できるかなのゴン太くんの正体は?初代・2代目の違いと鳴き声、最終回まで徹底解説【2026】
NHK教育テレビの工作番組『できるかな』に登場したゴン太くん。大きな赤い鼻、茶色のふわふわした体、黄色い麦わら帽子、そして「ウゴウゴ」「グヒョグヒョ」と表現される独特の鳴き声で、昭和から平成初期にかけて多くの子どもたちに親しまれたキャラクターだ。
しかし、ゴン太くんは何の動物なのか、誰が動かしていたのか、あの声は本当に声優が担当していたのかなど、意外と知られていない事実も多い。実は、初代と2代目では姿も仕組みも異なり、鳴き声にはブラジルの民族楽器クイーカが使われていた。また、相棒のノッポさんを演じた高見映と、ゴン太くんの操演を担当した井村淳の存在も欠かせない。
この記事では、1970年から1990年まで続いた番組の歴史、ゴン太くんの正体と誕生秘話、ナレーションの交代、1990年3月6日の伝説的な最終回、DVDの収録内容、2026年の再放送情報までを整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- ゴン太くんの正体:人間でも動物でもない、番組オリジナルの不思議なキャラクター。
- 初代・2代目の違い:初代は動かない人形、2代目は1974年に登場した着ぐるみタイプ。
- 鳴き声の秘密:ブラジルの打楽器クイーカによる独特な音が特徴。
- 操演担当:人形劇俳優・演出家の井村淳がゴン太くんを担当。
- ナレーション:つかせのりこから、かずきかずみへ交代した。
- 最終回:1990年3月6日、ノッポさんが初めて声を出して番組に別れを告げた。
- 2026年の状況:DVD-BOXが過去の映像を楽しむ代表的な保存版。新たな定期再放送の予定は公表されていない。
【正体を解明】できるかなのゴン太くんは何者?ノッポさんとの関係

ゴン太くんは、NHK教育テレビの幼児向け工作番組『できるかな』に登場するマスコットキャラクターだ。
その正体を一言で表すなら、人間でも、一般的な動物でもない、不思議な生き物である。
ゴン太くんは特定の動物がモデルなのか
ゴン太くんは、犬やクマなど特定の動物として描かれたキャラクターではない。サンリオの企業資料でも「けものでもなく、人でもない」不思議な生き物として紹介されている。
特徴的なのは、全体的に丸みを帯びた茶色の体、大きな赤い鼻、眠たげな目、黄色い麦わら帽子だ。人間のように二本足で動き、表情や身振りで感情を伝える。
また、ゴン太くんは言葉を話さない。喜んだり、驚いたり、困ったりする様子を、独特の鳴き声と身体の動きで表現する。
そのため、視聴者は言葉の意味を理解するよりも先に、動作や音からゴン太くんの気持ちを想像することになる。
相棒のノッポさんは高見映
ゴン太くんの相棒として知られるノッポさんを演じたのは、俳優・作家の高見映(たかみ・えい)だ。後年は高見のっぽの名前でも活動した。
ノッポさんの特徴は、緑色のチューリップハットと長身、そして何よりも一切しゃべらずに行動する演技だった。
工作を始めるときも、材料を見つけたときも、完成した作品を披露するときも、基本的には言葉を使わない。身振りや表情、軽快な動きだけで状況を伝えていた。
一方、ゴン太くんはノッポさんの行動に反応し、ときには邪魔をしたり、完成した工作に興味を示したりする。二人のやり取りは、セリフを中心にした一般的な子ども番組とは異なる、パントマイムに近い魅力を持っていた。
この無言の二人を、画面に登場しないナレーターが言葉で補う。それが『できるかな』ならではの三者構造だった。
【初代と2代目を比較】ゴン太くんの姿が変わった1974年の転換点
現在よく知られている毛むくじゃらのゴン太くんは、実は初代ではない。
番組の歴史を振り返ると、初代は動き回ることを想定していない人形だった。その後、ノッポさんと一緒に遊び、工作にも参加できるようにするため、2代目の着ぐるみへと変更された。
初代ゴン太くんは動かない人形だった
1971年4月、ノッポさんが『できるかな』に再登場した際、初代ゴン太くんも登場した。
初代の姿は、現在のゴン太くんとは大きく異なる。毛のないロボットのような造形で、洗面器をかぶったような独特の外見をしていた。
基本的には箱の上に座った状態で登場する人形であり、現在のゴン太くんのように自由に歩き回ることはできなかった。
1974年に2代目が登場
1974年4月、ゴン太くんは着ぐるみタイプへと変更された。
この変更によって、ノッポさんと一緒に動いたり、工作の途中でリアクションをしたり、身体全体を使って感情を表現したりできるようになった。
現在まで親しまれている、茶色の毛並みと赤い鼻、麦わら帽子という姿が定着したのも、この2代目からだ。
初代・2代目・関係者の違いを一覧で比較
| 人物・キャラクター | 時期・役割 | 特徴・関係性 |
|---|---|---|
| 初代ゴン太くん | 1971年登場 | ロボット風の人形。基本的に動かない造形。 |
| 2代目ゴン太くん | 1974年登場 | 着ぐるみタイプ。ノッポさんと動きのある掛け合いを展開。 |
| ノッポさん | 1971~1990年 | 高見映が演じた無言の主人公。工作とパントマイムを担当。 |
| 井村淳 | 番組出演期間 | ゴン太くんの操演を担当した人形劇俳優・演出家。 |
| つかせのりこ | 初代ナレーター | 画面に登場しない「おしゃべり」を担当。 |
| かずきかずみ | 2代目ナレーター | つかせのりこの後任。大和田りつこの別名義。 |
なお、初代ゴン太くんの人形は、後年の番組資料などで現存しないことが紹介されている。2004年のフジテレビ『トリビアの泉』では、初代の姿が復元され、2代目と共演する企画も実現した。
この比較から分かるのは、ゴン太くんの変更が単なるデザイン変更ではなかったということだ。動かない人形から、身体全体で演技できるキャラクターへと進化したことで、番組の表現方法そのものが広がったのである。
【鳴き声の秘密】ゴン太くんの声はクイーカ?操演を担当した井村淳とは
ゴン太くんを思い出すとき、多くの人が最初に思い浮かべるのが、あの独特な鳴き声ではないだろうか。
「グヒョグヒョ」「ウゴウゴ」とも表現される、どこか不思議でユーモラスな音。この音を生み出す仕組みには、意外な楽器が関係している。
鳴き声の正体はブラジルの打楽器クイーカ
ゴン太くんの鳴き声として知られる音には、ブラジルの民族楽器クイーカ(Cuíca)が使われていた。
クイーカは、太鼓のような形をした摩擦楽器で、サンバなどのブラジル音楽でも使用される。
一般的な太鼓のように表面を叩いて音を出すのではない。膜の中央部分につながった棒を、湿らせた手や布でこすり、その振動を皮に伝えることで音を発生させる。
この独特の発音方法によって、動物の鳴き声を思わせる、滑稽で伸び縮みするような音が生まれる。
民音音楽博物館の楽器解説でも、クイーカはブラジルの膜鳴楽器・摩擦太鼓として紹介されている。
ゴン太くんの声は、一般的な意味での声優によるセリフではなく、こうした楽器の音を利用した効果音として認識すると分かりやすい。
ゴン太くんを動かしたのは人形劇俳優の井村淳
ゴン太くんの魅力を語るうえで、もう一人忘れてはいけない人物がいる。
それが、ゴン太くんの操演を担当した井村淳だ。
井村は人形劇俳優・演出家として活動した人物で、NHKの番組資料や日本コロムビアのDVD公式情報にも、ゴン太くんの操演担当として名前が記録されている。
井村は1952年から舞台やテレビの人形劇に関わり、劇団人形座、劇団人形の家などを経て、フリーの人形劇俳優として活動した。
ゴン太くんの演技で重要なのは、単に人形を動かすことではない。ノッポさんの動作を受けて、驚き、喜び、戸惑いといった反応を自然に表現することだった。
その絶妙なタイミングがあったからこそ、二人の間には本当に会話が成立しているかのような空気が生まれた。
井村淳は2013年11月に亡くなったことが報じられている。ゴン太くんというキャラクターの魅力の背後には、長年人形劇に携わってきた専門家の技術があった。
鳴き声と操演は別の仕事
ここで整理しておきたいのが、井村淳の操演とクイーカによる鳴き声の関係だ。
井村はゴン太くんの動きを担当した人物であり、クイーカは特徴的な音を生み出す楽器である。両者は番組の表現を支える異なる要素だ。
ゴン太くんの鳴き声を、井村本人が通常の声優のようにすべて発声していたと考えるのは正確ではない。
人形の動きと音が組み合わさることで、ゴン太くんは言葉を持たないキャラクターでありながら、豊かな感情を視聴者に伝えられたのである。
【ナレーションの変遷】つかせのりこから、かずきかずみへ
『できるかな』には、ノッポさんとゴン太くん以外にも、もう一つ重要な存在がいた。それが、画面に姿を見せずに二人を見守るナレーターだ。
番組では、この役割を「おしゃべり」と呼んでいた。
初代ナレーターは声優のつかせのりこ
初代の「おしゃべり」を担当したのは、声優のつかせのりこだ。
つかせのりこは、アニメ『おはよう!スパンク』のスパンク役などでも知られる声優で、明るく親しみやすい声を生かして、ノッポさんとゴン太くんの掛け合いを支えた。
単に工作の手順を説明するだけではなく、二人の行動にツッコミを入れたり、視聴者に話しかけたりするのも役割の一つだった。
特にノッポさんが無言であることを考えると、「おしゃべり」の存在は番組の進行に欠かせないものだった。
つかせのりこは1989年5月15日に43歳で亡くなった。所属していた青二プロダクションのプロフィールにも、没年月日と『できるかな』での担当歴が記録されている。
後任はかずきかずみこと大和田りつこ
つかせのりこの後を引き継いだのが、かずきかずみだ。
かずきかずみは、童謡歌手・声楽家としても活動する大和田りつこの別名義。一樹和美という表記も用いられている。
日本コロムビアのDVD公式資料でも、ナレーションの担当者として「つかせのりこ/かずきかずみ」の両名が記載されている。
大和田りつこは、NHK教育テレビの幼児番組にも長く関わってきた人物であり、子ども向け番組に適した声と表現力を持っていた。
なぜナレーターをゴン太くんの声と勘違いしたのか
『できるかな』には、興味深いメディア教育上の研究もある。
1995年に日本教育メディア学会の学術誌に掲載された、村野井均・宮川祐一による研究「NHK教育『できるかな』におけるナレーターの認識」では、大学生190人の幼少期の記憶を分析している。
その結果、11.1%がノッポさんを女性だと思った経験を持ち、40.7%が音声と映像の組み合わせを間違えて認識した経験を持っていた。
これは、画面に登場する人物が話しているように見える一般的なテレビ番組とは違い、映像に映らないナレーターが会話を進める構造が、子どもにとって独特だったことを示している。
実際、ゴン太くんの鳴き声と女性ナレーターの声が交互に聞こえるため、どの音が誰のものなのか混乱した視聴者もいた。
この音声と映像の不思議な組み合わせこそ、『できるかな』の記憶に残る特徴の一つだった。
【放送期間と最終回】1990年3月6日、ノッポさんが初めてしゃべった理由
『できるかな』の放送期間は、1970年4月から1990年3月6日まで。約20年間にわたってNHK教育テレビで放送された幼児向け工作番組だ。
ただし、現在知られているノッポさんとゴン太くんのコンビが定着したのは1971年以降である。
番組は1970年にスタート
放送開始当初から現在のノッポさんとゴン太くんのコンビだったわけではない。
最初の時期は、ゴーくんを中心とするお兄さん・お姉さんたちが工作をする構成だった。その後、前身番組『なにしてあそぼう』で親しまれていたノッポさんが、1971年4月に再登場する。
この時期に初代ゴン太くんも登場し、1974年の2代目への変更を経て、長く知られる番組スタイルが完成した。
1990年3月6日の最終回「変身」
番組の最終回は、1990年3月6日に放送された「変身」だ。
長年にわたって一言も話さず、身振りだけで工作を披露してきたノッポさんが、この回で初めて視聴者に向かって言葉を発した。
その場面で登場したのが、よく知られる「あーあ、しゃべっちゃった」という言葉だ。
さらにノッポさんは、長い間一緒に過ごした視聴者への別れの挨拶をし、4月から新しい番組に変わることを説明した。
後継番組につながるキャラクターとして、ワクワクさんとゴロリも登場する。『できるかな』から次の工作番組へとバトンを渡す、節目の演出だった。
ノッポさんが最後に話した本当の理由
なぜ、ノッポさんは20年近く守ってきた無言のスタイルを、最終回で突然変えたのだろうか。
一つは、番組の終了を視聴者に伝え、後継番組を紹介するという演出上の理由だ。
しかし、もう一つ重要なのが、高見のっぽ本人の気持ちである。
2023年5月のスポニチの報道では、高見さんが生前、最終回で話した理由について、次のように語っていたことが紹介されている。
「最後はどうしてもしゃべりたかった。こんないい声の持ち主だって知ってもらいたい」
つまり、番組を締めくくるためだけではなく、自分の声を視聴者に届けたいという本人の思いもあったのだ。
それまでの長い年月、視聴者はノッポさんの声を知らなかった。だからこそ、最後の一言には特別な意味があった。
高見のっぽさんの訃報と2023年の追悼放送
高見のっぽさんは、2022年9月10日に心不全のため88歳で亡くなった。訃報が公表されたのは2023年5月10日で、本人が生前、死後半年以上は公表を控えてほしいと希望していたことが報じられている。
NHKは追悼企画として、2023年5月にEテレで『できるかな』を再放送した。
放送されたのは「ロボット」「おいしゃさん」「新聞紙」「変身」の4作品で、最後の「変身」は1990年3月6日の最終回だった。
さらに、5月19日には「Eテレタイムマシン」でも「ロボット」と最終回が放送され、ノッポさんの姿を改めて見られる機会となった。
【工作番組の魅力とDVD】できるかなベスト30選・Eテレ再放送の現在
『できるかな』は、単に工作の完成品を紹介する番組ではなかった。
番組の基本的な流れは、ノッポさんがゴン太くんのために身近な材料を使って遊び道具を作り、最後には大きな作品へと発展させるというものだった。
できるかなの工作内容とは?身近な材料が主役
工作に使われたのは、段ボール、新聞紙、紙、袋、棒、テープなど、家庭や身の回りにある材料が中心だった。
例えば、段ボール箱を乗り物に見立てたり、新聞紙を使って変装したり、身近な素材から遊び道具を生み出したりする。
重要なのは、完成品の作り方を一方的に教えることではない。
放送ライブラリーに保存されている1976年の「はたらくくるま」の番組概要でも、単に手順や技術を教えるのではなく、楽しさや驚き、発見を通して、幼児自身が自由で創造的な造形活動を展開する手がかりを与える番組として説明されている。
つまり、番組が大切にしていたのは、正しい答えを最初から教えることではなく、材料を見て考え、自分なりに作ってみる過程だった。
この考え方は、現在の子どもの創造的な遊びや、家庭での工作教育にも通じるものがある。
ノッポさんが選んだ完全保存版「ベスト30選」
『できるかな』の映像をまとめて楽しみたい人に知られているのが、日本コロムビアから発売されたDVD-BOXだ。
正式名称は『NHK-DVD ノッポさんが選んだ完全保存版 できるかな ベスト30選 DVD-BOX 全5枚セット』。2009年12月23日に発売された。
このDVDは、ノッポさんや当時のスタッフが資料をもとに厳選した30回を収録した保存版である。
収録内容は次の5枚に分かれている。
- DISC 1:1976~1977年度「まるめてあそぼう」
- DISC 2:1978~1981年度「ロボット」
- DISC 3:1982~1983年度「おいしゃさん」
- DISC 4:1984~1987年度「クリスマス」
- DISC 5:1988~1989年度「新聞紙」
収録時間は本編450分、特典映像など75分。カラー、4対3画面、モノラル音声で構成されている。
DISC 5には、1990年3月6日の最終回「変身」も特典映像として収録されている。ノッポさんが初めてしゃべる場面を見たい人にとって、特に注目したい内容だ。
また、1982~1983年度の「おいしゃさん」を収録したDISC 3には、番組制作ドキュメント「できるかなのできるまで」も特典映像として収録されている。
このDVD-BOXは、全放送回を収録した完全全集ではない。1976年から1990年までの厳選30作品をまとめた商品であり、初期のゴン太くんの姿を確認する目的には収録年代の違いに注意が必要だ。
2023年には過去映像31本の発掘も報告
『できるかな』の映像資料については、興味深い動きもあった。
2023年、NHK番組発掘プロジェクトに関連して、これまでNHKに保存されていなかった1976~1981年放送分の映像31本が新たに発掘されたと報じられた。
映像を提供したのは、番組の造形指導を担当し、ゴン太くんのデザインにも関わった枝常弘だった。
この出来事は、長く親しまれた番組であっても、過去の放送映像がすべて保存されているわけではないことを示している。
当時のテレビ番組には、録画用ビデオテープを再利用する事情もあり、古い映像の保存は現在のように容易ではなかった。
そのため、DVDに収録された作品や後年に発掘された映像は、番組の歴史をたどるうえで貴重な資料となっている。
2026年のEテレ再放送予定は?
2026年11月2日時点では、NHKから『できるかな』の新たな定期再放送日程は公表されていない。
過去の明確な再放送実績としては、2023年5月の高見のっぽさん追悼企画がある。
このときはEテレで4作品が放送され、さらに「Eテレタイムマシン」でも2作品が取り上げられた。
そのため、2026年に視聴を考えている人は、次の3点を区別しておきたい。
- 地上波再放送:2026年の新たな放送日時は未発表。
- 過去の再放送:2023年5月に追悼企画とEテレタイムマシンで放送実績がある。
- DVD:2009年発売のベスト30選DVD-BOXが代表的な保存版。
なお、DVDの現在の販売状況や中古市場での価格は販売店によって異なる。購入を検討する場合は、発売元の商品情報と実際の販売状況を分けて確認するのがよい。
【よくある質問】できるかなのゴン太くんに関するFAQ
Q1:ゴン太くんの正体は何の動物ですか?
A1:特定の動物ではなく、人間でも動物でもない不思議な生き物として設定された番組オリジナルのキャラクターです。
Q2:ゴン太くんの鳴き声は誰が担当していたのですか?
A2:特徴的な鳴き声には、ブラジルの打楽器クイーカによる音が使われていました。ゴン太くんの身体を操演した井村淳とは役割が異なります。
Q3:初代と2代目のゴン太くんはどう違いますか?
A3:初代はロボットのような動かない人形で、2代目は1974年4月に登場した着ぐるみタイプです。2代目になって、ノッポさんとの動きのある掛け合いが可能になりました。
Q4:できるかなのナレーターは誰ですか?
A4:初代は声優のつかせのりこ、後任はかずきかずみです。かずきかずみは童謡歌手・声楽家の大和田りつこの別名義です。
Q5:ノッポさんが最終回でしゃべったのはなぜですか?
A5:1990年3月6日の最終回で、番組終了と後継番組を視聴者に伝えるためです。また、高見のっぽ本人も最後に自分の声を聞いてもらいたいという思いを持っていました。
Q6:できるかなのDVDは何話収録されていますか?
A6:日本コロムビアのDVD-BOX『ベスト30選』は全5枚で、厳選された30作品を収録しています。本編450分に加えて特典75分が収録されています。
Q7:2026年にEテレで再放送されますか?
A7:2026年11月2日時点で新たな再放送日時は公表されていません。過去には2023年5月に高見のっぽさんの追悼企画として再放送されています。
まとめ:【プロの結論】ゴン太くんとノッポさんが残した工作番組の本当の価値
『できるかな』のゴン太くんは、単なる子ども番組のマスコットではない。初代の動かない人形から、1974年の2代目着ぐるみへの変更、クイーカを利用した鳴き声、井村淳による操演など、さまざまな技術と表現が組み合わさって誕生したキャラクターだった。
さらに、ノッポさんこと高見映の無言の演技と、つかせのりこ、かずきかずみによるナレーションが加わることで、独特の世界観が完成した。
1990年3月6日の最終回でノッポさんが初めてしゃべった場面は、単なる番組終了の演出ではない。長年言葉を使わずに視聴者と向き合ってきた人物が、最後に自分の声で別れを告げた瞬間だった。
【プロの結論】今も学べる3つのポイント
第一に、完成品よりも作る過程に価値があること。
『できるかな』は、工作の正解を一つだけ提示する番組ではなかった。身近な材料から発想し、試行錯誤しながら形にする過程を見せていた。
第二に、言葉がなくてもコミュニケーションは成立すること。
ノッポさんとゴン太くんの関係は、表情、動作、音によって成立していた。これは子どもの想像力や、相手の気持ちを読み取る力を考えるうえでも興味深い表現方法だ。
第三に、番組を支える裏方の技術も作品の価値を作ること。
井村淳の操演、クイーカの音響、ナレーターの表現、造形指導や制作スタッフの工夫。画面に映る二人だけではなく、多くの専門家の仕事が番組を成立させていた。
昔の工作番組を見返して、実際に子どもと一緒に手を動かしたい人には、DVDのベスト30選もおすすめできる。一方、全放送回や初期の映像をすべて見たい人は、厳選版DVDだけでは十分ではない点に注意したい。
2026年になった今も、ゴン太くんの鳴き声を聞けば、当時の番組の風景を思い出す人は少なくないだろう。
『できるかな』が長く愛されてきた理由は、工作の技術だけを教えたからではない。身近なものから何かを生み出す楽しさと、「自分にもできるかもしれない」という気持ちを、世代を超えて届けてきたからなのだ。
ゴン太くんとノッポさんが残したものは、懐かしいテレビ番組の記憶だけではない。今の子どもたちにも受け継ぎたい、自由な発想と創造する喜びなのである。
主な事実確認資料
- 放送ライブラリー:
- 日本コロムビア公式DVD商品情報:
- 青二プロダクション公式プロフィール:
- 民音音楽博物館・クイーカの解説:
- 日本教育メディア学会の研究論文:
- 高見のっぽさんの訃報と最終回に関する報道:
- NHK追悼再放送に関する発表報道: