文雄1975年6月30日~1977年7月3日515回
2代目竜崎勝1977年7月4日~1978年12月31日390回
3代目友竹正則1979年1月1日~1981年12月31日794回
4代目宍戸錠1982年1月1日~1983年12月30日509回
5代目川津祐介1984年1月4日~1984年12月30日228回
6代目梅宮辰夫1985年1月1日~1987年12月30日623回
7代目村野武範1988年1月3日~1990年12月30日617回
8代目辰巳琢郎1991年1月6日~1993年12月29日606回
9代目山下真司1994年1月4日~1997年12月30日782回
10代目宍戸開1998年1月4日~1999年12月27日284回
11代目松岡修造2000年1月10日~2025年11月16日1251回

出典:フジテレビ公式発表「くいしん坊!万才」放送略歴。村野武範は出演当時「村野武憲」の芸名で活動。辰巳琢郎の「琢」は、フジテレビが示す正式表記では旧字体の「琢」を含む。

11人の出演回数を合計すると6599回となります。これは1975年6月30日から2025年11月16日までのレギュラー放送の総回数とも一致します。

【初代から10代目まで】歴代出演者それぞれの担当期間と特徴

初代・渡辺文雄(1975年~1977年)

記念すべき初代レポーターは、俳優の渡辺文雄です。1975年6月30日から1977年7月3日まで担当し、通算515回出演しました。

渡辺の時代に確立されたのは、単に料理を食べて感想を伝えるだけではなく、料理が生まれた土地に足を運び、地域の人々と交流する番組の基本スタイルです。郷土料理や家庭の味を通して、日本各地の暮らしを紹介するという方向性が、後の50年間を支える土台になりました。

2代目・竜崎勝(1977年~1978年)

2代目を務めたのは俳優の竜崎勝です。担当期間は1977年7月4日から1978年12月31日までで、通算390回に出演しました。

竜崎勝は1984年に亡くなっています。2025年11月22日の最終特別番組では、娘である高島彩が進行役として出演し、父が番組に残した思い出にも触れました。歴代レポーターとその家族が50周年の節目に番組を振り返るという、象徴的な演出となりました。

3代目・友竹正則(1979年~1981年)

3代目は友竹正則。1979年1月1日から1981年12月31日まで担当し、通算794回を記録しました。

注目したいのは、松岡修造が登場するまで、歴代レポーターの中で友竹が最多の794回を記録していたことです。3年間でこの回数に到達した背景には、当時の放送頻度の高さがあります。

出演期間だけでなく、放送回数を比較することで、番組がどのような放送形態だったのかも見えてきます。

4代目・宍戸錠(1982年~1983年)

4代目は、映画やテレビドラマで活躍した俳優の宍戸錠です。1982年1月1日から1983年12月30日まで出演し、通算509回を記録しました。

映画スターとして知られる宍戸錠が、全国各地の料理や生産者を訪ねるという意外性も、歴代出演者の顔ぶれの面白さです。番組は特定のジャンルのタレントに限定せず、幅広い分野の著名人を起用してきました。

5代目・川津祐介(1984年)

5代目は俳優の川津祐介です。1984年1月4日から同年12月30日まで担当し、通算228回出演しました。

歴代11人の中では、担当期間と放送回数がともに比較的短いレポーターです。約1年間という出演期間ながら、50年の番組史を構成する重要な一人となっています。

6代目・梅宮辰夫(1985年~1987年)

6代目には俳優の梅宮辰夫が登場しました。1985年1月1日から1987年12月30日までの約3年間を担当し、通算623回に出演しています。

梅宮辰夫は映画やテレビドラマなど幅広い作品で知られた俳優です。俳優としての知名度を持つ人物が、各地の食文化や人々の暮らしを伝えるという番組のキャスティングの幅広さを象徴する存在でもあります。

7代目・村野武範(1988年~1990年)

7代目は村野武範です。1988年1月3日から1990年12月30日まで担当し、通算617回出演しました。

出演当時は「村野武憲」という芸名を使用していたため、古い番組資料や過去の映像では異なる名前で記載されている場合があります。現在の名前である村野武範と同一人物です。

2025年11月22日の最終特別番組にも出演し、50年間の思い出を振り返りました。フジテレビの公式発表では、番組について「人生最高の調味料」と表現しています。

8代目・辰巳琢郎(1991年~1993年)

8代目は俳優の辰巳琢郎。1991年1月6日から1993年12月29日まで担当し、通算606回を記録しました。

辰巳は2025年の最終特別番組にも登場しています。番組を「お祭り届け隊」と表現し、各地の人々にとって番組の訪問が特別な機会であることを意識するようになったと振り返りました。

料理だけでなく、その料理を作る人や地域の人々にスポットを当てるという番組の魅力をよく表したコメントです。

9代目・山下真司(1994年~1997年)

9代目は俳優の山下真司です。1994年1月4日から1997年12月30日まで、歴代レポーターでは比較的長い4年間を担当しました。通算出演回数は782回です。

松岡修造が記録を更新する以前には、友竹正則の794回に次ぐ上位の出演回数でした。2025年の最終特別番組にも出演し、全国各地で出会った人々との思い出を語っています。

10代目・宍戸開(1998年~1999年)

10代目は俳優の宍戸開です。1998年1月4日から1999年12月27日まで担当し、通算284回出演しました。

4代目の宍戸錠に続いて、宍戸姓の俳優がレポーターを務めたことも特徴です。ただし、4代目と10代目はそれぞれ別の出演者であり、担当した時期も16年ほど離れています。

宍戸開の卒業後、2000年1月10日に11代目の松岡修造が登場します。ここから番組史上最長となる25年間の担当が始まりました。

【歴代最多出演は誰?】松岡修造の25年間と1251回の記録

「くいしん坊!万才」の歴代出演者を比較したとき、圧倒的な記録を持つのが11代目の松岡修造です。

松岡は2000年1月10日にレポーターとして登場し、2025年11月16日のレギュラー最終回まで、約25年間にわたって番組を担当しました。最終的な通算出演回数は1251回。2位の友竹正則が記録した794回を457回上回っています。

松岡修造の出演記録はいつ更新された?

松岡の記録は、番組の節目ごとにニュースとして取り上げられてきました。

2016年2月8日には歴代最多出演者として紹介され、同年3月14日には通算800回を達成。2025年1月19日時点では通算1247回と公表されていました。

その後、2025年10月26日から11月16日までのレギュラー放送再開期間に4回出演し、最終的に1251回に到達しています。

25年間続けられた理由は「食」と「人との出会い」

松岡の出演が特別なのは、単に長期間担当したからではありません。全国各地の食材、生産者、料理人、地域住民と出会い続けたことが、25年間の取材の蓄積につながりました。

フジテレビの最終回紹介によると、番組では50年間におよそ2万6000食の料理が紹介されました。松岡自身も、25年間のターニングポイントとなった料理を求めて長崎県を再訪し、25年前に出会った人々と再び食事を楽しんでいます。

最終回で松岡が番組を表現した言葉は「一食一会」でした。

「一食一食に必ず人の思いが込められていました。それぞれの出会いには感謝の気持ちが詰まっていて、そのおいしい記憶が僕らの中に刻まれています」

この言葉が示すのは、料理の評価だけではなく、食べ物を作る人や土地の歴史まで含めて伝える番組の姿勢です。松岡の25年間は、その理念を最後まで引き継いだ期間でもありました。

【2025年に番組終了】放送休止から最終回までの経緯

50年間続いた「くいしん坊!万才」は、2025年に大きな転換点を迎えました。番組終了の背景を理解するには、2025年1月の放送休止と、同年10月の終了発表を分けて見る必要があります。

2025年1月:キッコーマンの要請で放送休止

2025年1月21日、食品メーカーのキッコーマンが、フジテレビに対して「くいしん坊!万才」の放送を1月26日以降見合わせるよう要請したと報じられました。

背景にあったのは、中居正広氏をめぐる女性トラブル報道と、それに対するフジテレビの対応をめぐる問題です。キッコーマンは同番組の1社提供スポンサーであり、番組の放送見合わせとあわせてCMも差し止めました。

テレビ朝日やTBSなどの報道によると、1月26日と2月の放送が休止となり、キッコーマンは2月4日時点で「現時点で放送を再開する判断材料がない」と説明していました。

この休止は、番組の料理取材や出演者に問題があったという話ではありません。スポンサー企業がフジテレビをめぐる一連の問題を受けて判断したものです。

2025年10月:4回のレギュラー放送を再開

長期間の休止を経て、フジテレビは2025年10月16日に番組の放送再開と終了を発表しました。

10月26日から11月16日まで、関東ローカルで全4回のレギュラー放送を実施。松岡修造が鹿児島県を訪れ、地域の食文化を紹介しました。

最終盤の放送では、番組のカメラマンを32年間務めた元スタッフの暮らしや、鹿児島のかまぼこ店、黒酢料理、伝統的なしゃぶしゃぶなどを取り上げました。長年番組を支えてきたスタッフや地域とのつながりを感じさせる構成でした。

2025年11月16日:レギュラー放送が終了

11月16日の放送が、通常のレギュラー番組としての最終回となりました。この日までの通算放送回数は6599回です。

そして11月22日には、特別番組「50年間ありがとう!くいしん坊!万才 一生忘れられない味SP」を放送。午後1時30分から2時30分までの関東ローカル番組として、歴代出演者が集まりました。

スタジオには村野武範、辰巳琢郎、山下真司、宍戸開、松岡修造が出演。高島彩が進行を担当し、父である2代目・竜崎勝の思い出にも触れながら、歴代の名場面や忘れられない料理を振り返りました。

番組終了の直接的な理由は何だったのか

ここで押さえておきたいのは、放送休止の理由と番組終了の公式発表を混同しないことです。

フジテレビが2025年10月16日に公表した終了理由は、1975年に始まったレポーター固定形式の番組が50年の節目を迎えることでした。公式発表では、50周年を機に11月22日の特別番組をもって終了すると説明されています。

一方、2025年1月からの休止は、キッコーマンがフジテレビをめぐる問題を受けて放送見合わせを要請したことによるものです。両者は同じ2025年に起きた出来事ですが、公式に示された番組終了の理由と、休止の経緯は区別して理解する必要があります。

したがって、「フジテレビの問題だけが番組終了の直接原因だった」と断定するのは正確ではありません。公式発表上の終了理由は50年という節目であり、スポンサー要請による休止は、その年の番組を取り巻く重要な出来事として位置づけられます。

【50年間の歴史を検証】なぜ「くいしん坊!万才」は長寿番組になったのか

料理だけでなく地域の暮らしを伝えた

「くいしん坊!万才」が他のグルメ番組と異なるのは、料理の味や価格、店舗情報だけを紹介する構成ではなかった点です。

番組のテーマは「いい味、いい旅、いい出会い」。全国各地の郷土料理、特産物、家庭料理を訪ね、その土地の歴史や文化、人々の暮らしを紹介してきました。

名店だけでなく、農業や漁業の現場、地元の家庭料理にも目を向けていたことが、番組独自の価値です。視聴者にとっては、普段の生活では知る機会が少ない地域の食文化に触れられる番組でした。

放送頻度の変化が出演回数の比較に影響する

歴代出演者の放送回数を比べる際には、番組の放送頻度が時代によって変わっていたことも知っておく必要があります。

マイナビニュースが紹介した番組資料によると、放送頻度は次のように変化してきました。

  • 1975年6月30日~1983年9月30日:週5回
  • 1983年10月2日~1999年3月30日:週4回
  • 1999年4月5日以降:週1回

つまり、初代から10代目までの出演回数と、2000年以降の松岡修造の出演回数は、放送頻度が異なる時代の数字です。

それでも松岡が1251回という記録を残したことは特筆すべき点です。週1回の放送形態になってから25年間にわたり出演を続けた結果であり、単なる放送頻度の多さでは説明できない長期継続の記録となっています。

約2万6000食が残した記録の価値

番組が紹介した料理は約2万6000食に上ります。この数字は、単に食べた料理の数を示すものではありません。

50年間という時間の中で、地域の特産品や伝統料理、家庭の味、農業・漁業の営みを映像として記録してきたことに大きな意味があります。

食文化は時代とともに変化します。生産者の高齢化や地域産業の変化、家庭料理の継承など、料理の背景にある環境も変わっていきます。番組のアーカイブは、そうした変化を振り返ることのできる映像資料としても価値を持っています。

よくある誤解:50年間ずっと松岡修造が出演していたわけではない

インターネット上では、番組の歴史と松岡修造の出演期間が混同されることがあります。しかし、松岡が担当したのは2000年から2025年までの約25年間です。

それ以前には渡辺文雄、竜崎勝、友竹正則、宍戸錠、川津祐介、梅宮辰夫、村野武範、辰巳琢郎、山下真司、宍戸開という10人のレポーターがいました。

また、1974年を番組の開始年と紹介する資料もあります。これは番組の前身となる放送の開始時期と、レポーターを固定した現在につながる形式の開始時期の違いによるものです。フジテレビが50周年の基準として示しているのは、レポーター固定形式が始まった1975年6月30日です。

2026年現在、番組は復活している?

2026年11月現在、「くいしん坊!万才」のレギュラー放送は終了しています。フジテレビの公式番組ページでも、2025年11月22日をもって放送終了と案内されています。

2025年11月22日の特別番組が、50年間の歴史を締めくくる最終回でした。2026年のレギュラー放送再開や、新たな後任レポーターの就任を示す公式発表は確認されていません。

そのため、松岡修造は歴代11代目であり、最終レポーターでもあります。12代目が決定したという情報や、現在も通常放送が続いているという情報には注意が必要です。

【くいしん坊!万才の歴代レポーター】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:くいしん坊!万才の歴代レポーターは全部で何人ですか?
A1:全部で11人です。初代の渡辺文雄から始まり、竜崎勝、友竹正則、宍戸錠、川津祐介、梅宮辰夫、村野武範、辰巳琢郎、山下真司、宍戸開と続き、11代目の松岡修造が最後を務めました。

Q2:くいしん坊!万才で最も出演回数が多いのは誰ですか?
A2:11代目の松岡修造です。2000年1月10日から2025年11月16日まで担当し、通算1251回に出演しました。25年間という歴代最長の出演期間も記録しています。

Q3:松岡修造の前に最多出演だったレポーターは誰ですか?
A3:3代目の友竹正則です。1979年から1981年まで担当し、通算794回を記録しました。松岡の1251回に次ぐ歴代上位の記録です。

Q4:くいしん坊!万才はいつ終了しましたか?
A4:レギュラー放送は2025年11月16日に終了しました。その後、11月22日に「50年間ありがとう!くいしん坊!万才 一生忘れられない味SP」が放送され、番組全体の最終回となりました。

Q5:番組が終了したのはフジテレビの問題が原因ですか?
A5:2025年1月の放送休止は、フジテレビをめぐる一連の問題を受け、1社提供スポンサーのキッコーマンが放送見合わせを要請したことによるものです。一方、10月に発表された番組終了の公式理由は、レポーター固定形式での放送開始から50年という節目です。両者を同じ理由として扱うのは正確ではありません。

Q6:2026年現在、くいしん坊!万才の12代目はいますか?
A6:2026年11月現在、12代目のレポーターは発表されていません。松岡修造が11代目にして最後のレポーターとなり、2025年11月22日の特別番組で50年の歴史を締めくくりました。

まとめ:くいしん坊!万才の50年は11人がつないだ日本の食文化の記録

「くいしん坊!万才」は、1975年6月30日に渡辺文雄を初代レポーターとしてスタートし、11人の出演者によって50年間受け継がれてきました。

歴代最多出演は、2000年から2025年まで11代目を務めた松岡修造の1251回です。番組全体ではレギュラー放送6599回、紹介した料理は約2万6000食に達しました。

2025年1月にはスポンサーの要請による放送休止という出来事がありましたが、同年10月に4回のレギュラー放送を再開。11月16日に通常放送を終え、11月22日の特別番組で半世紀の歴史に正式な幕を下ろしました。

歴代レポーターの記録を振り返ると、単純に出演期間が長い人が多くの回数を担当したわけではなく、放送頻度の変化や時代ごとの番組編成も大きく影響していたことが分かります。

そして、この番組が残した最大の財産は、1251回や6599回という数字だけではありません。全国の生産者、料理人、家庭の人々と向き合い、土地に根づいた味と物語を映像に残したことです。

2026年現在、レギュラー放送は終了しています。しかし、渡辺文雄から松岡修造まで11人がつないだ食の記憶と、全国各地で出会った人々の物語は、50年間の番組アーカイブの中に残されています。

主な確認資料: フジテレビの2025年10月16日付終了発表・歴代出演者一覧、11月21日付最終回発表、テレビ朝日の2025年1月21日付放送休止報道、日刊スポーツの2月4日付報道、マイナビニュースの歴代出演回数・放送頻度に関する記事。