シェーのポーズは誰が最初?由来・正しい手足の形と1965年の大流行を2026年に徹底解説

目次

「シェー!」と叫びながら片手を高く上げ、片足を曲げて驚きを表現する独特のポーズ。昭和の漫画やテレビを知る世代には懐かしく、若い世代にもインターネットや漫画を通じて知られている日本の代表的なギャグの一つだ。『おそ松くん』のイヤミが決めるポーズとして有名だが、実は最初にこの動きをした漫画の登場人物はイヤミではない。1963年の掲載作品に、その意外なルーツが残されている。

考案した赤塚不二夫と漫画家・高井研一郎のアイデア会議、靴下が伸びたことから生まれたという誕生秘話、1965年春から全国の子どもたちに広がった流行の実態まで、2026年現在確認できる資料をもとに解説する。正しい手足の位置や写真撮影のポイントも押さえておこう。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】 - シェーの正体: 赤塚不二夫の漫画『おそ松くん』に登場するイヤミの代表的なギャグ。 - 意外な誕生の経緯: 漫画で最初にポーズを披露したのはイヤミではなく、1963年のゲストキャラクター。イヤミの持ちネタとして定着したのは1964年。 - 昭和の大流行: 1965年春ごろから全国の小中学生に広まり、ゴジラやジョン・レノンも披露するほどの社会現象になった。

【基本を解説】シェーのポーズとは?イヤミが驚いたときに見せる決めポーズ

シェーのポーズ

シェーのポーズとは、漫画家・赤塚不二夫の作品『おそ松くん』に登場するキャラクター、イヤミが驚いたときなどに見せる特徴的な全身のポーズである。

片腕を頭上に伸ばし、手首を直角に曲げる一方、反対側の腕と脚を折り曲げる。さらに「シェー!」という独特の叫び声を組み合わせることで、強烈なインパクトを生み出す。

イヤミとはどんなキャラクター?


イヤミ

『おそ松くん』の主要なサブキャラクター。出っ歯と口ひげ、独特の服装が特徴で、自分をフランス帰りの洒落者と称する人物。一人称は「ミー」、語尾は「ざんす」。

イヤミは、単に驚いたときに叫ぶだけのキャラクターではない。自信過剰で見栄っ張り、どこか憎めない調子のよさを持ち、六つ子たちとのやり取りで騒動を引き起こす。

このキャラクターの個性を象徴するのがシェーだった。

明治大学米沢嘉博記念図書館の赤塚不二夫生誕80周年企画「赤塚キャラ誕生のひみつ」でも、イヤミのキャラクター形成とシェーの歴史が詳しく紹介されている。

シェーにはどんな意味がある?

基本的には、驚きや予想外の出来事に対するリアクションである。

ただし、実際の昭和の流行では、単純な驚きだけにとどまらなかった。

- 驚いたときのリアクション
- 相手を笑わせるためのおどけた動作
- 会話を茶化すためのギャグ
- 友達同士で盛り上がるための合図
- 気まずい雰囲気を和らげる表現

つまり、シェーは言葉と身体の動きを組み合わせたコミュニケーションでもあった。

1966年1月18日付の毎日新聞の記事を引用した春木有亮の研究論文には、子どもたちがけんかの仲直りや突然のテストへの反応などにシェーを使っていた様子が記録されている。

漫画の中のギャグが、学校生活の中で独立した遊びの表現に変化していたことがわかる。

【実践編】シェーのポーズの正しいやり方!手足の位置を詳しく解説

シェーのポーズを再現するときに重要なのは、腕・脚・手首の角度である。

単に片足を上げるだけでは、イヤミらしい独特のシルエットにならない。

基本となる手足の位置

1965年の「シェー」を解説した流行語辞典の記述では、代表的な形は次のように説明されている。

部位 基本の形
右腕 頭上に垂直に伸ばす
右手首 手首を直角に折り曲げる
左腕 肘を直角に曲げ、前腕を床と平行にする
左脚 膝を曲げて持ち上げ、すねを床と平行にする
右脚 体を支える軸足にする
上半身 胸を張り、少し動きをつける

この形を基本にすると、シェーらしい姿勢を作りやすい。

シェーのポーズを完成させる5つの手順



STEP 1:片足で立つ

まずは両足を安定させて立ち、軸足を決める。転倒しないよう、滑りにくい場所で行う。


STEP 2:片脚を曲げて持ち上げる

片方の膝を曲げ、すねが横向きになるように持ち上げる。


STEP 3:片腕を頭上に伸ばす

もう片方の腕は肘を曲げて胸の前に置く。上げた腕は手首をカクッと折る。


STEP 4:全身のバランスを整える

胸を張り、腕と脚の角度を調整する。手足の形がはっきり見えるようにする。


STEP 5:「シェー!」と決める

最後に表情と掛け声を合わせる。驚いた顔や少し大げさな表情をつけると、よりイヤミらしい。


シェーの写真を撮るときのコツ

シェーのポーズを写真に残すなら、全身が画面に入る構図がおすすめだ。

特に注意したいのは、頭上に伸ばした手と持ち上げた足が写真から切れないこと。正面から少し斜めに撮ると、腕の曲がり方や脚の位置がわかりやすくなる。

また、複数人で並んで同時にポーズを決めると、昭和の集合写真を思わせる仕上がりになる。

なお、片足立ちは転倒の危険もある。無理に高く脚を上げず、必要に応じて壁や椅子の近くでバランスを取ろう。

【誕生秘話】赤塚不二夫と高井研一郎が生み出したシェーのポーズ

シェーの誕生には、赤塚不二夫と漫画家・高井研一郎のアイデア出しが関係している。

このエピソードは、2022年3月22日公開の文春オンラインのインタビューで、赤塚不二夫の娘でフジオ・プロダクション代表取締役社長の赤塚りえ子氏が紹介している。

イヤミのリアクションを考えるアイデア会議

『おそ松くん』の制作では、赤塚不二夫だけでなく、周囲の漫画家や関係者もアイデアを出し合っていた。

りえ子氏の説明によると、赤塚不二夫と高井研一郎は、イヤミというキャラクターがどのような人物なのか、驚いたときにどんな動きをすれば面白いのかを話し合っていたという。

そこで赤塚不二夫が、実際にシェーのような動きをしてみせた。

そのとき、靴下が伸びてしまうという偶然が起きた。

この予想外の見た目が会議の場で大きな笑いを生み、シェーのポーズが決まったというのが、娘の語る誕生秘話である。

なぜ靴下が重要だったのか?

シェーの魅力は、手足の複雑な動きだけではない。

大人が真面目な顔で不自然なポーズを取り、さらに靴や靴下まで脱げそうになっている。このアンバランスさが、視覚的な面白さを生んでいる。

特に、靴下がずり下がった姿は、イヤミの格好つけた性格との対比が強烈だ。

自分では格好よく決めているつもりなのに、結果として滑稽な姿になってしまう。イヤミという人物の性格とギャグの構造が、ここで見事に結びついている。

「シェー」という言葉の由来は?

「シェー」という発音については、明治大学米沢嘉博記念図書館の展示解説に興味深い説明がある。

もともと「ヒェー!」という驚きの声があり、イヤミの大きな出っ歯によって音がこもり、「シェー!」になったのではないかという説だ。

これは展示解説で示された推測であり、言葉の成立過程を直接記録した確定的な証言ではない。

ただ、イヤミの外見的特徴と独特の発声が結びついている点は、赤塚作品らしいキャラクター造形の面白さを示している。

【歴史を検証】最初にシェーをしたのは誰?1963年から1965年までの経緯

シェーの歴史で最も意外なのは、最初にこのポーズをした漫画の登場人物がイヤミではないことだ。

明治大学米沢嘉博記念図書館の資料では、1963年の『週刊少年サンデー』43号に登場したアフリカ人のゲストキャラクターが、最初にシェーのポーズを決めたと説明されている。

一方、イヤミが「シェー!」と叫ぶようになったのは1964年の19号が最初だという。

つまり、ポーズの原型とイヤミの持ちネタとしての完成には、時間差があった。

シェーの誕生から全国的な流行までの年表

年・時期 出来事 意味・ポイント
1962年 『おそ松くん』連載開始 赤塚不二夫の代表作がスタート
1963年20号 イヤミが初登場 当初は脇役として登場
1963年43号 ゲストキャラクターがシェーに似たポーズ イヤミ以外による初期のポーズ
1964年19号 イヤミが「シェー!」と叫ぶ 決めギャグとして定着し始める
1964年20号 イヤミのフランス帰りの設定が登場 キャラクターの個性が明確になる
1965年春ごろ 全国の小中学生に流行 漫画のギャグから社会現象へ
1965年12月 映画『怪獣大戦争』公開 ゴジラのシェーも話題に
1966年2月 テレビアニメ第1作放送開始 作品の知名度がさらに広がる
1966年7月 ジョン・レノンがシェーを披露 海外の著名人にも知られる存在に

出典は明治大学米沢嘉博記念図書館の展示資料、赤塚不二夫公認サイト、フジオ・プロダクション関係者へのインタビュー、東宝作品情報など。

イヤミの初登場は1963年

実はイヤミ自身も、最初から現在のような人気キャラクターだったわけではない。

明治大学の展示資料によると、初登場は1963年20号のモブシーンだった。その後、21号でインチキ医者として再登場し、25号で「井矢見」という名前が付けられた。

さらに、1963年後半から1964年前半にかけて、「シェー!」の奇声やポーズ、「ざんす」という語尾が徐々に確立していった。

つまり、シェーもイヤミも、最初から完成形で誕生したわけではない。連載を重ねる中で読者に受け入れられ、キャラクターとして磨かれていったのである。

【昭和の社会現象】1965年にシェーが全国へ広まった理由と有名人の実例

シェーが全国的なブームになったのは、1965年春ごろからだ。

明治大学米沢嘉博記念図書館の資料でも、小中学生の間で全国的な流行が起き、やがて芸能界やスポーツ界などにも広がったことが紹介されている。

なぜ子どもたちはシェーを真似したのか?

理由の一つは、誰でも簡単に真似できることだった。

当時の漫画のギャグには、長い説明や複雑な設定を知らなければ理解できないものもある。しかし、シェーは動きを見ただけで面白さが伝わる。

しかも、特別な道具も必要ない。

- 片足を上げる
- 片腕を高く伸ばす
- 手首を曲げる
- 「シェー!」と叫ぶ

これだけで成立するため、学校や友達同士の遊びにも取り入れやすかった。

1965年12月5日付の朝日新聞でも、若い世代の間で驚いたときに「シェー」と言うことが流行していると紹介されている。

さらに1966年1月18日付の毎日新聞の記事には、子どもたちがけんかの仲直りや突然のテストへの反応、遊びの場面などでシェーを使っていた様子が記録されている。

単に漫画を読んで笑うだけでなく、子どもたち自身が日常生活の中で使いこなしていたことがわかる。

ゴジラもシェーを披露!映画界にも広がったブーム

シェーの流行を象徴する出来事の一つが、映画『怪獣大戦争』である。

1965年12月19日に公開された東宝の映画で、ゴジラがシェーのポーズを披露した。

怪獣映画の主役であるゴジラが、イヤミのギャグを再現するという意外性は、当時の流行を象徴する演出だった。

ゴジラは本来、巨大な怪獣として恐怖や迫力を表現する存在だ。そのゴジラがコミカルなポーズを取ることで、シェーの知名度とギャグの影響力を印象づけた。

ジョン・レノンもシェーをした!

さらに有名なのが、ザ・ビートルズのジョン・レノンによるシェーの写真だ。

この写真については、音楽雑誌『ミュージック・ライフ』の編集長だった星加ルミ子氏が、当時の経緯を語っている。

1966年のビートルズ来日時、ジョン・レノンが日本の子どもたちの間で何が流行しているのかを尋ねた。そこで星加氏が『おそ松くん』とシェーを紹介すると、ジョン・レノンが興味を持ち、メンバーも一緒にポーズを取ったという。

写真を撮影したのは、ミュージック・ライフのカメラマン長谷部宏氏。

BARKSに掲載された関係者の証言では、1966年7月2日午後、東京のキャピタルホテルで撮影された写真として紹介されている。

漫画のギャグが、日本を訪れた世界的なロックバンドにも伝わっていたのだ。

長嶋茂雄や浩宮徳仁親王も披露した

明治大学米沢嘉博記念図書館の展示では、シェーを披露した著名人として、次の人物やキャラクターも挙げられている。

- 巨人軍の長嶋茂雄選手
- 映画『怪獣大戦争』のゴジラ
- ザ・ビートルズのジョン・レノン
- 幼少期の浩宮徳仁親王

漫画の一登場人物が始めたギャグが、スポーツ、映画、音楽、さらには皇室に関する写真の話題にまで広がっていた。

これほど異なる分野の人々が同じポーズを取ったことは、シェーが単なる漫画の人気を超えた現象だったことを示している。

【2026年最新】シェーのポーズの写真・歴史資料と現在も残る人気の理由

シェーのポーズは、1960年代の一過性の流行語としてだけでなく、昭和の漫画文化を象徴する表現として現在も記憶されている。

2026年は1966年のビートルズ来日から60年に当たる年でもある。ジョン・レノンがシェーを披露した写真は、当時の日本の大衆文化が海外のスターにも伝わっていたことを示す資料として興味深い。

2025年には赤塚不二夫の幻の初エッセイが復刻

2025年9月、晶文社から赤塚不二夫の著書『シェー!!の自叙伝――赤塚不二夫クロニクル』が刊行された。

これは約60年ぶりに復刻された初エッセイ本『シェー!!の自叙伝 ぼくとおそ松くん』を含む書籍である。

出版社の紹介によると、レア写真や図版を400点以上収録し、赤塚不二夫の生い立ちや『おそ松くん』の誕生秘話、エッセイ、インタビューなどを掲載している。

シェーの誕生を考えるうえでも、作者自身の言葉や当時の写真に触れられる貴重な資料だ。

昭和館に残るシェーの歴史資料

昭和館デジタルアーカイブには、泉麻人著『シェーの時代――「おそ松くん」と昭和こども社会』が所蔵資料として登録されている。

2008年6月に文藝春秋から刊行された同書は、シェーの起源や変化、ゴジラや青大将によるシェー、当時のマスメディアの反応などを扱っている。

目次には「ブームのピークを記録した昭和41年正月号」という項目もある。

つまり、シェーは漫画の中の出来事だけでなく、当時の雑誌や新聞、子ども文化を通して検証できる歴史的な流行現象なのだ。

シェーについてよくある3つの誤解

よくある認識 実際の歴史
イヤミが最初にシェーをした 漫画で最初にポーズをしたのはゲストキャラクター
1965年に突然誕生した 1963年から類似の動きがあり、1964年にイヤミのギャグとして確立
シェーは驚きを表すだけ おどける、茶化す、仲間と盛り上がるなど用途が広がった

特に重要なのは、シェーのポーズが一度に完成したものではないという点だ。

初期の漫画では、イヤミ以外のキャラクターにも似た動きが見られた。そこからイヤミの個性と結びつき、誰もが知る定番ギャグになった。

【シェーのポーズ】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:シェーのポーズを最初にしたキャラクターは誰ですか?

A1:明治大学米沢嘉博記念図書館の資料によると、『週刊少年サンデー』1963年43号に登場したアフリカ人のゲストキャラクターです。イヤミが「シェー!」と叫ぶようになったのは1964年19号が最初とされています。

Q2:シェーのポーズを考案したのは誰ですか?

A2:赤塚不二夫です。娘の赤塚りえ子氏によると、高井研一郎とイヤミのリアクションを考えるアイデア会議で赤塚が実際にポーズを取り、靴下が伸びたことが笑いを生み、形が決まったといいます。

Q3:シェーのポーズの正しい手足の位置は?

A3:代表的な形は、右腕を頭上に伸ばして手首を曲げ、左腕を肘から直角に曲げて水平にし、左脚を膝から曲げて持ち上げる姿勢です。右脚で体を支えます。

Q4:シェーが全国的に流行したのは何年ですか?

A4:1965年(昭和40年)春ごろです。小中学生を中心に広まり、映画『怪獣大戦争』のゴジラや、1966年のビートルズ来日時のジョン・レノンにも広がりました。

Q5:シェーは何を意味する言葉ですか?

A5:基本的には驚きを表す叫び声です。ただし、昭和の流行では、おどけたり、相手を茶化したり、仲間と笑い合ったりする際にも使われていました。

Q6:シェーのポーズをした有名人は誰ですか?

A6:長嶋茂雄、ジョン・レノン、幼少期の浩宮徳仁親王などが知られています。また、映画『怪獣大戦争』ではゴジラも披露しています。

まとめ:シェーはイヤミを超えて昭和の日本を象徴したポーズ

シェーのポーズは、赤塚不二夫の漫画『おそ松くん』から生まれた、昭和を代表するギャグの一つだ。

今回の歴史を振り返ると、押さえておきたいポイントは次の5つになる。

1. 考案者は赤塚不二夫。 高井研一郎とのアイデア会議でポーズが生まれたという誕生秘話が残っている。
2. 最初に漫画でポーズをしたのはイヤミではない。 1963年のゲストキャラクターが先だった。
3. イヤミの持ちネタとして定着したのは1964年。
4. 全国的な流行は1965年春ごろから。 小中学生だけでなく、映画やスポーツ、音楽の世界にも広がった。
5. 2026年現在も昭和文化を象徴する表現として知られている。 復刻書籍や歴史資料から当時の熱気をたどることができる。

シェーが長く記憶されている理由は、単に面白いポーズだったからではない。誰でも真似でき、言葉が通じなくても動きだけで笑いを共有できるという、ギャグとしての強さがあったからだ。

イヤミの出っ歯、伸びた靴下、独特の叫び声。その一つひとつが組み合わさって、1960年代の日本中を笑わせた。

昔の写真を見返す機会があれば、ぜひ手足の位置にも注目してほしい。そこには、漫画の世界から現実の生活へ飛び出していった昭和のユーモアが残されている。