【もう一つの大病】トルソー症候群による脳梗塞とは?後遺症とリハビリ
山瀬まみさんの闘病で、子宮体がんと並んで大きな問題となったのが脳梗塞です。
本人の説明によると、がんの手術を終えた後も意識が戻らず、集中治療室に入ることになりました。原因として説明されたのが、がんに伴うトルソー症候群でした。
トルソー症候群の発症原因は何だったのか

トルソー症候群とは、がんによって血液が固まりやすくなる状態が生じ、血栓によって脳梗塞などを引き起こす病態です。
一般的には、がん関連血栓症の一つとして説明されます。
トルソー症候群が脳梗塞を引き起こす仕組み
① 悪性腫瘍の存在
がんが血液凝固の仕組みに影響する
② 血液が固まりやすくなる
血栓が形成されやすい状態になる
③ 血栓が血管を塞ぐ
血流が妨げられ、脳の血管にも影響する
④ 脳梗塞を発症
脳の一部に血液が届かなくなり、神経機能に障害が生じる
日本内科学会や日本血栓止血学会に掲載された医学論文でも、悪性腫瘍に伴う血液凝固能の亢進と脳梗塞の関係が解説されています。2026年9月発行の医学専門誌でも、トルソー症候群が取り上げられています。
山瀬さん自身も、2026年7月の「徹子の部屋」で、この症候群について、がんによって血栓ができやすくなり脳梗塞を起こしたという趣旨の説明をしています。
つまり、脳梗塞は子宮体がんとは無関係に偶然発症した別の病気ではなく、本人ががんに関連する合併症として説明したものです。
脳梗塞でどのような後遺症が残ったのか
山瀬さんの脳梗塞は、決して軽いものではありませんでした。
2026年7月の「徹子の部屋」で明かした内容によると、脳の左右に複数の血栓による病変が確認され、特に右側の影響が大きかったといいます。
本人は、脳の画像を後から見せてもらったときの印象について、血栓が小石をばらまいたように広がっていたと説明しました。
医師からは、回復が難しい部分について、ほかの機能をリハビリで補っていくという趣旨の説明を受けたそうです。
発症直後に生じた主な問題は次のとおりです。
- 左半身の麻痺: 手足に麻痺があり、身体を動かすリハビリから始めた。
- 記憶の障害: ICUにいたことや手術中のことなど、一部の記憶が抜け落ちた。
- 人物の認識の問題: 夫や母、弟が病室に来ても、誰なのか分からない状態だったと後から聞いた。
- 言語機能への影響: 言葉を理解したり、指示に従ったりすることが難しい状態だった。
特に深刻だったのが、言語機能への影響です。
家族は医師から、山瀬さんが一生言葉を話せない可能性もあると説明されていたといいます。
しかし、リハビリを続けた結果、再び会話ができるまでに回復しました。
どのようなリハビリを受けたのか
リハビリは、まず手足を動かすことから始まり、その後、言葉や物事を理解するための訓練へと進んでいきました。
2026年7月の番組で紹介されたエピソードは、脳梗塞後の状態を理解するうえで非常に重要です。
目の前にボールペンや鍵などを置き、医療スタッフから「ハンカチの上に10円玉を置いてください」と指示されても、それができなかったそうです。
10円玉という物の意味だけでなく、ハンカチや「上」という言葉の意味も理解できない状態だったと振り返っています。
夫は当時の様子を見て、リハビリがここから始まるのかと絶望したと話していたそうです。
一方、リハビリ担当者からは、最初の3カ月間が回復にとって重要な時期になるという説明がありました。
その言葉を支えに、山瀬さんは言語機能を取り戻すための訓練を続けました。
2025年10月の復帰時には、麻痺などの後遺症が残っていないという報道もありましたが、2026年7月の本人の説明では、発症直後に左半身の麻痺や記憶・言語面の障害があったことがより詳しく明らかになっています。
現在の回復を、後遺症が一切ないという意味で捉えるのは正確ではありません。 会話や仕事ができるまでに回復した一方、日常生活には病気の影響が残っていたことも本人は語っています。
【闘病生活と家族の支え】夫と母が支えた7カ月間
山瀬まみさんの回復を語るうえで欠かせないのが、夫と母親の存在です。
2026年7月の「徹子の部屋」では、闘病中の家族の様子についても詳しく語られました。
夫はすべてのリハビリに付き添った
山瀬さんによると、夫はリハビリに付き添い、回復を支えてくれたそうです。
脳梗塞によって言葉の理解も難しくなった状態から、少しずつできることを増やしていく過程は、本人だけでなく家族にとっても大きな試練でした。
特に、簡単な指示さえ理解できなかった時期は、夫も大きなショックを受けていたといいます。
それでも、医療スタッフの説明を支えにリハビリを続け、山瀬さんは再び会話ができるまでになりました。
母親との同居生活で日常を取り戻す
退院後には、母親の支えも大きな力になりました。
「徹子の部屋」関連の報道によると、山瀬さんは退院後、夫とともに実家で母親と暮らし、約7カ月間にわたって生活を共にしたそうです。
母親は入院中から家のことを支え、ぬか床の手入れも続けていました。
退院後は食事の準備なども担当し、山瀬さんの生活を支えたといいます。
山瀬さんは母親に迷惑をかけたと感じていたようですが、母親は一緒に暮らして世話ができたことを、むしろうれしい出来事として受け止めていたと報じられています。
このエピソードから伝わるのは、退院がそのまま完全な回復を意味するわけではないということです。
病院での治療を終えた後も、食事や家事、日常生活を取り戻すためには、家族の協力と継続的な支援が必要でした。
2026年9月のインタビューで語った回復後の心境
2026年9月18日には、雑誌『婦人公論』のインタビュー記事が公開されました。
山瀬さんは、病気を経て身の回りのものに対する感じ方が変わったと語っています。
自宅の壁を愛おしく感じて撫でたり、階段の手すりに感謝の言葉をかけたりするようになったそうです。
また、以前は忙しさから会う機会が少なかった友人とも、積極的に会うようになったといいます。
「会えるうちに会っておこうって。」
病気を経験したことで、何気ない日常や人とのつながりを大切にするようになったという変化が伝わってきます。
同記事では、食事も回復を支えた大切な要素として紹介されています。手術後は点滴による栄養補給が続き、嚥下機能の検査を経て食事を再開した後、記憶が少しずつ戻っていった感覚があったそうです。
【2026年最新】山瀬まみの現在は?芸能活動と仕事復帰の状況
2026年11月2日現在、山瀬まみさんは芸能活動を続けています。
休養前とまったく同じペースで仕事をしているかどうかは別として、ラジオやテレビのレギュラー出演情報が確認できます。
BAYFM「it!!」には2025年10月に復帰
山瀬さんが復帰の場に選んだのは、レギュラー出演していたラジオ番組「BAYFM it!!」でした。
2025年10月7日、約7カ月ぶりに番組へ戻り、リスナーに向けて元気な声で復帰を報告しました。
この放送では、休養中に何が起きていたのかを初めて詳しく説明し、子宮体がんと脳梗塞の経験を公表しています。
2026年11月のBAYFM公式番組ページでも、山瀬さんは火曜日のパートナーとして掲載されています。
毎週火曜日の12時51分から放送される番組に出演する形で、ラジオのレギュラー活動を継続しています。
「徹子の部屋」への出演で闘病の全貌を告白
2026年7月9日放送
ゲスト:山瀬まみ
司会の黒柳徹子さんに、子宮体がんの発覚、手術、脳梗塞、リハビリ、家族の支援について説明しました。
2026年7月9日の放送は、2025年10月のラジオ復帰時には語りきれなかった闘病の詳細を知る機会となりました。
特に、脳梗塞によって家族の顔が分からなくなったことや、言葉を話せなくなる可能性を医師から伝えられていたことなど、深刻な状況が明らかになりました。
同時に、リハビリを経て会話ができるようになったことや、夫と母親への感謝も語られています。
現在もがん治療は続いているのか
ここは検索する人が特に気になる部分です。
2026年7月の「徹子の部屋」出演についての報道では、山瀬さんは、がんの治療がまだ続いていることも明かしたと伝えられています。
ただし、2026年11月現在、抗がん剤治療の有無、治療内容、再発の有無、病期、寛解の判断など、医学的な詳細を示す新たな公式発表は確認できません。
そのため、仕事に復帰したことと、がん治療が完全に終了したことは区別する必要があります。
現時点で確認できるのは、闘病を経て芸能活動に戻り、2026年7月時点ではがん治療も継続していたということです。
2026年は芸能生活40周年の節目
山瀬さんは1985年、第10回ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを受賞し、翌1986年に「メロンのためいき」で歌手デビューしました。
2026年はデビュー40周年にあたります。
タレントとしては、バラエティー番組での親しみやすいキャラクターに加え、長年にわたる司会・番組進行の経験でも知られています。
所属事務所ホリプロの公式プロフィールでは、現在も次のレギュラー出演情報が掲載されています。
- bayfm「it!!」
- 朝日放送テレビ「新婚さんいらっしゃい!」
特に「新婚さんいらっしゃい!」は、長く親しまれている代表的な出演番組の一つです。
病気による休養を経ても、ラジオとテレビの両方で活動を続けていることは、2026年現在の大きな近況といえます。
【噂と事実を検証】山瀬まみの病気について間違えやすい5つのポイント
インターネット上では、病気に関する情報が断片的に広がることがあります。特に、脳梗塞の後遺症や現在の治療状況については、時期の違いを考慮する必要があります。
| 検索される疑問・情報 | 公表情報から分かること |
|---|---|
| 山瀬まみは子宮頸がんだった? | 本人が公表した病名は子宮体がん |
| 脳梗塞は単独で発症した? | 本人はがんに関連するトルソー症候群による合併症と説明 |
| 脳梗塞で言葉を失ったまま? | 一時は深刻な言語障害が懸念されたが、リハビリ後に会話できるまで回復 |
| 芸能界を引退した? | 引退ではなく、2025年10月にラジオ復帰。2026年11月もレギュラー情報が掲載されている |
| がんは完全に治った? | 2026年7月時点で治療継続との報道がある。寛解や治療終了の公式発表は確認できない |
誤解① 脳梗塞の後遺症はまったくなかった?
2025年10月の復帰時の報道と、2026年7月の本人の詳しい説明では、取り上げられた内容に違いがあります。
初期の報道では麻痺などの後遺症は残らなかったと伝えられましたが、その後、本人は左半身の麻痺や記憶、言語機能への影響を明かしました。
回復が進んだことと、発症時に深刻な障害があったことは両立します。
誤解② 子宮体がんの手術をしたから末期だった?
子宮や卵巣、リンパ節を摘出したという事実だけで、末期がんだったと判断することはできません。
手術範囲は病気の状態や転移のリスクなどによって異なります。山瀬さんの具体的なステージは公表されていません。
誤解③ ラジオに復帰したから完全に健康になった?
仕事に戻れたことは大きな回復の証拠ですが、治療の終了や後遺症の消失を意味するものではありません。
2026年7月時点の治療継続に関する報道も踏まえ、復帰と完治を混同しないことが大切です。
誤解④ トルソー症候群は子宮体がんだけに起きる?
トルソー症候群は、子宮体がんに限らず、ほかの悪性腫瘍でも起こり得る病態です。
がんに伴う血液凝固異常が関係するため、特定の臓器のがんだけに限定されるものではありません。
誤解⑤ 休養中に芸能界を引退していた?
そのような事実はありません。
2025年10月のラジオ復帰を経て、2026年には「徹子の部屋」にも出演しています。11月のBAYFM公式情報にも火曜日のパートナーとして名前が掲載されています。
【山瀬まみの病気】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山瀬まみさんは何の病気になったのですか?
A1:2025年に子宮体がんを患い、手術の前後にがん関連の合併症であるトルソー症候群による脳梗塞を発症しました。手術後はICUで治療を受け、長期のリハビリに取り組みました。
Q2:山瀬まみさんは脳梗塞の後遺症が残っていますか?
A2:発症直後は左半身の麻痺、記憶障害、言語機能への影響がありました。その後、リハビリによって会話ができるまで回復し、仕事にも復帰しています。ただし、日常生活への影響がすべてなくなったという発表はありません。
Q3:山瀬まみさんは2026年現在も芸能活動をしていますか?
A3:はい。2026年11月現在、BAYFM「it!!」の火曜日パートナーとして公式番組ページに掲載されています。また、ホリプロの公式プロフィールには「新婚さんいらっしゃい!」のレギュラー出演情報も掲載されています。
Q4:山瀬まみさんの子宮体がんは完治したのですか?
A4:2026年7月時点では、がん治療が継続中と報じられています。完治や寛解の時期、具体的な治療内容については公表されていません。
Q5:山瀬まみさんはなぜ不正出血で病院に行ったのですか?
A5:当初は更年期による月経の変化だと考えていましたが、出血が長く続いたため受診しました。その結果、子宮体がんが判明したと2026年7月の「徹子の部屋」で説明しています。
Q6:山瀬まみさんを支えた家族は誰ですか?
A6:本人が語ったのは夫と母親です。夫はリハビリに付き添い、母親は入院中から退院後まで生活を支えました。退院後は夫と母親と一緒に暮らした時期もありました。
まとめ:山瀬まみの病気から分かる現在と今後の活動
山瀬まみさんが経験した病気は、子宮体がんと、それに伴うトルソー症候群による脳梗塞でした。
2025年3月の休養から、約7カ月にわたる治療とリハビリを経て、同年10月7日にBAYFM「it!!」へ復帰。2026年7月には「徹子の部屋」で、これまで明かされていなかった不正出血の経緯や脳梗塞の後遺症、家族との闘病生活についても語りました。
2026年11月現在、確認できる近況は次の3点です。
- 芸能活動: BAYFM「it!!」の火曜日パートナーとして活動を継続。
- テレビ出演: 「徹子の部屋」への出演など、仕事復帰を果たしている。
- 健康状態: 2026年7月時点ではがん治療が続いていたと報じられており、その後の詳細な医学的経過は公表されていない。
今回の闘病で印象的なのは、深刻な脳梗塞によって言葉を話すことさえ難しいとされた状態から、リハビリを重ねて再び仕事に戻ったことです。
2026年は芸能生活40周年という節目でもあります。
山瀬さん自身が『婦人公論』のインタビューで語ったように、病気を経て、身近な人との時間や何気ない日常の大切さにも気づいたようです。
今後については、仕事への復帰だけでなく、本人の体調や治療を優先しながら、無理のないペースで活動を続けられるかが注目されます。
長年テレビで親しまれてきた明るいキャラクターの背景には、本人と家族、医療関係者が力を合わせて乗り越えた厳しい闘病の日々がありました。
主な参照資料:ホリプロ公式プロフィール、BAYFM公式番組情報、テレビ朝日「徹子の部屋」関連報道、日刊スポーツ、スポニチ、MANTANWEB、国立がん研究センターがん情報サービス、日本内科学会・日本血栓止血学会の医学資料、『婦人公論』2026年9月掲載インタビュー。