阿部寛とローマの関係は?『テルマエ・ロマエ』現地撮影と観光の全貌を2026年版で徹底解説
俳優の阿部寛とイタリア・ローマの関係を語るうえで欠かせないのが、2012年公開の映画『テルマエ・ロマエ』です。阿部寛は古代ローマ人の浴場設計技師ルシウスを演じ、2011年にはイタリアのチネチッタ撮影所で現地エキストラ約1,000人とともに大規模なローマロケに参加しました。
さらに2012年2月には、公開前のローマプレミアに出席するため上戸彩とともに再びイタリアを訪問。コロッセオ、真実の口、トレビの泉、パンテオン、サンタンジェロ城などを巡り、日本の銭湯文化を象徴するケロリン桶を持った記念写真も話題になりました。2026年現在、当時の報道と自治体のロケ地資料を照らし合わせると、映画の撮影と観光プロモーションという、2つの異なるローマ訪問が浮かび上がります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- ローマ撮影:2011年3月、チネチッタ撮影所の古代ローマセットで約2週間撮影。現地エキストラは延べ約1,000人。
- ローマ観光:2012年2月22日、阿部寛と上戸彩がプレミア当日にローマの名所5か所を訪問。
- 国内ロケ地:茨城県水戸市の七ツ洞公園でも古代ローマの場面を撮影。撮影期間は2011年4~5月の計4日間。
【先に結論】阿部寛とローマを結ぶ2つの重要な出来事

「阿部寛 ローマ」と検索する人が知りたいのは、単に俳優がイタリアを旅行したという話ではありません。映画『テルマエ・ロマエ』の撮影で実際にローマを訪れたのか、どこで撮影したのか、上戸彩と観光したという報道は本当なのか、という複数の疑問が含まれています。
これらの疑問を整理すると、阿部寛とローマの接点は大きく2つに分けられます。
1つ目は、2011年3月の映画撮影です。阿部はイタリア最大級の映画撮影所として知られるチネチッタで、古代ローマの街並みを再現した巨大オープンセットを使って撮影しました。
2つ目は、2012年2月の映画公開前のプロモーションです。阿部と上戸彩はローマプレミアに出席し、上映前には市内の歴史的観光名所を巡りました。
つまり、2011年は映画を作るためのローマ訪問、2012年は完成した映画を現地の観客に届けるためのローマ訪問です。この2つを混同しないことが、関連情報を正しく理解するポイントになります。
【2011年のローマ撮影】チネチッタの巨大セットと現地エキストラ約1,000人
映画の舞台を再現したイタリアの名門撮影所
『テルマエ・ロマエ』のローマ撮影で中心的な役割を果たしたのが、イタリア・ローマにあるチネチッタ撮影所です。
チネチッタはイタリア映画産業を代表する歴史ある撮影施設で、映画やテレビ作品の大規模なセット撮影にも使用されてきました。
今回の映画で特に重要だったのは、古代ローマの街並みを再現した巨大なオープンセットです。このセットは映画『テルマエ・ロマエ』のために一から建設されたものではありません。
MANTANWEBが2012年6月に掲載したプロデューサー・稲葉直人氏へのインタビューによると、セットは米国HBOと英国BBCが共同制作したドラマ『ROME[ローマ]』の撮影用に作られたものでした。制作側は、この既存の大規模セットを活用することで、古代ローマの壮大な世界観を実写映画に取り込んだのです。
映画冒頭の古代ローマの場面では、このセットの規模感が大きな効果を発揮しました。日本国内のスタジオだけでは再現が難しい街並みや建築物の広がりを、実際の大型セットで表現できたことが作品の説得力につながっています。
撮影は2011年3月、東日本大震災直後だった
阿部寛のローマ撮影には、当時の社会状況とも関係するエピソードがあります。
2012年2月のシネマトゥデイの報道によると、阿部は東日本大震災直後の2011年3月12日にローマへ出発し、現地で約2週間にわたる撮影に参加しました。
日本で大きな災害が起きた直後だったため、阿部自身も複雑な気持ちを抱えながらの渡航だったと振り返っています。そのような状況で、現地のイタリア人エキストラやスタッフから心配や励ましの言葉を受けたことが印象に残っていたそうです。
撮影には延べ約1,000人のイタリア人エキストラが参加しました。古代ローマの住民や兵士などを演じる出演者が現地の人々だったことで、画面に映る街の雰囲気にも自然な広がりが生まれています。
当時の報道では、阿部をはじめとする日本人俳優たちが現地の人々に囲まれても違和感なく古代ローマ人に見えたことが話題になりました。阿部自身も、現地のエキストラの温かい対応に感謝を示しています。
上戸彩はローマ撮影に途中から参加
阿部とともに主演を務めた上戸彩も、ローマでの撮影現場を訪れています。ただし、阿部と同じタイミングで最初から撮影に参加していたわけではありません。
2012年4月27日公開のシネマトゥデイ単独インタビューで、上戸はローマロケには途中から参加し、現地に到着した日に撮影現場を訪れたと説明しています。
その際、数多くのエキストラに囲まれていたため、主演の阿部がどこにいるのか分からなかったというエピソードも紹介されました。
阿部は古代ローマ人らしい体格を作るため、約1か月間トレーニングを重ねていました。上戸も、その肉体的な存在感と顔立ちがローマ人役に非常によく合っていたと評価しています。
このエピソードからも、ローマ撮影が単なる海外ロケではなく、俳優の役づくりと現地の大規模な制作環境が組み合わさった本格的な撮影だったことが分かります。
【ローマだけではない】七ツ洞公園も『テルマエ・ロマエ』の重要なロケ地
茨城県水戸市の英国風景式庭園が古代ローマに変身
『テルマエ・ロマエ』のロケ地を調べると、イタリアのチネチッタだけでなく、茨城県水戸市の七ツ洞公園も登場します。
七ツ洞公園は、水戸市郊外にある本格的な英国風景式庭園です。英国法人による設計と英国建材を使用した建造物が特徴で、自然の風景と歴史的な雰囲気を感じられる場所として知られています。
いばらきフィルムコミッションの2013年3月の記録によると、映画スタッフによるロケハンは2011年初頭に行われ、実際の撮影は同年4月から5月にかけて4日間実施されました。
つまり、チネチッタでの撮影と七ツ洞公園での撮影は、同じ2011年の制作期間に行われた別々のロケです。
七ツ洞公園で撮影された具体的な場面
いばらきフィルムコミッションが公開した撮影記録では、七ツ洞公園で撮影された場面として、次のようなシーンが挙げられています。
- ルシウスがタイムスリップする井戸
- 浴場の建設予定地
- マルクスの師匠のシャワー付き個人風呂
- ローマ兵士たちの戦闘シーン
- 古代ローマの庭園
注目したいのは、単なる背景撮影にとどまらず、物語の進行に関わる複数の場面で使われている点です。
自然の地形や庭園の建造物を活用することで、古代ローマの庭園や浴場周辺の風景を表現できたのでしょう。
当時のフィルムコミッションの記録には、武内英樹監督が公園の雰囲気を高く評価したコメントも残されています。
「まさに映画のためにあった様な公園!」
さらに、原作者のヤマザキマリも撮影現場を見学しています。原作を生み出した人物が実写化の現場を訪れていたことも、この作品の制作背景を知るうえで興味深い事実です。
2026年現在も水戸市の公式ロケ地情報に掲載
七ツ洞公園は、過去の撮影場所として現在も確認できます。水戸市の公式ホームページでは、2025年1月6日更新のロケ地紹介ページに映画『テルマエ・ロマエ』が過去の撮影作品として掲載されています。
2026年に映画のロケ地を訪ねたい人にとっても、七ツ洞公園は作品とのつながりを確認できる実在の場所です。ただし、当時の映画セットがそのまま保存されているという意味ではありません。撮影に使われたのは公園の景観や建造物です。
【2012年2月22日のローマ訪問】阿部寛と上戸彩が巡った5つの観光名所
阿部寛とローマの関係を象徴するもう一つの出来事が、2012年2月22日に行われたローマプレミアです。
シネマトゥデイが2012年2月24日に報じたところによると、阿部寛、上戸彩、武内英樹監督がイタリア・ローマのCinema The Spaceで開催されたプレミア上映に参加しました。
そして、このプレミア当日の早朝から、阿部と上戸はローマ市内の代表的な観光スポットを訪問しています。
1.コロッセオ
コロッセオは、古代ローマを象徴する巨大な円形闘技場です。剣闘士の試合や各種催しが行われた歴史的建造物で、ローマ観光では外せない名所の一つです。
古代ローマ人ルシウスを演じた阿部が訪れた場所としても、映画の世界観と現実の歴史が重なる象徴的なスポットです。
2.真実の口
真実の口は、ローマのサンタ・マリア・イン・コスメディン教会にある大理石の円盤状の彫刻です。口に手を入れると、嘘をついた者は手をかみ切られるという伝説で知られています。
今回の観光で特に印象的なのが、この場所を阿部と上戸が訪問したことです。
シネマトゥデイの報道によれば、2011年のローマ撮影時には混雑していたため、阿部は真実の口を訪れることができませんでした。2012年のプレミア訪問で念願の場所に立ち、記念撮影を実現しています。
作品のヒロインの名前が「真実」であることもあり、映画ファンにとっては特別な意味を感じさせる訪問先です。
3.トレビの泉
トレビの泉は、ローマを代表するバロック様式の噴水です。後ろ向きにコインを投げると、再びローマに戻ってこられるという言い伝えで広く知られています。
当時の報道では、阿部と上戸もこの泉でコインを投げ、再びローマを訪れられるよう願いを込めたと紹介されています。
映画のプロモーションで訪れた場所でありながら、二人のローマへの思いが伝わるエピソードです。
4.パンテオン
パンテオンは、古代ローマ建築を代表する歴史的建造物です。巨大なドームと天井中央の開口部が特徴で、古代の建築技術を現在に伝えています。
古代ローマの建築や浴場文化を題材にした『テルマエ・ロマエ』との相性もよく、作品の背景にあるローマ文明を感じられる観光スポットです。
5.サンタンジェロ城
サンタンジェロ城は、テヴェレ川沿いに位置する歴史的建造物です。もともとはローマ皇帝ハドリアヌスの霊廟として建設され、その後、要塞や教皇の避難施設などとして利用されてきました。
映画では市村正親が皇帝ハドリアヌスを演じています。こうした歴史的背景を知ってから訪れると、作品の古代ローマの世界観をより深く味わえます。
ケロリン桶と銭湯の暖簾を持って観光した理由
このローマ観光が一般的な芸能人の海外旅行と違って印象的だったのは、阿部と上戸が黄色いケロリン洗面器と日本の銭湯を象徴する暖簾を持って各地を巡ったことです。
ケロリン桶は日本の銭湯でおなじみの黄色い洗面器です。映画の中では、古代ローマ人のルシウスが現代日本の風呂文化に驚くという設定が描かれています。
そのため、ローマの歴史的な観光名所に日本の銭湯用品を持ち込むという演出には、作品のテーマそのものが表れています。
観光を終えた二人が最後に向かったのは、撮影地でもあるチネチッタでした。約1年前に現地のエキストラとともに撮影したセットを再訪し、懐かしさを感じていたと報じられています。
【人物・作品・ロケ地の関係一覧】阿部寛とローマを結ぶ時系列
ここまでの出来事を人物、作品、撮影場所、時系列の4つの視点で整理します。特に重要なのは、チネチッタと七ツ洞公園が実際の撮影場所である一方、コロッセオやトレビの泉などは2012年の観光訪問先だという違いです。
| 人物・場所・出来事 | 時期 | 関係・役割 |
|---|---|---|
| 阿部寛 | 2011年3月 | チネチッタで主人公ルシウスを撮影 |
| 上戸彩 | 2011年3月 | ローマ撮影に途中参加。ヒロインの真実を演じる |
| チネチッタ撮影所 | 2011年3月 | 古代ローマの巨大オープンセットで撮影 |
| 現地イタリア人エキストラ | 2011年3月 | 延べ約1,000人が撮影に参加 |
| 七ツ洞公園 | 2011年4~5月 | 古代ローマの場面を4日間撮影 |
| ヤマザキマリ | 2011年 | 原作者。七ツ洞公園の撮影現場も見学 |
| 阿部寛・上戸彩 | 2012年2月22日 | ローマの名所5か所を観光 |
| ローマプレミア | 2012年2月22日 | Cinema The Spaceで完成披露上映 |
| 映画『テルマエ・ロマエ』 | 2012年4月28日 | 日本全国で劇場公開 |
この時系列から、2011年の撮影と2012年のローマプレミアが明確に区別できます。また、原作者のヤマザキマリ、主演の阿部寛、ヒロイン役の上戸彩、撮影監督の武内英樹が、それぞれ異なる立場から作品を支えていたことも分かります。
作品情報については、日本映画情報システムJFDBにも、2012年4月28日公開、上映時間108分、監督・武内英樹、原作・ヤマザキマリ、主演・阿部寛という基本情報が登録されています。
【作品の見どころと誤解】なぜ本物のローマ撮影が映画の魅力を高めたのか
古代ローマの壮大さと日本の銭湯文化の対比
『テルマエ・ロマエ』の面白さは、古代ローマと現代日本という、まったく異なる文化を浴場という共通点で結びつけたことにあります。
原作はヤマザキマリによる漫画で、古代ローマの浴場設計技師ルシウスが、現代日本の銭湯や温泉にタイムスリップし、日本の風呂文化から新しい発想を得ていく物語です。
映画版では、阿部寛がルシウスを演じ、上戸彩が映画オリジナルのヒロイン・山越真実を担当しました。さらに北村一輝、市村正親、宍戸開、竹内力ら、個性的な俳優陣が古代ローマ人を演じています。
稲葉直人プロデューサーはMANTANWEBのインタビューで、キャスティングや芝居、舞台設定を大まじめに作ることによって生まれるギャップが、企画の根幹にあると説明しています。
つまり、古代ローマを舞台にしたコメディだからこそ、セットや衣装を中途半端に作るのではなく、本物らしいスケールを追求する必要がありました。
チネチッタの巨大セットと現地エキストラの存在は、単に豪華な映像を作るためだけではありません。阿部が演じるルシウスの世界に、観客が自然に入り込める環境を作るための重要な制作要素だったのです。
ローマの観光名所は映画の撮影場所だったのか?
ここで注意したいのが、映画のロケ地と阿部・上戸が訪れた観光地の違いです。
コロッセオ、真実の口、トレビの泉、パンテオン、サンタンジェロ城は、2012年のローマ観光記事で訪問先として紹介された場所です。
一方、映画のローマ撮影として報道されている中心的な場所はチネチッタ撮影所のオープンセットです。国内では七ツ洞公園も古代ローマの場面に使用されました。
そのため、阿部がコロッセオで映画のシーンを撮影した、あるいは真実の口が映画の主要ロケ地だったという理解は正確ではありません。
実際の歴史的建造物を訪れたのは、公開前のプロモーション活動の一環です。この違いを押さえておけば、映画の撮影地を探す際にも情報を取り違えずに済みます。
ローマプレミアで現地の観客からスタンディングオベーション
2012年2月22日のローマプレミアでは、阿部寛と上戸彩が現地の観客に向けてイタリア語であいさつしました。
シネマトゥデイの当時の報道によると、会場の観客はほとんどがローマ在住のイタリア人でした。上映中には笑い声が絶えず、エンドロール終了後には「ブラボー」という声とともにスタンディングオベーションが起こったといいます。
阿部が特に気にしていたのは、日本人が古代ローマ人を演じることへの評価だけではなく、日本特有の笑いがイタリアの観客にも伝わるかという点でした。
上戸も、日本の漫画を題材にした「北斗の拳」のネタで現地の観客が笑ったことに驚き、上映後の観客の表情を見て喜びを感じたとインタビューで振り返っています。
これは、作品が単にローマを舞台にした日本映画というだけでなく、異なる文化圏の観客にも笑いを届けられる可能性を示した出来事でした。
【プロの結論】ロケ地情報は「撮影」「観光」「物語」の3つに分けて考える
阿部寛とローマの関係を正しく理解するには、情報を次の3種類に分けることが有効です。
- 撮影場所:チネチッタ撮影所と水戸市の七ツ洞公園。実際に映画の映像を撮影した場所。
- 観光・プロモーション訪問先:コロッセオ、真実の口、トレビの泉、パンテオン、サンタンジェロ城。2012年のローマプレミアに合わせて訪問した場所。
- 物語上の舞台:古代ローマの浴場や現代日本の銭湯。原作・映画の世界を構成する舞台。
この3つを混同しないことが、映画のロケ地を調べる人にも、阿部寛のローマ訪問を知りたい人にも大切です。
特にローマの歴史的建造物を巡りたい人は、観光地としての価値と映画の撮影地としての価値を分けて考えると、作品の背景をより深く楽しめます。
【阿部寛とローマに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:阿部寛は映画『テルマエ・ロマエ』の撮影で本当にローマへ行った?
A1:はい。2011年3月にイタリアへ渡航し、チネチッタ撮影所の古代ローマの巨大セットで約2週間の撮影に参加しました。延べ約1,000人の現地イタリア人エキストラも参加しています。
Q2:阿部寛と上戸彩がローマ観光で訪れた場所はどこ?
A2:2012年2月22日、コロッセオ、真実の口、トレビの泉、パンテオン、サンタンジェロ城の5か所を訪問しました。黄色いケロリン桶と銭湯の暖簾を持って記念撮影したことも報道されています。
Q3:『テルマエ・ロマエ』のロケ地はチネチッタだけ?
A3:いいえ。イタリアのチネチッタ撮影所のほか、茨城県水戸市の七ツ洞公園でも古代ローマの場面を撮影しています。七ツ洞公園では2011年4~5月に計4日間の撮影が行われました。
Q4:阿部寛と上戸彩がローマを訪れたのはプライベート旅行?
A4:当時の報道では、2012年2月22日のローマプレミア上映に合わせた訪問として紹介されています。観光もプレミア当日の早朝から行われており、映画のプロモーション活動の一環と考えるのが正確です。
Q5:『テルマエ・ロマエ』のローマプレミアはいつ開催された?
A5:2012年2月22日夜、ローマのCinema The Spaceで開催されました。阿部寛、上戸彩、武内英樹監督が登壇し、上映後には現地の観客からスタンディングオベーションが起こりました。日本での劇場公開日は同年4月28日です。
まとめ:阿部寛とローマの関係は映画撮影からプレミアまで続いていた
阿部寛とローマの関係は、映画『テルマエ・ロマエ』の制作と公開前のプロモーションによって生まれたものです。
2011年3月にはチネチッタ撮影所の巨大な古代ローマセットで約2週間の撮影を実施。延べ約1,000人のイタリア人エキストラが参加し、阿部は現地の人々から温かい支援を受けながらルシウスを演じました。
国内では水戸市の七ツ洞公園でも古代ローマの場面が撮影され、映画の世界観を支える重要なロケ地となりました。
そして2012年2月22日には、阿部と上戸彩がローマプレミアに参加。コロッセオや真実の口など5つの名所を巡り、ケロリン桶を使ったユニークなプロモーションでも注目を集めました。上映後のスタンディングオベーションは、現地の観客にも作品の笑いが伝わったことを示す象徴的な出来事です。
2026年に当時の情報を振り返る際には、チネチッタと七ツ洞公園を実際の撮影地、ローマの歴史的名所をプレミアに伴う観光訪問先として区別することが大切です。
映画の舞台を支えた本格的な海外ロケ、現地スタッフとの交流、そして日本の風呂文化を世界へ届けたローマプレミア。これらを合わせて見ることで、阿部寛にとってのローマが、単なる海外の訪問先ではなく、俳優として代表作を作り上げた思い出深い場所だったことが理解できます。
主要な事実確認資料
- シネマトゥデイ(2012年2月24日):ローマ観光、チネチッタ撮影、エキストラ約1,000人、阿部の渡航時期。
- シネマトゥデイ(2012年2月24日):ローマプレミアとスタンディングオベーション。
- シネマトゥデイ(2012年4月27日):阿部・上戸の撮影現場インタビュー。
- いばらきフィルムコミッション(2013年3月1日):七ツ洞公園の撮影時期と使用場面。
- 水戸市公式ホームページ(2025年1月6日更新):七ツ洞公園のロケ地情報。
- MANTANWEB(2012年6月10日):チネチッタのセットの由来と映画制作の背景。
- 日本映画情報システム(JFDB):作品の公開日、出演者、スタッフ情報。