【担当番組の歴代】テレビからラジオへ、26年間の出演実績
小寺右子さんの魅力は、報道や情報番組だけでなく、バラエティーやラジオの生放送でも発揮されてきました。
特に関西の視聴者にとって印象深いのが、次の番組です。
代表的なテレビ番組

1.『おはようコールABC』
入社後の代表的な出演番組です。
2000年10月から2010年3月まで約9年半にわたって出演。2006年4月からは清水貴之さんとともにメインキャスターを務めました。
早朝の生放送を長く担当したことは、小寺さんのアナウンサーとしての基礎を築いた経験といえます。
2010年3月26日の最終出演では、番組スタッフも卒業を惜しみ、本人も涙を見せたことが当時のABCテレビ公式サイトに記録されています。
2.『ごきげん!ブランニュ』
2005年10月から2010年3月までアシスタントを担当しました。
赤井英和さんやトミーズ雅さんらと共演し、情報を正確に伝えるアナウンサーとは異なる、関西らしいテンポのよい掛け合いも経験しました。
この時期には「ヌーやん」という愛称でも親しまれました。メッセンジャー黒田さんが名付けたとされるニックネームで、当時の番組での親しみやすいキャラクターを象徴しています。
3.『見知らぬ関西新発見!みしらん』
2012年の職場復帰後、赤井英和さんが司会を務める情報番組でアシスタントを担当しました。
地域の話題を扱う番組で、視聴者に身近な情報を届ける経験を重ねています。
4.『朝だ!生です旅サラダ』
2013年10月から2015年7月まで、全国ネットの人気旅行番組にスタジオレギュラーとして出演しました。
関西ローカルの番組だけでなく、全国の視聴者に顔を知られる機会となった仕事です。
代表的なラジオ番組
『桑原征平 粋も甘いも』
桑原征平さんのパートナーとして長期間出演。リスナーとの距離が近い生放送で、率直なトークや軽妙な掛け合いを披露しました。
『サニー・フランシスのマサララジオ』
2022年4月から第2代アシスタントを担当。サニー・フランシスさんとの掛け合いで親しまれ、番組内では「みぎこ」の愛称で呼ばれていました。
このほか、『全力投球!!妹尾和夫です。サンデー』『笑い飯哲夫のしんぶん教室』などにも出演しています。テレビとラジオの両方で長年活動してきたことが、小寺さんの大きな特徴です。
2026年6月、担当番組からの卒業
異動発表後も、すぐにすべての番組から姿を消したわけではありません。
ABCラジオは2026年6月2日、小寺さんの卒業を受けて、6月3日放送の『桑原征平 粋も甘いも』にサニー・フランシスさんがゲスト出演する特別企画を発表しました。
長年共演してきた2人が、桑原さんを交えて小寺さんへの言葉を贈る企画です。
その後、6月10日の放送で『粋も甘いも』を卒業。『マサララジオ』も6月末で卒業することになりました。
桑原さんからは、報道記者としての今後に向けて「ギャラクシー賞取れよ!」という力強いエールも贈られています。
26年間続けたアナウンサー人生の最後を、共演者やリスナーに見送られながら締めくくった形です。
【フリー転身しない理由】会社員として人事異動を受け入れた背景
小寺右子さんについて検索される疑問の一つが、なぜフリーアナウンサーにならなかったのかという点です。
テレビ局で長年実績を積んだアナウンサーが独立するケースは珍しくありません。そのため、今回の転身についても、フリーとして活動する道を選ばなかった理由に関心が集まっています。
本人の発言から分かること
まず注目したいのは、本人が5月31日のラジオで語った言葉です。
「フリーになれればよかったんですが、フリーになることもなく、いわゆるサラリーマンですので、人事異動がありました」と説明しました。
ここで大切なのは、本人がフリー転身を具体的に検討したうえで断念した、とは発言していないことです。
少なくとも公表された発言から確認できるのは、ABCテレビの社員として人事異動を受け、報道記者になることになったという経緯です。
フリーにならなかった理由をどう考えるべきか
今回の転身について、考えられる論点を整理すると次のようになります。
| 検索される疑問 | 公開情報から分かること |
|---|---|
| フリーになるのが嫌だった? | そのような明確な発言は確認できない |
| 家族を優先した? | 家族を理由に転身を選ばなかったという発言は確認できない |
| 会社に残ることを選んだ? | ABCの社員として人事異動を受けている |
| 報道記者になりたかった? | 入社時からの夢だったとは本人が否定している |
| 新しい仕事への意欲は? | 報道の現場で原点に近づけるという決意を語っている |
ここから読み取れるのは、独立を選ばなかったこと自体よりも、会社員として新しい仕事を引き受けたことに今回の転身の本質があるという点です。
フリーアナウンサーになれば、出演番組や活動領域を自分で広げる道も考えられます。一方、テレビ局に残れば、アナウンサー以外の職種に異動し、取材や制作など放送局の別の仕事に携わる可能性があります。
小寺さんは後者の道を歩むことになりました。
また、26年間同じアナウンス部門で仕事を続けてきたからこそ、本人が語った「このまま楽な方へ流れたらあかんな」という気持ちも、転身を考えるうえで見逃せません。
フリー転身をしなかったことを消極的な選択と決めつけるより、会社員として新しい役割に挑戦するキャリア選択として捉えるのが自然です。
【結婚・家族・評判】小寺右子の人柄が伝わるエピソード
小寺右子さんは仕事だけでなく、家庭生活についても一部を公表しています。
2009年に同期入社の男性社員と結婚
ORICON NEWSが2009年7月に報じた内容によると、小寺さんは同年11月に朝日放送の同期入社の男性社員と結婚する予定でした。
お相手は東京支社の制作部に勤務する男性社員で、当時、約5年間の交際を経て結婚を決めたと紹介されています。
結婚後も仕事を続ける意向を示しており、同年11月29日にUSJで挙式・披露宴を行いました。
子供は2人の息子
家族については、本人の公式ブログにも手がかりがあります。
2025年1月のABCテレビ公式ブログでは、青山学院大学を訪れた際に「2人の息子がうまれました」と振り返っています。
これにより、息子が2人いることは本人の発信から確認できます。
一方、夫の氏名や子供たちの詳しいプロフィールなどは、広く公表されている情報ではありません。
家庭の話題を必要以上に表に出すのではなく、仕事を中心に発信してきた人物といえます。
共演者やリスナーからの評判
小寺さんの人柄を知るうえで興味深いのが、2026年6月10日の『桑原征平 粋も甘いも』卒業回です。
ABCマガジンによると、リスナーからは卒業を惜しむメッセージが数多く寄せられました。
特に印象的だったのは、歯に衣着せぬ物言いや、相手を選ばず率直に突っ込む姿勢を評価する声です。
また、桑原征平さんは小寺さんについて、細やかな人情を持ち、誰もが言いたいことや聞きたいことを口にできる人物だと評価しました。
サニー・フランシスさんも、温かさがあり、地に足の着いた人だと語っています。
これらは共演者やリスナーから寄せられた具体的な評価であり、単に「人気があった」という言葉だけでは説明できない部分です。
特にラジオは、テレビ以上に出演者同士の会話や人柄が伝わりやすいメディアです。
小寺さんが長期間にわたってパートナーを務められた背景には、進行技術だけでなく、共演者の話を受け止め、会話を広げる力があったと考えられます。
【小寺右子に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:小寺右子は現在、何をしていますか?
A1:2026年6月の人事異動でABCテレビのアナウンス部門から報道部門へ移り、報道記者として活動しています。2026年11月現在、具体的な担当取材分野は公表されていません。
Q2:小寺右子はなぜアナウンサーを卒業したのですか?
A2:本人が2026年5月31日のラジオで、人事異動によって報道記者になると説明しました。阪神・淡路大震災で報道の声に励まされた経験があり、記者として原点に近い現場に立てることにも意義を感じています。
Q3:小寺右子はフリーアナウンサーになったのですか?
A3:いいえ。フリーに転身したのではなく、ABCテレビの社員として報道記者に異動しました。本人も会社員としての人事異動であることを説明しています。
Q4:小寺右子の出身大学はどこですか?
A4:青山学院大学経営学部です。2025年には約25年ぶりに母校を訪れたことを公式ブログで紹介しています。
Q5:小寺右子は結婚していますか?子供はいますか?
A5:2009年に朝日放送の同期入社の男性社員と結婚しました。本人の公式ブログでは2人の息子について触れています。
Q6:小寺右子が最後に担当したラジオ番組は何ですか?
A6:『桑原征平 粋も甘いも』は2026年6月10日に卒業し、『サニー・フランシスのマサララジオ』も同月末で卒業しました。
まとめ:小寺右子の26年間は終わりではなく、新しい挑戦の始まり
小寺右子さんは、2000年にABCテレビへ入社してから26年間、関西のテレビ・ラジオを中心に活躍してきました。
『おはようコールABC』のメインキャスター、『ごきげん!ブランニュ』のアシスタント、『朝だ!生です旅サラダ』のスタジオレギュラー、そして『桑原征平 粋も甘いも』『サニー・フランシスのマサララジオ』のパートナーと、その活動は多岐にわたります。
2026年6月の報道記者への異動は、長年続けてきたアナウンサー人生に区切りをつける大きな出来事でした。
しかし、今回の転身には、阪神・淡路大震災で報道に励まされた高校時代の経験という、本人の人生に関わる原点もつながっています。
今回のキャリアチェンジを理解するための重要なポイントは3つです。
- 26年間のアナウンサー経験を経て、報道記者という新しい職種に進んだこと。
- フリー転身ではなく、ABCテレビの社員として人事異動を受け入れたこと。
- 震災時に報道の声に支えられた経験が、記者として現場に立つ新しい仕事にもつながっていること。
今後、取材したニュースをどのような形で視聴者に届けていくのかは注目点です。
アナウンサーとして培った伝える力と、報道記者として身につけていく取材力。その両方を生かした小寺右子さんの新しい活躍に期待が集まります。